待てど暮らせど

待てど暮らせど

 今年は滅法雪が少ない。
 初雪は降ったがパラパラ、家々の敷地だけでなく道路も乾いたまま。
路面が凍ることさえない。
 昨年ならば初雪以降今時期まで2度ほど、
雪かきの必要がある降雪があった、と日記の記録と照らし合わせ母が言う。

 今日も陽光がさす。
 予報では午後から天候が悪くなり、夜半には雪が降るとのことだったが、
この様子だとまた積もらず終わるだろう。
 助かる。雪かきほどの重労働も他にはない。
それが日に5、6回も強いられるときたら、憂鬱以外の何ものでもない。

 早めに起床し1度目の雪かきを始める。
 敷地内の雪を一か所にまとめた後は、車の雪も下ろす、
凍った窓ガラスは氷を削り落とす。午後と夜、同じ行為を数回繰り返す。
 我が家は道路に面しているため、家の前の歩道の雪も歩行者に配慮し雪をのかす。
 この歩道の除雪は各家庭によりまちまちで、そのまま放っておくところも少なくない。
 雪を除いたとしても、それらを道路に撒くように掃き捨てる家も、
最近だいぶ減ってはきたがそれでもまま見かける。
車の運転に支障をきたすため、非常に質の悪い行為だ。
 雪かきには、家々の癖が出ると言えよう。

 豪雪地帯にある母の実家でも、積もった雪がすぐ溶けてしまうらしい。
 幼少期、暮れに帰省すると、屋根より高い雪のタワーが立っていた。
あのシュールな風景、今でも忘れられない。
 母が子供の頃は家を覆いつくす量の雪が降るため、
除雪のことを雪かきではなく、雪上げと呼んでいたらしい。
 屋根に積もった雪をより高い周囲の雪上へと積む、それで雪上げ。

 車で母の実家へ向かえば、近づくにつれ道沿いに雪の壁が現れる。
途切れず続く壮大な空間、何度見ても圧倒された。
 除雪車が朝晩掃いていく山のような雪が、
凍てつく寒さで硬度を増し出来上がる、自然の城壁。
 日中気温が上がるとはいえ、そうやすやすと崩れることはない。
 それも今ではなかなかお目にかかれなくなってきている。

 昔は我が家の玄関前に、簡易的な雪の滑り台が大人の手によって作られ、
そりに乗って頂上から滑り降り楽しんだ。
 除雪の副産物、有効活用。それがここ数年は雪合戦さえ開催困難な様相。
 
 裏の畑の先には、お向かいの家が所有していた広大な更地があった。
 一面真っ白、膝近くまである新雪で埋め尽くされていた。
 祖母に連れられ妹と僕は、その白いキャンパスに足を踏み入れ、
ぐるぐる歩き回って大きな渦巻きを作った。さながら迷路である。
 雪を踏みしめキャッキャ言いながら道を作る過程が面白くて、
出来上がったぐるぐるを遠めに見て達成感も覚えた。
 
 すごく単純で、だからこそあの頃の自分たちには楽しめたんだろうなと思う。
 子供はシンプルなルーティンに喜びを覚えるものだから。
 かまくらを作ってみたこともあった。お祭りのような立派なものではなく、
小山に穴が開いた程度だったが、成果抜きでチャレンジにワクワクしていた。
 その土地も今では人手に渡り家が建ち、足を踏み入れることができなくなった。

 雪かきの必要がない、それはすごく助かる。
だってあんな重労働、他にないから。
 水を吸った雪の重いこと、この上なし。
 早朝ドタバタする必要はなし。
夜帰宅する家族の駐車スペースを確保すべく、
闇が覆う悪条件での作業も要らない。大いに結構。
 車を運転する際も雪道でのガタガタ運転や、
凍結した路面でのスリップの恐れがないため、夜でも安心して外出できる。

 だが、それでもやはり雪が降らないと調子が狂う、
調子のいいことを言ってしまうが。
 季節感を感じられず、寂しさを感じてしまう。
 あの滑り台は幻だったのかなあなんて、
馬鹿げたことさえ考えてしまう。
 だって、こんなに晴れているのだから。

待てど暮らせど

待てど暮らせど

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-24

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted