黄色のワンピース

 蟲に、いつか、わたしたちは喰われるのではないかと思うので、はやく、きみが、わたしのものになればいいのですよと、はんぶんいらいらしながら、祈っている。どこか、あたらしいところに行きたいと、あのひとは、バックパックひとつで、どこかにある、あたらしいところを目指して、旅立ってしまった。市民プールで監視員をしていた、あのひと。プールサイドでふざけてさわぐわたしの小学生のばかな弟を、よく注意してくれた。あのひと。少女漫画でしかみたことのない、きらきらと光が舞い散るような笑顔と、おとうさんとはちがう、ひきしまったからだの、日焼けがまるでいやらしくない、さわやか、という言葉が、これほどまでにしっくりくるひとはいない、という感じのひと。うつくしいひとだった。ルリボシカミキリが、たぶん、あのひとのことをねらっていたの、わかるよ、だって、あなたたちの水色がかったからだもうつくしいけれど、あのひとのうつくしさは、夏の太陽によく映えたもの。
 夕暮れの町に、蟲と、夕焼けのコントラストは、いつみても破滅的で、悲壮感があった。オオミズアオが静かに、ゆるゆると飛んできて、カフェの窓にはりつく。わたしは、夜に、青白く浮かび上がるそれらが好きで、きみは、蟲たちが群れるようすに、ときどき、吐き気をもよおした。蟲が、なんらかの拍子で、からだにまとわりつこうものなら、町のひとびとは、狂ったように叫んで、踊った。そういえば、結局のところ、焼き払う、という選択肢は、どうなったのだろう。ニュース番組、というものが、この国は、なんだかもう、存在していないと同義で、なんなら、国、というものが機能してないに等しく、わたしは、あのひとが、こうなる前に、どこか、あたらしいところを探し求めに行ったのは、いわゆる、第六感、みたいなものかしらと思う。

(混沌)

(というより、地獄?)

 小学校のグラウンドにコーカサスオオカブトがいて、こどもたち以上におとなたちが盛り上がっているよ。まいにち、それなりに、楽しく、意思を持って生きているつもりだけれど、新品のワンピースに、キイロテントウがびっしりついたときとかは、ぜんぶ、なにもかも、いやになるね。わりと、わかりやすいのに、はっきりしない、きみが、わたしのこと、好きなはずなのに、わたしではない誰かにみとれている瞬間も。

黄色のワンピース

黄色のワンピース

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-01-19

CC BY-NC-ND
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