剣と森

空想と現実の間、どちらで生きたいのだろう


「やーったぁ、倒したぁ!」
「長かったね~、ここまで」
「しょーじき、たおせないと思ってたんだぁ。ありがと、麻央(まお)!」
「これだけ粘っていればフツーに倒せるでしょ」

 二人はがっちりと握手を交わした後、再びテレビに向いた。
 香耶(かや)はわくわくした表情で、麻央はちょっと疲れた表情で。

 いつもの放課後、香耶はゲームソフトを持って麻央の家を訪れていた。
 今日、真由(まゆ)は別の友達と遊んでいて、香凛(かりん)も母親との用事で出掛けてしまっている。香耶の遊び相手は、身近な所では麻央しか居なかった。

 香耶はテレビデームが大好きだった。元々、空想癖があり、本などの世界に没頭しやすい彼女にとって、ゲームは正に“動かせる異世界”だった。
 本よりも想像し易く、空想よりもしっかりした世界を持っている。乖離した思考は、容易くその世界へと引き込まれた。

 麻央は反対に、そこまで世界にのめりこむことが無い。だから、今日も家に帰ったら本でも読んで過ごそうと思っていたのだ。
 だが、香耶がゲームソフトつきで来てしまった。放っておくわけにもいかなくて、仕方なしに付き合っている。

 こうして、二人は二時間近くゲームをプレイしていた。麻央が疲れた顔をするのももっともと言えるだろう。

 香耶が持ってきたゲームは、最近、彼女が一番はまり込んでいるゲームだった。王道のファンタジーといった世界観と、魅力のあるキャラクター達、躍動感溢れる音楽を、彼女は愛してやまない。
 そして、そのゲームはもう終盤だった。最後の戦地へ行き、物語を終わらせる為の最後の敵と戦わなければいけなかった。

 しかし、香耶はなかなか敵を倒しに行こうとしなかった。名残惜しそうに、ゲームの世界を歩き回って、最初の一時間は終わった。
 麻央に言われて、渋々向かった最後の戦地。その先で、ゲームの中のキャラクター達は大切な仲間を失ったが、それでも諦めることなく、敵に立ち向かっていった。
 香耶はその展開に拳を握り締め、麻央は眉ひとつ動かさなかった。それは、展開に慣れているからではない。香耶があまりにも騒ぐから、逆に冷静になってしまっただけだ。

 倒し終えたそばから、香耶は食い入るように画面を見つめていた。
 仲間は新しい存在となって、復活した。今まで冒険してきた仲間達を見送り、大樹の影へと消えていく。
 キャラクター達はそれぞれの帰るべき場所へ向かっていく。音楽は最後へ向かって加速し、エンドロールが流れ始めた。


「長かったねぇ」

 麻央が言うと、香耶は笑顔で頷いた。彼女がこんなにも満面の笑みを見せることなど、ゲームをしているか、本を読み終わるかの時しかない。

「でもさ、さびしいよね」
「何が?」
「だって、これでもうこいつらと冒険できなくなるじゃん」

 そう言って、香耶はゲームソフト入っていた箱を取り出し、そのパッケージを指した。そこには、ゲームのキャラクター達の絵が描いてある。
 香耶の言うことの意味が解らなくて、麻央は首を傾げた。

「どういうこと? ニューゲームすればいいじゃん」
「えー、だってさ、いちばん初めって、いちばん初めにしかないんだよ?」
「そりゃそうでしょ、だから初めなんだし」
「そうなんだよ、だからさいしょの冒険はさいしょにしか、できない。その後は何度やっても、さいしょにはならないんだ」
「・・・・・・香耶の言うこと、時々わかんないんだけど」
「でも、でも、まちがったことは言ってないでしょ?」

 麻央の困惑した様子に、香耶はそれでも笑みを見せた。彼女にとっては普通なのだから、彼女が困惑することなど有り得ない。

 香耶は時折、年頃の子どもでは見せないような感情を見せる。
 それは物に対する愛着だとか、思考の哲学だとか、言葉を当てはめようと思えば何でも当てはめられる、変幻自在の感情だ。その感情のままに香耶は言葉を発するので、周りの者はしばしば惑わされた。

「つまり、一回こっきりしかないことだから、終わらせるのが嫌だったってこと?」
「そうそう」
「何度でもプレイできるもんじゃん、ゲームって」
「だから、初めはさいしょだけなんだって!」
「物語も世界も、一回目だろうと百回目だろうとかわらないよ。このゲームには、これだけの時間しか入ってないんだから」
「そんなことないよ」

 麻央の言葉に、香耶は頬を膨らませた。ゲームはゲームでしかないといった類の現実を、彼女は嫌う。
 現実に生きているのだから、ゲームをゲームだと認識するのは当たり前だ。ゲームは現実ではない。現実の中で面白おかしく過ごす為の道具の一つの筈だ。

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

 その後、二人は会話をしなかった。香耶はスタッフロールを見ていたし、麻央は香耶が持ってきたゲームの攻略本を読んでいた。


  ***


 帰りの時間には、愛のチャイムが鳴る。聞き分けのない小学生達を帰路へつかせる曲が聴こえてきた。
 香耶と麻央はゲームを片付けて、外に出ていた。

 麻央と真由の家は一戸建てで、庭は少しだけ狭い。右側の隣家は広く、左側のアパートは狭かった。
 目の前の狭い道路はすぐ坂になっていて、そこを下って道なりに走れば国道に出る。

