誇り茸 - 幻茸城8

誇り茸 - 幻茸城8

 城の天守閣の屋根裏に住む赤鼠の姫様が目をさました。
 大黒鼠の爺やがやってきた。
「おお、姫様お目覚めですな、今日は、良い天気でござますぞ、久しく行っていない、お池に行きましょうかな」
「爺、今日はよい、もう、お池などと言わぬでいいぞ、池でいい」
「そうですかな、では何をいたしましょうかな」
「爺、今日は外には出ぬ」
「はあ」
「爺は大黒様の所で何をやっていたのですか」
「闇の大王が何か言いましたかな」
「いや、何も聞いてはいないが、大黒様のところにいたと申されていた」
「爺は大黒様の元で、お使いをしておりました」
「なんのお使いをしていたの」
「大黒様の言伝(ことづて)を、人間に届けておったのです」
「どんな言伝であったのです」
「どこそこを掘ると、小判が出てくるとか、そのようなことを、大黒様がおっしゃった人間に伝えておったのです」
「どうしてそんなことをしたの」
「大黒様は、良いことをした人間にいろいろと振る舞われたのですよ」
「ふーん」
「その頃、爺はまだ若く、この白い毛も、もっと白くあったのですがな」
「爺は鼠なのに、なぜ白いのであろうなあ」
「本当は黒鼠にございますが、天のいたずらか、真っ白に生まれてしまったのでございます」
「爺が子どもの頃はどうであった。私のように我ままでしたか」
「いや、姫様は我ままではありませぬぞ、聞き分けのよい姫様じゃ、爺の若い頃は弱虫でな、真っ白だったせいもあって、仲間に何かと苛められましたな、色が白いと人間にも見つかりやすいこともありましてな、人のいないところで遊んでおりました」
「どのようなところで遊んだのです」
「人のこない藪の中、洞窟、山の頂上、そのようなところで、いろいろな生き物たちと会いましたな。そこでだんだんと分かってきたことは、人より動物のほうが怖いということですな。人は害を与えさえしなければ、放っておいてくれますのじゃ」
「なぜですか」
「人は忙しい、自分に関係のないことはかまわぬのです、それに、鼠は機敏で人は捕まえることができません、しかし、人が鼠の天敵を連れてきますと怖いことになります」
「鼠の天敵とはなんじゃ」
「鼠を食べたい奴らはたくさんおりますが、なにしろ鼠は旨いそうですからな、腹の空いた猫や梟は容赦なく襲ってきますからな」
「猫や梟は城の中にはいませんね」
「この城は人がおりませんからな、人は鼠を食わせるために猫を飼います。姫様はまだ猫を知りませんな」
「はい、見てみたい」
「猫と梟の仲間たちは、夜でも目が見え、鼠と同じで機敏なのですじゃ。爺は大きくなってからは人の住む家の天井裏や縁の下におりました」
「それで、なぜ、大黒様のところにいったのじゃ」
「そのころは大黒様がご自分で人間のところに行って、いろいろな物を授けておったのですじゃ。良いことをした人の寝ている枕元に宝の隠してある地図をおいたりしておられました。
 姫様のいる鬼火城は、そのむかし月城と呼ばれておりましてな、月が天に昇ると、遠くからでもきれいに輝いて見える城だったのですぞ。
 城主は住民たちに慕われていたとても良いお殿様で、大黒様はたくさん実のなる稲の穂をお与えになったのじゃ。
 城の廊下に落ちている稲穂を拾ったお殿様は、家来衆に城内の田圃にそれを撒くように言いましてな。それが育ったとき、あまりの穂の多さに驚いたのです。その種を農民たちに分け与え、この村はますます裕福になりました」
「それで、爺はどうして大黒様につかえたのじゃ」
「爺はそのとき大変腹が減っていたのですが、廊下においてあった稲穂を食べるようなことをしなかったのです、それに気がついた大黒様が私を館におつれになり、おいしい米を鱈腹食べさせてくださいました、それから大黒様のお使いを務めるようになったのですじゃ」
「だが、この城に今は誰も住んでいない」
「はい、姫様、人がいたのは大昔の話し、この城は多くの戦に巻き込まれ、何人もの城主が入れ替わり、長い長い物語があるのです」
「爺、この城の中を案内してはくれまいか、いつも外に遊びに行くので、城の中をよく見ていない」
「おお、そうですな、姫様が興味を持たれたときが一番、城の中を歩いてみましょうな、この天守閣は五階建てですので、我々の住処はその上の六階ということになりますな」
「外に出るには階段の脇を駆け下りるので、部屋の中に入ることはなかったが、すぐ下の部屋には、遊びに行ったことがあります。広い広いところで、何もなかった」
「ほかの所も同じですぞ、塵がたまっているだけで」
「でも見てみたい」
「それじゃあ、姫、行きますかな」
 赤鼠の姫と白鼠の爺は天守閣の天井の隅にある穴から下に降りた。
 板の間には埃が高く積もっている。
 朽ちた行灯が倒れ、こぼれた油もすでに乾き、ただの染みになっていた。
 板の間の埃の中を歩いて行くと、大きな蜘蛛が現れた。
 爺が蜘蛛に「赤鼠の姫様だ、そそうのないように」と言うと、
