失踪記

祐喜代

失踪記

これは僕の生き辛さが限界に達してダメダメだった時の話。


仙台に住んでいた20代の半ばくらいに、僕は失踪した。

きっかけはゴールデンウィークの最終日。

バイト先の友達が急に彼女連れで僕の家に遊びに来た。

二人で旅行に行って来たらしく、楽しそうな土産話をいっぱい聞かされた。

僕のゴールデンウイークは飛び休で、特に何の予定もなかった。

遊ぶ金もあまりなかったから、家でムンクの作風を真似た河童の油絵をひたすら描いていた。

僕は人といる時はだいたい陽気だけど、まだ乾いていないその河童の絵は陰気だから裏返しにして部屋の隅に置いておいた。

彼女と充実した連休を過ごした友達と、家で一人陰気臭い絵を描いていた僕。

その明暗になんかムシャクシャして僕も急にどこかへ行きたくなった。

友達と彼女が「この後二人でご飯食べに行く」と言って、楽しそうに帰っていった。

明日バイトに行く気が全然なくなり、思い切って休もうかどうか悩みながらその日は寝た。

翌朝、いつもの時間に目覚ましが鳴っても、僕はそのまま布団の中に入っていた。

仮病を使って休もうかと思ったけど、嘘がつけないので会社に電話するのが億劫だった。

それまで僕はずっと無遅刻、無欠勤だった。

たとえ本当に体調が悪くても、バイトを休む事にはものすごい罪悪感があった。

いっその事失踪しようかな……。

どうするか迷っていたら大胆な発想が浮かんで来た。

小心者だから普段はあり得ないけど、とりあえず近くのATMで10万円をおろしてみた。

出勤時間が近づいて来た。

会社に行くか? 失踪するか?

会社にはどうしても行きたくなかった。

とりあえず黒いシャツと黒いキャスケットと黒いジーンズに着替えた。

ホントに失踪する?

まだ迷っていた。

油絵に使うテレピン油の臭いが充満している狭い部屋とつまらないバイトの日常。

来る日も来る日もずっとそんな毎日だ。

そう思ったら財布だけ持って部屋を出ていた。

当時住んでいたアパートはバイト先の近くだったので、職場の誰かに見つかったらマズイと思い、とりあえず最寄りのバス停へ急いだ。

そして来たバスに乗り、仙台駅へ向かった。

バスは出勤や通学する人たちで満員になっていた。

バスのつり革に摑まったら、少し解放感があった。

あてもなく目的もないまま仙台駅へ着いた。

高速バス乗り場の待合所が目に入ったので、とりあえずそこで東京行きのバスチケットを買ってみた。

中学の修学旅行以来、僕は東京へ行った事がなかった。

東京に憧れはなかったけど、一度は一人で大都会を観光してみるのも悪くないと思った。

東京行きのバスが出発するのは午後からだった。

今頃バイト先から僕の携帯電話にバンバン電話がかかって来ているだろうと思った。

不審に思った会社の人が僕のアパートまで様子を見に来てるかもしれない。

そんな事を考えながら平日の街をぶらぶらした。

もう日常には戻らないし、戻れないだろうと思った。

財布の中の10万円を使い切ったら、そのまま野垂れ死にしようと思った。

アーケードの商店街をぶらつき、国分町の繁華街の方へ足を向けた。

午前中から営業している安い風俗を見つけたので時間潰しに入った。

野垂れ死にする前にエロい事をしておかないと後悔しそうな気がした。

客は僕一人だったので、すぐに案内された。

お店の女の子にHなサービスを受けてから、まだ時間があったのでいろいろ話した。

お店の女の子に「バイト辞めて東京へ行く」と言ったら、「お土産買って来て」と言われた。

帰ってくるつもりはなかったけど、なぜか「うん」と答えて店を出た。

それから仙台駅に戻り、東京行きの高速バスが来るまで待合所で時間を潰した。

会社を黙ってやめた罪悪感はもうだいぶ薄れていた。

その代わりに実家の家族へ向けた罪悪感が徐々に湧き始めていた。

何日も連絡が取れない状態が続けば、当然会社から実家の方へ連絡が行く。

ひょっとしたらもう行っているかもしれないと思った。

バスを待っている間、実家の家族が慌てふためく様子をずっと想像していた。

長い事待って出発時間になり、東京行きの高速バスが来た。

まだ後戻り出来るけど、バスに乗った。

指定された席につくと、社会からドロップアウトする恐怖と解放感が綯い交ぜになって複雑な気分だった。

とにかく窓を開けて、景色がだんだん仙台から離れていく様子をずっと眺めていた。

仙台で出会った友達や知り合いたちの事を思い出して、またいろいろ悩んだ。

いざドロップアウトしてみると、これまで人と築いて来た良い関係も悪い関係も全て足枷になるような気がした。

家族さえもそうだと思った。

そして天涯孤独の身だったら、もっと楽に生きられたかもしれない、と思った。

何度かウトウトしながらずっと窓の景色を眺め、夕方くらいにバスが首都高速に入った。

迷路みたいな首都高速とその先にある高層ビル群を見て、大都会へ来た実感が湧いた。

当てナシ、伝手ナシ。

今晩はどうなるんだろう?

