金の黄泉

金の黄泉

金にまつわる幻想、ミステリーです。


 この本は、古い西欧、おそらく神聖ローマ帝国あたりで書かれた、金に憑かれた男と女の物語を集めた奇書で、1218年に世にでたものである。二冊あり、Ⅰはヨーロッパでの出来事が、Ⅱはアジアにおける金の話が集められている。その本が書かれた後に東方見聞録がでていることを考えると、この本はまだニッポンが西欧では知られていないときに書かれたということになる。しかし、Ⅱの本の中の話の多くはニッポンでの出来事が扱われている。
 東方見聞録では四冊の中の三番目の本の中で、ニッポンのことがジパングという名前で書かれている。ところが、その本にはニッポンとアルファベットで書かれているのは不思議である。もっとも、東方見聞録のマルコポーロもニッポンに来たわけではなく、中国で中国人、その当時は宋の人からの聞き書きなので、この本の著者もイタリアに訪れていた中国系の人間から聞いたのかも知れない。
 本のタイトルは金探譚(きんたんたん)とある。
 著者はピサと書かれており、東方見聞緑をマルコから聞き書きしたルスティケロ・ダ・ピサと同じ人物かどうかわからないが、可能性も否定できない。もしそうであるなら、ピサはマルコからアジア旅行の話を聞く以前から、ニッポンについては知識があったのかもしれない。東方見聞緑でジパングが黄金の都と記されたのも、すでにそのバックグラウンドがあったことによるのを否定することはできないのである。
 この本の中の、ローマの夫婦がニッポンの金を噴出す山を探す話を紹介したい。

金を噴く山

 我々の国より東へ東へと行くと、宋の国の東北に位置する金と呼ばれるところより、海を隔てて細長い島国がある。その島国には金を噴出する火の山があるという。その島はニッポンと呼ばれ、そこに暮らす人々はその地の神をあがめ、魚、貝、海藻など海のもの、菜、実、茸など野山のもの、それに栽培した穀物類を食し、獣は口にすることはないという。人々は小柄で、男も我々の胸のあたりほどの背丈しかなく、女はさらに小さく、男も女も争いごとを好まない静かな人々だということである。
 私、フィデロ・オニールと妻のソフィア・オニールは親からの財産をなげうって、金が噴き出る山を求め、この国、ニッポンへ旅立った。有り余る財産を受け継ぎ、何不自由なく暮らすことに飽きたからでもあるが、生きている証として、そのような冒険をしたくなったのである。
 私らは、何人か屈強で旅の知識のある男たちと、妻の面倒を見てくれる数人の女を集め、馬車を仕立ててでかけた。ハンガリー王国を通り、険しい道を通り、いく先々で、馬車を買い換えながら旅をした。
 私自身も大きくて腕っ節が強く、銃の扱いには長けていたのでニッポンに行き着く自信はあった。それに豊富な財力で、いく先々で屈強の男たちや賄いの女たちを高い賃金で雇い、盗賊に襲われることもなく、全く支障なく中国の宋の国にたどり着いた。
 宋にはいってからも、何人もの人間を雇うと、大きな家を借り、しばらくそこで暮らすことにした。ニッポンの情報を集めたかったからだ。そこに一月ほどいると、ニッポンに行ったことのある中国人はほとんどいないことがわかってきた。それに、宋よりもっと東北のほうにある金(アルチュフ)とよばれる国のほうがニッポンに近いことが分かった。
 そこで、我々はアルチュフに向かって再び旅に出た。
 後で知ったことだが、朝鮮半島の高麗と呼ばれる国に行ったほうがニッポンにもっと近かったようだが、アルチュフに行ったことで、ニッポンの一番大きな島に渡れたのはよかったのではないかと考えている。ニッポンという国は、いくつかの主だった島でなりたっているのである。
 それから一月かけてアルチュフに達した。アルチュフの国は女真(じょしん)という民族が創った国で、「金」と書く。金の国だが、名前の通り、砂金が採れ裕福のようだ。女真にはアクダという強い支配者がおり、貢物をすることで助けを受け、我々は海の小さな村まで安心して旅をすることができた。そこで、やはり家を借り、しばらく様子を見ることにした。
 陸続きの国と違い、ニッポンに行くには海を渡る必要がある。船を操るのはどうしても海で生きる民たちの力を借りる必要がある。
 アルチュフに着き、しばらくそこに暮らしていると、海を支配している者がいることが分かった。海賊たちである。彼らは漁師たちを支配し、そのかわり、彼らを守っていた。小さな村で一年暮らしているうちに、漁民やその地を治めている長からいろいろな話が聞けた。
 ニッポンに渡るのに、海賊から襲われないようにするという発想をやめ、海賊の協力を得ることが最も良い策であることがわかってきた私は、海賊の品定めをしたのである。
 その中で、シーファンという海賊の長と出会うことができた。シーファンは海賊仲間からも一目おかれている女真族の男で、ニッポンに何度も行っている。その男はただの荒くれではなく、知識があり、ニッポンにも強い興味を持っていた。仲間になってくれれば力百倍となるであろう。
 私は金を探して資産を増やそうというような気は毛頭もなく、ニッポンの金について旅行記を書きたい思っていたのである。ニッポンの金の池を見たい、ニッポンの金の滝を見たい。金を噴出す火山が見たい。
 「シーファン、どうだろう、我々を無事にニッポンに送り届けて、ときどき国に出す手紙などを受け取りに来てもらいたい、数年後、ニッポンを離れることになるが、その時にも手助けをしてくれまいか」
 その頃にはシーファンと懇意になっていた。
 「よいだろう、オニール、我々もニッポンをよく知りたい、それに、ニッポンの海の者たちと手を結び、ニッポンと我々の国の間の海を支配したいと思っている。そのためにも、ニッポンには足繁く通うことになるであろう。ただ、この海には強い流れもあるし、嵐が多い、危険な海なのだ」
 「助けてくれるのなら、なんでも差し上げよう、見つけた金はそなたのものにしても良い、我々の財力は限りがないとはいわないが、必要な分以上にお支払いしよう」
 「だが、不思議なのは、それだけの財を持ちながら、なぜニッポンの金にこだわる、金ならば、ニッポンほどではないにしても我々の国でもたくさん取れる」
 「宝石とは違う金の輝きは魅力でもあるが、その金を噴出すという山を一度でも見たいというのが本当のところだ、さぞ見事だろう」
 「今まで会ったニッポンの人間からそのような山があるとは聞いていない、しかし、ニッポンは我々にとっても未知の国であり、神秘の国でもある。どのような世界があるのか全く分からぬ、だから、金を噴出す山がないとはいえない、ただ、魑魅魍魎も棲むという怖い国のようでもある、気を付けなければならぬな」
 「覚悟の上だ」
 「私も夫とそんな山を見てみたい」
 ソフィアも知らぬ地にいくことを楽しみにしていた。
 それからさらに一年が過ぎた。我々がアルチュフの生活になれるよう、女真語を習ったり、ニッポンの情報を集めたりしている間に、シーファンたちは一度ニッポンに行って様子を見てきてくれた。
 「ニッポンへの海は荒れる、我々も何度か危ない目に会った。季節のよいときに行くべきであろう、土産がある」
 そう言って差し出したのが、我々が上陸するあたりのニッポンの地図である。
 それを見ると、アルチュフの国と同じような字が書かれている。
 「ニッポンの言葉はアルチュフと同じなのか」
 私が尋ねると、シーファンは首を横に振った。
 「いや、全く違うが、我々の国の字を用いてもいる」
 私はまだアルチュフの国の字を読むことは難しくて出来ないが、ニッポンの地図には金山と書かれたところがあることはわかった。金だとか山という字の意味はわかっていた。
 シーファンは言った。
 「地図よりもっと良いものがある、というより、よい者たちに会わせよう」
 それは、ニッポンの海の民たちであった。
 ニッポンの海で、ニッポンの船と戦い、互角の戦いをしたのであるが、相手の頭領、カガから和解の申し出があり、戦うのを止めたのということであった。ニッポンの海賊は強い男たちで、そのまま戦っていたら、どちらにもたくさんの戦死者が出たであろうと、シーファンは言っていた。
 ニッポンの海の民たちは大陸と取引をしたいと言った。彼らの持つ金や翡翠と大陸の珍しいものとの交換し、それに、大陸の食べ物などを欲していた。それはシーファンにとってもまたとないよい機会であったのだ。
 シーファンがニッポンの海賊の長に、金を噴出す山を探しにきたオニールのことを話したところ、案内をしてもよいということになったのである。シーファンはニッポン語が出来ない、どうして、ニッポンの海賊がシーファンたちと話が出来たのかと尋ねたところ、ニッポンの海賊たちの中に女真語を解した者がいたからだということである。
 シーファンは女真語を話す男に、どこで覚えたのか質したそうである。その男、イドといったが、アルチュフの国の海賊とニッポンの女の間にできた子供で、生れてすぐに父親が海で死に、母親とニッポンに戻り、ニッポンの海賊に加わったそうである。カガ団という海賊集団で、イドの母が妻を亡くしたばかりの頭領であるカガと一緒になり、まだ三歳だったカガの子供もイドと一緒に育てたのである。その子どもが若カガと呼ばれ、シーファンと一緒に来た日本の船の長だった。
 そういうことで、カガたちの船がシーファンの船とともにアルチュフの村の湾に停泊していた。なかなか立派な船である。船には八人のニッポン人が乗っていた。船長のカガの息子はイドより少しではあるが年が上であった。
 オニールはその八人に会わされた。その者たちは、思っていた以上に礼儀をわきまえ、教養を身につけた者たちであった。若カガは小さいと聞いていたニッポン人とは違い、背の高さは私ほどにはないが、シーファンより高かった。イドにしてもそうである。彼らは一日に一度空に向かって頭を垂れ、なにやら祈っているようである。ニッポンは神の国で、様々な神がいるとのことであった。
 私も、少し覚えた女真語でイドにたずねた。
 「ニッポンのどこに住まいしておるのだ」
 「日の沈む海の脇に皆ですんでいる、皆家族がいる、家族は菜を作っておる」
 「ところで、ニッポンの国は誰が支配しておるのだ」
 「天皇だ、我々の村も天皇に貢がなければならないが、我々は、それにはかまっていない、自由に暮らしている」
 「金の噴出する山があるというが知っているか」
 「そのような山は聞いたことがない」
 「金はニッポンのどこから採れるのか」
 「金の石がでる山や砂金の流れる川からだ」
 「金の噴出す山は無いのか」
 「爺さまから、金が噴出したということは聞いたことがあるが、それが山かどうかは知らぬ」
 「探したいのだがどうであろう」
 「我々は海の者だ、山の者に聞けばもっと詳しく知ることができるであろう」
 「シーファンが我々をニッポンに連れていってくれるが、ニッポンに着いたときには、その手はずをしてくれぬか」
 「シーファンと協定を結んだ、お互い助けることになっている、その約束は守る」
 「カガも了解しているのか」
 「そうだ、シーファンと手を結び、アルチュフの国のすぐれたものをニッポンに持ち帰り、売るのだと言ってもいる」」
 「それでは、助けてもらえれば、私からもそれなりの見返りを渡そう」
 「そうしてくれれば、ニッポンの海ではお守りしよう」
 シーファンがその後知り得たこととして教えてくれたのは、このカガ団というニッポンの海賊は、ニッポンのなかでも屈強な者たちで、それだけではなく、天皇の支配のもとではあるが、そのあたりを治めている者たちであるという。

