(僕は狂っていない)

 赤い記憶は、夕暮れに、焼かれて僕のなかで、死んでゆけ。
 君のささやきが、きこえる。脳裏に、幻想、僕のことを狂っていると、君は嗤いもせず、ただ、傍観しているね。星は破裂し、海は枯れて、僕らは見えない何かに、のみこまれて、宇宙と重なり、心臓の音を忘れる。誰かの体温も。
 絵を描いていた。
 地獄にも似ている、どこかの風景を、君は嬉々として筆をはしらせ、描いていた。燃えるような赤、血のような仄かに黒い赤、夕焼けの赤が、白いカンヴァスを染めて、からだのなかで、ずっと、息を潜めて、眠っていたものが、静かに目を覚ます。嘔吐、という名の、けれどもそれは、出産に近く、うぶごえをあげて、赤い絵の具を永遠に絞りだす君には、届かない。
(君は、パレットの上の、赤を、こねくりまわして、かきまぜて、筆で、機械的に)
 残像は、夜ごとに、ふえてゆく。
 意識の底は、やわらかいものだと思う。実際に、ふれたことはないけれど、きっと、適度な弾力があって、すこしだけ、やさしい。僕と君の、ふたりだけの世界を、のぞいて、そこにいるのは、にせものの僕らと、たおやかな狂気で、君の描いた、地獄みたいな絵の上で眠る、僕を、君は斜め上から、見下ろして、いる。
 神経が断裂しても、君のこと、好きでいたい。
 君の赤に、僕も染まりたい。(わらえばいいよ)

       さて、狂っている、のは?

(僕は狂っていない)

凛として時雨の「i not crazy am you are」から想像しました。

(僕は狂っていない)

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-02-01

CC BY-NC-ND
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