 巣を作らない大きな蜘蛛は、
「爺さん、あんたはよく見るが、この娘は初めてだな」
 赤鼠を見た。
「来たことはあります」
「そうか、ここはわしが取り仕切っておる。何かあったら声をかけるように」
 巣を張らない大きな蜘蛛はするすると壁を上って天井の脇にぺたっと張り付いた。
「あい、よろしくお願いします。女郎蜘蛛の姉さんと、鬼蜘蛛の兄さんと、今度一緒に参ります」
「おお、あの夫婦を知ってるのか、わしもよう知っとる」
「いろいろなところに連れて行ってくれます」
「そうか、そりゃ楽しかろう、あの夫婦は顔が広いからな」
「あい」
「この蜘蛛は足高蜘蛛といって、こんなに図体が大きいのに、すばしっこくって、誰よりも足の速い蜘蛛ですぞ」
 爺が言った。
「頼もしいのですねえ」
「この中にいる限りはわしが皆を守る」
「よろしゅうお願いします」
 赤鼠と爺は足高蜘蛛とわかれ、もう一つ下の階に下りた。
 埃のたまったその部屋では、二匹が歩くたびに足跡がぽつぽつとついていく。
 床には曲がったさびた刀や、壊れた兜、血が茶色にこびりついた布がビリビリに裂け、転がっている。
「姫、ここは、月城に最後に住んでいた殿様が切腹され、幼い子どもたちも道連れにされた場所にございます」
「どうして、そんなによい殿様が切腹しなければならないのですか」
「だまされたのです」
「この城の主は自分たちの命をささげて、村人たちを助けようとしました」
「何が起きたのです」
「この城を攻めてきた敵はとても強く、城を守りきれませんでした。城を空け渡せば村人の命は助けると、敵の大将が言ったのです」
「それで、ここのお殿様は切腹したのに、なぜ家族も一緒に死んだの」
「はい、入ってきた敵が、家族を殺してしまったのです」
「ひどいことを、それでも村人たちは助かったのですね」
「姫様、よくお聞きください、結局、村人たちも一人残らず殺されてしまいました」
「それでは、家族も殺され、殿様の死は無駄になってしまったのですね、かわいそう、どうしてなの」
「そうなのです、もし、姫が殿様だったらどうしますかな」
「分かりません、その時は、どうしたでしょう」
 赤鼠の姫にはまだ難しい問かけだった。
「爺にも難しいことです、みなの頭になると難しいことを決めなければなりません」
「それで、この城は敵のものになってしまったのですね」
「そうですじゃ、しかし、そのような無分別な者達がそのまま生き延びることができるわけがありません」
「どうしたのです」
「遠くにすむもっと強い武将が、有頂天になっていた荒くれたちを成敗し、この城を攻めおとしてしまいました」
「だけど、なぜこの城には誰も住んでいないの」
「村人たちも死に絶えていることから、その武将はこの城を捨てたのです」
「この城の部屋には、血が至る所にこびりついていたのですが、動物達、虫達、風が、少しずつきれいにしてここまでにしたのです」
「この部屋にはお殿様と、奥方様、子供達の遺体があったのですか」
「はい」
「でも、いまはありませんね」
「はい、下の部屋には、武者達の死骸も折り重なっていましたがもうありません」
「だれが片付けたのですか」
「はい、人の死体に生えて骨にしてしまう茸でした。葬り茸と呼ばれています。
「その茸は人の死体につくのですか」
「はい、戦で死んだ人につくのです」
「でも、骨は残りますね」
「その通りです、そのころ部屋にはたくさんの骨が転がっていたのです、その年でしたな、姫のお父上がこの城に赤鼠たちを連れて入ってきたのです、お父上の片腕だった鬼火が骨を灰にしました」
「そうだったのですか、わたしが生まれてすぐに病がはやり、父上母上をはじめ、みな死んでしまったのですね」
「赤鼠に悪い病でしてな、闇の大王に頼まれ、お父上たちを助けるよう、爺たちがここにきたのですじゃ、残念ながら間に合わず、ただ、生まれたばかりの姫を助けることができました。その後、鬼火たちが城の中の病の素を焼き払い、爺が姫を育てたのです」
「じゃが、爺はお乳が出ないのに、どうやって私をそだてたのです」
「よく気がつかれましたな、乳の代わりに、乳茸という茸で姫は育ったのです、そのころ、城の庭にたくさん生えていましたな」
「この灰の中には人々の灰に父や母も混じっているのですね、いつか弔わねば」
「そうでございますな、だがこの城がこれからどのようになるかわかりませんのじゃ。どこぞの大将がこのあたりに町を造ろうと思うかもしれませんしな、その時、この城はまた動き出しますのじゃ」
「でも、こんなに荒れた城に誰が入りますか」
「この城は、元は大変にしっかりと造られた有名な城、きっと誰かが利用するでしょうな、その時のことを我々は考えておかなければなりません」
「そうなのか」
 姫と爺は下の階に降りていった。どこも同じようであった。
 赤鼠の姫は庭に出て天守閣を見上げた。
「我々はずいぶん高い所に住んでいるのですね」
「はい、姫様」
 そこに鬼蜘蛛と女郎蜘蛛が来た。
「お姫さんたち、何してるんです」