 それから、さらに半年後に、アルチュフを出発することになる。都合二年半アルチュフの村にいたことになる。
 その間、イドたち八人と意志の疎通がうまくできるように努力した。ニッポン人の言葉はとても奇妙であり、なかなか難しいが、挨拶くらいは出来るようになり、日常の単語は何とか分かるようになった。
 ニッポンに行くのは私とソフィーのみで、付き添ってきた者はアルチュフの村で我々の帰りを待ってもらうことにした。
 私たちはカガたちの船に乗った。シーファンがそうしろと言ったからである。ニッポンに着いてからはカガたちの力が必要である。ニッポン人の生活をより知っておいた方がよいというシーファンの配慮である。シーファンは強いだけではなく、将来を見通し、もっともよい選択のできる頭のいい頭領である。
 カガの八人は非常に礼儀正しいばかりではなく、シーファンに劣らない能力を持っていた。言葉の分からぬ私たちの考えを見抜く力を持っていた。想像力が豊かな証拠である。
 夏の海は以外と静かであった。数日かけてニッポンの陸に近づいた。木の生い茂った島であった。シーファンの船はカガの船に先導され、湾の中に入った。内海は静かで、魚が泳ぐのが見えるほどないでいる。
 湾の中で船は止まった。
 「いい場所だ」
 シーファンはカガの船に乗り込んできて言った。
 カガは頷くと、イドに言って、イドが通訳をした。
 「ここは冬でも海があまりあばれない、いい魚や蟹もとれる、女は菜を育てる」
 「それで、フィデロのいう金の山はあるのだろうか」
 カガは首を縦には振らなかった。
 「わからぬ、山のカガに聞いてみる」
 「山のカガとはなんだ」
 「我々は海のカガと呼ばれている、我々はこの海の岸の民を束ねている。山のカガは山にすむ民を束ねている、海に生きている民は海の幸を、山にすむ民は山の幸をもちより、お互い助け合って生きておる」
 「すると、山のカガは山の賊か」
 「シーファン殿は我々のことを海賊と呼んだが、ニッポンでは水軍と呼ばれ、この海と民を守っている。他の国との交易もするし、戦うこともする、山のカガは賊ではなく、山軍と呼ばれていて、山の民を守っているのだ」
 「そうか、それでは、我々とうまくやっていこうじゃないか、カガ」
 「こちらこそお願いする、ニッポンには金がある、大陸のアルチュフの国には古い歴史があり、我々には無い物がたくさんある」
 「それに、我々はオニールの西の国から珍しいものもはいる」
 「シーファン殿に会えたことは感謝している、欲する物があれば言ってくだされ」
 「カガ、まず、オニールの欲している金の山を探す手伝いをしてくれ」
 「わかり申した」

