チャック

年始明けで仕事をする先輩がパソコンに向かいながら、ふふ、と鼻で笑っている。

「どうしたんですか先輩。年末年始の休み、いいことでもあったんですか」

俺はキーボード打ちながら、ちらり先輩を見た。

「すまんすまん」

そう言ってキーボードから手を離した先輩は、一口マグカップのコーヒーをすすって俺を見る。

「なんですか?」

俺もキーボードを打つのをやめ、先輩を向いた。

「くくく」

ついにこらえきれず口元を手で隠す先輩が、

「ちょっと思いだし笑いだ」

片手で拝むように謝った。

「えーっ、新年早々気になりますよ、なんですか」

ちょうど休憩にはいい話題だと思った俺である。

「ほら俺、年末年始は田舎の実家に帰っただろ。そうしたら」

「たしか・・・・・・北陸でしたよね、実家って」

「うん、久しぶりに帰れたから親も喜んでね」

「あっ、お土産はないんですか?」

笑顔でスルーした先輩が話しを続ける。

「正月で田舎だろ。何するわけでもなく、家でごろごろしていて、雪が降った日に新聞を読んでいたんだよ。わかるか、地元の地方新聞を読むなんて、妙に懐かしいんだ」

「はあ」

「なんだ、気の抜けた返事して」

俺も地方出身だけど新聞読まないし、Webだよ、今どき。そう言い返す間もなく、

「居間でテレビ流しながら新聞読んでたら、親父が居間に入ってきたんだ。おふくろと姉貴家族はまだ寝ていたね」

先輩は手振りを交えて、どうでもいいようなことも話す。

「引戸なんだよ、うちの居間。それで引戸が開いて、親父が居間に入ってきて引戸を閉めたんだ。けど実家も古くなっているからねえ」

しみじみ思い返すように腕組みをして、天井か、どこか遠くか、斜め上を見ている先輩だった。

「古くなっているからどうなんです」

「親父は閉めたつもりだけど、ちょっと開いていたんだよ引戸が。閉まりが悪くなっていたんだな」

今度は、うんうんとうなずく先輩だ。上見たり下見たり忙しい人だな、この人は。

「で、だな。俺は一言言ったんだ。開いているよって。だって、ちょっと開いていたって寒いだろ」

夏は夏で会社の扉ちょっと長く開けていれば、先輩は暑い暑いって言うでしょ。そうは口には出さずにいると、

「そうしたら、親父、俺と目があったら下向いて、社会の窓を見るんだぜ」

ここで吹き出して笑う先輩だった。

「そ、それで、お、俺は違うって、開いているの引戸だってって教えたんだ。すぐに新聞の続き読むふりしてうつむいたよ。笑いこらえながら」

涙まで流す先輩に、俺もマグカップのコーヒーを一口飲んで聞いた。

「先輩、社会の窓って、引戸の話でしたよね」

ポカンと口を開けた先輩が言う。

「若い人は知らないか」と。

チャック

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-01-31

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