飲酒の系譜

飲酒の系譜

 実家に住んでいた頃、
夕飯の食卓を囲む際はいつも祖父の隣に座っていた。
 祖父は白米を一切食べない。
 代わりに日本酒を飲んでいた。
祖父の席は端、床には常に一升瓶が置かれていた。
 なぜ『代わり』なのか。それは祖父の持論ゆえ。
 常々言っていた、
「酒は米でできているから、ままの代わりになるんだ」と。
 ままとは方言でご飯の意味。
 あの頃の僕はその言葉を信じていた。おなじ米なら問題あるまい。
 しかし最近自身も日本酒を好むようになり、
日本酒のための米は酒米として、それ専用に造られるものだと知った。
 祖父の持論が正しかったのかどうか、
調べればすぐにわかるのだろうが、まあいい。

 父も酒が好きだ。今でもまず晩酌をしたのち、飯を食う。
 酒は好きだが強くない僕には到底無理な芸当。
すきっ腹に即アルコールを入れたら、速攻トイレ行きとなるであろう。
 ただ父のようなスタイルは我が町においては珍しいものとはいえず、
ご近所でも旦那さんが同じように飲んでから食事をする、というお宅も少なくない。

 自発的に外へ飲みに行くことは少なかった父だが、
会社の忘年会や新年会、地区絡みの酒が出る会合となると、
はしご酒でべろんべろんになって帰ってくることが多かった。
 町に駅があるため歩いて帰ってくることもあれば、
母が免許を取ってからは車で迎えに行くことも多かった。
 
 確か僕が大学生の時か。
 父から連絡が来て、
ターミナル駅からほど近い飲み屋街まで母が迎えに行くことになった。
 普段は付き添わない僕がなぜかその日は助手席に座り、母が運転する車で街へ向かった。
 時間はまだ日付を越えていなかった。
 
 合流地点につくと父の姿がない。
 母も僕も慌てた。
 当時はまだ携帯文化が地方では普及しておらず、
僕はPHSを持っていたが両親は現在のように携帯電話を所持していなかった。
 連絡は公衆電話から実家の固定電話が基本。
 何か事故に遭ったのではあるまいか。
 心配になって車を道路脇に止めると、
母と僕は父を見つけるべく、夜の酒場通りをやっきになって歩き回った。
 
 僕は車外に出る予定ではなかったため、完全部屋着のままだった。
パーカーに寝巻用の短パンという、ラフ過ぎる格好で辺りを走り回った。
 途中、道端にたむろしていたヤンチャな連中の中の一人が僕に向かって、
「おう、何してんだ、そんな恰好で。兄ちゃんよ?」
 そうからかってきた。馬鹿にした物言い。
 今の気性が激しい僕なら挑発に乗り、突っかかっていってもおかしくないところだが、
当時はまだ大人しい性格だったし、何より第一の目的は見失った父を探すこと。
 ミッションを途中で放棄するわけにもいかず、つもりもなく、
多少モヤモヤした気分のまま捜索を続けた。

 しばらく歩き回り、二手に分かれ探していた母と合流した直後、
真っ赤な顔尾をした父がのんきな足取りで、駅の方から歩いてきた。
 父は相当酔っていて、何とはなしにいい気分でフラフラ散歩していたようだ。
 タイミングよく、捜索隊である僕ら二人がいったん合流していたからよかったものの、
あの時あの場所でうまいこと出合えなかったら、
駅前交番に駆け込み事態は大ごとになっていたに違いない。
 父は母にこっぴどく叱られていた。

 そんな祖父と父の姿を反面教師として見ていた自分も在京時、
惚れた女がうわばみのような酒好きだったことから、
彼女にもっと近づきたいとばかり、これまでビールを一杯飲むので精一杯だったのが、
東京を離れるころには大分飲めるようになっていた。
 件の女性からも、
「初めの頃は全然飲めなかったのに、本当強くなったよね~」と感心されたものだ。
 余談ではあるが彼女には振られた。

 きっかけは色恋沙汰ではあったが遺伝もあるのか、
今では僕も祖父や父に負けぬ酒好きである。血は争えないものだ。

飲酒の系譜

飲酒の系譜

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-01-19

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