 その後、小舟に乗って、私たちはシーファンとともに、カガの村へ上陸した。浜は黒っぽい砂で覆われ、所々に金色に光る砂が混じっていた。
 「これは、金ではないか」
 私がイドに女真語で尋ねると、イドは頷いて、「砂金でございます」
 と答えた。よほど金がたくさんとれるのであろう。カガたちは見たことがないというが、金の噴き出る山があっても不思議はなかろう。
 などと考えていると、木々の間からニッポンの男たちが飛び出してきて浜辺に居た我々を取り囲んだ。男たちの手には銛(もり)が握られている。
 シーファンは銃をかまえた。
 カガが前にでると、男たちを制した。
 「大丈夫じゃ、お客である、もてなしの準備じゃ」
 男の一人が飛び出すと、「若カガさま、ご無事でしたか、海の見回りに出て半月もたちます、帰ってこぬと覚悟しておりました。無事でなによりでございます」とひざまずいた。
 飛び出してきた男たちもみなひざまずいた。
 「このシーファン殿についてアルチュフの国に行ってまいった、それに、西の国のオニール殿をこれから客人として、わが国を案内する、よいな」
 「ははあー」男たちは直立不動になると、頭を下げ、あっと言う間にその場から消えてしまった。そのすばやさに、オニールたちは唖然とした。
 「失礼しました。海のカガの男どもです、いつもは舟で漁にまいります」
 シーファンもニッポンの陸に上がるのは始めてである。男どもを見て、よく統率されていることを知り、何も知らずに上陸していたらあの者たちに殺されていたのではないかとぞっとした。
 「あちらに我々の住まいするところがありますので、ご案内いたします。シーファン殿には館を一つ用意いたします、お仲間と好きなだけいてくだされ、オニール様は私の館にしばらく滞在していただき、いずれよい家を考えようと思います」
 カガは先に立って歩き始めた。
 林にはいると、シーファンがめざとくも気がついた。
 「この林は、つくられたものだな」
 イドが答えた。
 「はい、松の木にございます、海の風と砂を防ぎ、海から賊が来たときには防ぐ役割もいたします」
 「そうだな」
 松林を抜けると、丘のふもとに、家々が建ち並んでいた。近づくと、みな木でできている。石やレンガで造られたシーファンの村の家とは趣が全く違う。
 中でも大きな家の前で若カガが立ち止まり、「帰った」と声をかけると、中から、髪を長くした老人が出てきた。
 「若様、よくお戻りになられました、先ほど男どもが伝えに参りました。お父上様がお待ちかねです。祭りの館に宴の用意をいたしました」
 「そうか、じい、ご苦労、今日から三日、祭じゃ」
 カガの言葉はわからなかったが、若カガがこのあたりの主として、みなから尊敬を集めていることが感じられたのである。
 案内されたのは、家々に取り囲まれた、とてつもなく大きな家であった。太い木の柱が数え切れないほど使われた、私どもの国にもアルチュフにもない建物であった。木でできた床は高くなっており、ピカピカ光っている。我々は履き物を脱ぐように言われた。
 おどろいたことに、きれいな女たちが寄ってきて、靴を脱いだ我々の足を、水で洗い、拭ってくれたことである。ローマや女真の女と違い、風のように皆さわやかである。足がさっぱりし、気持ちがしゃんとする。なんと清潔感あふれる家であることか。彼らは家の中では靴を履かずに裸足のままである。床に立ってみると、足の裏がひんやりとして気持のよいものである。
 それに驚いたことに、家の中は紙がふんだんに使われている。戸も木の格子に紙がはられていて、外の光が柔らかく部屋に入ってくる。
 我々はさらに奥の部屋に案内されたが、広々としたそこには、金色の像がおいてあり、周りが金色に輝いている。宋の寺でもみかけた、仏教の木彫に似ている、だが、宋の仏像とは形も違い、しかも金であった。シーファンの目も、私たちたちの目もその金の像に釘付けになった。後でわかったことであるが、木の像に、金を貼り付けてあるということであった。太陽の顔と風と波の手足、それに炎の像だそうである。
 金の像の前では、年をとった男と女が床の上の丸い布団の上に座っていた。
 老人が立ち上がると我々にお辞儀をした。
 「カガでございます、息子が世話になりましたこと、ありがとう存じます。どうぞごゆるりとお寛ぎくだされ、私はもう隠居のみ、すべてを息子に任せております、わたしはこれで失礼いたす」
 イドが通訳をしてくれた。老人は船長のカガの父親で、もとカガ団の頭領である。老女はイドの母親、すなわち、若カガの育ての親であった。
 若カガが床に敷いてある布団の上に足を組んで座り、同じようにするように言ったが、座ってみるとなかなか難しいものである。シーファンは難なく座っている。それを見かねたように、イドが小さな椅子のような竹でできたものを持ってきて、私とソフィーの尻のところに置いた。それを尻の下に敷けというので、そうしたら、確かに足を組んで座ることができた。この足の形をあぐらをかくということを後で知った。
 そこへ、女どもが器に盛られた食べ物をのせた台をめいめいの前に置いた。
 台の上ではアルチュフでも使った箸が用意されていたが、ずい分小さい。ニッポン人はそれを器用に操り、米粒一つを摘み出して口に入れる。我々にはその芸当はできない。
 中国の味に慣れていた私には、あまりにも淡泊に感じたのであるが、微妙な味の調和には魅了された。肉は全くなく、魚と菜のたぐい、それに餅であった。米を栽培しているようで、それが主食のようでもあった。料理した白い米が器に盛られてでてきた。酒は香りがよいが、甘く私の口には合わなかった。後でわかったことは、米から酒を造っているようである。ただ、驚いたことに、酒の中に金色に光る物があった。イドになんだときいたところ、金粉だということであった。
 金を飲む習慣があるようである。
 「からだにいい」
 「これはどこでとれるのか」
 女真語でイドに聞く。
 「山奥の川で山のカガたちがとる」
 「どのような川なのか」
 「さらに山奥の奥の方から流れていて、だれもそこまで行った者がいない」
 それを聞いて金を噴き出す火の山は必ずあると私は確信した。
 それからシーファンは用意された館に向かい、われわれはカガの家に住むことになった。
 イタリアから送らせた財宝の半分はシーファンに渡し、残りを、ニッポンに持ち込んだ、これからの資金になるだろう。まずは、海のカガたちにいくつかを渡した。それは、宝石のたぐいであった。大した石ではないのに、きらきら光る赤い宝石、これはルビーではなく、ザクロ石というものだがそれでも、大層、彼らは喜んだ。このような細工をする技術がないようである。ところが、カガは我々に大きな水晶の玉を見せてくれた。床の間という飾り棚のようなところに置かれている。
 ニッポンで作られるものだという、このように丸く大きな水晶を見たことがない。透明度も高く、我々の国では作ることはできないだろう。丸くきれいに磨く技術があるのなら、我々の宝石を磨く技術などすぐ習得するに違いない。事実、一緒に暮らしてみて、彼らの手の細かな動きには感嘆することが多かった。それは、木や鉄で作られた小物がすばらしく精巧にできていることでもわかることである。
 半年ほど経つと、暮らしにも慣れてきた。ソフィーもニッポンの女たちと、身振り手振りで意志疎通ができるようになり、知っているニッポン語の単語も増えた。私も文法は難しいが、生活に必要な言葉や言い回しはなんとかできるようになり、生活様式にも慣れてきた。
 ニッポン人は中国人のようにはっきりとものを言わないが、信用できる人種のようである。そのころは、山のカガの長にも何度か会い、山奥の生活も、海と山の違いはあるが、海辺の生活様式とあまり違がないようであることが伺えた。
 山のカガの住むところは、丸二日ほど歩いたところにあった。そのあたりまでは、いくつかの山を越えていかなければならない。私たちは、山のカガの村に一度行ってみたが、山の斜面を切り開き、菜をつくり、暮らしていた。そこでは、イノシシを捕らえて食べることをしており、我々には肉が食えるのはありがたかった。山の間にはきれいな流れがあり、皆そこで、砂から金をとっていた。彼らの掬う砂の入った器の底には驚くほど多くの砂金が残っていた。
 山のカガと交渉し、一つの住まいを提供してもらうことにした。そこを起点として、金が噴き出る山を探すのである。
 海のカガにも協力してもらい、山のカガの村に移った。イドだけは海のカガとの連絡もあることなので一緒に来てもらった。
 山の男も女も親切で、生活はかわりなく、楽しいものであった。ただ、冬になり、雪が積もるようになると、ニッポンの木でできた家はかなり寒くなった。しかし、よくしたもので、ここには湯の湧き出る場所がたくさんあり、男も女も日に何度も浸かって暖をとった。雪の景色を見ながら、湯に浸かり、男も女も一緒になって話に花を咲かせる。なにも着ないで湯に浸かるのである。私とソフィーははじめ恥ずかしかったが、だんだんと慣れ、その開けっぴろげの交流を楽しめるようになった。
 長い冬があけ、四月になると、まだ寒いがそれでも木々に緑が戻り、明るくなっていった。地には草が芽吹き、鳥たちがさえずり始めた。
 私は山のカガに言った。
 「金の噴き出る山を探したいが、まずは、この川の上流に行ってみたい」
 そのころになると、かなりのニッポン語を話せるようになっていたのである。
 山のカガは頷いて、屈強な男を数人、供として付けてくれることになった。
 山のカガが言った。
 「出発の日は、地の司に聞いてみよう」
 「それはどういうことか」
 海のカガもそうであったが、何かを行おうとすると、司と言う者に伺いをたてていた。海のカガでは老婆が海の司であり、船を出す日を決めていた。海の男たちは空を読むことができる。すなわち、雨が降るか、風が吹くか、波は高いか、魚は獲れるか、それは海の男たちが持つ能力だった。それとは違う次元の、判断をする老婆が司であった。海ばかりではなく、菜の出来具合、米のとれ具合をその老婆が予言したのである。女どもは血の出るときは、汚れの時といわれ、表に出てはならないとされていた。血は汚いという、我々とは全く異なる考えをもっていたのである。しかし、血が出なくなった老婆には、天地を占う力が備わるということであり、その霊力の強い老婆が司として選ばれるということである。
 我々の前に現れたのは、白いニッポン特有の着物を着た小さな老婆だった。手には金色の玉をもち、我々の前に立つと、金の玉を床に落とし、金の玉が転がる様子をみて、いきなり私の方に目を向けた。その老婆の目は真っ赤になり、私は意識を失いそうになるほど驚いた。
 老婆が口を開いた。
 「そなたら、目的は遂げる、しかし、生きて帰れるかどうかわからぬ、それでもいくか」
 その低い声に私の体は寒気が走った。ソフィーも同じように感じたようで、かすかに震えながら私を見た。
 ニッポン語を少しはわかるようになったが、その老婆の言っていることはわからなかった。イドが説明してくれなければまったく理解できなかっただろう。
 「司はあなた方が目的を遂げると言っています、ただ心配しております。帰れるかどうかわからぬと申しております」
 目的を果たすことができれば、まずそれで本望である、その旨を言ったところ、司は頷いて、
 「何かあったときには、わたしらも祈る、海の司と空の司と皆で祈る、じゃが、神のみぞ知るである」
 そう言いながら私たちの前から立ち去っていった。山のカガは、
 「司にもあなたたちの運命はわかっていないようだ、危険があるかもしれないが、それでも行くか」と私たちに念を押した。当然私とソフィーは頷いたのである。
 こうして、私とソフィーは荷物をかついで、その男たちと川をのぼっていった。イドは残った。
 行く先にはそびえ立った高い山々が見える。川はその山の間にはいっていく。
 付き人となった三人の男たちは、まだ独り身で、それは大層な力をもっていた。名前を、スノマル、トトマル、イトマルといった。彼らは我々の荷物を持つと同時に、自分の荷物と弓矢を背負い、途中でイノシシを捕らえ、食べさせてくれた。川の魚もなかなか旨いものであった。彼らは草木のこともよく知っており、薬草の知識も豊富であった。腹を下したとき、頭が痛いとき、切傷をつくったとき、彼らの持ってくる薬草を飲んだり、擦り付けたりすると、驚くほど早く効き目が現れ回復する。
 川は次第に狭まり、大きな石がごろごろと目立つようになってきた。やがて、周りはそそり立つ岩山となった。浅くなった水の流れをのぞくと、石の間に砂金がきらきらと光り、動いていくのが分かった。かなりの金が沈んでいる。
 カガの村から三日歩いたところで、川が突然なくなってしまった。回りは高い山となり、中腹には林が連なっていた。三方の山の裾の石の間から、水がちょろちょろと湧き出している。なんとそこにも金色に光るものがあった。
 水の流れ出ている小さな穴を見てスノマルが言った。
 「穴から風も吹き出している、この山の奥に大きな水の流れる洞窟があることを示しています」
 私もそう思った、きっとどこかに、入り口があるだろう。私が頷いたときには、三人の男たちは、平らな岩の上に荷物をおいて、三方それぞれ違う方向に歩いていくところであった。入り口を探すつもりである。体も機敏だが、頭も機敏な男たちである。海のカガの者たちもそうであったが、みな利発である。
 私とソフィーも荷物をおろし、今日はここに泊まることとして、テントを張る場所を探した。
 
