スープを飲み干したら好きだと言ってもいい

 ラーメンを、ちゅるちゅるとすすっているあいだに、せんぱいが、すこしだけ、一瞬でも、ぼくのことを、好きになればいいのにって、なんでこんなタイミングで思うのか、にぎわうラーメン屋さんの、カウンター席で、となりのせんぱいは、チャーハンをがつがつ食べていて、ぼくは、しおラーメンを、さきほどからなんだか女々しく、ちゅるちゅるちゅるとすすっていて、厨房から、かっ、かっ、かっ、となにかを軽快に炒める音が、きこえてくる。二十二時。あしたから、雪が降るって、積もったら雪だるまをつくろうだなんて、こどもみたいな約束をした。夏休みのあいだに、せみを、二匹ほど見捨てた。仰向けにひっくり返って、もがいていたやつを、もし救ってやれたなら、あとわずかは生きられたかもしれないのに、ぼくは、せみが、さわれなかった。春に、桜の枝を、折ったことがある。満開の、桜の木の、たまたま、手の届くところにあった、花の咲いた枝を。秋になったとき、せんぱいを好きになった。せんぱいには、ほかに恋人がいるのだけれど、好きになった。せんぱいは、ぼくを、たんなるコウハイとしかみていなくて、もしかしたら、一生、ぼくは、せんぱいのコウハイでしかないかもしれないけれど、それでも、そばにいられるだけでもいいと思った。でも、でも、さ、ぼくというにんげんは欲深いやつで、そばにいられるだけでいいと思いながらも、そばにいればいるほど、せんぱいのこと、好きになって、ほしくなっている。だいすきなお菓子をひとりじめするみたいに、せんぱいのことを、ひとりじめしたいと思い、祈っている。せんぱいがチャーハンを食べながら、あいまに息を吐く。ふっ、と吐く。箸休めのような瞬間に、みじかい、ため息のようなものを、吐く。そしてまた、チャーハンをぱくぱく食べはじめる。にぎわっているラーメン屋さんの、テレビ画面にうつる、バラエティー番組。音は、まったくきこえない。画面のなかは愉しそうに、ごちゃごちゃしていて、それから、むなしい。

スープを飲み干したら好きだと言ってもいい

スープを飲み干したら好きだと言ってもいい

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-01-25

CC BY-NC-ND
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