幻茸城1-茸城

幻茸城1-茸城

幻想物語「幻茸城」の序章1


 その村の一際高い山の上にそそり立つ朽ちた城は、二百年前に建てられたものと聞く。人が住まなくなってもう百年にはなるであろう。
 城内は草に覆われ、木々の多くは朽ち倒れていた。その中で、一本、城ができるより何百年も前から生えている楠があった。胴回りは八人の男が手を繋ぎ合わせるよりも太い。
 しかし、その木も寿命である。根元は祠になり、木の幹にはびっしりと猿の腰掛が生えている。
 祠には白い狸の家族が棲み、夜毎赤い目を光らせて、虫たちを追いかけまわしている。赤鼠や鼬も虫たちを狙い、有象無象の蛇たちは鼠を頭から飲み込んだ。
 木の上からばさばさと音を立てて降りてきた梟は蛇をくわえ、鼠をくわえ、子どもの待つところへと戻っていった。
 城内は草原(くさはら)となり、いくら食われても減ることのない虫たちが、やかましく鳴いている。
 夜になると、城の崩れた窓から、蝙蝠たちが舞い出てきた。蝙蝠たちは、麓の家々の周りを飛び交い、よいことには夜蛾を喰ってくれた。
 満月の夜になると、山の上の城が月の光を吸い込むがごとく銀色に光る。
 新月の夜は、城の窓が蒼白く輝く。
 村人たちはその様子を眺めては、その城の昔を偲ぶのである。
 
 城の主、新月の王とよばれた殿様は、この地のどん百姓の子どもで、十人兄弟の末っ子だった。
 名も無く、おい、としか呼ばれたことのないその子が十二歳の春を迎えたとき、この地で大きな戦があった。
 この地は二つの国の境に位置し、戦に勝った国のものになることで、何度も領主が入れ替わっていた。
 百姓たちは戦にもなれ、どちらの国に属そうとも自分たちの生活に変わりはなかった。
 しかし、数百年前のその戦は、二つの国ではなく、それぞれに隣接した国々を巻き込んでの大きな戦であった。しかもそれは半年もの間続いたのである。
 どん百姓の末っ子は、荒れた田んぼの畦道で死んでいる一人の武将を見つけた。あたりには馬のひずめの痕が残っており、逃げてきた傷を負ったその武将が馬から落ちて、死にいたったことは明らかであった。
 馬のひずめの跡はそこから遠くまで続いている。馬はそのまま逃げていったのだろう。
 百姓の子は誰もがやるように、武将の武具を時間をかけて剥ぎ取った。
 腰にあった短刀は、黒塗りに三日月の絵の入ったもので、子ども心にも目を奪われ、そうっと自分の袖の中に隠した。
 離れていたところに転がっていた兜も拾い,武具をずるずると引きずって家に持って帰った。
 それをみた父親は大喜びで末の息子をほめた。
 得意になった末っ子は、野山を歩き回り、死骸から使えそうな武具をはがして持ち帰ったが、ほとんどは雑兵のもので、最初に見つけたきらびやかな鎧には出会わなかった。
 あの鎧兜をもって帰った後は、初めてといってよいだろう、白い飯を食わしてもらったのである。あのときの短刀はまだ親にも言わず、袖の中に隠し持っていた。
 そんなある日のことである。
 杉林の中で、きれいな着物を着た、年恰好は同じくらいの男の子がうつ伏せに倒れていた。
 百姓の子は男の子を抱き起こした。
 顔は真っ黒に墨で塗られていた。誰だかわからぬように塗ったのであろうが、百姓の子どもに理由など分りもしなかった。
 男の子はやせ細り、手足は細かな擦り傷だらけである。すでに息絶えていた。
 百姓の子は、着るものもままならない生活をしており、武具ではないが、子どもの着物を持って帰ろうと脱がし始めた。自分もこのような着物を一度着てみたいと思ったのでもあろう。男の子を裸にした。
 武将からとった短刀を下に置き、自分も裸になって、男の子が着ていたものを自分に付けてみた。
 そのとき、林の中を急ぎ足でくる何人かの足音が聞こえた。
 あわてた百姓の子は、裸の男の子を下草の中に横たえ、短刀を拾うと、山の上のほうに逃げた。
 その音が聞こえたのであろう、足音は百姓の子どものほうに迫ってくる。
 百姓の子どもはいそいで獣道からそれ、岩の多い脇道に入った。大きな石の上に足がかかったとき、滑って、頭を打ち、気を失った。
 三人の男たちの一人が百姓の子を抱きかかえていた。
 「やっぱり若さまであった、ご無事であったな、まさか、生きておられるとは思いもしなかった。この長い間、何を召し上がっていたのか、こんなに痩せて、顔も汚れてしまわれて、しかしよかった」
 「じゃが、どうして、殿の短刀をお持ちなのでしょうな」
 「きっと、殿が形見のつもりでお渡しになったのではあるまいか」
 「今回は、ひどい負けようで、いったんは山奥に引き込まなければなるまい」
 「ともかく、若が大きくなるまで、我々がお世話せねば」
 「いかにも」
 