まったく想像が出来なかったけど、とにかく来た以上は楽しもうと思った。

池袋と八重洲の停留所を経由して、新宿南口のバスターミナルでバスを降りた。

目的がないので、とりあえず目についた気になる建物とか景色に向かって歩いてみた。

腹が減っていたので、途中で見つけた立ち食いそば屋に入って天ぷらうどんを食べた。

住所不定無職だから免許証はもういらないと思い、小さく折り曲げてゴミ箱に捨てた。

その後、お台場のフジテレビが見たいと思ったので、タクシーを捕まえた。

人の良さそうなタクシー運転手に「お台場まで」と伝えたら、「観光ですか?」と気さくな感じで話しかけてきた。

「そうです」と答えたら、「お台場に行くまでの間、東京をいろいろ観光案内してあげるよ」と言ってくれた。

土地勘がないので新宿からお台場までどういうルートを辿ったか覚えてないけど、人でごった返す渋谷のスクランブル交差点を通った。

明治神宮と神宮球場も通り、青山あたりで「あれ、美空ひばりが建てた豪邸だよ」と、それっぽい屋敷の前を通った。

景色が徐々に東京湾の方へ向かって行くのは分かった。

「あれがレインボーブリッジだよ、キレイでしょ?」

確かにキレイだった。

レインボーブリッジを渡る時、フジテレビ社屋の球体が見えた。

夜なので中に入れるかどうか分からないけど、フジテレビの前で降ろしてもらった。

フジテレビの中に入ろうとした時、入口の警備員を見て急に怖気づいた。

失踪したという負い目が観光気分を阻害したのだろう。

なるべく怪しまれるような場所は避けて、とりあえず近くの浜辺に行ってみた。

ベンチを見つけたのでそこに座ると、疲れたのか眠気が襲って来た。

今日はここで野宿しよう、そう思って横になってみた。

でも海の夜風が寒くて眠れず、おまけに体が湿ってベタベタして来た。

仕方がないので寝る場所を変えようと、またあてもなく歩いた。

とりあえずお台場エリアから出ようと思った。

現在地が分からないのでとにかく道路標識を見ながら、知っている地名の方へ向かった。

道路標識に「晴海ふ頭 銀座」の文字を見つけた。

歩道を歩いていたのに、いつしか車道に入っていた。

だんだんトラックの通行が多くなり、物流倉庫が多いエリアに来ていた。

とりあえずお台場エリアからは出れたようだった。

かなり歩いて疲れていたけど、寝れそうな場所がないので歩き続けた。

人目につかない公園があればそこで寝るつもりだった。

道がふいに途切れて市場みたいなところに迷い込んだりもした。

タワーマンションが見えたのでそっちに向かって歩いた。

電柱の住所を確認したら「月島」になっていた。

住宅街に入り、近くの川沿いを歩いた。

歩き疲れたので、タワーマンションに隣接している小さい公園のベンチで休んだ。

でもやっぱり夜風が寒くてウトウトする程度の仮眠しか取れなかった。

時間はわからないけど、住宅街はもう寝静まっていた。

社会からドロップアウトして暮らしを捨てた事への後悔の念が襲って来た。

気分転換にまた川沿いを歩く事にした。

鉄橋のアーチが見えて、大通りに出た。

道路標識に「銀座」の文字があった。

疲れたので近くの公園のベンチでまた仮眠した。

寒さとベンチの寝心地が悪くて熟睡は出来なかった。

渋谷あたりに行けば、まだ人もいっぱいいるんじゃないかと思い、渋谷へ行こうと思った。

渋谷の方角が全然分からなかったけど、とりあえず銀座へ向かって歩いた。

何度か辿り着いた地下鉄の駅はもうシャッターが下りていた。

周囲の景色がテレビで見た事がある銀座っぽくなって来た。

車の通りも人の通りもあまりないので、銀座界隈はもう眠っているみたいだった。

体力が限界だったのでパルテノン神殿みたいな建物の横に座り込んで休憩した。

銀座から渋谷までいくらかかるかわからないけど、歩いてもたどり着けない気がしたからタクシーを捕まえた。

銀座から渋谷までは思ったより距離があるようだった。

10万円を使い切ったら野垂れ死にだ。

タクシーメーターを気にしつつ、窓の外の景色を眺めていた。

渋谷の方に近づくにつれて、車も人も多くなって来た。

「渋谷のどのへんまでですか?」と聞かれたので、「適当でいいです」と答えた。

運転手に困った顔されたけど、渋谷の地名以外出て来なかったから、とにかく渋谷駅周辺で降ろしてもらった。

人がウジャウジャいた。

深夜なのに祭りのような賑わいを見せる渋谷に圧倒された。

駅周辺を一周してモヤイ像とハチ公像を見た。

そしてセンター街をうろついた。

ゴミだらけの汚い街だと思った。

ジャンクフードの臭いしかしない街だと思った。

イメージどおり、渋谷にはヤンキーとかギャルとか、不良っぽい人種しかいなくてホッとした。

浮かれたヤツ、悪いヤツ、ダメなヤツ、寂しいヤツらの吹き溜まりが渋谷だと思った。

高架下で眠るホームレスを見てさらにホッとした。

自分と同じ年くらいの若いホームレスの姿も見かけたので、声をかけて一緒に酒が飲みたくなった。

でも声をかける勇気がなかったから、コンビニでチューハイを買って一人で飲む事にした。

そしてハチ公像にもたれかかり、酒を飲みながら周りの人たちをただ観察した。

ナンパする人、ナンパ待ちする人、ただ暇そうな人、終電を逃して帰れなくなった人……。

僕と同じ失踪中の人はいないかな?

これだけ人がいれば何人かはいるだろうけど、見分けるのは困難だった。

次第に疲れと酔いで体がぐったりとして来た。

近くに横になれるベンチはなかったけど、なるべく服が汚れない地べたに座り込んでそのまま寝た。

それが失踪1日目。


どれくらい寝たかわからないけど、渋谷で朝を迎えた。

気温が高くて、太陽が眩しかった。

野宿でも多少疲れは取れていた。

寝惚けた状態で朝の渋谷駅周辺をうろついた。

駅ビルのデパートはまだ開店前だった。

モヤイ像の側にある汚い公衆便所で小便をした。

新宿に行こうと思って地下鉄駅の方へ下りてみた。

電車の乗換路線図が複雑過ぎて抽象画にしか見えなかった。

でも人に道を聞くのが嫌だったから、また道路標識を頼りに新宿方面へ向けて歩いてみる事にした。

渋谷のセンター街へ入って、NHKの前を通った。

途中コンビニで、暇つぶし用のペンとメモ帳を買った。

遺書でもないけど、何か想った事を言葉でも絵でもいいから書いて残しておきたかった。

それからどこをどう歩いたか思い出せないけど、なんとか新宿までたどり着いた。

小田急の駅ビルのデパートでペンとメモ帳を入れるポシェットを買った。

それから新宿アルタの近くにあった紀伊国屋書店で文庫本を一冊買った。

タイトルは忘れたけど、これからの日本の未来を予測して危惧する内容の本。

野垂れ死にする予定なのになぜか日本の未来が気になった。

もしこのまま社会に属さずに生きていく事が可能なら、そのまま生きていくのも悪くないと思ったのかもしれない。

新宿アルタの広場に行って、本を読んだり、メモ帳に絵を描いたりした。

待ち合わせをする人、ただ暇そうな人、ホームレスの人……。

失踪中の人。

渋谷の時みたいに、新宿の人の群れの中にも僕と同じ人がいないか探した。

居たとしても気付かないけど、見た感じいなさそうだった。

僕が失踪中の人である事に気付いている人もいなさそうだった。

適当にペンを動かして、メモ帳に人の顔を描いていたら、近くにいたホームレス風のおじさんが僕に話しかけて来た。

僕のメモ帳を覗き込んで「上手だね」と言った。

それから「おっちゃんの娘の顔も描いてくれないか?」と頼まれた。

知らないおっちゃんの娘の顔?

