段ボール

楽しい事を先行させがち

夜になって急に知り合いの石川さんからラインが入った。
「今日飲みに行くんだけど、どう?」
という内容であった。
「うひょおい!」
世間はコロナ騒ぎで「あまり出歩かないように」という奇妙な自粛が目立っていたが、私にはそんなの関係ない。
「いくずら」
秒でラインを返して、さっそく何着て行こうか考えているとポーンという通知音とともに場所を通知するラインが来て、場所は隣の駅前、時間は今から二時間後という事であった。

「今から出かけたら・・・」
駅前でコーヒーショップに入ってゆっくりと時間を整えることも出来るのではないか?そんな思い付きが頭の中に湧き、私はすぐそれが素敵な案に思えて飛びついた。野生のトラの前をのうのうと兎が横切ったかのような感じだった。そら飛びつく。そらもう飛びつくよっていう感じ。

よっしゃと風呂場に躍り入り軽く洗体や洗髪を行い、歯も磨いた。もはや脳内には飲み会とコーヒーショップに立ち寄って優雅に時間を過ごす自分しかなかった。謎解き系の話で例えるなら、先に誰が犯人かわかるみたいな感じ。道中の事はゴールを決めているからおそらく一つ一つわかっていくだろう。みたいな。

「飲み会!」
石川さんの飲み会だから、飲み終わりにカラオケに行くだろう。そしてそのままオールです。最高です。飲み会も行きたかったし、ちょうどカラオケにも行きたかったし。最高です。鶴の低気圧ボーイ歌いたいし。

そうしてさっさと準備を整えて、家を出た。パチンコ台からパチンコ玉が飛び出すみたいに飛び出した。飲み会カラオケコーヒーショップで優雅な自分。

自分の家の最寄り駅まで距離だってうきうきが止まらない。みんなで馬鹿な話したい。石川さんが意外と無茶苦茶な事をする話も聞きたいし、東さんの得体のしれない距離感の話も聞きたいし、長谷さんが強面だからか警察に職質かけられる話も聞きたい。あと私が踊れないのにパプリカの振り付けを繰り出すさまは、なんでか知らないけどやる度みんな笑ってくれる。両手を上に突き出すところとか特に。

「ああ、いいなあ」
最寄り駅を通り過ぎ、あとは隣駅までの行程だけであった。そして隣駅に着いたらまずはコーヒーショップに立ち寄って、そこで一服しながら時が来るのを待とう。いいぞ。その後時間が来る前にそこを出て、ローソンに入ってウコンの力を買って飲むのである。そして何食わぬ顔で、
「え?ウコンなんてそんなの飲んでないよ?」
っていう顔で会に参加する。

いいぞ。優雅だ。

なんて優雅だ。

これが大人だ。

「大人だなあ」
これが大人だ。きっとこれが大人なんだろうなあ。

しかし、そんなお花畑な私の脳内に突然、
「段ボール」
という単語が湧いた。ぬぼおって、海坊主みたいにぬぼおって。

「え?」
それを脳内目視で確認した瞬間、うきうきが止まらなかった私の足が止まった。

「段ボールっ!」
もちろんこれは声に出して叫んだわけじゃない。脳内で叫んだ。段ボールって。で、段ボールっていったら、
「明日、回収の日じゃん」
明日。資源ごみ回収の日じゃん。

さっきまで、
「明日の朝だすー」
って思ってた段ボールの群れ。アマゾンとかで物買って届いた段ボールの群れ。捨てよう捨てようって思ってた段ボールの群れ。

「捨てて無くない?」
捨ててないよ。楽しいことに先行して頭が働いていたから。そら捨ててないよ。石川さんからのラインを見た瞬間、段ボールの事なんてすっ飛んで行ったでしょ?
「でも、もしかして無意識のうちに」
捨ててねえよ!

段ボール。群れ。段ボールの群れ。もう洗濯機の脇がパンパン。もう一枚も入らない。ティッシュも入らない。それくらいパンパン。それが最近、洗濯機と不協和音を奏でてくる。
「うお、ん、うおん、うおん、うおんうおんうおんうおん、おうん」
そういう欅坂とは程遠い、不協和音。あれが欅だったら別に文句ない。いつでもどうぞ。拍手します。でも、欅じゃないから。

「なんでそれを今」
思い出したんだ私。

こんな家から離れた場所で。

「今じゃない!」
今じゃないよほんとに。マジで言ってるよ!

時間を確認すると、まだ多少余裕はあった。バイオRE2の走ってるんだか走ってないんだかわからないくらいの走りで家に帰って、段ボールをまとめてゴミボックスにぶち込み、その後またバイオRE2の走ってるんだか走ってないんだかわからない走りで、隣駅まで行ってコーヒーショップに行って。

優雅諦められない?
「優雅諦めきれない」
諦められないよ。優雅を諦められるわけないよ。もう手に届くほどの距離にある優雅を。

それから家に走った。

バイオRE2の走ってるんだか走ってないんだかわからない走りで。

でも5分持たなかった。

すぐ脇腹が痛くなった。

バイオRE2の人達はちゃんと走ってるんだと思った。

家に戻り段ボールを親の敵と言わんばかりに紐で締め上げて、寄生獣で死んだ犬か猫をごみ箱に捨てるみたいな感じでゴミボックスにぶち込んだ。

それからまたバイオの感じで走った。

今度は3分と持たなかった。

コーヒーショップには行けなかった。

会の皆さんに合流した時にははーはー言ってた。

その後、飲み会では持ったもののカラオケのトイレでげぼした。

様式便所の他人が尻を乗せている所に手をついた状態で
「段ボール!」
って思った。

あと段ボールって叫ぶと、ハンバーグ!みたいだなって思った。だからハンバーグ師匠の事を想った。

段ボール

段ボール

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-03-06

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