 百姓の子が気付いたときには、柔らかな布団の上に寝かされていたのである。
 そばには見たこともないきれいな着物を着た女性がいた。
 「若様、気が付かれましたか」
 百姓の子は何も答えなかった。利発だったのである。死んだ男の子と間違われていることにすぐ気が付いたのである。
 「お腹が空かれましたでしょう、まずは粥でございます」
 百姓の子は支えられながら半身を起すと、粥を手渡された。
 百姓の子は掻き込むようにあっという間に粥を食べてしまった。
 「おー、おいたわしや、さぞつらい思いをなさったことでしょう、殿も奥方様もなくなられ、お一人になられてしまいましたが、私どもが、若様をお守りいたします」
 「鈴殿、若が気付かれたそうじゃな」
 年を取った侍が部屋に入ってきた。
 「はい、巳之(みの)衛門(えもん)様、しかし、何もお話になりません」
 「そうじゃろう、怖い目にお遭いになり、言葉を失っていらっしゃるのだろう、養生していただければ、元のように元気な若様にお戻りになるであろう」
 こうして、百姓の子は、若様となり、あまり遠くない将来に新月の王と呼ばれるようになるのである。

 幼少の名前は月夜丸といった。
 百姓の子が育った国の前の領主の子どもになったのである。
 山奥の隠れ屋敷では数人の侍と何人かの女中たちが暮らしていた。
 機会があれば、また、国を興そうという考えであったのであろう。その隠れ家は、討ち死にした殿が、何かのときは自分の子どもをそこで育てようという考えで建てたもので、城とは無縁の地にあった。
 その屋敷の者たちは、もともと城に一切近づくことなく暮らしていたのである。
 周りからも隔離され、屋敷の存在は知られていなかった。
 先見の明のある殿様である。
 
 月夜丸は一年も経つと少しずつ話をするようになり、武家の家になじんだ。
 月夜丸が一番に打ち込んだのは剣の稽古であった。
 十五歳になった月夜丸は元服し、名を改め、香月となり、気性の荒い武将になった。
 元服した年のことである。地方に散り散りになっていた残党たちがその屋敷の麓に集まりはじめた。
 かなりの数の家来たちが生き残ったとみえ、また、その子供たちも香月に近い年になっており、百数十の数になった。
 次の年、血気盛んな香月はいきなり、相手に取られた城を攻めた。太平になじんでいたその城の侍はいきなりの攻撃に惨敗した。敵をとったのである。
 香月は城の中の者たちのすべての首を刎ね、城の塀の上に並べた。
 鴉が集まり、目を突き、肉を剥いだ。
 香月はそれを見ながら、夜ごと饗宴をもよおした。その残酷な絵図は、百姓たちの噂として周りの国々に伝わり、周りの国の大将たちは強く乱暴な武将が生まれたことを知ったのである。
 香月はさらに周りの国を攻め落としていった。
 ただ、百姓たちには寛容で、年貢は他の国より少なく、わざわざこの国に移り住み、山を開墾する百姓もたくさん出てきた。
 そうなると、香月の国は富むようになった。香月は育った山奥の家のある場所を切り開き、山すそからよく見えるような高い石垣を築いて、大きな城を新しく建てたのである。
 城に住む香月は、決して贅沢はしなかった。
 しかし、果敢な武将であり、遠くの国まで攻めて行き、そこを領土として、手中に収めていった。勝つたびに、新しい城の城壁の上に、生首が並んだ。
 香月はもう攻め落とす国は無いというほどに、自分の領土を広げた。
 そうなると、城の中で過ごす香月は、自分のからだが悲鳴を上げているのを知るようになる。動かなければ自分の気持ちが破裂してしまう。田で草刈をするほうが自分にあっている。
 香月は目的もなしに、兵を連れて自分の領土のはずれにやってきた。
 城から二日はかかる遠くの国である。
 山の上から見た隣の国は、田に稲があふれんばかりに実っている。
 豊かなところであった。
 どのような国なのか、どん百姓の倅が想像できるものではなかった。
 自分の国に引きこまなければと、細かい思慮があったわけではなく、城に帰り、兵を集めて、攻め入ったのである。
 その国は小さな城の主が百姓どもを束ねているだけであった。
 香月は月のない真っ暗な夜をねらってその城を攻めた。
 全く用意をしていなかった城の主たちは、あっという間に征服され、首を刎ねられ、持っていかれた。
 他の国と違ったのは、多くはない百姓どもが、鍬や鋤を担いで襲ってきたことである。
 香月の兵は遠慮会釈もなく、百姓どもの首を刎ねた。
 子どもたちまでも逆らって、兵に石をぶつけた。
 香月の兵たちはすべての住人の首を刎ねてしまった。
 香月としても、百姓の首をはねたのは初めてのことである。
 しかし、躊躇無くその首たちを自分の城の城壁に並べた。
 その時からである。闇夜に乗じて攻めた大将として、香月の名は新月の王と呼ばれるようになった。新月の鬼とも言われたのである。
 新月の王は、城壁に並べられた首を眺め、酒を飲んだ。
 その国を滅ぼしてから一月が過ぎた頃、城壁の上の首たちに茸が生えた。
 茸はいつの間にか大きくなると、夜には青白く光るようになった。
 並んだ首が青白く城を照らしだす。
 
