矜羯羅がる

佐藤駿祐

【一部 】
《もの静かな雰囲気で若者に人気のバンドよなをは、六月に3rdアルバムを出し--------------》
琢也は右目を擦りながら、インスタントのコーヒー粉を容器ごとマグカップに粗く入れると、今にも閉じてしまいそうな目でテレビの方にやった。
《平均年齢二十歳という若さにしてインディ―バンドらしさあふれる中にノスタルジックさを取り入れた独特な世界観で人気を集めています。》
 そうか。本当にすごいな。驚きと喜びとの中間にあるような刺激を真正面から食らい、琢也はまだ深い眠りの海から浮上しきれていなかった意識がその報道を聞いた途端、勢いよく飛び出し、ゆったりと水面に落ち穏やかに浮いている感覚に陥った。ここまで登り詰めたなんて。
 よなをは福岡出身の4人組バンドである。見かけによらない浪漫的でかつ郷愁の念を持ち合わせた彼らの音楽はシンプルでありながらも、一音一音が聞き手に独特な世界を創造させるような奥深さを兼ね備えている。それは弱冠20歳という若さで作れるような代物ではない。琢也が大学時代になんども見てきた同年代バンドは、忙しく青春を謳歌するものばかりで、暇さえあればシンバルを叩くドラムとどこかで聞いたようなベースライン、それでいて最初から全速力のヴォーカルの感じがどうもしっくり来ず、琢也の好みではなかった。ユーチューブにアップされるpvも、大概が校舎か夜の街で、前者は必ず快晴の空の下で撮影され、それも教室と屋上の2パターン。好きな女子、あるいは付き合っている彼女や親しい友人への思いを大量に汗水垂らしながら叫んでいるのは見るに滑稽で仕方なかった。声が枯れるまで叫ぶことで若者の生き生きとしたフレッシュなイメージをアピールしているのだろうが、琢也にとってはそれが全く理解できず、ただただ辛そうにもがいている風にしか見えていない。
後者は落ち着いた雰囲気を醸し出したいがためにロマンチックさを取り入れたサチモスインスパイア系バンドである。こちらは前者の汗だくバンドとは違い、ジャズセッションのような無作為なドラムに重く太いベース、それに合わせたキーボードのメロディによるバックサウンドが印象である。ヴォーカルは甲高く歌い、顔に沢山のしわを作る汗だくな前者と比べてこちら大概どや顔である。pvもほとんどが夜の街でそれも渋谷。都会のネオンサインを背にして、ヴォーカルがタバコを吸っているか、一貯前にかっこいいオープンカーで運転している。どうせレンタカーだろう。
この汗だくひん死バンドと超・夜行性バンド。こういった派生バンドは釣り竿に餌を付けなくとも上げれば釣れてしまうほど大量発生している雑魚だ。そんなありきたりバンドを前にして茫然としていた大学生時代を思い返す。必死に個性的なバンドを探すのに夢中だった自分が昨日のように感じる。まったくどいつもこいつも_______________
気が付くと、時刻は6時半を回っていた。
口元まで運んでいたマグカップ飲まずにすぐさまキッチンに置き、棚からタンブラーを取り出すと、零れるためらいもなく残りのコーヒーを注ぐ。朝飯は_______________そういやパンがあったかな________________。
昨日コンビニで買ったが食べずにいたクリームパンをリュックに詰め込むと、勢いよく玄関扉を閉めた。暖房を消したかどうかなんて覚えていない。家から徒歩10分の駅まで小走りで行けば間に合う。重いウールの黒のロングコートをひらひらと羽ばたかせながら、琢也は住宅地を走りぬく。
 東京の下町育ちの琢也は大学院に進学が決定するとすぐにこの町に引っ越してきた。大学生時代を実家から通学していた琢也にとって人生で初めての一人暮らしに居ても立っても居られず、早々にやってきてしまったのだ。が、想像していたものとはかけ離れていて、期待高まる田舎暮らしは実際ものすごく不便だということに気づき、ホームシックになり始めたのは3日足らずであったことは誰にも言えない。決して子供なんかではない。
この町は大学院が近くなおかつ多少、街っぽさがあるという理由で住み始めた。駅近に商店街を構える程度で店先を超えればすぐに広葉樹の林が顔を覗かせている。四季に一回のイベントで近隣の人が集まり、多少賑やかになるが、施されたチープな装飾と点いているのかもわからない豆電球の数々は華やかさというよりはむしろ余計に寂寥を引き立たせている。
商店街を走り、底冷えのする改札を抜けると、すでに出発待ちであった電車に駆け込んだ。琢也は火照った顔で周囲を見渡すとすぐ近くの擦り切れた赤いクッションのボックス席に腰を下ろした。通路を挟んだ反対側のボックス席でサラリーマンらしき人が窓際に持たれながら眠っている。二駅先にある大学院は冬枯れの田舎町の切れ端にあり、のどかな景観を台無しにするように聳え立つ鉄筋コンクリート造りのビルである。霧がかった茶褐色の街並みの中うっすらと顔を覗かせる灰色は不協和音そのものであり、大きさは最寄り駅に到着する前に、電車がもうじき着くことがわかるほどでかい。琢也は初めて見た時からこの大学院がどこかの悪党が村を一つ滅ぼして立てた要塞だと思い込んでいる。そもそもこんな厳めしい研究室で木なんて診断しようとしても病気なんて治らないだろう。こんな要塞に毎日通うためにわざわざ引っ越しまでしている自分は何か世界政府を轟かすような悪の研究をさせられている気分になる。
 まるで寝起きのようなガラガラした中年のアナウンスが短く流れると、ぷしゅうとドアが閉まってがたん、がたんと電車が動き出した。
二駅先の大学に電車が到着する待ち時間は音楽に浸るには十分である。
ポケットからイヤホンを取り出し、耳に当てると、反対側の席にあるリュックからパンを取り出して空いているもう片方の手で携帯を操作して選曲する。アプリの音楽履歴の一番上に掲載しているアイコンをタップする。

