「文明」「銀行」「すね毛」

「文明」「銀行」「すね毛」  

 息が苦しい。
 「はぁはぁ…」
 こんなに必死で走ったのはいつ以来だろう。
頭の中にはずっと混乱している自分と、それを冷静に眺めている自分がいて、余計なことばかりが頭をよぎる。
信号が赤に変わり、ずっと動いていた足が止められる。
 「くそっ…」
 思わず悪態をついて、限界が間近に迫った身体が言うことを聞かず、地に視線を落としてしまう。
 普段は行わない運動に悲鳴を上げている心臓がうるさい。それでも足を止めるわけにはいかない。
 信号が青に変わると、重くなった身体に鞭をうって再び走り出す。
 もうすぐだ。
銀行を曲がってまっすぐ進む。そのまま緩い坂道を上ると目的の白い大きな建物が見えてくる。
入口の前まで来ると、勢いを緩めずに自動ドアに体を滑り込ませた。建物の中に入ると周囲の人間が何事かとこっちに注目するが、今の自分にはそれを構う余裕がない。
静止の声が後ろから飛んでくるが、それさえ彼方に置き去ってエレベーターホールへと向かう。
二基あるうちの一基は最上階である五階に、そして最後の一基は今しがた出発したのかその数字を二階から三階へと移していた。
少しの逡巡、けれど迷うだけ時間の無駄と階段へ足を向けた。
二段飛ばしで階段を上っていく。目的地の三階につくと、急カーブで足を滑らせながらさらにその先へと進む。そうして顔なじみの看護師が見えてくると、息も絶え絶えに問いただす。
「つ、妻は!」
息切れと焦りとで上手く喋れない。
そんな姿を見て少し苦笑いをしながら、後ろの扉に視線をやった。

安心するように言われ、とりあえず息を落ち着けるよう指示される。
廊下にある待合ソファーに腰を下ろす。
いつも履いているハーフパンツからのぞく足にはすね毛が生えている。
 なんだかそれを見ていると、自分が急に遠くまで来たような気がして、慌てて視線を逸らす。
 それは前触れのようなものだったのかもしれない、急に周囲が静かになったような気がした。
 不思議に思って、ドアの向こうに視線をやると、その先から祝福の音が聞こえた。
文明が始まって、何度も繰り返されてきた生命の産声だ。

「文明」「銀行」「すね毛」

「文明」「銀行」「すね毛」

ランダム(アプリ使用)に選ばれた三題について、原稿用紙3枚(800-1200文字)程度の短編小説。 今回は 「文明」「銀行」「すね毛」 できるだけ恋愛要素を取り入れられるようにしてます…が、今回はあんまり関係ないですね。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-01-12

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