きみのかわりに泣いてあげる

 粗悪品、と書かれた箱のなかで、きみは、わらっています。
 きみは、わらうことしか、できないので。

 雨がやんだら、むかえにくる約束を、していましたが、この街の雨は、えいえんにやむことのない雨だと、あのひとたちがいなくなってから、知りました。おいていかれた、パンやさんのまえは、雨がふっていても、どこか、あたたかくて、ここちがよかった。かさは、あじけない、透明なもので、ぼくは、でも、水滴のついた窓越しに、景色を眺めているような感覚で、好きだった。カメラやさんの緑色のかんばんや、喫茶店の店先のランプが、ぬれて、にじんでみえる感じが、きれいだと思った。あのひとたちは、ぼくの、遺伝子提供者、というか、ぼくをつくったひとたち、というか、つまりは、世間一般でいうところの、親、というものでした。おかあさん、と呼ばれる方は、いつも、あきれるくらい、おけしょうに時間をかけていました。おとうさん、と呼ばれる方は、怒ると、すぐに、叩くのでした。どちらにも共通していたことは、おかねを、あっというまにつかってしまうところでしょうか。それから、家に、ほとんどいなかった。なので、ぼくとしては、まぁ、おいていかれても、約束が守られなくても、どうでもいい、という心境だった。幸い、パンやさんのクマたちが、とても、いいひとたちだったので、助かりました。おおきなクマと、ちいさなクマ。おおきなクマは、パンをつくるひとで、ちいさなクマは、パンを売るひとで、ぼくは、つくられたパンを、お店にならべる仕事を、任されました。パンやさんは、大人気で、午後にはほとんどのパンが売り切れてしまうほど、お客さんが、おしかけるのでした。

 粗悪品、と書かれた箱は、路地裏で見つけました。
 商店街の、暗いところ。
 薄汚れたきみは、わらっていました。
 きっと、もともとは、うつくしい水色のドレスだったのではないかと思うのですが、つややかな金髪と、雪のように白い肌、それらすべてが、ぼやけていた。
 ところどころが黒ずみ、傷もあった。
 けれど、わらうことしかできない、きみは、わらっているしかないのでした。
 泣けないのでした。
 泣きたくても、泣けないのでした。
 だから、ぼくがかわりに、泣きました。
 えいえんに雨がやむことのない街で、しとしとふりつづける雨にうたれながら、ぼくは泣きました。粗悪品の箱を抱えたまま。

きみのかわりに泣いてあげる

きみのかわりに泣いてあげる

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-02-14

CC BY-NC-ND
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