描けるわけがないので「描けないです」と答えた。

それでも「思いつきでいいから適当に描いてくれ」とおっちゃんが食い下がって来たので、言われるままに適当に描いてみた。

描き終わってから、おっちゃんの顏を見ながら描けば良かったな、と思った。

ポニーテールの女の子の顔が描けた。

可愛くなかったけど、おっちゃんに見せたら「似てるなぁ」と言ってくれた。

その似顔絵だけメモ帳から切っておっちゃんにあげた。

嬉しそうだった。

おっちゃんが「お礼はこれでいいか?」と言って、ズボンのポケットをまさぐり、千円札を出して来た。

「そういうつもりじゃないです」と言って受け取りを拒否した。

でも少し機嫌が悪そうに「いいからもらってくれ!」というおっちゃんの圧に負けて、お礼の千円札はもらう事にした。

おっちゃんはとにかく誰でもいいから何かきっかけを作って話したかったんだと思う。

そんな孤独をおっちゃんから感じた。

そのお礼の千円札。

だとしたらありがたく受け取ってもいいかな、と思った。

ホームレスになった理由とか、娘さんの事とかいろいろ聞きたかった。

でも気まずくなるのが嫌だったからやめた。

失踪中の僕には他人の過去や闇に共感出来るほどの余裕がなかった。

それから夕方くらいまで新宿アルタの前にいた。

駅周辺のラーメン屋でラーメンを食べて、また新宿南口のバスターミナルへ行った。

もう東京に居たくなかった。

だからまたバスに乗って東京以外のところへ行こうと思った。

大阪行きの高速バスの席にまだ空きがあったので、そのチケットを買った。

到着は明日の朝。

今晩はバスの中で一泊出来ると思った。

バスが出るまでだいぶ余裕があるので、新宿高嶋屋の広場にあるベンチで本を読んだ。

日本がどん詰まりの状態になる未来予測。

賢明な人だけしか生き残れない過酷な未来が待っているようだった。

今僕の周囲にいるリア充で楽しそうな人たちもいずれダメになる。

そう思うと気が楽になった。

ベンチで少し仮眠を取った。

それから高速バス乗り場の待合室に移動して、大阪行きの深夜バスに乗った。

目が覚めたら人情の街大阪だ。

人情って何だろう?

東京に冷たさを感じたわけではないけど、大阪行きには少し期待していた。

どこかで人生をやり直せるんであれば、やり直したい。

本当にあるなら大阪の人情に触れてみたかった。

それが失踪2日目。


高速バスのシートは窮屈だから、朝起きると体中が痛かった。

カーテンを開けて外を見ると、外はまだ薄暗かった。

アナウンスでは、USJ前の停留所を経て梅田に到着する予定だった。

大阪の事は東京以上にほとんど何も知らなかった。

梅田、難波、天王寺、新世界、道頓堀。

知っている地名といえばそれくらいだった。

あとは「笑いの街」とか「人情の街」とか、「たこ焼き」とか「お好み焼き」のイメージしかなかった。

アナウンスで「梅田」の地名を聞いた時、小学校の時にやっていたPCエンジンのゲームソフトをふと思い出した。

大阪を舞台にした「定吉セブン」という謎解きのアドベンチャーゲーム。

バスの中でそのゲームの記憶を辿っていたら「通天閣のビリケンさん」を思い出した。

とりあえず大阪に着いたらそれだけは絶対に見ようと思った。

バスが終点の梅田に到着した。

高層ビルがいっぱいあったので、東京の西新宿みたいだと思った。

二日間風呂に入ってないから、頭も体もベタついていた。

とりあえず髪を切って、頭だけでも清潔にしようと思った。

高層ビル群から遠ざかるように歩き、狭くて細い路地にある商店街に入った。

朝早くから開いている床屋があったので入った。

伸びると面倒くさいから思い切って丸坊主にしようと思った。

店の人にバリカンで坊主にしてもらいながら、テレビのニュースを見た。

「パナウェーブ研究所」と名乗る白装束の集団が話題になっていた。

得体の知れない怪しい集団として報道されていた。

オウム真理教のようなカルト集団かもしれない、という疑いをかけられているようだったけど、特に事件を起こしたわけではないようだった。

一緒にテレビを見ていた店の人が「何やろね、このおかしな人らは?」と言った言葉が気になった。

理解出来ないものはすべておかしい。

得体の知れないものはすべておかしい。

そういう偏見を店の人から少し感じた。

僕が見ても白装束集団は確かにおかしかった。

だから失踪中の僕も世の中的にはおかしいんだと思う。

でも僕は自分をまともだと思っている人を「まともだ」と思った事がなかった。

何がまともで、何がまともでないのか?

自分を「まともだ」と思っている人に、その定義を教えてほしかった。

世間的だとか常識的にみんなと同じであればまとも。

僕にはそういう感覚だけで自分の事を「まともだ」と思える人たちが狂っているように見えた。

人類の長い歴史を振り返れば、人間は常におかしかったと思う。

そんな事を考えていたら、すっかり丸坊主になっていた。

散髪代を払おうとしたら、急に店の人の様子がおかしくなった。

体がふらついていて、話す言葉がしどろもどろになっていた。

病気?

