宗派の儚3️⃣

草也

宗派の儚3️⃣


-官僚の女-

 「ああ」と、挿入の瞬間、大蔵官僚の女が顔を歪めて、自らの指を強く噛んだ。首府の中枢、老舗料亭の奥まった一室で、日本の政治の闇が情交に及んでいるのである。

 一九五一年、八月一五日。やはり、異様に蒸し暑い昼下がりだ。
 「一億ある」と、男が傍らの紙袋に視線を流した。「本当にありがとうございます」改めて居住まいを正した女がうやうやしく浴衣の身体を折った。湯あみをしたばかりで、未だ髪が乾き切っていない。頭カブリを起こすと、「古沢もいたく感謝申しております」と、言う女の視線と、その女を舐め回す男の視線が、互いの思惑を秘めて淫湿に絡み合う。
 男は田山栄山。裏列島選出の代議士だ。与党副幹事長で三三歳。未だ少数だが、同士を糾合して派閥を形成しつつある。イガグリ頭に大きく見開いた鋭い眼、巨根を思わせる張り出した鼻、分厚い耳と厚い唇。いかにも精悍な男である。
 ダミ声が、「頑張ってもらわんとな」と、女を舐め回した。
女は列島中央部選挙区の候補者の古沢某の妻、由子(よしこ)である。帝大卒の大蔵省課長で四五歳の才媛だ。
 田山はしわがれた咳払いをすると、「せっかちでな」と、女を急かした。官界一の美貌だと言われる狐顔の女は妖艶に、しかし、ぎこちなく笑むと、立ち上がってするすると浴衣を払い捨てた。下着を着けていない。「ほう」と、田山が息を吐く。着痩せする女だと思った。「帝大出の女か。初めてだ」と、ウィスキーをグビリと流し込んだ。
 田山は裏列島の寒村に、子作農の長男として生まれた。国民学校しか出ていない。首府に出て建設現場で働いた。人の何倍もの働きぶりが認められて、零細な建築会社の経営者の娘婿となった。終戦を 事業を拡大した後継社長として迎えた時にはニ七歳である。田山は戦後の混迷する政治を見据えて、考え続けていた政界への進出を決断した。
 四六年の総選挙に地元から初出馬したが最下位で落選した。翌年の電撃解散、総選挙で初当選を果たした。凄まじい謀略の果ての辛勝であった。次の改選ではトップで当選して、現在、ニ期目である。その図抜けた剛腕が中央政界でも評を得つつあった。
 そんな田山には帝大出の女などは、さらさら無縁の存在である。議員になってからは出会う機会もあったが、学歴コンプレックスもあったから、女として意識した事などはなかった。その帝大出の女が、いま、真裸で異様な風景を作ろうとしているのである。田山を不可思議な快感が襲っていた。
 田山に命じられた女が、紙袋から取り出した紙幣を座卓に敷いた。崩れ始めた淫奔な尻が揺れる。乳房はそれほどではない。四〇半ばだと聞いたが、その年で泳ぎにでも行ったのか、地肌と日焼けの跡が対照的だ。この状況で夏休みでもあるまいに、官僚とはそんなものなのかと、田山は舌を打った。びっしりと敷き詰め終わると、女が座卓に仰向けに横たわって、怖ず怖ずと両の足を開く。田山の視線が鋭角になる。
 股間に陰毛はまばらで黒ずんだ地肌を曝している。陰唇が乾いている。腹の脂肪が脈を打つが、さほど肉感的ではない。
 そもそも、田山は私設秘書の世都子の様な豊満な身体が好みなのである。そして、互いの情欲を共に謳歌する、赤裸々な交合が趣味なのだ。
 女を金で買うというのはこんなものかと、露な状況でも高邁な誇りを保とうとする由子の気丈に、いささか気落ちもしたが、敷き詰めた紙幣に横たわる裸体という異様な雰囲気が、性欲を刺激した。
 この一億は古沢への最終の追加選挙資金であった。運輸審議官に上り詰めて政界入りを望んだが、現職が居座っていて保守党の公認が取れない古沢を、田山は事実上の田山派候補として擁立したのである。しかし、いざ実戦に入ると、古沢は予想した以上に弱い候補者だった。田山は、既に、ニ億を投じていた。最終資金の一億は、田山の女で政治資金を取り仕切る私設秘書の世都子に因果を含まされた由子が、身体で受領する事となったのである。
 由子は青白い顔をそむけて長く吐息を吐いた。「さすがにいさぎいいもんだ」と、呻きながら、田山は浴衣から男根を抜き出して女に股がり、乾きも構わずあたふたと挿入した。「金も女も使いでがあるのう」と、うそぶくと、そむけた女の顔が醜く歪んだ。田山が瞬く間に二段に膨れて波打つ女の腹に射精した。
 「領収書がわりだ」と、田山は由子の薄い陰毛を引き抜いた。こうして、プライドも身体も引き裂かれて、戦場の真っ只中に引きずり出された由子の選挙戦は、新しい局面に入ったのである。