 ソフィーと二人で二張りのテントを設置し終わったとき、三人が戻ってきた。
 右に行ったスノマルと左に行ったトトマルは首を横に振って、「穴らしきものは見つからなかった」、と言ったが、上に登っていったイトマルは、「穴があった、風がでている」と言葉少なに報告した。
 「行ってみよう、案内してくれ」
 私はソフィーもつれて、イトマルの後をついていった。林の中は四月になってもまだ寒く、襟をしめないと体が冷える。かなり登ったところに、大きな岩がごつごつと地面に顔を出しているところがあった。
 「あそこです」
 イトマルが指さした先にはいくつもの岩が積み重なっているところであった。それこそ人が何人でも上に乗れそうな石が七ー八個ほど人の高さの数倍ほどに、無秩序に重なっているのである。一つの石の高さは私の首ほどある。しかし、周りには穴らしきものは見えない。
 イトマルは軽々と一番下の石に飛び上がると手招きした。私は何とかよじり登り、ソフィアの手を引いて持ち上げた。
 イトマルは石積の裏に向かって指さしている。その石積の後ろは草に覆われていて、それに続く山の斜面に横に広がった穴が開いていた。そこから冷たい風がのぼってくる。そこは石に囲まれた空間になっており、石積の正面からでは見ることができない。
 「どうして見つけたのだ」
 「石の周りから風が来よりました」
 私には分からなかったが、彼は微妙な空気の流れを感じたようである。
 イトマルは穴の前に飛び降りた。
 我々も下に降りた。
 入口は押しつぶされたように狭いが、中はかなり大きな洞窟のようである。耳を澄ますと、水が流れているような音もする。
 「イトマルお主は下に降りてみたか」
 「ちょっとだけ、とても広い岩場があって、下の方から風があがってきた。きっとかなり深い谷になっている。下まで降りられるかどうかわからない。火を焚いてみよう」
 「それがいい」
 我々はイトマルを先頭にして中にもぐり込んだ。
 トトマルが腰につけていた火打ち石を打ち、スノマルが取り出した白い棒に火をつけた。それは蝋燭であった。太くはないが、大きな赤い炎が上がった。我々の持っている蝋燭より質がよさそうだ。
 「蝋燭はお主等がつくったのか」
 「そうだ、大昔から、使っている」
 「だが、家では油を使っていたな、海のカガの家でも油だった」
 「蝋燭は貴重なものだから滅多には使わない。しかし、我々のところは、蝋のとれる木の実がある」
 我々はミツバチの巣から蝋をとっていたが、ここでは木から採るようである。
 蝋燭の火は、洞窟の床を照らしだした。天井は高くはないが、とても広い岩の広場になっている。床の石は平らに磨かれている。
 「これは誰かが作ったものだな」
 「そのようだ、我々ではない、ただ、その昔の昔、火の山のカガがいたということをじい様から聞いたことがある」
 「それはどんな者たちだ」
 「このあたりは、火を噴く山がたくさんあり、そこに住んでいる者たちだったという、勇敢で、火などものともしない者たちだったということだ」
 「それがどうしていなくなったのだ」
 「このあたりで一番大きな山が爆発し、皆埋もれてしまったということだ、このあたりも火にのまれたところだろう」
 我々の国も大昔、大きな噴火で栄えていた町が一瞬にして消失したことがある。
 「今、山の噴火は起こらないのか」
 「もっと奥の山から小さな黒い煙が上がることがあるが、大きな火吹きはない」
 「それでは、火の山のカガたちがこれを造ったのかもしれぬな」
 「そうかもしれぬ」
 我々はあたりを調べた。平らな場所がかなり続き、その先は行き止まりになっていた。
 「おかしい、こんなはずではない、冷たい風がどこからか吹き出している、壁全体からでているのであろうか」
 「いや違いそうだ」
 トトマルが指をさした。確かに指をさしたほうから空気が動いているようだ。
 そちらの壁に近寄ると、壁の石の隙間から風が出ている。
 スノマルの手が壁の石に延びた。
 「動くぞ」
 スノマルは壁の石の一つを引っ張った。
 そのとたん、いくつかの石が下に落ち、そこに人の頭ほどの穴が開いた。
 「穴が続いている、向こうに行けるぞ」
 スノマルはさらにいくつかの石をはずした。そのとたん石が崩れ、人が一人入れるほどの四角い穴があいた。なにかの理由で、この入口がふさがれていたのだろう。 
 スノマルがくぐって中に入る。
 「石段がある、ずいぶん深い、蝋燭の光が届かぬ」
 「スノマル、とりあえず、もどって、道具を持ってこよう」
 「はい、そうします、オニール様、ここで待っていてください、我々が持ってまいります。明日にでも奥に進んだらいかがでしょう」
 「そうだな、そうしよう、お前たちが取りに行っている間、ちょっとだけ調べておく」
 「はい、それでは」
 三人は私とソフィーに火の付いている蝋燭を手渡すと、風のように消えていった。
 残された我々は石段の上に立った。下は真っ暗で見えないが、すこし降りてみると水の音が近くなった。やはり、ここがあの金のとれる川の源流洞窟であることに間違いない。
 「フィデロ、ずいぶん大きな洞窟ね、でも、金が噴き出るような山があるのかしら」
 「それはわからない、ここではないかもしれないが、この洞窟を調べるのは無駄ではないだろう、金の国の秘密がわかるかもしれない」
 「そうね、金でできた洞窟なのかもしれないわね」
 「そうだ」
 急に後ろの方が、明るくなった。入り口のほうから光が入り込んでいるのだ。
 「なにが起きたのだ」
 ソフィーと戻ってみると、三人が帰っており、岩屋の中でたき火の準備をしていた。外から強い光が広い洞窟の中を照らしだしている。
 「この光はなんだ」
 スノマルは「我々の神の光でございます」
 とうやうやしく、光に頭をたれた。
 「神とはなんぞや」
 「日、太陽でございます、夕日を洞窟の中に導いておりまする、ニッポンは日のいずる国、ニッポンは日本、日の本と書きます。ニッポン人の多くは太陽様を信じておりまする、朝には朝日、夕には夕日を取り入れます」
 ニッポンには天皇が神として存在するものと思っていたが、自然信仰も強いとみえる。
 「どうして、この狭い入り口から日の光が入るのか」
 「外に出て見てくださればわかります」
 私とソフィーが外にでると、木と木の間に、金の幕がはられ、それが夕日を集めて、洞窟を照らし出していた。そばに寄って触れてみると、薄い紙のような金であった。金を薄くのばす技術を持っているようである。
 「きれい、これで服を作ったらすごいわ」
 ソフィーは金の紙をそうっと触った。
 トトマルが出てきた。
 「我々の女どもが作ります、戻ったときにはソフィー様にも作って差し上げましょう」
 「嬉しいわ」
 「食事の用意をいたしました、どうぞお戻りください」
 我々が洞窟の中に戻ると、赤々と火が焚かれ、魚と肉の焼く匂いが漂っていた。
 「魚や肉はどうしたのか」
 「山の下の流れに戻り、捕まえました、肉は兎でございます」
 「おお、そりゃごちそうだ」
 
