面影

 朝、目が覚めると、来週小学校に入学する娘の彩花が、「パパー、早く起きてー」と健二のお腹の上をぽんぽんと飛び跳ねていた。
「おはよう、彩。今朝も早いな」
 健二は彩花を抱きかかえて起き上がった。すると、目の前のテーブルの上にわたあめ機が置いてあるのに気がついた。
「彩、わたあめが食べたいのか?」
 健二がそう聞くと、彩花は満面の笑みを浮かべながら「うん」と大きく頷いた。
 健二が朝ごはんの用意をしていると、彩花はマイメロディーのお気に入りの椅子に立ち、冷蔵庫からわたあめの材料を取り出していた。もう何度も健二が作るところを見ているから、何がいるのか把握しているようだった。
「彩、わたあめの材料を出したら、ご飯を食卓に持って行くのを手伝ってくれ」
「はーい」
 彩花は、キャッキャッと嬉しそうに台所と食卓を何度も往復していた。
 ご飯にしゃけ、卵焼き、豆腐の味噌汁をテーブルに並べると、いつものように手を合わせてからいただいた。食後、彩花の楽しみにしていたわたあめを一緒に作り手渡すと、口いっぱいに頬張った。
「おいしいか?」
 彩花はにこにこした笑みで首を縦に振った。食べた後、お出かけの準備をするように言った。彩花と出かけられるのは仕事の休みの日だけだったため、健二が休みの日はいつも嬉しそうにしている。それに、今日は健二にとっても思い出の日だった。仏間に行き、仏壇の前に座った。目の前には、彩花の出産と同時に亡くなった妻の遺影が立てかけられていた。
「由紀…彩ももう小学生になるよ。もうそんなに経つんだな。…今日は初めてデートに行ったところに行こうと思う。彩は喜んでくれるかな」
 健二は由紀に問いかけるように話しかけた。無論返事はないが、なぜか「きっと、喜んでくれるわよ」と言われたような気がした。
「じゃあ行ってくる」と言おうとした時だった。
 ドアが勢いよく開けられ、「パパー!」と言いながら彩花が背中に乗っかってきた。
「また、ここにいたの?」
「ああ。ママにね、行ってきますの挨拶をしていたんだよ」
「彩もするー」
 そういうと、彩花は健二の横にちょこんと座り、目を閉じて両手を合わせ「行ってきます」と言った。
「じゃあ、行こうか」
 健二は彩花の頭をくしゃっと撫でながら言うと、彩花は嬉しそうに頷いた。今日の彩花はピンク色のワンピースに白のカーディガンを羽織り、お気に入りの白のかばんを手に持っていた。その姿は健二にとって、可愛らしい王女に見え、思わずギュッと抱きしめた。
 家の周りは住宅街だが、五分ほど歩くと最寄り駅がある。そこから七駅ほど電車に揺られると景色は一変しビル街になっていく。彩花と二人で行く目的地は、ビル街の片隅にあり、あまり人目につかないような小さな店だった。
「彩。このお店はね、ママと初めてデートにきたときのお店なんだ」
「ママもこのお店に来たことあるの?」
「ああ。ママにここで初めて服とかばんをプレゼントしたんだ。とても喜んでくれたよ」
 と彩花に思い出話をすると、「彩もここで服が欲しい」と両手を万歳しながら満面の笑みでとおねだりしてきた。健二は「もちろんだよ」と言うと、ドアを開けた。すると、あの頃のようにベルが店内に鳴り響いた。あの頃のままなら、一階はレディースものの服が売られており、二階は主に子供用の服が売られているはずだ。健二が二階に行くため近くの階段を登ると、彩花もついてきた。二階にはあの頃のように子供服が売られており、普段着からお出かけ用の服まで幅広く置かれていた。
 彩花は店内にある服を隅々まで楽しそうに見て回っていた。今まで気づかなかったが、服を選んでいる仕草が妻と似ていることに気がついた。由紀も服を選んでいるとき、右耳を出すように髪をかきあげたり、右の耳たぶを触ったりしていた。彩花の仕草は由紀のような色香はないが、とてもよく似ていた。
 しばらくすると、彩花は水色のスカートに白色のセーターを持って走ってきた。
「パパー!!彩これがいい」
「…ああ、いいよ」
 健二は由紀との思い出に浸れており、一瞬返事をするのが遅れた。持ってきたものをみると、由紀が好きだった色と似ていることにも気がついた。
 健二は店員に声を掛け、案内された試着室に彩花が入っていった。健二は試着室の前に立った。こうやって、由紀とのデートをしていたときも、よく試着室前で待っていたことを思い出していた。すると、カーテンが開き、先ほど持っていた水色のスカートと白いセーターに身を包んでいた。
「かわいいじゃないか」
「ほんと?」
 彩花はピョンピョン跳ねながらその場でクルッと回った。再びカーテンは閉まり、開くともとの着ていた服に戻っていた。
「じゃあ、お会計をしようか」
「はーい!」
 彩花は右手をピンと伸ばしながら言った。
レジ1台に対し、五人ほど待っていたため、しばらくかかりそうだった。
今まで意識していなかったが、由紀と彩花の仕草はところどころ似ているところがあり、面影があった。きっと他にも似ているところがあるだろう。親子なのだから当然だろうが、健二は懐かしい気持ちになった。それとともに、いつか彩花にも彼氏ができ、いざ結婚となったときに平常心を保っていられるだろうか、と。まだまだ先のことにも関わらず、そんなことを考えている自分に対し、ふっと笑ってしまった。
「パパ、どうしたの?」
 それを見た彩花は不思議そうな顔をして聞いてきた。
「どうもしないよ。会計が終わったら次はどこに行きたい?」
「んーとね。ドラえもんの映画を見に行きたい」
 映画好きも似ているな。健二は会計をしながらそう思った。これからも親子二人仲良くやっていけるだろう。

面影

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-06

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