愚かな学生と本

私は本の本質とは何かということについて
昔から頭の中で思考していた。
だが数年たった今でも答えを出せていない。

学校の中休み、私はいつも通り友と話しながら
本を読んでいた。
とある時の中休みいつもは話さないような他人Aが話しかけてきた
いつもそういう本ばっか読んでるよね。
私が読んでいたのはボロボロになったトルストイの懺悔だ
中古で100円ながら字も大きく読みやすかった、日焼けが
値段を下げたと思われる。Aは何が言いたいのか自分も本を読んでいると明らかに優越感に浸りたいだけの自慢をしてきたため、読んでいる自慢がしたいだけの自己陶酔者Aに対して興味がない私は
左耳から右耳へAの話を流していた。
10分くらいしてもまだ自分が本を読んでいるという
益体もない自慢話をしてくるため、
最近どんな作品を読んだか聞いた。
Aは太宰治を最近読んだと答えた。
へぇそうなんだなら太宰治の夏の花辺りかな?あれは有名だよね〜と聞いた。
Aはそうそう夏の花を読んだよと答えた。
へぇそうなんだ、なら欺瞞だな。
太宰治じゃなくて原民喜だと思うけど、だって太宰治の夏の花という作品は存在しないから。
もしかして、知ってたふりをしていたのかい
君みたいに自分は本を読んでいる自慢や本に対して知識を保有していると勘違いしている愚か者を見ると反吐が出る。
本たちが可哀想だよ、読んでもらってはいないのに
読んだと嘘をつかれる。まぁけど知ってたふりをして
無意味に自慢をしてくるような奴に、この本たちの価値がわかる事は無いと思うけどね。
Aは、この後話しかけてくる事はなかった……
太宰治の斜陽の一節に『夏の花が好きなひとは、夏に死ぬっていうけれども、本当かしら』とある。
Aは夏の花を知らなかったから、夏に死ぬことはないと
思いながら、中休みを終えるチャイムが鳴った。

愚かな学生と本

私もその時同等の愚行をしたと深く反省はしていたが
本達のためにも私の代理人はよく頑張ったと褒めてくれた。最近、寺山修司の社会的幻想に関心を抱いた。

愚かな学生と本

愚行

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-03-08

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted