ユイガノクニ

生きろ。過去が絶叫してる。閉じた世界は、今も、僕の記憶で輝くから。

 音が、いらない。一人にして欲しい僕が、希った。深夜と、ナイトモードでセピアに翳る、ディスプレイ前で綴る世界の話。

こんにちは。よう。

 応える声はない。此処にしかいない。

一人ぼっちで、迷い込んだの。お前は。

 此処は、唯我の國。声の主は僕と、出来損ないを抜け出せない、潜り込んでばかりの僕だ。
 反響する声音は一つ。打ち返し合う声色の形は二つ。夢中で毒を吐いた。相手は僕だ。頭を抱え込むようにして、うずくまって、閉ざした心の狭いままに、叫ぶこともなく消えていく。それも僕だ。

 小さな、白い、決まりのない空白の中。此処は、唯我の國。僕だけが二人いて、それだけが成す世界の話だ。

 先ずは、寓話を語ろう。他の誰でもない僕のために。この世界が有り続けるために、つまらない話のタネが必要なんだ。根暗が足を引きずって、一年中五月病のこの國に、意味を授けてやらなくっちゃあいけない。

 この國に住む人々は、無垢なままに死ぬ。生きる内に、汚れることを知らない。駆ける子供の群れに、凪いだまま揺るがない心持と笑顔。人を責めねば愛せないような矛盾は間違っていて、この國には有り得ない。疑う。概念がない。例えば、そんな世界の話。

僕たちしかいないのに、随分な仮定だね。分かっているなら口を出すなよ、寓話に文句をつけることの、君に利があってのことか。違うけれど、ねえ、裏返しの皮肉ばかりでは、どうにも苦しいの。ならば、認めれば良いじゃないか。出来ると思うかい。やるか、やらないかだろう。黙っていてほしい。口うるさいのも僕らだ。

 あゝ、煩くて、仕方がない世界。辛いのと、風と、出る杭を打つ槌のせいで、万年暗いのが、僕の世界。

真綿で首を絞めるような毎日が、一体、いつまで僕を苦しめるの。気の持ちようで変わるものを、嘆くだけ、喚くだけのお前が、情けなさを知ることから始めなくてはね。そうやって悲痛に呟いてみるだけの君も。ああそうさ、僕だって同じだ。止めてよ。止めてくれ。

 世界の白く広いのが、どうも皮肉に思えます。万人笑顔で生きていて、何事もないようなのに吐き気を催します。不思議ですね。苦しまずに生きる術を得て、人は大人になっていくらしいのに、年々苦しくなっていくものだから、こんな夢ばかり見ようと思うのです。此処は、唯我の國。自在。僕だけの國です。

大好きな書き手がいるんだよ。ああそうかい。説明するまでもないよね。僕だからね。

 ごった返す感情と、日常に溜まっていくタスクに擦り減っていく人格と期限。いつか、僕が僕でいられなくなるであろう日までの。カレンダーは、去年ものが掛ったままで、時間の止まったようなマイルームと、夜。疲れてしまうから、あまり潜ったりしないんだ。柄でもないことをするから、染み込んでしまって、歪んで、戻れなくなるんだよ。分かっているけれど、向き合わなくちゃいけない気がして。気がして。

 此処は、唯我の國。古傷を開いて、じとり、覗き込んだ先にある、僕、自身。

春が来ますね。昨日見た桜の所為で、気でも触れたんだな。うん、元からそうだよね。そうなりたいんだろう、お前の所為だ。そう、僕らの所為だ。

春が来ると、暗い気持ちになりませんか。お前を押し付けて、それで満足かい。後ろめたいのが足を掬って、微睡から起き上がれなくなることに、痛い罪悪を覚えるの。全て、だらしないお前の所為だ。分かっているの、だけどね、続く、廻る、重なるから、痛くて重いので、ますます起き上がれなくなって、遠ざかって行くの、手放すの。甘えをだらだらと吐いて、それで満足か。いつものことだよね。いつものことだ、背を伸ばせ。

 桜の散る。別れと、出会いの季節。罪の意識に苛まれれば、いつも、逃げ場のない甘い匂い。波があって、浮いては沈んで、挙句、溺れそうになって。この時期は、眠ることが多いので、自然、深く、深くまで落ちてしまって、堕ちてしまって。上昇の仕方を忘れると、息継ぎの出来ないのが、ゆっくりと、喉を内側から圧していくから、春、苦しいの。今年は特にそうだね。見えなくなります。

