ついてない男

アパートの一室で男は、ありったけの声で叫びたい気分だった。息を止めるように叫ぶのをこらえ、しかし、体は自然に部屋を飛び出していた。

無我夢中で走り回る。片手に宝くじを握りながら。

「無敵になった気分とは、まさにこんな状態なんだ」

そう思いながら男は、まったくつまずきもせず、前に進む感覚は障害物さえすり抜けるようだった。

「12億が当たった!」

興奮ですれ違うすべての景色がスローモーションで見える。

「ツキは、ようやく俺に追いつきやがったか!」

人生、最大最良の瞬間だ。男の素直な気持ちだった。

「待てよ」

不意に欲が湧いてくる。今なら何をやってもうまくいきそうな気がした。
横目から駅が見えた。

「ひとつ運試し」

用もないのに駅の改札を抜けた。ここで一気にホームまでたどり着けば、

「やった」

ちょうどホームに入ってきた電車が停まろうとしている。
普段なら必ず逆だ。扉が閉まって電車が発車するタイミングだった。
勢いで電車に乗り込むと、またまた運試しが頭に浮かんだ。

「もう一丁」

二駅先にある職場近くのラーメン店を目指す。



こってりてんこ盛りが名物のラーメン店だ。いつも行列が絶えない人気店だ。
時刻は午後3時を過ぎている。普段ならこの時間でも行列が並んでる時間だ。

「やった」

開けっ放しのガラス戸から油とスープのいい匂いが漂う店先は、奇跡にも人がまばらだった。

「怖いくらいツキまくっている」

男は自分でそう思った後に吹き出した。

「しょぼっ!」

せっかくの絶頂期なんだ。他に試すこと無かったのか?もっと壮大な運試しを・・・・・・。

少し冷静に考えて見た。

何も浮かばない。それはさておき、ついでだ、腹は空いてないがラーメン喰っていくか。

「ククク」

ラーメンのスープが無くなったから今日は店じまいです、なんてオチだったりして。思わず笑いが漏れた。

気を取り直し店へ入った。カウンター越しから店主に向かって、

「特製ラーメン大盛、こってり油多めで」

注文して、席に座ろうとした。

「しかし店主、今日はついているよ。並ばずに席につけるなんて」

「お客さん」

店主が真剣な顔で男をにらんで言う。

「ついてませんよ、足」

「えっ?」

「いや、だから足、ついてませんよ」

ええっ!男は足元を見た。そこに、

「こんちはー店主、いつものこってり特盛で」

常連らしい男性客が現れた。慣れた風で注文すると、席に座りながら話し続ける。

「ところで家から駅に向かう途中、事故があったらしくてね。死んじゃったみたいだよ、轢かれた人」

「たしか二駅離れた場所に住んでるんですよね」

店主が常連客に言った言葉に、男は、あっと反応する。

──俺が来た場所だ。

「なんか、いきなり男性が道路に飛び出てきたんだってよ。手に紙切れみたいなのを握りながら、笑顔だったって」

「なんだか、気の毒だね」

──そりゃ俺だ。

二人の会話を聞きながら、ラーメンから立ち上り消える湯気のように、男は消えていったのだった。

ついてない男

ついてない男

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-25

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