平行感覚【3】

平行感覚【3】

 3.お菓子の城

 干渉する。観賞する。何に対して? そこにリスクがあったとして、そんな生易しいものじゃない。傷付くとわかっていて、その領域に踏み入ることに何の意味が意図があるのだろうか。時に人は、そこで引き返すことも少なくない。それで良い。自己防衛は必要だ。

生きて行くために必要だ。生きて行くため? そう僕は……………僕は?



 閉店間際近くに、瞳さんの喫茶店を訪れた。まだ、お客さんが何人かいて、談笑してる人たちもいる。一応、この店は居心地よく、繁盛しているようだ。それはきっと、マスターである瞳さんの存在の薄さにあると僕は思った。
 静かに息しているかもわからない程、ここに訪れる客はまるで自分の部屋にいるような面持ちになる。咲ちゃんや僕らに向けたあの軽蔑した眼差しが嘘のようだ。でも、単にお客に対する思いやりとかではないような気がする。世の中に対する自己防衛反応ではないだろうか。
「…いらっしゃいませ」
 店に入ってきた客が僕だと確認すると、瞳さんは一瞬、空気が重く、鋭い視線で僕を貫いた。他のお客さんたちも急に変わった雰囲気に笑みが消えたものの。それは一瞬で、瞳さんは事務的に淡々と仕事をこなした。
 僕が空いてるカウンターの席に座っても、この前のように乱暴に水を置くこともない。注文したコーヒーもちゃんと入れて出してくれた。
 僕は八重さんはいないかと訪ねようとしたけど、お客さんがいる間は話せそうにない。瞳さんは見えない壁を作っていた。
「八重は寝てるわ。閉店だから帰って」
 最後のお客が帰ったのと同時に、僕に振り向きもせずレジの方で瞳さんは冷ややかに言った。
 どうやら、奥の小部屋で眠っているらしい。ますます、ここは彼女にとっての安全地帯なんだと思い。僕は瞳さんに聞いた。
「彼女、仕事は?」
「週に三回。スーパーのレジ打ち、でも病気が進んで仕事ができなくなって、一年前、駅前で男たちに絡まれているところに私が出くわし、以来、一緒。これで満足?」
 瞳さんはやっと、僕の方へ振り向くとそう吐き捨てた。
「一体、坊やは彼女に何か用でもあるの?」
「病気って?」
「…帰りなさい」
 瞳さんは冷たく言い放つだけだ。
「咲ちゃんのこと嫌いなの?」
「別に妹と言う存在よ」
「ご両親が死んだ時、泣かなかったって聞きました」
 僕のしつこい質問攻撃に、瞳さんは疲れた表情で僕を見返す。僕は瞳さんとの話に興味を持った。八重さんとの会話に瞳さんとの話も必要だと思ったからだ。
「あのコ、私が泣かなかったのをまだ嫌悪してるのね」
 ガキねと付け足した。瞳さんは悲しいからと涙を流すという行為は一緒じゃないといけないのかと僕に言い返してきた。もちろん、僕はそんなことはないと肯定した。
 泣く泣かないで、人の人格を決めることは耐え難い罪にも重なると僕は本気でそう思っているし、生命という存在の矛盾点と同等な大きい問題だと心にしていた。
「咲ちゃんが死んだとしても、泣かないですよね」
「そうね。私にとって父と母は両親だったというだけの存在で、咲に関しても同じ、大した問題ではないわね」
「八重さんは?」
「!」
 僕は誘導尋問のように、あえて話題をそこに持ってきた。聞きたかったのはこの質問だ。このお菓子の城でどんなに守っていても、守られていてもいつか来るべき死は逃れることなどできはしない。
「彼女が死んだら泣くの?」
「泣いたら、永遠に生きててくれるの? 私たち二人だけ永遠に。八重が望んでいなくても」
「八重さんは望まない?」
「佐々木君だっけ、一体、君は何を探っているの? 八重さん、八重さんって、彼女があなたに何かしたの?」
 瞳さんは泣き叫んだ。恐らく生まれて初めての涙に違いない。何に泣いているのか。産声も上げない。親の死に目にも泣かない、妹に対しても姉妹の情すら出そうとしないだろうこの人は、この話をしただけで泣き叫び、僕に悪意のこもった言葉を吐く。
 きっと、瞳さんにとって八重さんは自分の生命なのかもしれない。感情を出せる。唯一の生命。八重さんがこの世界から逃げるために必要であったこの喫茶店の形をしたお菓子の城と同じように、そしてそれは瞳さんという存在がいてこそ、このお城はあるのだ。
「八重さんは何もしていないよ。僕も彼女に何もしていない」
「でも、何かと会話をしたがるわ」
「僕もまた、八重さんと同じ立場で違う立場にいるから」
 僕の言葉に瞳さんは泣き腫らした顔に、理解しかねる表情を残した。
「奇跡って信じます? 僕は信じない、八重さんもきっと信じない。信じてしまったら認めることになるから、生命の機関を」

平行感覚【3】

平行感覚【3】

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-02-16

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