倒れそうになったので慌てて体を支えた。

とりあえず椅子に横になってもらい、近所の人を呼びに行った。

近くの家に入って事情を説明したら「いつもの事やからじきに治るやろ」と言われた。

「散髪代をまだ払ってない」と伝えたら、「とりあえず500円でええと思うで。あとはワシが様子を見ておくから」と言ってくれた。

近所の人に後を頼み、1000円を置いて店を出た。

頭がすっきりしたので、次は体をすっきりさせようと思った。

お風呂のついでにまた午前中から風俗に行くことにした。

10万円使い切ったら野垂れ死にする予定だったけど、貯金はまだあったからATMでまたお金を卸した。

どうせ死ぬなら派手に使ったほうがいい、と思った。

タクシーを拾って難波の方まで行ってみた。

適当にアーケード街を歩いていたら「難波グランド花月」を見つけた。

せっかくだから「吉本新喜劇」も見てみたいと思った。

でもやっぱり観光気分じゃないから入れなかった。

失踪中にみんなと一緒に劇場で笑う。

そんな図太い神経だったらそもそも失踪してないだろうな、と思った。

難波の街をあっちこっち適当にウロウロしてみた。

風俗の呼び込みっぽい男の人に声をかけられたので、案内されたソープの店に入った。

二日ぶりのお風呂。

店の子の人懐こい関西弁が可愛くて、心身共に癒された。

店の子に「このあとどこ行くん?」って聞かれたので、「通天閣のビリケンさんを見に行く」と答えたら、その辺りにたまに来る美味しいたこ焼きの屋台を教えてくれた。

店を出てさっきの呼び込みの人に通天閣までの道を聞いたら、タクシーを呼んでくれた。

大阪の人は基本的に気さくで親切な人が多いと思った。

そんな人がいっぱいいるなら確かに人情の街だと思った。

通天閣の近くでタクシーを降ろしてもらって、ビリケンを見るために展望台まで上がった。

大黒様みたいに黒くてモヒカンの子どもみたいな神様。

神様というよりかは宇宙人的な感じがした。

足の裏を撫でるとご利益があるという話を聞いた事があった。

失踪中の身にご利益なんてないだろうと思ったけど、せっかくだから記念に足の裏を撫でた。

それから店の子に聞いた美味しいたこ焼きの屋台を探した。

しばらく探したけどそれっぽい店は見当たらなかった。

仕方がないので、他のお店でたこ焼きと缶チューハイを買った。

「スパワールド」の長い階段のスペースに座ってそれを食べた。

出来立てのたこ焼きを食べたのは久しぶりだった。

疲れたのでそのまま階段に座り込み、そこから見える通天閣をメモ帳にスケッチした。

通天閣の展望台の部分を歪んだ人間の顔にして、「痛点核」と、メモ書きした。

それから100円ショップでパンツを買って、天王寺動物園のトイレで着替えた。

失踪中でも、人目があるうちはなるべく清潔にしていようと思った。

そして天王寺動物園を回ってから美術館へ行った。

関西圏の公募展をやっていた。

関西は技術的にレベルの高い作品が多いな、と思った。

思えば僕の好きな画家である佐伯祐三と鴨居玲も関西出身の人たちだった。

それから天王寺動物園のまわりでホームレスをしている人たちがいたので、その暮らしぶりを見て回った。

東京のホームレスの人たちはみんなバラバラに生活していて、コミュニティがない感じがした。

大阪のホームレスの人たちはみんなブルーシートの家を持っていた。

その中で商売している人もいた。

カラオケがある飲み屋のブルーシートもあった。

そこにみんな集まって酒を飲みながら楽しそうにしていた。

社会からはみ出しても生きていればなんとかなる。

そんなバイタリティを大阪の人たちから感じた。

ただ自分がそこに入ってやっていけるとまでは思わなかった。

それから夕方くらいまで新世界と天王寺界隈をぶらぶらした。

誰かと酒を飲みたかったので、夜は大阪のキャバクラにでも行こうかなと思った。

大阪ミナミ。

そこに行けば夜のお店はいっぱいあるだろうと思った。

タクシーを拾って「ミナミまで」と言ったら、タクシーの運転手にミナミのどの辺までなのか聞かれた。

ミナミがどの辺の事かわからなかったから、とにかく安く飲めるキャバクラがないか聞いてみた。

運転手が「大阪はボッタクリが多いから、ボクの行きつけの店で良かったら紹介しますわ」と言ってくれたので、お願いした。

大通りをしばらく走ってから、人でごった返す繁華街の路地に入った。

昭和のキャバレーっぽい店の前でタクシーが停まった。

運転手がドアを開けて、店の前にいたボーイさんに「このお客さんに安く飲ませてあげて」と声をかけてくれた。

気さくで親切な運転手のおかげで、今日くらいは楽しい思いが出来そうな気がした。

ボーイさんの案内で店の中に入ると、店の中は二階まであるかなり広いスペースだった。

店にはショーをやるステージもあった。

最初に母親くらいの歳のオバちゃんが二人ついた。

「兄ちゃん、今日はナンボくらいで遊ぶん?」と聞かれ、料金がわからなかったから、とりあえず「2万くらい」と答えた。

そしたらオバちゃんが「女の子の飲み物代とかはいらんから、なるべく安く済むように遊ばしたげるよ」と言ってくれた。

オバちゃんが瓶ビールを頼んでくれて、持っていた煎餅とかチョコレートをつまみに出してくれた。

後から若い女の子も僕の席についてくれた。

滋賀県から来たノリが良くて可愛い子だった。

こういう子と付き合いたいと思った。

トイレに行く時ステージを見たらストリップショーをやっていた。

とにかくオバちゃんの声が賑やかだったから、親戚と集まって飲んでいるみたいだった。

「どこから来たん?」とか「大阪へは何しに来たん?」とか聞かれたけど、「失踪中」とは言えなかった。

でもみんな良い人そうだったから、なるべく正直に言おうと思って、「バイトを無断でやめて旅行している」と答えた。

「なんか嫌な事でもあったんか?」と根掘り葉掘りオバマちゃんに聞かれた。

バイトは確かに嫌だったけど、問題は自分の不甲斐なさだったから、どう答えていいか迷った。

しばらく考え込んでいたら、オバちゃんが気を遣って空いたグラスにビールを注いでくれた。

「人生いろいろあるから、嫌になる事もあるやろうけど、黙って仕事やめるのはあかんと思うで」とオバちゃんにそっと説教された。

当たり前過ぎる正論だけに痛かった。

オバちゃんに謝ってから、注いでくれたビールを飲んだ。

酔っぱらってはいるけど、酔い切れない酒だった。

「とにかく気が晴れるまで好きにして、また大阪遊びにおいでぇや」

オバちゃんたちにそう言ってもらえたのが救いだった。

2時間くらい飲んだところでオバちゃんが「今日泊まるとこどうするん?」と聞いて来た。

「決めてないです」と答えたら、オバちゃんが安いホテルを紹介してくれた。