-刎剄-

 女が一億と共に辞して暫くすると、田山の女の艶福な女将が告げた。草也が現れた。
 売りだし中の少壮代議士と、勃興した新興宗教教団の実質的指導者が初めて対座したのである。
 「取り込みでしてな」と高笑いをしながら、派手な浴衣の田山がウィスキーを奨める。女がいたな、無礼な奴だと、草也が、改めて田山を見据えた。構わずに田山が、「お呼びだてして恐縮でした」と、声を改める。「率直に申し上げる」「宗派の施設、あそこの借地権を手放して頂きたい。代わりにチチフに一〇万坪を用意する。すどっかいですな。如何ですか?」と、畳み掛けて、草也を見据えて手をついたかとみるや、「この通りです」と、深々と頭を沈めた。念のいった男だと草也は思った。「お手をおあげ下さい」「承知しました」と、草也が続けた。
 詳細は、既に、田山の秘書の土肥から聞いていたのである。悪い話ではなかった。夏も同意している。終局の儀式なのであった。
 田山は満面の笑みで、「気に入った。これからは刎剄の交わりをお願いしたい」と、言う。「こちらこそ」草也が頭を下げた。「出来た、出来た」「よっしゃ、よっしゃ」田山が高笑してウィスキーを飲み干した。
 田山が関与した都市開発予定地に草也の教団施設があった。田山は草也の過去を、サタケ刑務所を出所したところまで調べ上げていた。何よりも、この男が率いる宗教法人が魅力だった。田山の選挙区でも信徒が急速に拡大していたからである。俺などよりも強大な権力を持っている、田山の直感が草也の利用価値を確信したのだ。
 こうして、草也は政界の深い暗部に足を踏み入れたのである。


-選挙-

 一九五一年。夏。
 初秋に投票の衆議院選挙は、ワンマン総統による突然の解散にも拘わらず、最終盤の過熱した情勢であった。とりわけ、ここクンマ選挙区は熾烈を極めていた。定員は四名。政権党から四名と公認を外れた無所属が一人、野党からニ名が出馬していた。野党の一議席は事実上の指定席だったから三議席を与党の五名で争うのである。
 総統が属する大派閥から現職と新人、総統と対立する中派閥から中堅の現職、無派閥だが長く県政に君臨する老練の現職、そして、総統派閥に籍を置く田山が後押しする、無所属の古沢であった。
 古沢は運輸省審議官を退官した首府帝大卒の五ニ歳で、亡き祖父が知事であった。県政界の抗争の果ての出馬であった。妻は紙幣を敷きつめて田山と交合したあの女、大蔵省課長の由子である。夫の命運を懸けた選挙に、由子は敢えて退官しなかった。夫婦揃って政治の利を狙ったのである。
 しかし、古沢の情勢は下馬評以上に厳しかった。田山も事実上の派閥の旗揚げだったから、重要選挙区であった。背水の陣なのだ。最終追加資金の場があの真昼の料亭での交合だったのである。
 そして、投票一〇日前の深夜、由子は後援会会長の遠藤という老人にも身体を開いていた。この夜が初めてではない。
 出馬に反対する勢力との抗争が緊迫するある日、老人は由子の身体を求めたのであった。遠藤は実力者である。由子は唇を噛んで同意した。「政治とはこうゆうもんだ」老人は由子の女陰を弄びながらほくそえんだ。与党でありながら反知事派の長老県会議員である。七ニ歳。シワだらけの手が由子の乳房を凌辱している。四五の高級官僚の女は、好色なこの男にとって格好の餌食だった。「あの金は昨日からばらまいている」「無派閥の爺と熾烈に競っているんだ」「まあ、なんとかなるだろう」と、うそぶく。 由子も県議も、派手な布団の上で真裸に赤い長襦袢を羽織っている。暫く乳房をなぶりながら、「あの若造が…」と、田山をこき下ろす。この選挙を仕切っててているのは自分だ、と、女に同意を強いているのだ。女はその証として、求められるままに男の小汚い口を吸った。だが、由子の老人に対する侮蔑は、老人の執拗な翻弄によって淫熟な裸に変容してしまうのである。
 県議は布団に大の字になり口淫を求める。太鼓腹の下で男根が萎えていた。高級官僚が県議に覆い被さり男根にまとわりつく。女の湿潤な女陰は県議の舌で、さらに遊ばれる。男は勃起しない。しかし、膣は由子の意思に反して、夥しい蜜を老人の口に垂れ流す。喘ぎ声すら発しながら、女は萎えた陰茎を含んだまま、恥辱の極みで愉悦に達してしまった。
 起き上がってカメラを取り出した男が、「わしの趣味でな」と、女の同意を強制した。由子に断る術はない。県議は性具も取り出す。それから、女は耐え難い屈辱の痴態で、しかも性具に攻めたてられながら絶頂に達する無様さを、写真に刻印されたのであった。

