わにが、くちを、あけたのならば

 わにと共存、やさしいひとびとのおこなう、やさしい、という行為の果てに残るものを、せんせいはおしえてくれない。地球はまるいときくから、それでいいと思う、ほんとうに、まるいのかを、じぶんの目でたしかめてみたいとは、あまり思わないし、生物準備室の、あの、ちいさな小部屋にとじこめられた、虫や、魚や、鳥なんかのことを想うと、ちょっとかわいそう、なんて、うすっぺらい同情が膜をはる、ぼくのこころに。
 すいそうのなかでみる、夢のはなしを、もう、きみは、してくれないね。
 紅茶をのんでいた、あの、喫茶店で、輪切りの檸檬が、ぷかぷかと浮かんで、ティースプーンで、ぐっ、と沈める、とき、せんせいの、うでのかたさを、ふいに思い出す。皮膚のしたにある、肉、血管、神経、それらにまもられている、骨のこと。あたまのなかに描くのは、かんたんで、かんたんだから、夢みたいで、ちょうどいい。非現実的で、物語の世界みたいで、漫画みたいで、ノンフィクションなのに、フィクションで、どこまでも深く、ほりさげても、現実をしらないから、リアルがわからないから、きらいにならない。吐き気もしないし、めまいもおこらない。音楽隊にはいっていた、きみの、トランペットの音が、ときどき、夕暮れの町に、鳴り響いている気がする。はやくおうちにかえりましょう、という合図のようだし、夜の世界へと誘う、あやしい音色のようにも思える。せんせいが、ネクタイをゆるめるとき、公園の池にいる、わにが、くちをあけているあいだにとまる、小鳥になった気分になるの。なんとなくだけれど。

わにが、くちを、あけたのならば

わにが、くちを、あけたのならば

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-01-31

CC BY-NC-ND
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