店を出てからもオバちゃんがふらつく僕をそのホテルまで案内してくれて、その日はふかふかのベッドの上で寝る事が出来た。

それが失踪3日目。


朝起きるとベッドの上だった。

ホテルに泊まった事を忘れていて、一瞬自分がどこにいるのか?分からなかった。

ただぐっすり眠れた感じはあった。

昨日の夜の事を徐々に思い出して、すぐにチェックアウトした。

外に出ても景色に見覚えがなかった。

お店からそんなに遠くない感覚はあったから、たぶんミナミのどこかだと思った。

どのみち行く当てなんかないからまた適当に歩いた。

適当に歩いて道頓堀のグリコの看板があるところまで来た。

道頓堀のベンチで暇つぶしに本を読んだ。

ぼちぼち飲食店が開店し出したので、「金龍ラーメン」を食べた。

それから近くの店のたこ焼きも食べた。

また適当に歩いていたら、高速道路の高架が見えた。

高架の下の国道をずっと歩いて、行けるところまで行ってみる事にした。

道路標識を見たら「神戸」方面に向かって歩いていた。

「尼崎」の文字もあった。

お笑いコンビのダウンタウンが好きだったので「尼崎」に行ってみたいと思った。

工場地帯の光化学スモッグで覆われた変な人だらけの町。

そんなイメージがあった。

とにかくダウンタウンの笑いを生んだ原風景を見てみたかった。

ひたすら大通りを歩いていたら大きな河に出た。

淀川だった。

淀川にかかる長い鉄橋を渡った。

国道沿いは大型店舗が多かったから、安く自転車が買える店があったら買おうと思った。

しばらく歩くと、案の定大型の自転車屋があった。

4000円の中古のモトクロスバイクがあったので買った。

防犯登録の時、住所の記入欄を見て少し困った。

仙台の住所を書いたら店の人に何か言われるんじゃないか?

そんな事を考えた。

でも嘘の住所を書いたらもっとマズイ事になるかも?と思ったので、いちかばちか仙台の住所を書いた。

店の人はそれを見ても特に何も言わなかった。

無事に自転車を買うことが出来た。

すごく楽だった。

このまま自転車で行けるところまで行ってみようかな、と思った。

「尼崎」まではすぐに着いた。

国道を外れ、尼崎の町を自転車でブラブラした。

自転車が快適過ぎたので、調子に乗ってつい赤信号を無視した。

そしたら近くの工事現場で交通誘導をしていた男の人に「自分、赤やで」と言われた。

注意されたというよりかは、ツッコミを入れてもらった気がした。

住宅街をとにかくウロウロしてみた。

僕の田舎とそんなに変わらない風景がゴチャゴチャと密集している感じがした。

雑な生活感のある家が多かった。

下町。

ダウンタウン。

確かにそんな感じの町だなと思った。

それからまた国道に戻って「神戸」に向かった。

腹が減っていたので「芦屋」あたりでラーメンを食べた。

日が暮れた頃に「神戸の三宮」に着いた。

オシャレな港町。

とにかく道行く人が全員オシャレに見えた。

特に年配の人たちがオシャレで、みんな金持ちそうに見えた。

リア充だらけの街。

羨ましいけど、僕には住みづらそうだなと思った。

街で一人だけホームレスの人を見かけた。

ペデストリアンデッキの通路にダンボール箱を置いて寝ていた。

金持ちだらけのリア充な街で一人だけ貧乏。

その孤独は測り知れないな、と思った。

観覧車が見えたので、そっちへ行ってみた。

港の夜景スポットみたいになっていて、カップルが多かった。

ベンチのあるところに自転車を止めて休憩した。

キレイな夜景を眺めているカップルばかり眺めていた。

疲れていたけど、「神戸」では野宿出来そうになかった。

居心地が悪くなったのでまた自転車で走った。

寝る場所を探してひたすら南下した。

道路標識に「明石」の文字があった。

お菓子を売っている自動販売機があったので、「アポロチョコ」を買った。

一粒食べるだけで体力が回復した気がした。

「明石海峡大橋」が見える公園まで来たので、野宿する場所を探した。

人気のないベンチで寝てみたものの、夜の潮風でやはり寝れなかった。

お台場の時もそうだったけど、海の側で寝るのは難しかしいと思った。

寝る場所を探すため、また自転車で走った。

通りかかった橋の下で寝れないかな?と思って、中を覗いたら人がいた。

すでに誰かそこに住んでいるようだった。

僕もびっくりしたけど、向こうもびっくりしていた。

ヤケクソでまた自転車に乗ったら途中で自転車がパンクした。

買ったばかりだけど直すのも面倒臭いと思ったので、道端に捨てた。

疲労感が一気に増した。

運悪く小雨が降って来たので、仕方なく陸橋の下で雨宿りした。

そしてそのままコンクリートの地面で寝た。

それが失踪4日目。


硬いコンクリートの地面で寝たり起きたりしながら、朝を迎えた。

雨には濡れなかったけど、体が痛かった。

雨はもう止んでいた。

しばらく歩いたら近くに公園があった。

そこにあった水道で顔を洗った。

口の中がネバついていたので、指で歯も磨いた。

現在地がまったくわからなかったので、また適当に歩いた。

感覚的に海沿いからはだいぶ離れたと思った。

国道から逸れた道を歩いてみた。

天気が良くなって来た。

関西の五月はとにかく暑かった。

また公園を見つけたのでベンチで休憩した。

少し寝てから本を読んだ。

日中に寝て、夜行動する方がいいかもしれないと思った。

子ども連れの主婦が何人か集まって来たので、場所を移動する事にした。

特に犯罪を犯したわけではないけど、世間に対して後ろめたい気持ちがあった。

もし不審者通報されても何も言い訳が出来ない、と思った。

田舎っぽい田んぼ道を歩いていた。

景色がだんだん海沿いっぽくなって来た。

どこかの海岸に出た。

日差しが強かったので、海水浴をしている人もいた。

日光浴をしていたら眠くなったので、海岸でしばらく寝た。

起きたら顔がヒリヒリして、日焼けした感覚があった。

汗だくの服を脱いで、また海岸沿いをひたすら歩いた。

護岸みたいなところに出た。

同い年くらいの若い人たちがヨットに乗っていた。

お金持ちなんだろうか?

羨ましかった。

足が疲れたので座って眺めていた。

靴下を海に捨てて、汗ばむ足を乾かした。

日光浴して本を読んだ。

まともな世間にとって残酷な未来が待っていた。

僕にはもう関係のない未来だと思った。

それから貯金残高がほとんどないキャッシュカードを二つに折って海に捨てた。

手持ちの金も少なかった。

日中はまだいいけど、失踪中はとにかく夜が来るのが嫌だった。

寝る場所が決まっていないまま日暮れを迎えると、とにかく気持ちが焦った。

人目がある方が安全なのか?

人目がない方が安全なのか?

