糸の切れた人形

私は人を殺してしまいました。厨房の包丁を握りしめ、人の心臓をめがけ刺しました。包丁を抜いた途端血が滝のように流れ、床にヒナゲシの花を咲かせたようでした。
それから私は逃げているのです。うまく動かない手足を必死に振りながら、逃げ続けているのです。思考回路が全く働かないのです。
ああ、どうして。どうしてこうなってしまったのでしょう。

私は生まれつき手足の動きが悪いようでした。たくさんの人に診てもらいましたが、遂に完璧に動くことはありませんでした。
それから私は路頭に迷いました。人は私をゴミのように扱うのです。働ける場所は見つけられないままでした。
そして私は出会うのです。恩人である、あの方に。
私はとある喫茶店で働くことになりました。私はそこで必死に働きました。料理を運んだり、庭の整理をしたり、掃除をしたり。とても普通の人間がこなせる激務ではなかったでしょう。私は手足のこともあり、全ての業務がうまくこなせませんでした。料理は落とすし、庭の花は切るし、ごみはまき散らすしで。自分でもひどいものだったと記憶しています。それでも私は幸せだったのでしょう。店の主人は優しく私がどれだけ失敗を繰り返そうと、笑顔を向けてくれました。そして「またやってごらん」と言うのです。私は少しづつでも確かに、成長していきました。
ですが、主人が抱えていた病が牙を向きました。あっけなく主人の命を奪っていってしまったのです。私は一人店に取り残されました。
そこで主人の息子だという人が現れました。そして店の経営を自分がすると。主人が言うに息子はろくでもないということを記憶していましたから、果たしてどうかと考えました。しかし、それは最悪の結果を招くのです。
彼の経営は酷いものがありました。利益を出すことばかり考え、お客様のことなど微塵も想っていないのです。
当然客足は離れ、店はやっていけなくなりました。自業自得です。
ですが彼はこう言うのです。「お前のせいだ」と。
確かに私はある程度失敗はしてしまいます。ですが昔よりも遥かに上手にできていたはずです。それでも彼は私を悪いと攻めたてるのです。
「お前が、いるせいで」
彼は私を殴りました。ですが私は抵抗しません。
抵抗するも何も、まだ私は『感情』がありませんでしたから。
「……くそっ!」
私が何も反応しないのを見ると彼は標的を別にしました。
店、そのものです。
綺麗に並べられた机と椅子を投げ飛ばし、窓硝子を粉々にし、庭に生えた花々を踏み荒らしていきました。
私はそれを見ていました。でもじっとしてなんかいられなかった。大切な主人との記憶が壊されていくようでたまらなかった。沸々と出てきた『感情』が怒りだと気づいたのは、私が動き出した時でした。
気づけば私は人を殺していたのです。
ああ、主人よ。聞こえていますか。
私の名はMK-Ⅱ。人に仕える機械なれば。
私は正しいことをしましたか?

糸の切れた人形

糸の切れた人形

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-11-25

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