 由子は秘書に内定していた青年とも交わっていた。これは自ら身体を開いたのである。
 時折、屈折した愁いを漂わす青年は特攻の生き残りだった。青年は直情に代議士を目指していた。戦争の悲惨を怒りに満ちた野望に変換させていた。
 由子は青年の凄烈な野心に引かれた。大学や官僚にはいなかった男であった。
 青年には若い妻がいる。由子の飢えた心はそれすら愉楽の源だった。
 夫は候補者になると、必定、他の候補者との比較の対象となったが、明らかに見劣りがした。政治は麗句をまとってはいるが、本性を剥き出しにした闘いである。とりわけて選挙戦は、当選のために死活を懸けた文字通りの戦争であった。
 命を懸ける者が二人いれば選挙は勝つとも言われるが、古沢陣営には田山と草也以外にはいなかった。現地の選挙事務所は弛緩していたのである。古沢にもその気概が欠けていた。古沢は大衆の前に立つのは初めてだった。それまで侮蔑していた大衆の視線は彼を丸裸にした。侮蔑される対象に成り変わったのだ。それが古沢には恐怖だった。由子に繰り事を言う陰茎は、粗末に萎えていた。由子の夫への信頼は急速に冷めていった。失望はおろか侮蔑すら湧いた。
 だからニ〇も若い青年の性に、若い勃起に由子は狂喜した。自ら開脚して淫熟した秘処をめくった。そして、青年との性器の結合に溺れた。老人や田山に侮蔑された直後、その屈辱を洗い流す為に、膣に住み着いた飢えた獣を満たす為に、まだ乾かない陰道に青年を導いたのである。由子は自らの身体で自らの極秘の選挙戦を闘っていたのであった。
 由子の動向は、事務所に配置した腹心から田山に逐一報告されていたが、田山は黙認した。
 古沢は最下位で辛勝した。田山は胸を撫で下ろした。田山派は全国で八名が当選した。小所帯ながら新派閥として産声をあげ、田山は総統への一歩を踏み出したのであった。
 草也は全国で田山派を強力に支援した。政治活動はしないという教義を、強権で変更したのである。夏も同意した。信徒は夏に従った。とりわけ、クンマ選挙区は、県内信徒はもとより、全カントウに動員を指示した。信徒達は入れ替わり立ち替わり個別訪問をして、執拗に訴えた。街頭演説会を頻繁に行った。草也と夏は姿を現さなかったが、信徒に人気の婦人部長の弁舌が爽やかだったから、動員された信徒達は熱狂した。忽然と姿を現した宗教団体にマスコミも選挙民も驚いたが、真宗の一派と知らされて、むしろ、支持が拡大した。有権者の送迎も替え玉投票もした。しかし、信徒達は手弁当で金銭には一切無縁だった。
 首脳の総括会議で田山は、詳細に分析した報告書を手に睥睨して、「勝因が教団にあるのは誰の目にも明らかだ」として、草也を激賞した。地元後援会の不甲斐なさをなじり、暗に遠藤の会長辞任を求めた。腹心に変えるべく画策したのである。老人が激怒して反発して、沈殿していた新たな権力争いが露になった。だが、田山の迫力と論理の前に老人は劣勢だった。
 そして、老人と田山のトップ会談が開かれた。老人は自らの権限の維持を求めて、由子のあの写真を持ち出した。田山は即座に一億で買い取った。
 こうして、由子は田山の性具となった。由子は田山の気まぐれな凌辱に応えながら、青年秘書との交わりに救いを求めた。 青年秘書は国会議事堂の会議室で、由子のスカートをたくしあげパンティをずり下ろした裸の尻を割って男根を挿入し、「この国に復讐するんだ」と、囁いた。
 由子の愛欲にまみれたニ年は瞬く間に過ぎた。夫の新代議士は田山の忠実な下僕となった。勃起不全は回復しなかった。由子との抱擁は絶えた。
 県議の老人は、間もなく収賄疑惑で逮捕され、失職して有罪となった。
 古沢はニ年後の次の選挙には立候補できなかった。田山が候補者を差し替えたのである。新しい候補者は秘書のあの青年であった。「権力は知恵と力で盗み取るもんじゃよ」と、田山は言い放った。
 青年はトップ当選した。前回以上に教団が力を示した。由子は退官し離婚したのであった。 その後の由子と青年代議士との関係は誰も知らない。元夫であり一期ニ年の元代議士は間もなく投身自殺した。
 青年代議士は再選を重ね、田山派の中核となり、長く田山を支えた。
 草也と田山の靭帯は、これらの選挙闘争を通じてより強く結ばれていったのである。
 
 
草也

労働運動に従事していたが、03年に病を得て思索の日々。原発爆発で言葉を失うが15年から執筆。1949年生まれ。福島県在住。

筆者はLINEのオープンチャットに『東北震災文学館』を開いている。
2011年3月11日に激震と大津波に襲われ、翌日、福島原発が爆発した。
 様々なものを失い、言葉も失ったが、今日、昇華されて産み出された文学作品が市井に埋もれているのではないかと、思い至った。拙著を公にして、その場に募り、語り合うことで、何かの一助になるのかもしれないと思うのである。 
 被災地に在住し、あるいは関わり、又は深い関心がある全国の方々の投稿を願いたい。

宗派の儚3️⃣

宗派の儚3️⃣

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • ミステリー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-02-09

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