その判断が難しかった。

またトボトボ歩いた。

バス亭の前を通りかかったら、「姫路駅行き」と書いてあった。

休憩ついでにそのバスを待った。

姫路城。

ふとそれを思い出しだ。

せっかくだから見に行く事にした。

僕が乗ったバス停から姫路駅まではそんなに遠くなかった。

腹が減っていた。

「姫路城」を見てから何か食べようと思った。

「姫路城」までは駅から歩いて行ける距離だった。

見ごたえのある白いお城。

お金の事を考えて中までは入らなかった。

城の周囲をぐるぐる回ってじっくり眺めた。

城の公園に出ていた出店でフランクフルトを1本買って食べた。

城の公園周辺をウロウロして野宿出来そうなところがないか探してみた。

観光客の多い公園はどこもキレイに整備されていた。

ホームレスらしき人たちが全然見当たらなかった。

仕方なく大通りに出て道路標識を見たら「鳥取」の文字があった。

鳥取砂丘。

ふと、そこなら野垂れ死にする場所としてふさわしいと思った。

「姫路」から「鳥取」まではだいぶ距離があった。

交通機関を使っていけるほどの金銭的余裕はなさそうだった。

歩いていくか?

「姫路」では野宿出来そうになかったので、とりあえず「鳥取」へ向かって歩いた。

もう日は暮れかけていた。

遠くに山が見えた。

このまま歩いたら夜に山越えする事になりそうな気がした。

途中でラーメン屋を見つけたのでラーメンと餃子を食べた。

お金の事を考えてお店で食べるのはこれで最後にしようと思った。

「鳥取砂丘」にはどうしても辿り着きたいと思った。

そこがゴール。

完全に日が落ちた時、案の定山の手前まで来た。

この先に町はあるんだろうか?

近くに野宿出来そうなところは見当たらなかった。

仕方なく外灯しかない国道の山道をトボトボ歩いた。

歩道がないのですれ違う車が怖かった。

たまに僕に気付いて速度を緩める車もいた。

ひょっとしたら幽霊だと勘違いしたのかもしれない。

すれ違う車の方も、夜一人で山道を歩いている男を見かけたら気味悪いだろうな、と思った。

道路沿いには墓場もあった。

途中でトンネルがあると明るいのでホッとした。

建設会社の前にあった自動販売機の明かりにもホッとした。

真っ暗で人気のないところにずっといると、明るいだけでホッとした。

でも町に辿り着きそうな気配は全然なかった。

ひたすら山道だった。

やっぱり山に入る前に野宿するべきだった。

体力も限界に近づいて来たころ、視界が開けてどこかの集落に入った。

民家の明かりがポツポツ見えた。

屋根付きのバス停があったのでそこで野宿する事にした。

ベンチに横になり、やっと寝れると思った。

ウトウトしていると、近所から陽気な人の声が聞こえて来た。

近くにある木造の公民館のような場所からだった。

おそらく集会か何かで酒を飲んでいるんだと思った。

バス停で寝ているところを見つかったら嫌だな、と思った。

身を潜めてしばらく寝ていたら金縛りにあった。

僕の周りに人が集まってくる気配があった。

怖かったのでそのまま寝たふりをしていた。

突然その人たちに押さえつけられて首を絞められた。

そして財布を取られそうになった。

体がまったく動かなかった。

怖かったけど、疲れていたのでそのまま眠りに落ちた。

それが失踪5日目。


昨日の金縛りの出来事が夢なのか、現実なのか?