ベッドの脇には朝を迎えたばかりの飲みかけの缶ビール
喜んで受け入れるよ。興味ないけど

耳元からよなをの日照雨が流れる。ローファイのゆったりとしたベースにドラムのさり気ないシンバルと優しいバスドラム、包むような柔らかいその歌声はどこか懐かしさを含み、まるで暖かい日照りの下で毛布にくるまっているような温もりを感じる。耳から脳へ、脳から体へと流れ込み全身で幸福を実感する。まるで耳元で囁いているようなくすぐったくもそれでいて安堵のある声は上がりっぱなしだった琢也の息を落ち着かせる。この曲を作った時はどんな気持ちだったのか。もしかして自分と同じような朝の電車の中で思いついたものなのだろうか。よなをのヴォーカルが朝の電車の中で結露した窓から眺望している姿を自分と透過させるとどこか暖かいようなそしてどこか寂しいような寂寥の念を感じる。
動き出す町並みが曲のリズムに合わせて凹凸している。電車の中で揺れるつり革がビートに合わせて揺さぶられ、見る世界が完全に音楽へのめり込まれているのを実感する。けど間違いなく一番揺れているのは自分だ。
 よなをの音楽はこの変わらないパノラマに色を塗ってくれているのだ。変わらない冬枯れの田舎町に鮮やかで煌めく色彩がポタポタと、染みてはそれが空虚な心に感情を芽生えさせる。クリスマスの日はジングルベルが行き交う人々を軽快な気持ちにさせるように、その場その場での風景は音楽があるだけでみるみる美しいものに変わる。それは些細な日常においても言えることであるし、今の自分にはただの田畑でさえ漏れなくいい味を出しているようにしか思えない。さらに言うならたとえ全く何もない無の風景でさえ、音楽があればお立ち台同然に変わるのだ。世界が煌びやかになるほど自分が音楽に依存していると思うともしこの音楽が消えたら自分はどうなってしまうのだろうか。悟って無の境地を楽しむのだろうか、音のない世界でぽつぽつと生活するのだろうか。いやそれはない。おそらく音楽が消えれば自分も消える、そもそも音楽が産まれなければ自分もそもそも存在しないのでは。音楽と共に在る。
 俺らみんな音楽が大好きってことで共通してるんよ。
ふとよぎったその言葉が頭に浮かぶ。
にっこりと笑いながら放った友達の顔がバカっぽくもそれでいて何かを悟ったようなその面持ちが記憶の隅っこで光っている。
大学2年生の時にちょっとした旅行で福岡に行ったことがある。この発言者はそのときに仲良くなった友達である。くたくたの革コートによれよれのワイドパンツを履いた彼は全身ゆらゆらしていて、同い年とは言えないほど大人びた、いやどちらかというとフリーターに近しい。如何せん背が高い男であって、首元まである長い髪を上げて茶色のバスケットを常にかぶっているからその容姿からコンビニ帰りのニートと呼ばれていた。正直自分であったら死にたくなるくらい嫌だ。しかし個人的にはラフな格好の奴程度のイメージで彼の音楽をこよなく愛するところにとても好感が持てていた。