「お城の中を爺に見せてもらいました」
「荒れた城だったろう」
「はい、だけど、父と母たちが生きていた城です」
「そうですね、姫には大事なお城ですね」
 女郎蜘蛛がうなずいた。
「白鼠のじいさん、ちょっと、怖い話を入口の松の木から聞いたぜ」
 鬼蜘蛛が言った。
「なにかね」
「あっしが、松の木に巣をかけて獲物を待っていると、松のやつが言ったんでさ、林の中の木が噂してたことだそうで、隣の国の殿様が、鬼火城をその殿様のお姫さんのために綺麗にするという話ですぜ」
「なんじゃと、あの乱暴な殿様か」
 爺が身を乗り出した。
「爺さんは知ってるのかい、強い力のある武将で、乱暴だがけっして村人には悪くないそうだ、だけどわがままさ、周りの国に攻め入って、乱暴を働いているようだ。だから周りの国はいつも戦の準備をしているということだ」
「知っておる、それでどうしてこの城をそのお姫様の住まいにするのじゃ」
「なんでも、この地はあまり重要ではなく、安心なので、ここで姫様を育てるということだ」
「ということは、大勢の侍がここに住むことになるのであろうな」
「そうなる、それに、村人も増える」
「だが、その侍達がどのように振る舞うかが気になるところだ」
「そうだな」
 赤鼠の姫様が言った。
「まず、私たちが見つからないようにしましょう」
「さすが姫様、その通りで、昼間に遊びに出るのは難しくなりますぞ」
「夜の方が面白そうじゃ」
「強い姫様になってきた、末頼もしいや」
「それじゃ、今日、真夜中にまた散歩に行きましょう」
「あい、迎えに来てください」
「爺も一緒に行きますぞ」
「侍たちが入ってくるのだから、爺はその準備をしてくださいな」
「はは、姫様は本当に賢い、爺もじゃまになってきましたな、天守閣の屋根裏をみつからないように考えましょうな、鬼蜘蛛と女郎蜘蛛よ、姫を頼んだぞ」
「あいよ、爺さん、美味しいお酒は用意しとくよ」
「それじゃ、姉さん、兄さん、夜にはよろしくお願いします」
 姫と爺はまたお城の天井裏に向かった。
「面白いところに行きましょうね」
 蜘蛛たちは城から出て、松の木に登って行った。
 
 夜も更け、かなり遅くなってからである、鬼蜘蛛が天井裏の窓に顔を出した。
 近頃、赤鼠の姫は夜になってもなかなか眠りにつけなくなっていた。爺は大人になってきた証と言っていた。姫は今日もまだ部屋の隅で蜘蛛たちが来るのを首を長くして待っていたのである。
「お姫様、迎えに来たよ、今日は蜻蜒や蝙蝠は来ないから、城の庭を歩いて行くことにするよ、夜歩くのも面白いよ」
「あい」
 窓から蜘蛛の糸の梯子が下まで垂れ下がっていた。
「この梯子を伝わって、下に降りることができるかね、姫様」
 赤鼠の姫様は下のほうを見た。お城のお庭の植木が小さく見える、目がくらくらとする。
「怖い」
「ああ、姫様正直だ。今に慣れますよ。今日は綱でおろしてあげましょうや」
 鬼蜘蛛は尻からするすると糸を出し、後足でたぐると袋を作った。
「さあ、お嬢さん、この中にどうぞ」
「あい」
 姫が袋に入ると、糸をあやつり、ゆるゆると、天守閣裏から地面におろした。
「赤鼠の姫様ご到着」
 下で待っていた女郎蜘蛛が声をあげた。
「あい、着きましたか」
 赤鼠が袋から顔を出した。そこへ鬼蜘蛛が糸を伝ってするすると降りてきた。
 その身軽さに「すごーい」と姫様は見上げるとため息をついた。
「さー、いこう」
「どこへ行くのですか」
 姫様がたずねると、鬼蜘蛛は、
「地蔵に会いに行く」と言った。
「地蔵さんは、道のいろいろなところにあります」
 女郎蜘蛛が説明する。
 姫様は道の角にある地蔵を思い出した。
「お城から出てすぐのところにあるお地蔵さんですか」
「そうだねーあれも地蔵だが、本物に会いに行こうね」
「どこにいるの」
「土の中と言っておこうかね」
「じゃあ、閻魔様と同じ」
「違うのさ」
「土の中じゃないの」
「閻魔様も本当は岩穴の中じゃないのさ、世の中にはいろいろな世界があるのさ、お城の中も二階、三階とあるじゃないか、閻魔様のいる世界、闇の大王のいる世界、菩薩のいる世界、我々の世界、それはお城の部屋のように同時にある世界なのだよ。でもみんな繋がっていてね、出入りができるってわけだ」
「世の中はお城の部屋のようになっているのね」
 赤鼠のお嬢さんは驚いた。しかしまだよくはわかってはいない。
「どこで繋がっているの」
「地獄には地獄の入口があったでしょ、地蔵のいる世界はその入口があるのさ」
「地蔵の入口はどこにあるの」
「さー、これから行って見なきゃわかんないね、入口がいつも変わっちまうんだ」
「どうやって探すの」
「あっちらの仲間が案内してくれるので、そいつらに乗っていくんでさあ」
 鬼蜘蛛の言う仲間って誰だろうと、赤鼠の姫が考えていると、女郎蜘蛛が、
「座頭虫さ」と言った
「あ、知ってる、庭で小さな茸を背中に乗っけていたことがある、あんなに細い足で私たちを乗せることができるのかしら」