 香耶が夕陽の眩しさに目を細めていると、不意に麻央が言った。

「さっきさ」
「・・・・・え?」
「さっき、これ読んでたの」

 麻央は香耶に攻略本を渡した。香耶はそれを大切そうに鞄にしまいこむ。

「その本の最後、エピローグのとこに文章あるでしょ?」
「文章? あぁ、うん」
「その文章はいいなぁって、ちょっと思ったんだ」
「・・・・・・」

 上手く思い出せず、香耶は攻略本を取り出し、最後のページを開いた。そこには短い文章と、ゲーム中に出てくる大樹の絵がある。

 香耶は、実はこの文章をちゃんと読んでいなかった。ゲームをクリアした後、攻略本の最後のページに載っている文章は悲しく響く。
 平和が訪れて良かったと思うものの、やはりこれで冒険は終わってしまったのだなと実感する羽目になるからだった。

 そして、今も寂しさに襲われる。彼らの冒険は繰り返し楽しむことができるけど、最初にはもう戻れない。

「香耶、これはゲームだけどさ、そこに書いてあることって、こっちの世界でも通じることじゃない?」
「んー?」
「あたしらの世界にはさ、剣も、森も、モンスターもないじゃん。でも、人の心はちゃんとある。そこに書いてあるように、希望を抱いて生きていけたらいいよね。いつまでも忘れないでさ」
「・・・・・・実は知らないだけで、剣も森もモンスターもあるかもしれないよ?」
「・・・・・・」

 彼女の抱く可能性は、いったいどこまで続くのだろう。麻央は半ば感心してしまっていた。香耶の言うことを一笑に伏すことができないのは、自分もいつかこんな感情を抱いたからだろうか?
 だからこそ、言えることがある。麻央は香耶の頭に手を置き、ちょっと乱暴に撫でた。

「あんたは本当に感受性が豊かだねぇ」
「かんじゅせいって、なに?」
「んーと・・・・・・、起きた物事をそのまま受け入れられる心って言えばいいのかな」
「それってすごいことなの?」
「すごいこと、じゃないかな。あたしはあんたみたいには、もう思えないし」
「思えないの?」
「思えないよ。だって、知っているもの。あたしらの居る現実には、伝説の剣も、神のすむ森も、凶悪なモンスターも居ないんだって」
「だけど、だけどさ、いつか異次元への穴が空いて、そういう世界になっちゃうかもよ?」
「・・・・・・そんな漫画かアニメみたいなこと、起きるわけないじゃん。だから、こういうゲームとかがウケるんでしょ?」
「信じていれば起きるよ。この世界のどこかでそういうことが起きているよ、きっと。で、いつかそういう冒険するんだ!」
「それは楽しいだろうね。でも、実際にはそうならない。あたしらにはこの世界しかないんだよ、香耶」

 麻央は香耶の目を見て言った。香耶の悲しそうな、寂しそうな顔を見て言った。
 彼女がそんな表情を見せるのは、「信じていれば」と言いつつも、そんな不思議が起きないと解っているからかもしれない。

 まだ彼女達は小学生だ。世界の半分のことも知らない。
 本やゲームや漫画や授業で習ったところで、それはまだ経験の外にある物事だった。

 それでも、香耶も麻央も、真由や香凛だって、現実に存在している。ゲームを楽しみ、架空の世界を満喫し、やがて自分の居るべき現実に帰ってくる。それが正しい在り方だ。それぐらいのことは解っていてもいいのではないか?

 麻央は周りの子ども達よりも、早熟な方だった。
 だから、年相応どころか、何年経っても言うことが変わらない香耶に、たまに苛立ちを隠せない時がある。こいつは何でこんなにガキなんだ、と溜め息を吐きたくなる時がある。

 でも、ふとした瞬間に気付く。
 本当は香耶も解っているのだ、現実を。そして、逃げる。現実を知っているからこそ、物語の世界へ逃げる。そこが居場所だと思い込む。

 今はそれでいいのかもしれない。けど、ずっとこのままではいられない。

「香耶、この本に書いてあることは、あたしらの世界に通じるでしょ」

 もう一度言うと、香耶は視点の定まらない瞳で麻央を見つめた。

「・・・・・・そうなの?」
「そうだよ。これを書いたのは現実の人間なんだから」
「そっかぁ」
「だから、あたしらはしっかり生きていかなきゃだめなんだよ」

 それは自分にも言い聞かせていることだった。そして、香耶にはここで伝えておきたかった。どこかで釘をさしておかないと、彼女はどこまででも飛んでいってしまうだろう。

 香耶の瞳に光が戻る。それは微かながら、異質な輝きを含んでいた。

「生きる世界ぐらい、自分で決めてもいいでしょ?」
「・・・・・・」
「生きていくの、自分なんだから」

 言って、にっこりと笑った。その笑顔は先程見せたものと同じだ。
 麻央の言葉に、現実の戒めに悲しんでいた筈なのに、何故こんなふうに笑うのか。麻央が訊こうとすると、香耶は走り出した。

「もう帰らないと、兄貴に叱られちゃう! じゃあね、麻央、また明日!」

 そのまま振り返ることもなく、香耶は走り去っていった。

 後に残った麻央は自分の掌を見つめていた。ついさっきまで香耶の頭を撫でていた手だ。ちゃんとここに香耶の感触はあったのに、何故だろう、妙な不安が残されてしまった。

 すぐ近くの梅の木を見ると、蕾がほころんで甘い芳香を放っていた。
 少し早い、春の訪れに目を細めて、麻央は家の中へと入った。

剣と森

作業用BGM
Secret of MANA / 聖剣伝説2 Secret of Mana+(菊田裕樹)

わたしの礎となってくれたゲームだけど、
幼馴染みの友人にはこう言われてしまった。
夢を見られない現実より、質感のある空想を選びたい。

H22.3.20

剣と森

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-26

Copyrighted
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