この言葉が脳裏に焼き付いていたのも、彼が一文無しにべらべらと博多弁を放すものだから、覚えているのもまともに聞き取れたもののうちの一つであるからという理由もあるのだろう。そんな大して威厳のある言葉では全うないが、それに加えてその時は、場の雰囲気と周囲の感性が全て認識できるような感覚に陥っていたこともある。話さなくともお互いが意識し合えて、知らずともお互いが楽しめる空間であったのだ。音学に身を任せ、ただただ揺れているだけで十分な空間。コミュニケーションを取らなくとも皆が互いを認知しながら楽しくなれる空間。だからその時は音楽が、集う人々や景色を美化したのではなく、音楽が人々を集わせていたのだと改めて知る。音楽が、そうさせたのだ。楽しかったなあ。はは。奴ら早口と勢いで話しては全く理解不能な言葉ばかり発する人達であったのに、音楽というたった一つの接点があるだけで、奥底の心に響いたものが何個もあった。 
ハイテンポな曲が流れればテンションが高くなって踊り出し、静かなジャズポップが流れれば一気にお淑やかなになる。東京から来た自分はわけわからず、ハイテンションにもならずしては常にお淑やかであったことにむしろ恥ずかしさを感じるほどであった。そんな彼らはいささか子供っぽくて、おちゃらけているが、正味良いやつで奥底に根太い芯を持っている。音楽に身を委ねて全身がその空間に溶け込んでいる時も、心の真意が笑った瞳の奥で燃えているのが見えたような気がしていた。暑苦しくなく、それでもボウボウと燃える彼らの熱気はあの空間でしか味わえない特別な何かを感じた。
「絵全然上手くないけど、でも気に入ってくれる人が沢山いてさ」
 「昨日ユーチューブにアップする曲作るのに夢中になっちゃってさ。気づいたら朝までやってたよ(笑)」
 そんなに張り切ってどうするのさ。体もたないでしょ。
 「でも今が楽しいけん、そんなん関係ないって」
みるみる蘇る記憶と会話していることに薄笑いする。その記憶の一つ一つがあまりにも鮮明であるから自分でもびっくりする。きっと彼らからもらったものがあまりにもでかすぎたのだろう。
二駅目の到着に向けて電車がゆっくりと減速し始めた。周りの茶褐色の風景に灰色の電信柱が多くなり始め、気づいたら思いもよらないほど思い出にふけていたことにハッとする。既に駅のホーム内に入っている。
人気のいない電車からは大学院生らしき人達がぽつぽつとボックス席から立ちあがり、停車するとノロノロと駅に足を運んでいる。琢也は忙しくテーブルにおいたパンの袋をくしゃくしゃにリュックに詰めて支度する。既に開いた電車戸からは凍える冷気が強く吹き込んでいる。
《まもなく2番線の電車が出発します。ご注意ください____________》
イヤホンをポケットにしまいドア前に立つと、胸で大きく息を吸い込む。そして、抱えていたリュックを大げさに背負った。

一部―終―

矜羯羅がる

矜羯羅がる

現代ミュージックを奏でる若き青年たちは、足元にある些細な日常の中で思いのまま楽しむ。郷愁と永劫の中でひっそりとそれでいてでかく胸を張って生きる。そんな彼らは確立した音楽ジャンルにも、この社会にも囚われない。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-12-02

Copyrighted
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