バス亭で朝起きた時には分からなくなっていた。

財布はちゃんとあった。

ポシェットもちゃんとあった。

だから多分夢だろうと思った。

山と田んぼと民家しかない長閑な集落だった。

しばらくボーっとしてからまた歩き出した。

景色が単調で変わらず、いつ山越え出来るのか全然目途が立たなかった。

道路標識に「津山」の文字があった。

岡山県に向かって歩いていた。

「津山」までだいぶ距離があった。

車が来ると危ないので歩道がない国道を歩くのが嫌だった。

途中でバス亭を見かける度に行き先を確認した。

手持ちの残金で乗れるところまで乗ろうと思った。

津山行きの高速バスが出るバス停を見つけた。

手持ちの残金で「津山」まで行けそうだった。

その高速バスで「津山」まで行った。

山間の少し大きな町。

「津山」はそういう印象しかなかった。

津山駅から出るローカル線の電車を乗り継げば「鳥取」まで行けそうだった。

でも電車賃が足りないので、歩く事になった。

「津山」を離れると田んぼと低い山がずっと続いていた。

陰鬱な風景だと思った。

日本海側の風景はなんとなくどこも陰鬱な気がした。

最寄りの駅に着くたびに料金を確認した。

「津山」から何駅目かの無人駅で、手持ちの残金でも「鳥取」まで行ける料金になった。

木造の古い駅だった。

誰もいないので本当に電車が来るのか不安だった。

本はもう読み終えていた。

しばらくしたら地元の人が二人来て、待合室で井戸端会議を始めた。

僕の方を気にしつつ、岡山の方言でヒソヒソと話していた。

親戚か近所の人が行方不明になった、と聞こえてきた。

そして後日井戸から死体で見つかったみたいな話もしていた。

最近ではなく、だいぶ昔の話みたいだった。

断片的な情報しか聞き取れないので、不思議な怪談話を聞いているみたいだった。

その時ふと津山三十人殺しの事件を思い出した。

『八墓村』のモデルになった殺人事件だ。

僕はこの事件に以前からすごく興味があった。

事件に関する本やテレビ番組をよく観ていた。

猟銃と匕首を持って夜の村を走り抜けた惨劇。

犯人の戸井睦夫も僕も田舎のムラ社会で生まれた人間だ。

婆ちゃん子で子供好き。

小説を書いたりする趣味も似ていた。

同じ気質の人間だと思った。

時代背景とか境遇とか、同じ条件さえ揃えば僕も犯罪者になっていたかもしれない。

世間に対して常に後ろめたい生き方をして来たツケがいつか必ず回って来る。

戸井睦夫の中にもあったであろう、そういう心情的な部分にずっと共感していた。

だから岡山に来たのも何かの縁かもしれないな、と思った。

だいぶ待ってからようやく電車が来た。

無人駅なので切符は持っていなかった。

陰鬱な景色を電車でどんどん通過した。

戸井睦夫の故郷と殺人現場もおそらくどこかで通過したはずだ。

陰鬱な山間の閉鎖的なムラ社会の景色をしっかり目に焼き付けた。

終点の「智頭」駅についた。

そしてそのまま鳥取行きの電車に乗り換えた。

他の乗客たちがチラチラこっちを見ていた。

たぶんかなり怪しい風体になっているんだ、と思った。

着ている服がだいぶ汚れている感覚はあった。

足がだるいので靴を脱いだ。

靴の中の足が豆だらけで、破れた足の皮の血が乾いていた。

とりあえず鳥取砂丘まで辿り着けばもうどうでもよかった。

砂丘を見たらあとは野垂れ死にするだけだ。

車窓の景色が山を抜けて海側の景色になっていた。

鳥取駅まで着いた。

切符を持っていなかったから、駅の係員に「智頭から乗った」と言った。

無人駅の駅名が分からなかったから、とりあえず嘘をついた。

不審そうな顔をしていたけど、特に追及されなかった。

「智頭」からの料金を払って改札を出た。

駅の案内板の地図を見て、「鳥取砂丘」の場所を探した。

砂漠のイメージしかなかったから「鳥取」のどの辺にあるかまでは知らなかった。

地図で見るかぎり、鳥取駅からそう遠くなかった。

海岸の砂浜が広いだけで砂漠ではないようだった。

外に出て道路標識を確認した。

「鳥取砂丘」までの標識に従って歩いた。

残りの所持金は数百円しかなかった。

途中のコンビニでメロンパンとアンパンと水を買った。

それが最後の食事だった。

小さい公園のベンチに座って、リスみたいにチビチビと味わって食べた。

「鳥取」も日差しが強くて、歩くとすぐに汗が出た。

しばらく歩いたら海岸に出た。

海と砂丘が見えた。

かなり広い砂浜だった。

観光客がいっぱいいて、ラクダもいた。

砂浜の高低差があると海が見えなくなった。

テレビドラマの西遊記のエンディングの砂漠を思い出した。

靴を脱いで、素足で砂丘を踏んだ。

暑いけど気持ち良かった。

疲れていたので、日光浴をして寝たりした。

夕暮れになると、人がだんだん減ってきた。

海からの風が強くなり、たまに軽い砂嵐が起こった。

砂の中に埋まって野垂れ死にしようと思った。

死んだ後、自分の死体が砂の中にうまく隠れればいいな、と思った。

そして誰にも見つからずに風化すればいいな、と思った。

夜になった。

海の見えるところを陣取って寝ようと思った。

靴を脱いで、財布とバッグを揃えて置いた。

そして砂浜に穴を掘って、体だけ中に入れて砂をかけた。

夜は寒いので砂の中だったら温いだろうと思った。

真っ暗な海の波の音が強くて怖かった。

目を瞑ってその音だけが聞こえて来ると、余計に怖かった。

だんだん砂の中が湿って来て体が濡れた。

やっぱり海の側では寝れなかった。

もう死ぬだけだから別に寝なくてもいいか、と思った。

そして波と風の音を聞きながら目を瞑ってただ砂の中でジッとしていた。

それが失踪6日目。


暗い砂から這い出て、海岸の駐車場にあるベンチで朝を迎えた。

また砂浜に戻り、日光浴しながら寝た。

暑くても夜よりは寝れた。

汗で砂だらけになった。

人の声がする度に起きた。

ひっそりと死ねる場所。

鳥取砂丘の周囲を散策して、そんな場所を探してみた。

海岸沿いにらっきょうを植えている畑があった。

その道路脇に崖があって、上の方に少し空洞があるのが見えた。

緩い斜面の方から崖の上の空洞まで登れそうだった。

登ってみたら、ちょうど人が一人入れるくらいのスペースだった。

ここだ、と思った。

でも道路から近かったから、すぐに誰かに見つかりそうな気もした。

天井が低いので屈んで空洞に入った。

横になるしかなかった。

何日くらいで死ねるのか気になった。

首吊り自殺や飛び降り自殺は無理なので、餓死するつもりでいた。

腹が減っていたので、寝た。

起きてもジッとしていた。

地面がゴツゴツして痛かった。

一度穴を出て、あたりにクッションになるものがないか探した。

近くの草むらにスポンジの板みたいなものがあったので拾った。

ボロの布切れも拾って穴に戻った。

寝るか、ボーッとしているしかなかった。

僕が死んだ後に、僕にこれまで関わって来た人たちがどうなるのか?考えた。

泣く人、泣かない人。

恨む人、恨まない人。

婆ちゃんはどうなるんだろう?

親父はどうなるんだろう?

母ちゃんはどうなるんだろう?

兄ちゃんはどうなるんだろう?

妹はどうなるんだろう?

友達はどうなるんだろう?

親しい人にほどやっぱり罪悪感を感じた。

迷惑なヤツだ、理不尽なヤツだ。

みんなそう思うと思った。

そう思われても、しかたがなかった。

もう死にたかった。

僕より迷惑なヤツ、理不尽なヤツなんて山ほどいる。

まともなふりをして無自覚に生きている人たち。

そんな連中から僕が受けた迷惑、理不尽だって山ほどある。

だから僕だけが悪いわけじゃない。

そういう言い訳をいっぱい考えて自分の気持ちを楽にしてあげようと思った。

でも楽にならなかった。

そもそも死んだら楽になる保証はあるのか?

そんな事も考えた。

時間の感覚がない薄暗い穴の中で、とにかくいろいろ考えた。

僕は生まれてすぐに心臓の疾患で大学病院に入院した。

その時の微かな思い出も振り返った。

隣のベッドに寝ている子供の腕を齧った記憶があった。

保育園の頃の思い出も振り返った。

友達と一緒に保育園を抜け出した記憶があった。

小学校、中学校、高校。

いろいろあった。

実家を離れて専門学校に入学。

いろいろあった。

その後の社会生活。

いろいろあった。

良い事も悪い事も思い出そうとした。

仲が良かった人や仲が悪かった人の事も思い出そうとした。

顔しか覚えていない人、名前しか思い出せない人もいた。

仲良くなった理由、悪くなった理由も考えた。

アイツは何であの時僕にあんな事を言ったんだ?

アノヒトに何であの時僕はあんな事を言ってしまったんだ?

溝掬いみたいに、記憶の中に引っかかっている傷や闇を篩にかけて一つ一つ考えた。

手遅れだけど、全部帳消しにしたかった。

腹は常に減っていた。

考えて考えて、考え疲れたら寝た。

気付くと日が暮れて夜になっていた。

それが失踪7日目。


今日で失踪何日目?