 次の日、我々は洞窟の奥に入り、石段を降りた。蝋燭の光は底まで届かない。しかし、ニッポンの蝋燭は足元を明るく照らし出してくれる。
 降りていくと風の流れが緩やかになり、水の流れる音が間近になった。どのくらい石段を降りていったのであろうか、トトマルが「川だ」と声を上げた。洞窟の底には、ゆったりとした、大きな水の流れがあった。この流れが山のいろいろなところから吹き出ているに違いない。川の脇を歩いて奥に行くことができる。
 「上流にいきますが、よろしいでしょうか」
 スノマルが聞いてきた。
 「もちろんだ」
 「では、食料や必要な物を上からとって参ります、少しお待ちを」
 三人はあっと言う間に石段を駆け上がった。
 「これからが大変だが、ソフィーお前もいくか」
 私は心配になり、彼女に聞いたが、返事は聞くまでもなく、ソフィーは「あたりまえでしょ」と大きな声で怒ったように答えた。私の感では、かなり危ないこともあるのではないだろうかと心配になったのだ。
 三人は大きな荷物を軽々と背負って戻ってきた。
 「行きましょう」
 彼らは先頭になって歩き始めた。洞窟の底を流れる川の脇は、岩がごろごろとした歩きにくいところであった。
 半日ほど上流に向かって歩いて行くと、水の流れの中にきらきら光る物が多くなってきた。水を手ですくうと手の平に砂金がこびりついた。
 「すごい量の砂金だ、金のでるところが近くなってきたようだ」
 「はい、かなり純度の高い金でございます」
 イトマルが言った。
 「なぜわかるのか」
 答えたのはトトマルであった。
 「イトマルは、金の達者でございます」
 「それはなにか」
 「金を判定する役をいただいている者にございます」
 「そんな若さでか、で、なぜ、純度が高いと判ったのか」
 イトマルが振り向いた。笑っている。
 「金は皆違います、色も輝きかたも、水の中の流れかたも、それに匂いも違います」
 「イトマルは、金の匂いがわかるのです、それは大昔から金を見極めるお役目の家で育ったからです、金のことはイトマルにお任せください」
 スノマルが私に言った。
 
