兎おいしかの山 その四

兎おいしかの山 その四

 実家から車で十五分の場所に遊園地がある。

 規模は小さめ。ドキドキワクワクなアトラクションいっぱいの大都市圏と比べれば、
それこそ比べ物にならないほどしょぼい。
 一応ジェットコースターはあり一度乗ってみたことがあるが、
一切スリルを味わえず一気に興が冷めた覚えがある。
 空飛ぶじゅうたんや回るコーヒーカップの方がエキサイトするほどの残念さ。

 そんな遊園地でも県内ただひとつという点や、
バイパス沿いの立地ゆえドライブ込みで余暇を過ごせることもあり、
週末祝日連休ともなると、各市町村から数多くの家族連れが訪れる。
 駐車場は満車、空き待ちの車列ができている光景もよくみかける。

 僕が小学生の頃。
 地区の子供会における年間行事、
その中でも大きなイベントが件の遊園地で過ごす一日だった。
 正直あまり嬉しくなかった。

 団体用のバスなど借りたりしない。
 行きも帰りも徒歩。
土地勘を活かし古道に脇道、ありとあらゆる近道を使っての地区民大移動。
 片道一時間以上かかった。
 おかげで目的地に着くと、これから遊ぶというのにすでにへとへとだった。
 
 帰り道のことを考えればさらに憂鬱になる。
 だからその件はひとまず置いて半ばやけくそで、
使い古され色褪せた遊具に乗って時間を過ごしていた。
 夕暮れになると再び大移動。
 遊び疲れた体で家路まで急ぐ。児童の足に復路は特にきつかった。

 こんな体力を絞りつくす大ごとよりも公民館で駄菓子を食べつつ、
スライドに映された一昔前の劇場用アニメを観る小規模行事の方が楽しく感じられた。

 母と並んで歩けること。
 普段働きに出ていて一緒に過ごす時間が少ないがゆえ、
それは一大行事における数少ない楽しみであった。
 ただ母からしてみれば、貴重な休日が犠牲になっていたわけで、
更に僕らが遊んでいる間、ご近所の奥様方に気を使いながら接していたはず。
 僕なんかよりもずっとドッと疲れたに違いない。
 思えば本当にありがたいことだ。

 小学校六年生のとき。
 その年の年間最大行事はお隣の県にある、大きな遊園地で行われることとなった。
 僕にとって初めて行く場所だった。
 その日が来るのを楽しみにしていた。

 今回もバスを借りることなく、行きも帰りも電車での団体行動。
 楽しかったはずの晴れの日。
 だが、思い出すのは辛い記憶ばかり。
 なぜなら当日僕は、扁桃腺をひどく腫らしていたから。
 
 風邪をひくと喉からくるタイプではあったが、
その日は人生で一番といって過言ではないほど痛かった。
 いつもなら簡単なつばを飲む行為が苦痛でならず、初めは無理やり飲み込んでいた。
 しかし、それも長くは続かなかった。
 今思うとなんて汚いことをと恥ずかしくなるが、グループ分けされ子供だけで巨大迷路に挑戦した際、
僕は通路につばを吐きながらみんなについて歩いた。
 他のメンバーはさぞかし不快だったに違いない。自分が最年長だったため一言の文句も言えず。
病のためとはいえ悪いことをした。

 何とか迷路は抜け出せたが、そこで喉の痛みも体力も限界に達した。
僕は母と二人、先に帰ることになった。

 ひと気のない遊園地の出口。
 駅までのバスを待つ間、何も食べられず腹が空いていた僕に軽いものをと、
母は喉への負担が少ないソフトクリームを買ってくれた。
 甘くて冷たいミルク味、今でも忘れられない。
 あの日唯一の良い思い出ができた、そんな瞬間だった。

兎おいしかの山 その四

兎おいしかの山 その四

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-11-17

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