方位不明

 冬の寒さの、あの、キン、とする感じを、思い起こさせるような、つめたい冷凍庫のなかに、イルカは、いました。イルカも、ねこも、おかあさんも、いました。幼なじみの、ノエルは、縦長の四角い、箱のなかで、えいえんにねむりたいと云っていました。それは、カンオケ、ではなく、クローゼットなのだと、ノエルは、話していました。どこかにある、つめたい冷凍庫や、冬の寒さとは無縁の、南の島に、いつか行きたいと思いました。南の島故、南にあると限らないのが、ぼくたちの星なので、たとえば、船を、南に向かって漕ぎ出したところで、そこに島があるかは、わからないのでした。
 こぐまがつくる、パンを、ひとくち食べたときの、くちのなかにひろがるものは、一種の、やさしさ、みたいなもので、それは、こぐまが、食べてくれるひとにあたえる、それなのだと、しかし、こぐまは決して、おしつけたりはしないものだから、いとしい。よくある塩バターパンの味が、なによりもやさしくて、いとしい。
 学校の屋上には、ときどき、魔女があらわれて、見込みがある少女たちを、誘います。魔女になる素質がある、というのは、よろこばしいことなのか、いもうとはうれしそうに、魔女からおしえてもらった、おまじない、とやらを試しています。家の庭で、飼い猫といっしょに。べつに黒くはない、猫。おとうさんは、いつからか、すでに、海のなかのひととなりまして、おとうさんのおとうとは、おとうさんとおかあさんのかわりに、ぼくらを養ってくれていますが、小説家、というのはなかなか難儀な仕事のようで、生活費のほとんどは、アルバイトでの収入によるものだそうです。ノエルは、恋をしてはいけないひとに恋をした、という理由で、えいえんのねむりを、のぞんでいます。恋をしてはいけないひとが、誰なのかを、ノエルは一切、語ろうとはしませんが、ぼくはなんとなく、予想がついていました。なるほど、確かに、恋をしてはいけないひとだ、と、でも、ぼくは、そうは思わないのです。ノエルが、そのひとを好きになるのは、必然で、つまり、運命だったのではないかと、ぼくは考えます。こぐまのつくる、塩バターパンではなく、チョコレートデニッシュを食べているとき、やさしさとはまた異なる、ものが、ひろがります。まわりがなにをいおうと、ぼくは、ノエルの味方だよ、みたいな、ポジティブで、強気で、自己満足にひたるような、気分。
 ぼくも魔女になりたいな、と言ったとき、おにいちゃんはオトコだからなれないよ、と、いもうとにばしっと吐き捨てられたときの、あの、にがにがしい感覚を、打ち消すような気分を、あたえてくれるのです。

方位不明

方位不明

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-01-12

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND