クラなんとか

北上八三

正直言いたかっただけ

仕事が終わって、電車に乗り、最寄り駅の一つ前で降りて自宅に電話を入れた。
「僕です。今から帰ります」
「あ、お疲れ様」
昨今これくらいの連絡はラインでいいじゃないかと思われるかもしれないが、でもこれが僕のルーティンだから。口から出た言葉を自分の耳から再度体に入れる。そうすると脳も体も本当に仕事が終わったんだと確信する。電話から返ってくる奥さんの声もそれと同様の効果をもたらす。いつも変わらぬ声音。もう家事は終わっているようだ。
「今日も一駅前?」
「うん、そう」
いつも一駅前で降りて、そこから歩いて帰る。ちょっとした運動のつもりだ。それで体形を維持している。
「気を付けてね」
「わかってる。あ、」
もう電話を切ろうかと思っていたが、聞き忘れていたことを思い出した。
「今日の晩御飯何?」
一駅前で降りて連絡を入れると、奥さんがそれから料理を温めなおして、家に帰ってちょうど食べれる仕組みになっている。世の中にはこういう事を聞かれるのが嫌なタイプもいるそうだけど、彼女はルーティンの一環でしょ?とそれを許可してくれている。ありがたいことだ。家の事はほぼ任せている。彼女と結婚して四年経った。子供はいないが、生活自体はそれなりにいいものだと思う。
だから、その日もそれを聞いた。
すると、
「今日はねえ、クラ、チャ、げふんげふん」
と、突然せき込んだから驚いた。
大丈夫?と聞くと、大丈夫だと返ってきた。変な器官に入ったの。それから間髪入れずに、早く帰ってきてね。と言われて、それでなんとなく電話を切った。
「クラ、チャ・・・」
クラムチャウダー?
おおお・・・。

寒くなってきたもんなあ。クラムチャウダー。昔一人暮らしをしていた頃はよくキャンベルのクラムチャウダーを作ってパンをつけて食べてた。食べてたなあ。うまいもんなあ。クラムチャウダー。

急いで家に帰ることにした。阿部寛のセキスイハイムのCMみたいに帰りたい。クラムチャウダー。帰りたい。クラムチャウダー帰りたい。

「ふー」
平素よりも10分ほど巻いて家に着いた。チャイムを鳴らすと玄関の明かりがついてドアが開いた。妻が立っていた。
「おかえりなさい」
「ただいまい」
靴を脱いで、スーツを抜いて、風呂に入りシャワーを浴びて、部屋ぎに着替えて、食卓に向かう。
クラムチャウダーが。もうクラムチャウダーが。

「クラムチャウダー?」
キッチンに向かっていた妻の背中に声をかける。クラムチャウダー?うめえクラムチャウダー?

「クラチャイダム」
しかし予想に反して妻は違う事を言った。よく聞こえなかったけど、でも、間違いなくクラムチャウダーではなかった。
「今日はクラチャイダム」
クラチャイダムだった。

精力剤?

精力剤だな。

子供欲しいんだろか。

ああそう。

そうかあ。

クラなんとか

クラなんとか

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-12-02

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