 新月の王が三十五の誕生の日のことである。
 自分の配下の者たちを呼んで酒宴をもよおした。
 集まった家来たちは口々に新月の王を讃えたのは言うまでもないことであった。
 一人の家来が、祝いの歌を披露し始めたときである。歌につられて、城壁の首が青白い炎をあげて宙に舞い、新月王めがけて急降下してきた。
 新月の王は刀を抜くと首をはらった。だが首は宙に舞い、王の刀は空を切った。
 首たちは家来たちにも襲いかかった、青白く光る茸が生えた首たちは、城の周りをただよい、家来たちにぶつかっていく。家来たちは城の中から外に飛び出し、ほうほうの体で、村の中に散っていった。
 村の人々は、遠くに見える蒼白く光る城に一抹の寂しさを覚えた。
 
 新月の王は夜空を仰いで舞っている青白い首にむかって言った。
 「お前たちがいくら吠えても、吾が討ち取った首、どうにもなるまいぞ、わしの家来になるしかないのじゃ」
 夜の宙に舞い、城のあちこちで蒼白く光る首は、その声を聞いて、ゆるりゆるりと城壁に降り、また元のところに戻った。
 遠くに眺める者たちには、城が美しく輝き始めるのが見えた。
 新月の王は酒を飲み干した。
 「そうだ、お前たちはおとなしく、そこにいればよいのだ」
 そう言い終わらないうちに、首たちに生えていた蒼白く光る茸たちが一斉に傘を開いた。
 村の人々は、城がきらきらと輝きの中に消えるのを見た。
 新月の王の目には、蒼白く光る茸の傘が広がっていくのが、影絵のように投影された。
 茸の傘は開き終えると、蒼白い粉をあたり一面にばらまいた。光の胞子がきらきらと空気の中に漂った。
 首たちが口を揃えて言った。
 「そなたこそ、我々の子どもを育てる奴隷となり、一生を我々にささげよ」
 新月の王は胞子を吸い込み、体にまとわりついた胞子は蒼色に光った。
 新月の王は蒼白い塊の炎となって、城の中を彷徨(さまよ)った。
 新月の王の二の腕に猛烈な痛みが襲った。
 王は自分の腕から茸がせせり出てくるのを見た。茸をもぎ取ろうとしたとき、額に強烈な痛みが走った。茸が顔を出した。もぎ取ろうと手を伸ばすと、太ももから茸が生え、痛みが襲ってきた。絶え間なくからだから茸が肉を裂いて出てくると大きくなり蒼白く光った。
 新月の王は痛みに耐えながら庭の草の上に横たわり、夜空を見上げた。
 痛みが襲うたびにからだをくねらせる。
 城壁の上の首たちが言った。
 「そなたが刎ねた我々の首の数だけ痛みを覚えよ。最後の茸が生えたときに、そなたは痛みから逃れることになる」
 その時から二月も経っただろうか。
 新月の夜のことである。村人たちは城が大きな光に包まれ、幾百もの首が天に舞って消えていくのを見た。
 あくる日、城の庭先で新月の王がしおれた茸につつまれて息絶えていた。
 大きな一羽の鴉が舞い降りてきた。
 鴉は新月の王の首をもぎ取ると、どこぞへと消えていった。
 首のなくなった遺骸の周りに、赤鼠が群がると、肉を剥ぎ取り、狐たちが現れると骨を咥えて、城の脇の林へと消えていった。
 団子虫が落ちていた肉片をきれいにかたづけ、新月の王は跡形も無くなった。
 それ以来、人々は城に近付くことはなく、城は獣と鳥と虫、蝙蝠の住処となり、城の中には今でも蒼白く光る茸が生えるという。
 新月の夜、城の窓が蒼白く光るのは、茸が胞子を撒く時という言い伝えがある。
 
 
「幻茸城」(第一茸小説)2016年発行(一粒書房)所収
 (短編を一つの物語に編纂)

幻茸城1-茸城

幻茸城1-茸城

茸と鼠のあやかしの世界開幕。幻想物語「幻茸城、げんじじょう」の第一序章

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-13

Copyrighted
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