「とてつもなく大きいな座頭虫がいるんでさあ」
「座頭虫の妖怪かしら」
 そう言っているところに、真っ白な猫ほどもある座頭虫が三匹歩いて来た。
「よー、ここだ」
「おー、鬼蜘蛛の兄いか、女郎蜘蛛の姉さんも」
「ほら、赤鼠のお姫さんだ」
「あー、かわいい姫様じゃないか、ほら背中におのんなさい」
 白座頭虫の大将が足を折ってからだを低くした。
「うれしいな」
 赤鼠のお姫様は喜んだ。
「どうしてだい」
 白座頭虫が胴体を持ち上げながら聞いた。
「ちいちゃいとき、お庭でかわいい茸を二つ乗せた座頭虫さんを見たことがあるの、いいなーって、乗ってみたいなーと思ってたの」
「そりゃあ、庭にいる赤座頭虫じゃないか」
「そう、赤かった」
「あいつは、子煩悩で、ちっちゃなものが大好きなんだ、いいやつらだよ」
 女郎蜘蛛も鬼蜘蛛も白座頭虫にのった。
「さて、でかけよう、」
 白座頭虫は暗い城の庭を大股でゆるりゆるりと歩く。
 足が長いから、あっという間に池の脇に来て、塀から外に出ると、石垣を器用に下に降りていった。
 降りたところは野原だ。ときどき、青い光がぼーっと燃える。
「あれはな、燐の燃える光だ」
「あい、一度見たことがあります、おどろの庭で」
「姫様は物覚えがいいや、その通り、野原のいろいろなところで死んだ動物たちが埋まっているんだよ、戦で死んだ人も埋まっている、死体から燐が出るのさ」
 草が繁った中を歩いて行くと道に出た。大昔、侍たちが戦のために歩いた道である。
 三匹の白座頭虫はゆっくり歩いて行く。
 空には星が無数に瞬いている。座頭虫の背中から、いきなり赤鼠の姫が座頭虫に尋ねた。
「どれが目」
 座頭虫は立ち止まると長い足の一本を折り曲げて自分の目の所を示した。三匹ともそうした。
「その点が目なの、かわいい」
 赤鼠のお嬢さんは微笑んだ。
「かわいいとさ」と、
 笑いながら白座頭虫は再び歩き出した。
 鬼蜘蛛の兄さんが言った。
「座頭っていやあ、目の見えない者のことだが、白座頭虫の旦那たちは、その小さな目で、真っ暗闇でも、何でも見えちまうんだ」
「すごい」
 しばらく歩くと道の角に小さな社があり、中にお地蔵さんが立っている。
「古い地蔵だ、このあたりで、地蔵世界の入口を作ってもらおう」
「入口を作ってもらうの」
「そうだよ、地蔵口を開けてもらうのさ」
「誰に」
「地蔵狸さ」
「狸が門番なの」
「ただの狸じゃなくてね、入口の鍵を持っている妖怪狸さ、地蔵狸というんだ、いつもは草の中で寝ころんで、昼でも夜でも空を見ている、流れる雲が好きなんだ」
「雲の形からお話作りを楽しんでいるのよ」
 女郎蜘蛛の姉さんがいいそえた。
 白座頭虫は六本の足を集めて一本にすると、しゅーっと背を伸ばした。赤鼠の姫様のからだがすーっと上に上がった。
「あ、こんなに高くなる」
 姫様は上のほうから周りを見渡した。
「ほら、向こうの草の中をごらん」
 星の光に照らされて、丈の高い草原の中に、丘が飛び出している。
「あ、動いている」
 茶色の丘が膨らんだり縮んだりしている。
「あれは地蔵狸の腹さ」
「どこにでもいるの」
「地蔵のあるところなら、どこかで空を見ているはずさ」
「あの狸さんに地蔵の入口を作ってもらうのね」
「機嫌が良ければすぐに作ってくれるし、悪いと一日待たなければならない」
 大きな丘がむっくりと起き上がった。
 見ていると、山のような大きな狸が立ち上がった。まるでお城だ。
 足を伸ばした座頭虫の上からでも赤鼠の姫様が見上げるほどだ。
 大きな狸が首をこちらに回すと、座頭虫たちを見た。
「来たね」
 狸はにこにこして姫様の上に顔を出した。
「赤鼠の姫様、これから鍵を開けるからね」
 機嫌はいいようだ。首にかけていた鍵をはずすと、草原の上に丸い雲がおりてきた。
地蔵狸は雲の入口の鍵穴に鍵を差し込んだ。
 かちゃ、という音とともに戸が開いた。穴からふーっと冷たい空気が赤鼠の姫様たちの頭上に流れてきた。
 地蔵の世界は土の中ではなく、雲の中だった。みんなが見上げている雲の中である。
「さあ、どうぞ」
「来るのが分かってたのかね」
 鬼蜘蛛が地蔵狸に尋ねた。
「すぐ分かったさ、昼間、雲の形を見ていると、誰が来て、誰が地蔵さんのところに行くか、よくわかる」
「ふーん、それで、赤鼠のお嬢さんが見えたのかい」
「ああ、雲の形が座頭虫になり、その上に当たったお日様の光が赤鼠の顔になった」
「雲から未来が分かっちまうとはすごいこった」
「地蔵狸さん、ありがとうございます」赤鼠が挨拶した。
「ともかく、中にお入りよ」
 ぽっかりとあいた雲の穴、これが地蔵口なんだ。だけどずいぶん高いところにある。しかも小さい。
「雲の中に入っていくのね、雲さんはふわふわしていて落っこちないかしら」
 赤鼠の姫様は心配になった。
 女郎蜘蛛の姉さんが、
「もっと雲を下までおろせないのかい」
 と文句を言うと、地蔵狸は、
