サロネーゼ

サロネーゼ

 生徒の帰った後の家は、いつもより一層静かに、落ち着いたように感じられる。例えるなら、笛や太鼓が騒がしく鳴る中、突然静まり返ったと思ったら何か予期せぬ出来事、それは事故かもしれないけれど、そんなことが起きて場にいる全員がさっと静まる瞬間があるの。緊張感でピリッと張り詰めていて、ちょっと息が詰まるような感覚さえ覚えたりもするわ。不謹慎かもしれないけれど、そんな静けさに部屋が包まれているのを感じるの。
 さっきまであれやこれやと生徒に熱心に指導していたその熱に浮かれたままだからかもしれない。頭の中に熱がこもっているから、部屋のわずかでも静かで沈んだような雰囲気を感じたら、それに対してすごく敏感になっちゃうのかもしれないわ。
 私はそんな、しっとりとした、ある種の寂しささえ帯びた雰囲気が好きなの。よく言われるわ。そうは見えないって。でも事実そうなの。意外でしょ?
 四角くて細長の机の上には、先程授業に使った立派な生花がある。白地に青や赤の曲線で彩られた花瓶の中には、蘭やユーカリ、スイートピーの花々が凛と生けられており、まるで華やかな趣きがこの暗い部屋に溶けて溢れんばかりである。
 私は生徒の生けたこの花たちと一緒に、苦いコーヒーを飲む時間が何よりの楽しみなの。花を見ながら飲むんだけれど、実際のところは花なんて見てないの。ちょうど窓みたいなものね。私はその窓を通して、これまでの自分の生き方を振り返ったり、今後どうしていこうとか、そんな曖昧で大雑把なことをただぼんやり頭の中に巡らしてるのよ。思えば、この教室を開くまでは大変だったわ。それまでの仕事はやめなきゃいけなかったからその引き継ぎは当然として、場所の準備、内装、それに一番重要なのは、生徒集めの営業だったわ。生花なんて、日常に余裕のある比較的裕福な人くらいしか興味を持ってもらえないからね。まあ、いろいろ大変だったけど今こうしてるのは奇跡なのかもしれないわね。
 前の仕事と大く違うのは、私のさじ加減で同じ授業内容でも全く違うものになることね。言葉は悪いけど、独裁者になったみたいな、そんな気分になることもあるわ。自分が望めば、思いどおりに物事が変わってしまうの。全くもって一変してしまうこの開放感は、前の制約の多い会社じゃ決して味わえない代物だと思ってるわ。
私の開いているこの教室と似たようなものも、ここ最近様々なジャンルで出来ているみたい。以前の精神的に自分を縛っていた古臭い固定観念を嫌い、全くの自由の衣を着て新しい世界を謳歌したいって人達が多くなってきたってことね。結局のところ、私は自由が大好きなのよ。

サロネーゼ

サロネーゼ

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-03-05

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