 進むに従って洞窟は広がっていった。トトマルが弓矢を構え、流れの中に矢をいった。と、真っ白な山椒魚が射抜かれて浮いてきた。矢には紐がついており、手繰り寄せると、「腹が減ってきました、食べましょう」
 と、山椒魚の皮をはぎ、もっていた鍋であっと言う間に料理をした。山椒魚の体から砂金がでてきた。
 「金と一緒に食せばからだにいいでしょう」
 トトマルが山椒魚の焼いた肉に、出てきた砂金をかけてくれた。
 旨いものであった。この若者たちはなんと生きる力のある人間たちなのであろうか。これがニッポン人の本質かもしれない。ニッポンの民は言葉は少ない。すなわちしゃべらない、だが考えている。
 このようにして、奥へ進んでいくと、なぜか寒さが薄らいできた。むしろ熱くすらなってきた。
 「先は危ないところかもしれませぬ、それでも行きますか」
 スノマルが聞いてきた。スノマルは三人の中で一番年上のようで、トトマルとイトマルは彼の指図に従っていた。私もこのような探検に慣れているつもりであったが、彼の言うことには耳を傾けたほうが良いと思うようになっていた。
 「上流にいくと、きっと、火があるに違いがありません」
 「それはどういうことかな」
 「火を噴く山に出会うかもしれません」
 「だが、いきなりそのようなことはあるまい」
 「いや、わかりません、水に手を入れてみてください」
 そういわれて、私は流れの中に手を入れてみた。暖かい、確かに暖まっている。
 「だが、これまでの水は冷たかったが、どうしてであろう」
 「岩が冷えております、出口付近の山は、山風が山を冷やし、洞窟の中を冷やしております」
 「そういうものなのかな」
 私は彼らの知識に舌をまいた。

 それから、ずいぶん歩いたが、確かに、空気が暖かくなった。しかし火山があるほどの暑さではない。
 広い広い洞窟の突き当たりに到達した。ただ、水だけは流れている。水をくぐっていけば、また洞窟があるに違いない。
 「水に潜るか」
 私が言うと、スノマルは首を横に振った。
 「危ないと思います、次の洞窟までどのくらいかわかりません、それより、どこかに穴がないか探しましょう」
 その通りである。危険である。
 彼らは、立ち止まると、指をなめて上にかざした。
 「ん、風の流れがありまする、いくつもある、どこかに穴があると思いますので、とりあえず、ここで夜を過ごすことにしましょう、もう寝る時間です、明日に穴を探すのではいけませんでしょうか」
 私は時間の感覚も失っていたが、彼は冷静に判断をしていた。
 私たちはそこで、布にくるまって寝た。