「うん、おろせないことはないんだけどね、草原で夜になるとうろつく虫たちが飛び込んじゃうんだよ、それで今はここまでしかおろせない」
「そうかい、そいじゃしかたがないね、でもあの入口までどうやっていくんだい。
 雲にある地蔵口にだれも届きはしない。
「そいつあ、あっしらにまかしとけ」、
 白座頭虫たちは足を縮めて背を低くすると、
「赤鼠の姫さん、蜘蛛の旦那達も、ちょいと降りてくれないか」と言った。
 赤鼠の姫たちが草原に降りると、白座頭虫たちの一本の足が赤鼠をつかまえた。白座頭虫は背を高くすると、姫をもっている足を穴の入口近くに伸ばし、シューっと赤鼠を放り投げた。みごとに赤鼠は穴の中に入った。
「蜘蛛たちもいきな」
 女郎蜘蛛と鬼蜘蛛も放り投げられ、穴の中に入った。
「白座頭は目がいいね、うまいもんだ、ありがとよ」
 女郎蜘蛛と鬼蜘蛛が礼をいう。赤鼠も穴から顔をだして下にむかってさけぶ。
「白座頭のお兄さんたち、お上手、ありがとう」
「俺たちは、外で待っているよ、地蔵狸が退屈なんだとよ、一緒に遊ぶさ」
 地蔵狸の腹太鼓囃子で、座頭踊りを始めた。
 雲の穴の中に入った赤鼠と蜘蛛の二人は、奥に進んだ。雲の上なのに足元はしっかりしている。
「どこまでいけば地蔵さんに会えるの」
 赤鼠の姫がつぶやくと、奥から帽子をかぶった赤い顔の生き物が走ってきた。
「すまん、またせたな」
「だれだいおまえさん」
 女郎蜘蛛が聞くと、
「地蔵の使いだ、ちょっと地蔵茸を探しにいってたもんでおくれてしまった」
「なあに、それ」
「地蔵の世界に生える茸さ、それが旨いのだ、熟したやつは酒になってる、体が丈夫になる」
 女郎蜘蛛が鬼蜘蛛を見た。
「お前さん、吸いたいだろう」
「うん、旨そうだ」
「なかなかな、他にはない味なんだよ、たまにもらって食べるけど、酒になっているので一日寝てしまうんだ」
 地蔵の使いが帽子をとった。
 角を生やした真っ赤な鬼だった。
「あ、鬼さん」
「ほんとだ、地獄じゃないのになぜ鬼がいるんだ」
「あたしゃ、鬼に会ってみたかったよ」
 女郎蜘蛛の姉さんは憧れの鬼を始めてみると、目を輝かせた。
 赤鬼は笑いながら赤鼠と蜘蛛たちを見た。
「おれたちゃ、もともと地蔵様に仕えておる、地獄にゃ鬼はいらないんだ」
「鬼さんは何をしてるの」
 赤鼠の姫は鬼の角が可愛いと思っている。
「地蔵の世界に来たものどもを懲らしめるのだよ」
「地獄とどう違うの」
「地獄に行くのは死んだ人間、地蔵様の世界にくるのは死んだ動物たちだけだ。動物の本能を忘れたやつらは地蔵様の世界に来る、そこでその動物たちに本能について教えるのだ。それを懲らしめるという」
「地獄は見て来ました、でも人だって動物でしょう、なぜ分かれているのかしら」
「おお、姫様は賢い、地獄で見てこられたであろう、地獄にいった人間は何もすることがない、それが人間への懲らしめだ。だが、動物は何もすることがないと喜んでしまう。動物を懲らしめるには他の方法が必要だ、地蔵の世界は地蔵獄とも言う」
「地蔵獄に来た動物たちは何をしなければならないのかしら」
「動物に悪いことを教えるのだよ」
「悪いことを教えるのは悪いことのような気がするけど」
「動物も人も悪いことを知らないで生まれてくる。大きくなっていくなかで悪いことを覚える。悪いことができないと動物は滅びてしまう」
「悪いこととはどんなことかしら」
「地蔵獄に行ってみなさい、そうすればわかる。悪いことができないと動物は死ぬ。それで死んだ動物たちは、この地蔵獄に来て、お地蔵様に悪いことを教わって、無の世界に行く。無の世界から新たな生命が作り出されるとき、動物は新しい生命として生まれ、そのとき、悪いことを知った生き物になる」
「むずかしい」
「お地蔵様の話を聞くがいい」
 赤鬼は三匹を引き連れて穴の奥に入っていった。
 赤鬼が奥の扉を開けた。
「あとは一本道だ、景色を楽しみながら歩いていくといい。出口は向こうにいる鬼が教えてくれるだろう」
「ありがとうございます」
 赤鼠の姫様は礼を言った。
 地蔵獄に入ると、空には雲一つない青空がひろがり、遠くには雪がかむった山々の頂がくっきり見えた。そういえば、ここは雲の中のはずだ。
 まっすぐに延びている道の脇は花畑で、果てしなく広がっている。咲き乱れている花はさまざまで、身近にある花もあるが、初めて見る花がたくさん混じっている。
「きれいなお花」
「ほんとだね、これだけあるときれいだね、ところがよく見てごらんな、ほらこれは蒲公英(たんぽぽ)だよ、これは薊(あざみ)、これは罌(け)栗(し)、季節なんかありゃしない。みんないっぺんに咲いているんだね、それに見たこともないようなものがあるね」
「きっとよその国の花ではないかしら、すべての世の中の花が集められているのね」
 赤鼠の姫さんはよく理解している。
 三匹がゆるゆると道を歩いて行くと、一匹の猫が後ろから追いついて来た。
 赤鼠の姫は「きゃ、なに」と言って鬼蜘蛛の後ろに隠れた。