 電子音と、平成の終わりと、実のないネットワークに囚われて、失い続けている、今日も。遅効性の毒と呼べば良いですか。世界が、社会が、周囲が、僕を弾くように輝いているので。目を瞑って、耳を塞いで、布団の中で、息の根が、静かに止まるのを待ちたいの。

 春、死の季節。此処は、唯我の國。逃げ場のない僕に現れた、泡沫の、小さな家。僕を騙る、二人の語り部が、僕、詳らかに紐解いていく、閉じた世界。

欺瞞に満ちているの、僕の目に映るあれもこれも。お前が勝手に難癖をつけているだけ。偽物が語る詩の、ひどく臭うのに耐えられないの。それを愉しんでいるお前を恥じろよ。知らないセンチメンタルに浸って、エンタテイメントを描く嘘つきに、後ろ指を指して嗤いたいのは悪いことかな。高度な自虐の披露、お疲れ様。うん、矛盾してるんだ。軋んでるのに、今更、気付いたって遅えだろ。ずっと分かっていたの。ああ、知っていたよ。歪んでも良いかな。叫んだらいいさ。普通に生きたかった。お前が悪いんだ。

 一時は楽しくて。輪の中の熱に中てられたら、本物か偽物かなんて、どうでも良いことのように思えて。けれど、去って、冷えて、もう、僕しかいなくなって。眺めなおした時に、傷口の、じゅくじゅくと、古いくせ、傷む、痛むから。安易に書けないな。見紛うことなど稀だと思うの。狼少年も、大人だって、皆同じことでさ。切って貼ったみたいな感情のギャザリングアートは、僕、見抜けてしまいます。間違いかもしれないね。嘘みたいな本当も、本当みたいな嘘も、溢れていて、きっと後者が多いのだけれど、だって人だもの。或いは、名役者みたいなのがいて、陶酔し切って綴られた色ならば、僕、見紛って、熱を帯びてしまうのかも。本物に、哀愁を覚えて、抱きしめたくなるのは、きっと。抱きしめてあげたいのは、ここにいるからで、きっと。偽物も、本物も、抱え込んで愛せたなら、ずっと。ずっと楽だ、もう考えなくっていいや。大きくないの。そんなに大きくないから、僕、それは出来ないのです。考えて、その夜は、気付いてた当たり前のことを反芻して、涙なんて出なかったけれど、忸怩たる思い、じくじく痛む思い、抱えて眠ったんだ。未だ、夜が明けない。

どうして、また、ここを眺めているの。なんで、さっさと出て行かない。

 ごめんね。今日は、深く、向かい合ってみようと思うの。終わりにしたくて。世界を閉じに来ました。煩わしいから。ううん、違うね。息苦しいから。ありきたりな生活も送れない位、重たくなって、心、根を伸ばして、辛いの、だから。

閉じにきたのね。これで何度目だよ。大丈夫、それじゃあ。とっとと始めるぞ。

 寓話で、國を開いて、潜り始めた。これは、向き合うための儀式。ぱっくり割れた切り傷の、縫合した糸を抜くような、まるでリストカットだ。そうして溢れ出した血みどろと、膿のひどい臭いとを相手取って、ぐちり、深くまで、指を捻じ込め。
 手始めに、手探りで、触れたものから、深部へと辿ろう。それは、無気力の所為。痛い。動かない体と、錆び付いた罪悪感を、メタ的に痛がる、今日この頃。

辛いことに、悲しいと思うのではなくて、ただ、不感症になってやり過ごすことが、正しいように思えているの。善悪でなくて、勝手にそうなった、お前がいるだけ。ええそうね、どうしてだか分からないけれど、あの日、苦しくなかったの。喉が詰まったような思いと、処理できなかった感情を、何もしないことに全て割いて、苦しくなかった、それは嘘だ。

苦しかった、痛い、思えたことは今までの。積み重なったから、動かなくなったセンサーなんて、それはお前の言い訳に過ぎないからな。言い訳、責任なんて、そんなのないもの、始めから。あるかないかを決めるのはお前で、責めているのもお前で、もう勝手にすればいいさ。ねえ、置いてかないで。じゃあ、泣き言をたれるな。

