ひまわりの種

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「あっ、もうすぐ5時だ!帰らないと」
 時計台を見て、ひまわりは泥団子を作る手を止めた。いつもなら、近くの小学校に通う男の子達がドッチボールやサッカーをしたり、その光景を横目に女の子達がキャッキャッとはしゃいだりしているような時間帯なのに、今日はみきとひまわりしかいない。閉園後の動物園のように、第2公園は寂しげな雰囲気に包まれている。
「えっ、帰っちゃうの~。もう少しだけ遊ぼうよ。おねがい~」
 甲高く、父親にねだり慣れているだろう声。みきは、この声を一体どこから出しているのだろうか。みきとひまわりの手には、おはぎをピンポン玉サイズに固めたような、ずっしり、まんまるとした泥団子が握られている。
「ごめんね、みきちゃん。5時までに帰らないと、ママに怒られちゃうから」
「えぇ~~」
 みきは不満そうに語尾をやたら伸ばす。泥団子をせっせと固める小さなその手を止める様子はない。
「時計台の裏にわたしたちのお団子を置いとこうよ。明日、保育園が終わったら、つづきを作ろう。それでもいい?」
 みきからは何も返事がない。ずっと下を向いたままだ。
「ねぇ、みきちゃん?」
 みきからはやっぱり返事がない。
「帰ろうよ」
「ねえってば」
 自然と語気が強まる。
「ねえ」
「怒ってるの・・・?」
 わたしだってまだ遊びたいよ。だってママが・・・。でも、自分がまだ遊びたいからって何も無視することないじゃん・・・。親友に無視される寂しさと怒り。ひまわりの心は青色と赤色の絵の具をパレットで混ぜた時みたいにぐちゃぐちゃだった。左手に持っている泥団子のひんやりとした感覚だけが、ひまわりの中に伝わってくる。
「からの、土攻撃~~」
 べちょり。
 みきは突然顔を上げると、ひまわりの右手の甲に人さし指で土をつけた。
「えっ」
 あまりの突然の出来事に頭が追い付かない。みきちゃんは怒っていなかったのかな?よかった・・・。じゃない!!
「ちょっと!!騙したの!!」
「や~い。ひっかかった~。みきの演技うまいでしょ?パパもたまにひっかかってくれるんだ~」
 泥団子を持っていない方の手でピースサインを作り、嬉しそうにニタニタしている。
「それならこっちも、土攻撃返しだ!」
 べちょり。べちょり。
 今度はひまわりが、人さし指と中指に付いていた土をピースサインめがけて付けた。みきの手の甲には、タイヤ痕のような黒い2本の線がついた。
「へへへ、2本だよ」
「うわっ。それならスーパー土攻撃をくらえ!」
 みきは泥団子を地面に置くと、10本の指を地面に突き刺し、ニヤニヤした顔でひまわりに迫った。
「ふふふ、10本だよ。まてまて~」

 時計台の裏に泥団子を2つ置き、手を洗って公衆トイレから出てきた時には、時計の針は4時57分を指していた。やばい急いで帰らないと。走ればまだ間に合う。
「ひまちゃん〜」
「みきちゃん、ばいばい〜」
 ところどころ雑草が生えているだけの味気のない公園に2人の少女の声が響き渡る。遊具は1つもない。テニスコート7面程はあるだろうか。その広大な土地には、細長い鉄柱にシンプルな文字板が埋め込まれた時計台と公衆トイレがあるだけだ。
 ひまわりとみきの家は反対方向にある。公園には2つ出口があり、みきは西口から、ひまわりは東口からいつも帰る。公園から出る時は、反対側にいる相手に聞こえるように大きな声を出し合って、めいっぱい両手を振り合うのがルーティンになっている。夕日の橙色の優しい光に照らされた4本の小さな手がゆらゆらと揺れる様子は、一足早く紅葉したもみじが靡いているようだ。
 みきの姿が見えなくなると、右手を挙げるのも忘れて、東口前の横断歩道をダッシュした。ひまわりの家はこの公園から歩いて5分。思いっきり走れば3分。横断歩道を渡ってひたすらまっすぐ。そして駄菓子屋のある角を右に曲がって、しばらく歩けばひまわりの住む一軒家に着く。

ひまわりの種

ひまわりの種

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-10-15

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