穴の中で寝て起きるだけの状態をただ繰り返していた。

朝が来て、夕方になり、夜が来た。

穴の中では時間の感覚と日にちの感覚が掴めなくなっていた。

だから何日くらいいたのか覚えていない。

空腹が飢えに変わり、だんだん衰弱していく自分がいただけだ。

もう食べ物と、ドロップアウトした事への後悔の念しか湧いて来なかった。

またラーメンが食えるんだったら何でもします。

またカレーライスが食えるんだったら何でもします。

死にたい気持ちが食欲に負けて、また生きたいと思った。

生物である以上、頭ではいくら死を望んでも肉体はそれに反発して生に執着する。

そういう根源的な生存欲求みたいなものを強く感じた。

だからもし首吊り自殺を選んでいたら、首を吊った瞬間に後悔したはず。

もし飛び降り自殺を選んでいたら、飛び降りた瞬間に後悔したはず。

そんな気がしてゾッとした。

やり直したい。

幸せになりたい。

僕はそれを死にたい気持ちに置き換えていただけだった。

体が衰弱死しそうな実感の中でその事に気付いた。

穴を出よう。

かなり脱力していたけど、なんとか体が動きそうだった。

みんなに謝って許してもらおうと思った。

そしてよろけながら穴から出た。

砂丘の駐車場にあった水道の水を飲んだ。

それから砂丘に戻ってポシェットと財布を探した。

財布のテレホンカードで実家に電話しようと思った。

公衆電話を探しにフラフラしながら駅の方へ戻った。

公衆電話を見つけ、カードを入れて実家の番号を押した。

テレホンカードの残数はそんなになかった。

財布に残っていた10円玉を全部入れた。

「毎度どうも、○○食堂です」

電話に出たのは父親だった。

僕の実家は食堂で、電話をした時はちょうど昼時の営業時間だった。

「オレだ」

はっきりそう言ったつもりなのに、なぜか声が出なかった。

自分では普通に話しているつもりなのに、声が全然出なかった。

返事を待つ父親の電話口から忙しそうな店の様子が聞こえて来た。

僕が失踪しても、他の人たちの日常は何も変わらず続いていた。

その事に少しホッとした。

許してもらえるかもしれないと思った。

「……もしもし、どちらさんですか?」

父親が聞き返して来た。

気付いてもらえるように「オレだ、オレだ、オレだ」と擦れた声で何度も呼びかけた。

必死に呼びかけても、衰弱し過ぎて言葉にならない声しか出なかった。

でも父親はすぐに僕だと気付いたようだった。

「大丈夫か?今どこにいるんだ!」

「鳥取にいる」

そう言ったところでテレホンカードの残数がなくなった。

電話が切れた。

どうしよう?

頼みの綱が切れた気がした。

生きて帰りたかった。

死に恥晒すよりは、生き恥を掻いた方がマシだった。

鳥取駅から砂丘に来る途中に交番があったのを思い出した。

そこまで行って電話を借りる事にした。

ふらつき過ぎてうまく歩けないので、棒っ切れを拾って杖がわりにした。

そしてなんとか交番まで辿り着いた。

でも誰もいなかった。

奥のドアに呼びかけてみた。

誰も出て来なかった。

呼んでも声が出ないし、無駄に体力が減るのでやめた。

とりあえず電話を借りる事にした。

実家に電話してから、誰か来るまで待つことにした。

「もしもし?」

また父親が出た。

声を出させずにモゴモゴしていたら、すぐに父親が気付いた。

「大丈夫か?声が出ないのか?」

「どこから電話してるんだ?」

「交番」

交番だけはなんとか伝わった。

店はもうお昼を過ぎて落ち着いているようだった。

父親が気を遣って、話しかけてくれた。

「とにかく誰か来るまでそこで待ってろ、誰か来てからまた家に電話してもらえ」

素直に父親の指示に従って、誰か来るのを待つ事にした。

とにかく帰れると思ってホッとした。

息が苦しかったから、ベンチに横になって待った。

だいぶ待った頃、交番の奥の住居から音がして、誰か来る気配がした。

奥のドアが開いて女の人が出て来た。

ベンチに寝ている僕の顔を見て、かなりびっくりしていた。

事情を説明したかったけど、やっぱり声が出なかった。

手振りで声が出ない事を伝えた。

女の人が水をくれたので、それを飲んだら少し話せるようになった。

落ち着いてから事情を説明した。

女の人が鳥取署に連絡してくれて、警察の人が二人来た。

警察の人にも事情を説明して、実家にも連絡した。

警察の人と父親が話をして、鳥取駅から実家まで着払いの切符で帰れる事になった。

警察の人が鳥取駅までパトカーで送ってくれた。

パトカーの中で今までの経緯をいろいろ聞かれた。

なんで世の中が嫌いになったのか?

警察の人は僕に説教しつつ、その事を一番気にしていた。

うまく説明出来なかったけど、真剣に耳を傾けてくれた。

そして理解してくれたようだった。

「すいません」と「ありがとうございます」を何回も言った。

警察の人が駅員に事情を説明してくれて、帰りの切符をもらった。

その時、警察の人がカツサンドとコーヒー牛乳もくれた。

今まで食べた物の中でそれが一番美味しかった。

体全体で味わっている感じがした。

でもすぐに腹を壊した。

「もう二度とこういう形で鳥取には来るなよ」

警察の人がそう言って、1000円をくれた。

明日、実家に帰れる。

嬉しくて泣きながら笑っていたら、いろんな人にジロジロ見られた。

恥ずかしかった。

そして電車が来るまでホームのベンチで寝た。

それが僕の失踪の結末だ。

この失踪を機に僕は二度と死にたいと思わなくなった。

生きている意味がわからない。

人に迷惑をかけて生き恥を晒すくらいなら死にたい。

そう思っている人には申し訳ないけど、僕はあれからあらゆる事が飢えて死ぬよりマシだと思っている。

生きている事に意味はないし、生きてるだけで誰かに迷惑はかかる。

でも飢餓を体験したら人は浅ましいくらい生に執着する事を知った。

飢餓を体験して僕はかなり図太く、浅ましくなってしまった。

あいかわらず嫌な事はあるし、ムカつくヤツもいる。

でもあの頃よりは全然マシだ。

メンヘラだった頃の拙い思い出話だけど、そんなダメダメだった時期を越えて僕はこれからも図太く、浅ましく生きていく。

失踪記

失踪記

20代後半で失踪した時の自伝小説です。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-01-28

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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