 報われなかった。報われて良いと認められる程の、苦しみを対価としたか、自問自答を永く行えば、そんな答えは最初から出ていたけれど、納得も出来ない、苦虫を噛み潰したような、しかし、顔を顰めたりしないのだけど。本当の自分なんて、訳の分からないものがいるのなら、それは人との関わりの中に見つけるもののような気がして、自分では、分からない、濁って見えないままなのですが。家族も、大人も、輩の多くも、油断もならない、信用も出来ない、愛せようもないもので、僕はどこでしょう。探している最中、擦り切れてしまったのか、最近、痛いよりも先に、体か、心か、動かなくなってしまって、ひどいのです。馬鹿な話だ。僕だって思うさ。馬鹿馬鹿しい。もっと、頭の奥、搔き乱すような言葉で、深く、何かを掴まなければ、今日ここで、息を止めてしまうような気がして。醒めた、冷めた、停止している。

 此処は、唯我の國。深く、自分を見つけるための、鍵盤に現わされた、心の國。

僕、大好きな人がいて。嘘を吐くのは大概にしろよ、愛も言葉が白々しいと思う程、疑心暗鬼がほざくなよ。僕、その人にね、嘘を吐かれていた。彼女は謝っていただろう、それで十分じゃないか、何を求めていて、ああ、お前なんかじゃ、一生、満たされないよ。そうだね、満たされないの、不安なままで、たった一つの嘘を知っただけで、歪み始めて、大好きな人を疑うことに、その正当性を肯定することと、嘲ることの二つが産まれて、ひしゃげてしまって、僕の、青い感情は。そんな弱音を吐けば救われるのか、それを自覚するだけ、また辛いとか耳障りだから、そろそろ黙れよ、弱虫がさ。ねえ、どうして、そんなに噛みつくの。煩いな。ごめんね。謝るなよ。ごめんね、苦しいよね。死ね。本当に、思ってしまうよ、それは。ああ、いいさ、僕ら。消えてしまった方が楽、なんて、思っちゃいけないよ、僕。お前が吐くきれいごとは、随分と、なあ、空虚に響くよな。

 人を信用できなくなったのは、もう、随分と昔の話。それを乗り越えきた道の話は、この糸を丁寧に手繰ってしまえば、また、思い出したくないものばかりを、走馬燈みたいに流すことになるから、飛び飛びにしよう。

夏の話。今度は、夏の。うすら寒いぐらい高い青空と、不器用な恋心、他人のもの、飛び交うような、体育祭リハーサル中、刺す、照り付ける陽光の元で、友人が、ころり、零した言葉が、僕を苦しめて、今も苦しめて、歪みは広がって、痛いばかりだ。本人に聞けなかった。怖かったから。恐ろしくて。何より、疑いたくなくて。けれど、皮肉なの、疑ってばかりになってしまいました。毎日に、徐々に、塩辛い涙の味が混ざってきて。大好きだった。大好きでした。そう言って、全部を終いにして、逃げて、僕、今にあるのです。

大切なのは、僕、選んでしまったということ。傲慢なことだ。信じたい人を、選んでしまって、彼女も、誰某と変わらない、人間の一人であることの、頭から抜けてしまうような甘さに溺れてしまったから。常に、備えておかないからだな。でもそうしたら。ああそうさ、誰だって信用できない。心から信じていたいでしょう。出来ないことをいい加減認めて、迎合しろよ、巧くやっていかなくちゃあいけないんだ。僕、僕はさ、そこだけは。いつまでも、いつまでも。赦して欲しいよ、子供で、無垢でありたいんだ。お前はもう、十二分に、汚れているよ。だから、だよ。