 目が覚めると、朝食の用意ができていた。山椒魚だけではなく、魚類や海老のたぐいも用意されていた。彼らの能力には頭の下がる思いである。
 「食べたら出かけましょう、穴をみつけました。ただ、危険です。奥様はここでお待ちいただきたいと思います」
 私はここまでソフィーを連れてきてよかったのかどうか心配になっていたこともあり、スノマルの助言はありがたかった。
 「ソフィー、イソマルも言っているように。ここでしばらく待っていてくれないか。安全だと分かれば迎えに戻る」
 ソフィーはもちろん、待つのはいやだと言った。だがもし我々が戻れなかったら、これまでのことを国に伝える人がほしい。一人で残すわけではなく、トトマルが残り、守ってくれることを言って諭した。
 「危ないようなら我々もすぐ引き返す」
 と説得して、スノマルとイトマルと三人で先に行くことにした。
 彼らが見つけたのは人がやっとくぐれるほどの穴であった。しかし穴からは、熱いほどの風が吹き出していた。確かに危険だ。
 「向こうはかなりの暑さだろうな」
 「その通りでございます、この狭い穴をくぐる間に熱い風を吸わなければなりません、どこまで続くものかわかりません、まず私がいきます」
 イトマルが、狭い穴に体を滑り込ませた。イトマルは這いつくばって前進し、声を上げた。
 「出口はさほど遠くはありません、明かりが見えます。なぜか明るい。ひいっ、風が熱い、喉が熱くて、しゃべるのは無理です」
 そう言ってからほどなく、再びイトマルの声がした。
 「こちら側は、また大きな洞窟になっています。金です、金の岩です。熱いけれど、その通路を通過すればそれほど熱くはありません、足を先にして腹ばいになって後ずさりをしてくれば喉は苦しくないでしょう」
 わたしは狭い通路に大きな体を何とか滑り込ませた。イトマルの言うように足を先にして後ずさりで進むと、熱い風が体の周りを通過していくのが感じられる。私の後にスノマルが続いた。
 通路を抜けると、金色に輝く広い洞窟に、イトマルの黒い姿があった。
 「これはすごい、見事な金の洞窟だ」
 「はい、金でできています、かなり広い洞窟で、奥の奥の方に何かあるかもしれません」
 「うむ、そうだな」
 空気は暑かったが、通ってきた穴の中ほどではない。
 ソフィーにもこの金の洞窟を見せてやりたいと、思っていると、「待ってください」と言うトトマルの声を後ろに、ソフィーの足が通路からでてきた。ソフィーが飛び出すと大声で叫んだ。
 「すごい、金の洞窟だわ」
 「待っているように言ったのに」
 トトマルが通路からでてくると、「奥様がいきなり通路に入られてしまい、止めることができませんでした、すみません」と謝った。
 「気にしなくていいよトトマル、ソフィーにはこれを見てもらいと思ったから、呼ぶつもりだったよ」
 トトマルはそれを聞いて安心したようであった。
 我々はまた、奥の方を目指した。
 「この洞窟はなぜ明るいのだろう」
 私が疑問を呈すると、スノマルはいとも簡単に答えた。
「小さな光の源があれば、金が反射しあって、明るくなるのだと思います」
 「それはなにかね」
 「外に通じる穴がどこかにあるのではないでしょうか」
 スノマルは頭の良い青年である。理論が整然としている。
 金の洞窟の底には川の流れがあった。水はかなり熱いものになっていた。この流れが金を削って外に運び出しているのである。
 金の岩の転がる洞窟を歩いていくと、空気が次第に熱いものになってきた。
 「オニール様、これは、もしかすると、火の山のカガの霊山があるかもしれません」
 「それは何か」
 「その昔、火の山のカガは火を噴く山を敬い、守っていたと聞いております、それがここかもしれません、入口の石段はその山に行くために造ったのではないでしょうか」
 「そうか、すると洞窟の中に火山があるといことか」
 「はい、しかし火山ならばもっと熱いと思います。溶けた岩が吹き出す程度かもしれません、それに、外に通じている穴が天井にあって、そこから熱が出ているのかもしれません」
 「恐ろしいところかもしれんな」
 「その通りです、危ないかもしれません」
 ところが半日ほど歩いて我々が行き着いたのは、金の洞窟に広がる広大な湖であった。海のように波打っている。
 「湯気が立っております」
 イトマルが水に手を湖につけた。
 「お、かなり熱い」
 「温泉か」
 「もっと熱い湯です」
 私も手をつけてみた。かなりの熱さであるが、火傷をするほどではない。
 池の畔は金の岩でごつごつしている。湖の幅はさほどないが、奥に続き、先は見えない。脇を進んでいくと、湖の底から強い光が出ているところがあった。
 私は湖に突き出た金の岩の上に立った。
 「あれはなんであろうか」
 「きっと湖の底の火山ではないでしょうか」
 そのあたりの水はぶつぶつと、泡を吹きだしている。
 私が目を凝らして湖の底を覗くと、かなり深いようであるが、光輝いている物が水の中に吹き出しているように見える。
 「金が吹き出しているのではないか」
 スノマルも覗き込んで、驚きの声をあげた。
 「その通りでございます、溶けた金の噴出す山がこの湖の底にあるようです」
 「これが、金を噴出す山か、もっと近くで見たいものだが」
 「危ないと思います、これ以上は近づかない方がよいでしょう、金の噴出るあたりは泡立っております」
 「それにしても、金を噴出す山が洞窟の湖底にあるとはすごいものだ」
 と、そのときである。
 どどーっと言う音とともに、湖面がせりあがり、金色のものが、洞窟の高い高い天井に届くほど突き上げられた。金のマグマである。それは霧のようになって飛び散り、一番前にいた私に襲いかかった。
 私は逃げようと立ち上がった。その瞬間、私は金でからだが覆われてしまった。

 これからは、ソフィーが見たことである。
 私、ソフィーはトトマルに引っ張られ、岩陰に隠れた。スノマルは金の霧に襲われて湖の中に落ちた。イトマルは間一髪で、やはり、岩の陰に逃れることができた。フィデロは私が見ている前で金に覆われて岩の上に倒れてしまった。
 金が噴出したと同時に湖の水も霧のように空中に舞い、我々に降り注いだ。私は熱い水に、びしょぬれになりながら、それでも命は取り留めることが出来た。火傷をするほどに熱くなかったことが幸いした。
 金が吹き出したのは一瞬で、あたりの熱は急激に下がった。涼しい風が洞窟の天井のほうから降りてきた。スノマルが言っていたように、外への空気の吹き出し口がどこかにあるのだろう。
 私は金に覆われて死んだフィデロのそばに駆け寄った。金に覆われた主人のからだは熱を放っていた。
 「あなた」私はかがんで、主人の顔をよく見るため、顔を近づけた。
 「まだ熱い、さわっちゃだめだよ、奥様」
 トトマルが叫ぶ。
 イトマルは皮袋に湖の水を満たすと、金に包まれた主人にかけた。じゅっと水は蒸気になっていく。何度も繰り返すと、熱が下がりはじめ、水をかけてもただ流れるだけになった。イトマルが主人の手に触れた。「もう、熱くはありません」
 私はフィデロの顔に触れてみた。金の銅像の頭部に触れている気分であった。
 私の目から涙が流れ出た。
 「あなた」
 フィデロの顔を見たいと思い体を持ち上げようとしたが、とても重くて上がらない。それを見た、イトマルが言った。
 「奥様、ご主人様は二人で運びます、ここはあぶない、また金が吹き出す、間欠泉のようだ」
 トトマルとイトマルが金に覆われたフィデロを持ち上げた。
 わたしは彼の顔を見た。金に覆われたフィデロの顔はそのままの顔であった。彫りの深い顔のフィデロは金になってしまった。
 「奥様、ご主人を連れて帰ります、トトマルいこう」
 トトマルとイトマルは金に覆われた主人をかつぎ上げた。私も後に付いた。
 
 数日かけ、我々は金の洞窟から出ることができたのである。
 金に覆われたフィデロは山のカガの家に運ばれた。迎えに出てきたイドが驚きの声を上げ、このことはすぐにシーファンたちにも伝えられた。
 フィデロは金の彫像の前に安置された。周りには、食べ物や飲み物がおかれた。ニッポンでも死んだ者のために食物を捧げるのだ。
 トトマルとイトマルは子細を山のカガに話した。
 山のカガは私のところにやってくると、恭しくかしずいて、主人が死んだことへの哀悼の意を表わした。そして、こう言ったのである。
 「しかし、奥様、まだあきらめなくてもよいかもしれません、火の山のカガから伝えられたことがあります。金に殺されたものを黄泉の国から引き戻す方法です。海の司と空の司、地の司と火の司に使いを出しました。彼らの持てる力を発揮して、黄泉の国の門を開けてもらいましょう、ただ必ずしも呼び戻せるかどうか確かではありません」
 「それはどのようなことをすればよいのでしょうか」
 「ソフィー様にも、お手伝いいただくことになります」
 「もちろん、何でもいたします」
 数日後、海のカガが山のカガの家を訪れた。シーファンも一緒だった。
 シーファンはソフィーに言った。
 「オニール様、まことに残念でございます、こんなことになるとは思っておりませんでした、ただ、山のカガが申すことには、蘇りの術があるそうでございます、我々の国にも、山奥の仙人がそのような術をもっていると聞いたことはありますが、実際には見たことがございません、しかし、カガたちはやってみると言っております」
 「はい、私も手伝わなければなりません、今、私はなんでもします、フィデロが戻るなら、たとえ、戻らなくても、今はそれにすがらないと、私は壊れてしまいそう」
 「心中お察しいたします、及ばずながら私もお手伝いいたします」
 「ありがとう」

