転移

転移

ー転移ー


重たい乳房だ。
この時にも、まごうことなく覚醒している。

桃色の張りつめた肉の躍動だ。
血潮が駆け巡る神経の豊穣だ。
堅固な思惟の源だ。

すぐに男を迎え、やがて嬰児に含ませる命の本源だ。

はち切れんばかりの終戦の歓喜だ。

天皇の玉音など、女には幾何の感傷すら残さない。
大衆の明敏な確証に、愚劣な政治の敗北がようやく辿り着いただけだ。
この国の統一性はとうに破壊され、女は生物の本能とだけ生きる契約を結んだから、永劫の大地に立脚している。

つい今しがた、花火花の一陣の風を受け、女は類の摂理として発情した。
始原の雌がしたように、女陰を膨らませ、膣から沸き立つ狂おしい香気で、この国の貧相な神話を打ち倒す若者を戦地から呼び寄せるのだ。

盛夏の真昼だ。
歴史を孕むには絶対の刻限だ。
革命の懐胎だ。

だから、女の尻は豊かだ。
国家神道を圧倒するリアリズムだ。
男達を産み続けてきた堅牢な砦だ。
蒙昧な権力への決然の対峙だ。

女が宿命に彩られ、淫奔に身体を開く。
受胎を促進する快楽が世界を創る。

新しい女神こそが、新しい言葉で、神話を創れるのだ。

300万人の死霊を弔えるのは、豊潤な肉体に纏われた言霊しかない。


―花祭りの夜―


山麓を彩る無尽蔵の花が散ったから、
幾つかの異論を退け、
やがて銀色の光から生まれた飾り子の一声で決裁された花祭りの夜。
この唐突な秘匿を決して知らない、月明かりの幾千里の潮の砂辺の君は、
異星の季節に迷い込んだひ弱な風の様に、
夢に、必ず、違いないと確信して、
豊潤な裸子植物の女達が連なるその踊りの輪に、蜂のように近づいた。

いったい、放射能がずんむり降り積もった朝に、
季節と季節の契りの幻を見る君の神経は、
既にあの年号の化け損ないの狐より、
いささか狂っているのだろう。
それとも、世界の真裸の狂気の総量と釣り合うためには、
私の狂気よ、もっと夢見よと、君もあからさまに言うのか。
そうしてその孤独な同盟は、アフリカの青白い月の下のアルナイナ菌よりも獰猛なのか。

月が道化のように佇むから、宇宙は摂理というより、むしろ情念の狂おしさで、茫茫の欲望に微笑んでいた。
日本人と言われる混血の果ての種は、当たり前のように全てを受け入れている。

涙の粒に摂理の全てを積み込んで、その異風の民族は自らを名乗ろうとした。



告別の唄


権力よ、忘れないがいい
至る時に 
至る所に 
異人は潜んでいる
ある風を受けると、強靭な魂が受胎するのだ
権力がある限り、反作用の異風は吹く
時おりは反逆の烈風だ
状況の迫間のその風を浴びて、異人は蘇生するのだ
かつて、異議は少数で破れはしたが、決して死滅はしない
沈黙もしない
状況を変える為に闘い続けるのみだ
反逆の大道にお前達の城門は建てられない
権力よ、心するがいい
忍従する人民にもやがて異風は届く
彼らもそれとは知らず胎動する
季節に似せて、彼らは自然に変化するのだ
その時、あの日私に殺意を抱いた権力よ、思い起こすがいい
私は人民の先陣で旗を翻すだろう


草也

労働運動に従事していたが、03年に病を得て思索の日々。原発爆発で言葉を失うが15年から執筆。1949年生まれ。福島県在住。
筆者はLINEのオープンチャットに『東北震災文学館』を開いている。
2011年3月11日に激震と大津波に襲われ、翌日、福島原発が爆発した。
 様々なものを失い、言葉も失ったが、今日、昇華されて産み出された文学作品が市井に埋もれているのではないかと、思い至った。拙著を公にして、その場に募り、語り合うことで、何かの一助になるのかもしれないと思うのである。 
 被災地に在住し、あるいは関わり、又は深い関心がある全国の方々の参加を願いたい。



 

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  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-01-27

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