 此処は、唯我の國。愛知らぬ故に、道、絶たれて久しく、その所為か、真っ白に埋め尽くされて、確かに描くことの叶わない、理想の墓所。

もっと深くまで。来いよ、続けるぞ。
 もっと、深く、僕は、潜る。

 世界、閉じるため。

 我儘の、始まりまで遡る。月日、さかしまに六年と少し。卒業を控えた一年。僕の全てが、終わった日まで。

僕は、正しいことをしたって、思っていたんだ。何も見えていなかった、考えることを放棄していた、ガキの頭だったんだよ、お前。だって、その通りだもの、子供、無垢だったの、あの頃の僕はまだ。その所為で、お前が傷つけたものの数は、幾つあった。ごめんね。違うだろ。君が言いたいことって。お前が奪われたものは幾つあった。数えたくないよ。向き合うしかないんだ。僕はもう、あの日の僕じゃないし、戻れないし、背負えないし、変わってしまったの。なかったことにはならないし、お前はいつまでも、引き摺ってしか生きられない。僕らは。そう、僕らは。だからなの。だからだよ。どこが。痛いのかを、もう一度、思い出せ。慣れているよ、大丈夫、もう何度も、反芻したこと。お前と。僕が。現れることになった、捻じれた日々を、語れ。

 熱に、浮かされた。全てが間違っていた、恐らくは、あの日々。正義の形があると信じていた少年は、ひどく乱暴な男であって、また、ひどく脆い子供だった。大人たちは保身に走るものだと知った。担任も、教頭も、校長も、誰も、少年を見ていなかった。虫唾が奔るのを感じて、弱かった自分を恥じることが出来たのは、何もかも壊して、全てが去って、新しい環境が、傷口に瘡蓋を張った後でした。僕は、あの日、間違いが始まったあの日から、壊して、壊して、壊してまわったの。正義感が、僕の、怒りの、心の、制御を司る、脳の、肝心なところ全てをずたずたに引き裂いて、止めどなく咆哮した。女子に手を上げました。蹴りました。せいせいした。僕は今でも、痛いままです。当時、習い事にしていた武道が、相まって歪んだの。正しいことを貫く姿勢を学んで、曲げることが出来なくなった。強くなった錯覚なんて、ちっともなかったけれど、泣きながら振り上げた拳は、僕だけが悪いと糾弾されるに十分な説得力があったのです。護りたかったのは、規則と、敬意。教師が侮辱されることが常の空間の中、庇い、盾になるように怒って。規則が蔑ろにされる多感な時期を、甘えと断罪するつもりで抗議の声を上げた。いつの間にか、一人になっていた。背中にいた人は、勝手に心を病んで、退場してしまった。父も、母も、僕じゃなくて、「僕」を見て、指示をくだすような態度に、腹が立った。友達はいなくなった。一人で泣いていた。怒りでのぼせて、叫んだ。どいつも、こいつも。世界が、僕の敵だと思ったんだ。もう二度と、治るなんて思えない程に、幼少期の、絶な記憶が、歪めて、もう、戻れなくなった。

 此処は、唯我の國。自分を焼いた少年が、二つに割れて、生きるために創ってしまった、延命の園。

 そうして、僕、逃げ込んだのは、在りもしない世界の中で。現実は生きていくには窮屈なようで、校庭、駆けまわることすら自由でない僕の、母、子宮の中、回帰するような温もりを求めて、でも家にはないの、そこは、そこは、文字の中でした。絵の中でした。救ってくれたわけじゃない、けど、飽きるまで、ゆっくりと、最低限に満たしてくれたのは、司書さんの静かな微笑みと、バーティミアスって冷たいファンタジー。クールでした。物語は、ええ、誰かが描くものだもの、だから自由に展開して、何か説教じみた辛い場面もお約束で、劇的に死ぬの、相棒が、そんな場面にすら、胸を掴まれて、暫し、帰ってこれなくなりました。自己犠牲が好きだったのかもね。根からして、歪んでいたのか、分からないけれど。ウルトラマンと、仮面ライダーと、スーパー戦隊に憧れる位のことは、年頃の、男子の、許して欲しいところで、延長だよ。

絵を描くのが好きだったね。ひどいもんだったけどな。設定を、言葉で、絵で、記した世界の中が、僕を慰めていたの。遠回りな自慰行為だ、変態的だな。けれど、僕、あの世界があって、少し強くなれたの、きっと。何もないよりは、だが、なくても戦うバカだったろうに。かもしれないけど、だけど、でもなの。あの日、あの時に、出会っていたことに、意味があるとでも。ふふ。気味悪く笑うな。僕だなあ。そらあ、なあ。