「お嬢さん、心配いりやせん、おお、そうか、猫を始めて見なすったか。だが、この猫は地蔵獄にきた猫、というこたあ、もう死んだ奴でさあ」
 茶虎の猫は髭を震わせて姫を見た。
「鼠と蜘蛛のみなさん、このままいけば、お地蔵さまに会えるのでしゅなあ」
「あっちらも初めてだし、そう言われたから歩いているんだが、お前さん、どうしてここに来たんだい」
「おいらは腹が減って、腹が減って、死んじまったんだ、ここに来たら腹が減った感じがしないのはとても幸せだな」
「そんなもんかね」
「どうして食わなかったんだい」
「だってよう、鼠を捕まえたら、その子供たちがめんこい目でおいらを見たじゃないか、だから、親鼠を放してやって、子供たちを尾っぽで遊ばせてやったのさ、それで、腹が減って鶏小屋にいったら、鶏が座っていたから、襲いかかったら、お腹の下から黄色いひよこが三匹ぴよぴよと出てきて、おいらを見るから親鳥を放しちまった。もう腹が減って、そいで、人の家に入ってカツオブシを失敬したら、そこの子供に追いかけられて、カツオブシを落としたあげく、水をかけられて、びしょびしょになって、神社の境内で寝ていたら、風邪まで引いて動けなくなって死んだんだ」
「なんか情けないね、それで地蔵獄にきたのか、赤鼠の姫様、こいつは心配いりません」
 そこへ、雀蜂が飛んで来た。
「地蔵さんに会いに行くのね」
「そうだよ」
「お供させてちょうだい」
 雀蜂はみんなの周りをぶんぶん飛んだ。
「どうして、地蔵獄に来たの」
 赤鼠が聞くと、雀蜂はうなだれて言った。
「子どもに与えようと思って芋虫をつかまえたの。でも、つぶらな目に涙を流してきれいなちょうちょになってみたかったのになれないのね、というから、かわいそうだと思って助けたの。そうこうしているうちにお腹が減って、土に横たわったら、周りに蟻がきて、あたしは食べられてしまったの」
「そりゃあ、かわいそうだが、それじゃ動物じゃねえな、動物は腹が減ったら喰わなきゃな、あんたが死んだら子どもたちはどうなっちまう」
 鬼蜘蛛が言った。
「死んじゃったかもね」雀蜂は頭を落とした。
 みんなそろって道の果てに来ると、小さな社の中に、石でできたお地蔵さんがいた。
 その前には青鬼が二人立っている。
 みんながくるのを見るとお辞儀をした。
「今度は青い鬼がいる」
 赤鼠の姫さんが指をさした。
 一匹の青鬼は赤鼠に、
「こりゃ、指をさすな、お辞儀をしろ」
 と赤鼠に注意した。
 赤鼠が判らないという顔をしていたら、女郎蜘蛛が、
「相手を指差すのは相手を見下したことになることもあるのですよ、青鬼の言うとおり、気をつけましょうね」と説明した。
「あい、すみません、青鬼さん、こんにちは」
 青鬼は「素直な娘じゃ、よいぞ」
 そう言って、青鬼の後ろの石のお地蔵さんに一礼した。
「参りましてございます」
 石の地蔵は、ふーっと大きくなると、角ばった顔の菩薩になった。
 額の上に長い角が突き出ていた。
「菩薩さん角がある」
 菩薩は大きな目をぎょろりと動かし赤鼠を見た。
「そなただな、赤鼠の姫というのは、これから、裁きをするのでよく見ていなされ」
 鬼蜘蛛が小さな声で女郎蜘蛛に言った。
「うざったあ、もっと、にこやかな女かと思っていた」
「そうだねー、あたしより怖いよ」
「うん」
「ほれ、そこの蜘蛛、無駄話しをしおって、我のことを怖いとな、当たり前であろう、動物地獄の責任を負っておる女である」
「閻魔様ではないんだ」
「これ、まだ無駄ぐちをたたいていますな、砂粒にしてしまうぞ」
「す、すいません」
 鬼蜘蛛が道にはいつくばって謝った。
「さた、最初はそこの猫、ここに来なさい」
「なぜ死んだ」
「腹が減って、風邪を引きました」
「なぜ、鼠を、鳥を喰わなかったのだ」
「かわいかったからです」
「そんな人間のようなことを言うでない、動物として間違っている。猫は鼠を食ってあたりまえ、鳥を食って当たり前なのだ」
「はい」
「動物の心を入れ替えなさい、青鬼、懲らしめの園につれておいき」
 青鬼が猫を連れて行った。
「つぎ、ほら、雀蜂、なぜここに来た」
 雀蜂は三匹に話したことを菩薩に言った。
「はは、おまえは人間ではない。本能を忘れた人間は餓えて死のうとどうしようと悪いことではないが、動物が本能に従って生きないのは悪だ。だからここにきたのだぞ。鬼たちにしごかれ、心を入れ替えるのだ。人でいう心と、動物でいう心は違うものじゃ、動物は人の心を持ってはいかんのだ、青鬼、つれていきなさい」
「はい」
 雀蜂は素直に返事をして、青鬼についていった。
「さて、そこの三匹、おまえたちは、死んでここに来たのではない、私に会いたくて来たのでろう」
「はい、お地蔵さまが大好きでしたから、お地蔵様の世界を見てみたいと思っておりました」
 赤鼠の姫様が答えた。
「誰でも入れるわけではない、誰に連れて来てもらったのじゃ」
「白座頭虫でございます」
「あやつらは動物ではない、妖怪のなかまじゃ、座頭虫が百年生きると白座頭虫になる」