 金の彫像の間には金で覆われたフィデロが横たえられている。
 周りに火が焚かれ、大きな水晶の玉が至る所に置かれている。水晶に火の光が映り、部屋の中が炎に包まれたように輝いて見える。
 大きな金の彫像にも火の光が反射し、天井に金が登っていくように感じられる。
 海と山と空の司はみな百歳を越えた老婆だった。それに、火の司と呼ばれるやはり百歳を越えた老婆がやって来た。我々を送り出した時に占ってくれた地の司もいる。
 五人の老婆は白装束で、手には大きな水晶の玉をもち、フィデロの周りに座している。部屋の中から男たちが出ていった。儀式は女だけで執り行われたのである。
 私は山のカガの妻から、これから八日間、フィデロを呼び戻す儀式が行われることを聞かされていた。それには、私も金になり、黄泉の国に連れ戻しに行かなければならないと言われていた。
 山のカガの妻が、着ているものをすべてとった私のからだに油を塗り、金の粉をくまなく振りかけた。私はフィデロの頭の前に座らされ、フィデロの金の頭を抱え膝の上に載せるように言われた。
 こうして儀式は始まり、五人の司たちは手にした水晶の玉をなでながら、小さな声でうなり始めた。私にはなにを言っているのかわからなかったが、それぞれが違うことを抑揚をつけて言っていることはわかった。
 その歌というか、奇妙なリズムの声は合わさって、私の耳に届くと、体の中にはいり、私の心の臓のあたりをなでさすり、それはやがて、私の子宮を揉みはじめた。
 子宮を触られるということはどのような気持ちになるか、他の人には説明する事が難しい。くすぐったいのでも、気持ちがよいのでも、痛かったりするのでもない。自分が女であること、母であることが頭に満ち溢れるようになる気持ち、といった言い方でいいのだろうか。フィデロに戻ってきてもらいたいという思いがより強くなり、四人の司の小さな声のつぶやきが、子宮を動めかせ、私の体から出ていこうとしている。
 膝の上のフィデロの頭を強く抱きしめると、私の子宮が私から飛び出し、その瞬間から、私は自分がわからなくなっていた。
 気がついたときには、私の子宮が自分に戻ってきて、大きく膨らみ、私は産気づいていた。
 五人の司のうなり声が少し大きくなり、私の体の中に入り込んでくると、子宮を押しはじめた。
 山のカガの妻と数人の女が布団の上に私を寝かした。
 火の司の老婆が金切り声をあげたとたん、私の体から、子宮から、小さな肉体が押し出され、足の間で動めいた。四人の司のうなり声は私の体から離れ、私から生まれた形にならない肉の塊に絡みついた。肉の塊は大きく成長すると、目の前にフィデロとなって立ち上がったのである。
 フィデロが私をみて「戻ったぞ」と、言ったとたん、私はもう一度気を失った。
 それは儀式がはじまってちょうど八日目のことであったのである。
 こうして、フィデロは黄泉の国から戻ってきた。

 ここからは、私、フィデロの記述である。
 私は金の洞窟で金の飛沫を浴びて死んだとき、肉体から離れ、川の畔にやってきた。
 ニッポンでは死ぬと川をわたって黄泉の国に行くそうである。私が川に行くと、舟が待っていた。金でできた舟であった。舟を操るのは一つ目の女だった。女は私を手招きし、舟に乗せてくれた。金でできた舟を女は金の竿でうまく操り、こぎ始めた。川の底には金の砂が溜まっていて、きらきらと綺麗であった。何日もかけて舟に揺られていくと、黄泉の国が見えるようになった。
 対岸には黄泉の国の入り口である金でできた大きな門が見える。丘の上にはびっしりと建てられている金の家々が輝いていた。
 一つ目の船頭が「向こうにいらっしゃったら、黄泉の門をくぐって、左におすすみください、そちらが、天国になっております」と、丁寧に教えてくれた。
 私はなぜ目が一つなのかと尋ねた。
 「左の目は天国、右の目は地獄を見ます。三途の川の船頭はどちらかの目をもっています。私は黄泉の国の王に、あなたを迎えにいくようにいわれました。私は左の目を一つもっています。天国に案内する船頭です」
 私は納得して、「ありがとう」と礼を言った。
 一つ目の女の船頭は「いえ、無事にあなた様をお届けしなければいけないのですが、この川にはそれを拒む生き物が住んでおります、それが現れると、私にはどうすることもできません」
 「それは、なにをするのかね」
 「舟ごと食らいつき、飲み込むと、地獄か天国か、それとも違う世界かわかりませんが、どこかに連れていかれてしまいます」
 船頭がそう言った時である。川が大きく渦巻き、一つ目の船頭が、「あっ」と声を上げて川の中に転がり落ちると、大きな魚の口が舟ごと私を飲み込んだ。一瞬のことである。そして、私は気がつくと、ソフィーの足の間からこの世に戻ってきたのである。
 この私の体験を、ソフィーはもちろん、カガの者たち、シーファンたちにも話した。
 日本では死んだ世界を黄泉の国、黄色い泉の国という。それは金の泉の国だった。
 ニッポンの国は金の国である。それから一年、私はその地に滞在し、持ってきた財産の残りを使って、スノマルの供養塔を建て、カガたちのために、金の吹き出す霊山を奉る社を建てた。
 こうして無事、ソフィーとともに自分の国に帰りついた。財産の多くを使って金の噴出する山を探しに行ったことは無駄ではなかった。手元には死んだ私の金の骸がある。この中にあったはずの肉体はどうなったのだろう。天国に行きそびれた。
 ニッポンのあの世は金でできている。ソフィーには、カガの女達から、金の紙で出来たドレスがプレゼントされた。
 あの世から戻った時、私はもう一度、金の吹き出す洞窟に行きたかったが、司たちに強く拒まれた。もし同じことが起きたとき、二度とこの世には戻れない、そればかりではなく、ニッポンの国が神により滅ぼされると司たちは恐れた。
 
 カガたちは力と知恵のある民であった。遠い将来、彼らの住んでいた土地はカガの国と呼ばれるようになり、子孫がニッポンを先導する武士の集団となるのである。
 もう一つ、鬼の発祥もどうやらその地からのようである。西洋の赤ら顔の大男が鬼の起源だという説があるが、オニールが鬼になったのかもしれないのである。

幻想小説「金箔虫」(2019年刊、一粒書房)入子短編小説の1篇

金の黄泉

金の黄泉

その昔、ローマから金を噴く山を探しに、日本に来た夫婦がいた。行きついた金の洞窟は

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-02-28

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