 ずっと、苦しいのは付きまとって、消えず。だから、外に出して、緩く、鈍く、薄めて生きていたのかもしれない。何度、深い、軽い、死への誘いに心惹かれたか、覚えがない。けれどその度に、僕は、何度だって思い出すのだ。もう一つの世界があることを。酸素の薄いような、肺が死んで、壊死を続けている毎日の、死体のような世界でなくて。此処。胸の奥の方、きちんと、僕、世界を持っているんだと、だから、家族の温もりも、正義の確かさも、何一つ、足場を失ったようでも、真っ直ぐ、ううん、たとい足場が歪んでいたとしても、僕、立っていられたのです。今日という、この日まで。此処は、唯我の國。夢うつつに描いた、言の葉の、流れる筆の、始まりの、源の、光。

 少し、話をしましょうか。こんな狭い世界の、小さな、僕だけの世界の。此処は、唯我の國です。僕、苦しくなったり、時に無意識に、巡る、意識の中に、ふと在って、潜っている、真の世界です。
 桜の咲くも、夏の青空も、夜の月も、人の卑しさも、完全無欠の神々しさも、ええ、勿論、自在の國。僕が思うことの、尽くが為され、または崩され、現実と、夢と、狭間を見て、考えるための世界。
 美しい白。またの日は闇。ディティールに驚かされるようなこと、稀にしかありません。だって、疲れていて、ぽつぽつと、吐き出すための、僕の國。

 閉じる必要もない、なんて、思うような日もあるの。けれど、考えてしまうの。巡る。そうして深い方へと落ちて行くから。思考は、醒めて、覚めて、冷めて、ゆくと、人のものから遠ざかって行くようなこと、ご存知ですか。僕、俗っぽくありたい。低俗に笑えれば、憤慨して、日々のつまらぬことに泣き笑いして、夢中で誰かを愛して、友に信を置き、いつか、安らかに眠ることの、きっと叶うのでしょう。僕、そうでありたくて。僕、歪んだままに、生きることの、今、なんと辛く、煩わしくて。

 普通に生きたくて。けれど、歪な僕の、元になど戻れぬようだから、せめて。

世界を、閉じて、眠りたいの。放棄だ、甘えだ、向き合わなくちゃいけない。だから、先にしてしまうの。全てと向き合うのか。遍く、僕の、忘れていることもあるから、難しいけれど、今日は。ああ、一通りはな。向き合ったのだから、そろそろ目を閉じること、許して欲しいな。

ならば、最後に。うん、最後に。

この世の、寄る辺の、最後の、最期を、失った話をしよう。

 此処は、唯我の國。もうすぐ閉じようと、今、最深部から、空を眺める、過去に閃く國。

 名前は伏せる。それは、彼の一面に過ぎなくて、きっと、私の中で、彼は大きな括りで、例えば「おじいちゃん」と、そう語ることが出来、例えば「憧れの人」と語ることが出来、そして何よりも、只一人、生き方を、同じように、道を、世界を、眺めたいと思ったのは、彼、彼だけなのだ。

幼い頃、駄々ばかり捏ねていた私は。泣いてばかりだったな、今、思えば、とてもとてもガキだった、困らせてばかりいた。何一つ、返せたような気が、僕、しないの。嘘を吐け、もっと、ならもっと、苦しんでいなければ、おかしいじゃないか、天秤の合わないじゃないか、もっと傲慢なお前の、汚泥の詰まった気管の中を、覗くようにして話せよ。うん、そうだね、勝手に美化していて。そうだ、お前だって。大嫌いな人たちと、何一つ変わらない、残念な家族の一人なの。でも。そうでありたくないと、思っているよ。だから、綴れ。

 壊れて、捻じれて、歪んで。僕はそれでも、始まりは、世界を愛そうと努力しました。世界、現実と言います。醜いと、今ならば思えるけれど、当時、まだ、知らないことのあまりに多く、だから、愛そうとしたのです。そして、近くに、彼がいたから。内から湧く衝動に、脳を焦がされていた僕は、全て、敵だと思ったはずなのに。何故でしょう、彼、憎めなかった。彼だけを、憎めなかった。
 当時、抱えきれないストレスのひどい、ひどいので、潔癖症を患った。そうして、人の触れたもの、先ずは家族の触れたもの、気の触れたように遠ざけた。皆、私を、病気だ、そう言って責めた。儀式だ、儀式だ、揶揄した、嗤った。祖母は、怒り、悲しそうな顔をした。僕は、今、思うに、責めることの、彼女だけは、後ろめたく思うのだけれど、でも、明白に敵でした。何故、彼だけが。知っていて、見ていて、黙って、何も言わなかったの。
 思えばね、全てがそうでした。僕、問題児、一人叫び出した頃から、彼、僕を叱らなかった。応援もしなかった。けれど、側にいた。どちらかに、僕を奔らせたりしなかった。僕を、一人にもしなかった。思うに、思うに、なのですが、彼、選べなかったのでしょう。若しくは、僕、見透かされていたのか。どちらにしても、あの時分、彼だけが、僕の「敵じゃなかった」のです。ずっと、その先も、ずっと。
 時に、子供な我儘を満たしてくれて。時に、何も言わず、僕の側を、影のように、包んでくれた。