「おまえたちの周りには、あやかしの仲間がいるようじゃ」
「あやかしの仲間とはどのようなものでございましょう」
「おまえを育てているのは誰じゃ」
「大黒鼠の爺でございます」
「大黒のところにいた白鼠か」
「はい」
「そうか、あやつは、五百年生きている白鼠じゃ、もう妖怪の域に達しておる。おまえもいずれは、そうなるのであろう。地蔵獄の中をよく見て学んでいきなさい、そこの蜘蛛たちもな」
「でも、なぜ爺は妖怪ではないのでしょうか。百年生きれば妖怪になると聞いております」赤鼠の姫様が質した。
「虫は百年、獣は八百年で妖怪じゃ」
 菩薩さんはそう言うと奥に入ろうとした。そのとき振り返って、
「地蔵獄に生える茸を与える。誇り茸じゃ、青鬼、たのんだぞ」と言った。
 戻ってきていた青鬼は「はいかしこまりました」と一礼した。
「ありがとうございます」
 赤鼠の姫は何に効く茸か聞こうと思ったときにはすでに奥に入ってしまった。
「さて、ご一同、大切なお客として地蔵獄を案内しまする」
「青鬼さんよ、いってえ、どうしておいらたちは客になったんで」
「菩薩様のお考えだ、誇り茸を与えられる者は大事なお客様だ、俺が知っている限り、八百年前にこの菩薩獄にきた大山椒魚だけだ、今、闇の大王になっている」
「会いました。鬼蜻蜒がつれていってくれました」
「そうか、あの山椒魚がいないと、闇夜は魑魅魍魎の世界になってしまうのだ」
「大変な力をお持ちなのですね」
「そうだ、さて、案内しよう」
 青鬼が地蔵獄の真ん中の一本道を歩き出した。
 しばらく歩くと、道沿いの罌栗の花の咲く畑で青鬼が立ち止まった。
 罌粟の花の中では、真っ白い背の高い鬼が、花の中をのぞき込んで何か言っている。
 赤鼠と蜘蛛たちがそばによると、雀蜂が罌粟の花の中にいる毛虫を捕まえようとして躊躇している。
 毛虫がつぶらな目から涙を流して助けてくれと言っている。
「ほら、雀蜂、喰え」
 白鬼が指図をした。
 雀蜂は毛虫に噛み付いた。
「きゃあああ」
 毛虫が悲鳴を上げると、雀蜂は毛虫を罌粟の花の中に落としてしまった。
 白鬼は毛虫を抓(つま)むとつぶしてしまった。
「おまえが食べないなら、わしがつぶして殺す」
 雀蜂の母親はうなだれた。
「わしにつぶされた毛虫はただの無になった、もしおまえが食べれば、おまえの中で生き続けることができる」
 白鬼はとくとくと菩薩の教えを雀蜂に言うのであった。
「いつも私たちがやってることじゃないか」
 女郎蜘蛛は首を傾げた。
「それができない動物がいるのだ、そいつらが地蔵獄に来て、根性をたたき直される。動物は食べて、生きて、相手を倒して、子供を作って、一生を終えるのだ。そこに悪はない、生き物の本能は悪ではない」
「はい、よくわかります」赤鼠の姫は頷いた。
 先に進むと、今度は稲が生えている田圃があった。そこに猫がいた。
 そこでも白鬼が猫に言っていた。
「稲の中にいる畑鼠をとって喰え」
 猫はなかなかとろうとしなかったが、やっと一匹捕まえると頭からボリボリ食べた。
「そうだ、それでいい、旨いだろう」
 猫は頷いた。
「だんだんなれるだろう、猫は鼠を喰うんだよ」
 猫は赤鼠を見て涎を垂らした。
「猫、お嬢さんをそんな目で見るのではない、喰っていいのとだめなのがある」
 女郎蜘蛛が注意した。猫はすぐにうなだれた。
「うん、ごめん」
「喰えただけでもいい、次は女郎蜘蛛の言ったように大人になるのだ」
 青鬼は笑いながらが言った。
「しかたないわね」
 赤鼠のお嬢さんは猫を見た。
 猫は下を向いたままだった。
「まだ、だめみたい」
 赤鼠の姫が笑った。
「やさしい猫さん」
 青鬼は歩きだした。道はどこまでも続いている。
 いつまで歩くのかわからないが、花畑の所々でいろいろな動物が白い鬼にしかられながら、動物として生きることを教えてもらっている。
 青鬼は池の畔にきた。
「この池は底なし池だ」
 三匹がのぞくと、ザリガニが蛙を挟むところだった。
 白鬼が「ほらいまだ」と声をかけているが、なかなか上手くいかない。
 白鬼はザリガニを「なにやってる」としかった。
 ザリガニは御(お)玉(たま)杓子(じゃくし)を捕まえた。
「よし、喰っちまえ」
 白鬼が声をかけると、ザリガニは御玉杓子を口に持ってきた。ところが、御玉杓子が目から涙を流すと離してしまった。
「ねえ、青鬼さん、もし地蔵獄で直らなかったら、どうなるの」
「いつまでもここにいるのさ、地獄だからね」
「でも、優しい動物って、新しい動物になったのじゃないかしら」
「ほー、難しいことが分かる鼠だな」
「無理に直すことないんじゃないのかしら、人間に生まれ変わればいいのよ」
「それは、正しい、賢い姫さまだな」
 と、突然、池の中から菩薩さんが、ぼちゃっと顔を出した。