最期まで、同じだったの。アレは、僕らに、最期まで、何も、強く求めてこなかった。

 あっけなく、死にました。第一志望校に落ちた僕が、大学を、何か一つ、華を届けようと思っていた矢先、高校二年生になるよりも、彼が先に、死体になってしまった。
 ぞく。あの日、病院で眺めた横顔の、死だけを感じたこと、ただそれだけは、匂いのように覚えている。葬式はつまらなかった。僕の、心の、凪いだまま。昔から、そう、受け止めきれない時は、強く律して、僕、凪ぐようにしていたのか。

時が経ったの。一年が過ぎた頃、だったか。やっと見つけられたんだよ。今更だったんだ。

 彼が、僕を、救っていたことの。只一人、この世界、愛せる訳に、まだ、輝いていてくれたこと。考えて、考えて、深く、傷口の痛いのを耐えて、掘り進めて、そこに、彼の影を見たんだ。

 笑顔の写真。ねだった玩具。今際の際に、僕の送った、僕の忘れていた、お守り、大事に、最期まで、捨てられなかったこと。灰になって、触れられなくなって、遺していった、葬式の二日後に、オイルヒーター。

ばかなひと。ひとのことをいえないよな。ぼくら、きっと。つよく、あこがれて。

 貴方が、格好良かったので、僕、考えるようになって。寄る辺、現実に、世界に、失ってしまった後で、やっと、目覚めて、筆を執って、僕、こうして、歩いているのです。

 此処は、唯我の國。言葉によってのみ、織り成される、僕、全ての物語。

最後だね。最後なんだよ。もうすぐね、この世界、閉じてしまうの。そうなる前に、僕ら、おい、お前らに、伝えなくちゃいけないことがあんだ。あるんだ、分かってるよね、僕。

 此処は、唯我の國。

 人は、多くは、光の中、歩いていけるもの。したたかに、しなやかに、生き抜いていける、強さ、皆、持っている。でもね、でもなの。時折、ほつれて、頽れて、耐えられず、歪む、歪んで、帰れなくなる、僕、のような人たちの、確かにいることを、僕、知っています。

伝えなきゃ、いけないの。戦うことは、立派だが。どうか、お願いね。僕ら、本当は、現れるべきでないことを。心、刻んでいて、欲しいの。

 脳、搔き乱すように。囁く、交わす、威張っていた、泣いていた、声色の形は二つ。
描き出す、暗闇の中、此処に、また一人、僕がいて。

正しくないの。間違っているんだ。歪んでいるの。自覚が僕らを傷つけるんだ。

 だから、世界は、閉じていく。別れ、告げて、僕、新しく、世界の中へ、生まれ変わって、羽ばたいて、地を駆けて、風に泳いで、生きて、いくために。

見届けてくれた。お前らなら、もう。でも、伝えなきゃ。言葉にすることを、許してくれ。決意なの。甘えでもあるんだ。

 どうか、これを目にする光も闇も、あらゆる、遍く、願い、届く者へ。

ここは、
ココは、
 此処は、

 唯我の國。

 人、此処に、踏み入ることの、どうか、ありませんように。どうか、どうか、願いを込めて。救いを。僕は、この夜を綴じ、贈る。

閉じていく、ユイガノクニ。

 此処は、唯我の國。唯、殊更に求む、哀の國。

ユイガノクニ

ユイガノクニ

病人の手記 別れの記録 世界の終わり 自分への死刑 それじゃあ、明日の日が昇るまで、僕と話をしましょうか

  • 自由詩
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-10-11

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