「聞いておった、その通りじゃ、たしかに賢い、この地蔵獄の本当の役割は、動物として出直すことのできない動物を選び、新たな動物として生まれ変わる世界に送るのも一つの役割なのだ、人間が滅びたあとに、人の代わりになる動物を育てるためにな、そなたは頼もしい、あやかしの頭領に相応しい、赤姫になり動物をまとめよ」
 菩薩が水面に浮かぶと、出てきた穴が石の隋道となった。
「この隧道の途中に話した誇り茸が生えておる、採るがよい、明日の朝に食べなさい、それはそなたの体に底知れぬ力を付けるであろう。生き物としての力と誇りがわき出るのだ、自分ではそれを感じることはないであろうが、必要なときにその力が発揮されるであろう」
「ありがとうございます」
 赤鼠はお礼を言った。
 菩薩は鬼蜘蛛と女郎蜘蛛の方を向いた。
「そちたちには支え茸を与える、隧道の途中に生えておる白い茸を採っていきなさい、姫をはじめ動物たちの大きな支えになるであろう、その茸の養分を吸いなさい」
「へい、ありがとうございます」
「また会おうぞ」
 菩薩は音も立てずに水の中に沈んで消えていった。
 青鬼は先に立って隧道の中に入った。
「ありがたいお言葉をいただいたね、ついておいで、隧道を通って帰ることにしよう、出口まで送るから」
「ありがとう、青鬼さん、お聞きしたいことが一つあるの」
「なんだい」
「気の弱い動物に食べられていた虫や蛙たちはどうなるの」
「あれは幻覚だ、菩薩様が作り出している、本物ではない」
 赤鼠の姫と蜘蛛たちは大きく頷いて納得した。
 石でできている隋道の中には薄明かりが射している。
 しばらくいくと、石壁から真っ赤な茸が生えていた。
「あれが、誇り茸だ、採っていきなさい」
 赤鼠の姫は青鬼に言われて赤い茸を採ると大事に抱えた。
 それからしばらくいくと、白い茸が二つ生えていた。
「ほら、支え茸だ」
 二匹の蜘蛛は白い茸を抱えた。
 歩き続けると出口が見えてきた。青鬼が扉の鍵を開けた。
 雲の中の通路に星の光が射し込んでいる。
「お世話になりました、青鬼さん」
「それでは元気でな、またおいで」
 雲の通路では赤鬼が待っていて地蔵獄の扉の鍵を閉めた。
「帰ってきたな、地蔵獄はどうであった」
「動物だけでなく、この世にとって大切なところだということが分かりました」
「そうであろう、ほら、これが菩薩茸だ、七つ採っておいた、一つは大黒鼠のじいさんに、一つは地蔵狸にな、旨い酒の茸だよ、あと五つは蜘蛛たちにな、座頭虫にもだよ」
「ありがとう、みなが喜びます」
 雲は草原の草のすれすれまで降りた。
「帰りには雲さんが下まで降りたのはどうしてかしら」
 待っていた地蔵狸が笑った。
「姫さんの持っている誇り茸の香りは、虫たちがちかよれないからなんだよ」
「ただいま」
 三匹の白座頭虫が地蔵口の下にきた。姫と二匹の蜘蛛は座頭虫の上にのった。
「さようなら、赤鬼さん」
「またおいで」
 赤鬼が手を振った。
 地蔵狸が地蔵口に鍵を掛けると菩薩の雲は星空の上に漂って消えていった。
「地蔵狸さんと座頭虫さん、赤鬼さんが菩薩茸をわたしてほしいって」
 姫は菩薩茸をみんなに渡した。
「お、嬉しいね、赤鬼はいいやつだ、姫を送ったら、これでおまつりだ」
 地蔵狸も三匹の白座頭虫について城までやってきた。
 白座頭虫から降りた赤鼠は細いが頑丈な座頭虫の足を撫でた。
「白座頭虫さん、ありがとう、またお世話になると思います、そのときはよろしくお願いします」
「赤鼠の姫さん、ますます賢くなったね、何かあったら言ってくれよな、なんでもするからな」
「きょうはありがとう、さようなら」
 赤鼠の姫様は城の中にはいっていった。
 女郎蜘蛛と鬼蜘蛛、三匹の座頭虫、それに地蔵狸は、城の庭の池のたもとで地蔵茸をかじり、酔っ払って踊った。それは夜明けまで続いた。
 姫は天守閣の屋根裏に帰ると爺の部屋に行った。
「爺、鬼さんが、爺に菩薩茸をくれました、お酒の茸です」
「おー、ご無事で、これすばらしい土産を、ありがたきしあわせ」
「地蔵様は菩薩様でした。私にはこの誇り茸をくださいました」
 赤鼠の姫様は赤い茸を爺に見せた。
「なんと、誇り茸を、その茸は闇の大王の大赤山椒魚以外、誰もいただいておりませんぞ、菩薩様も姫様があやかしの頭領にふさわしいとお思いになったのでございましょう」
「赤姫になりなさいと言われました」
「そうですな、大人になった暁には赤姫様じゃ、まだまだじゃ、もう寝てくだされ」
「はい、おやすみなさい」
 赤鼠の姫は床に入った。もう夜が明けようとしている。大人の鼠が寝る時間になっていた。

誇り茸 - 幻茸城8

私家版第一茸小説集「幻茸城、2016、302p、一粒書房」所収
茸写真:著者 長野県紅葉台?1968

誇り茸 - 幻茸城8

赤鼠の姫が動物の地獄、地蔵地獄をたずねる。動物と人間の違いを知る。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-01-31

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND