掃除機と車輪

ぷれせぺ

掃除機に吸われてしまいたい
汚くて大っ嫌いな自分の全部吸ってほしい
それを溜め込む掃除機は毎度使うたび
すんごい綺麗にしてお詫びするのだ


どうかな、新しいお話
こんなもんだろ、まあ、僕は想像力に人より長けているからね
書き出しはこうでいいんだ
すこし語彙力がなく見える語りの方が
人は手に取りやすいんだよ
そういえば、これ、あの時の話じゃないかなあ

そう、彼は言った


ああ、なつかしい
あの時かもね、
わたしよく覚えてないからまた話してほしいかも

わたしはいたずら好きの子どものような顔で彼を見た


思えば私が今ここにいるのも
ここで座ってペンを走らせて
絵の具を滑らせているのも全て



君のこと、ちゃんと見てる人いると思う
君の近くにね
だから君はこんな掃除機必要ないさ
そいつに話せばいいんだ

そんなふうだった気がする
実際はどうだったかなんてわからないし
もう二度と思い出せないところまで行ってしまった
記憶なんて意外と儚いものなんだし
必要のないものなんだから
はぐらかすように

そうかもね、そうだといいのに

とだけ言った
薄情だよ、君は
彼はそう笑って溜息をついた
誰もいない、大学帰りの二人だけの道だった


彼は自転車に乗っていた
それは自慢のもので、彼の一番の宝物だった
彼は

僕は宝物がいっぱいあるんだ
でも全部手に入れるのは面白くないだろ?
だから僕は少しずつそれを手に入れることを楽しみに生きているんだよ
でも今のところ、全部は無理なんだよなあ
少なくとも、今はね
僕がもっと金持ちになればいいのかな
それとも、

彼はいつになく熱心に話していた
わたしはまったく興味がなく
右耳で音楽を聴きながら
左耳で話を聞いていた
彼のはいつも想像力を全面に生かしたようなもので
実際にありそうな話が多く、私もそれが好きだったし、ほんとうだと信じてもいた
でも今回は違う
とても真面目ぶっていておもしろくないのだ
そう頭の中で呟きながら、右耳に集中した


ねえ、聞いてる?

ふと引き戻された
彼は顔を赤くしていた

え?ご、ごめん

ほら聞いてない
僕今すごい大事なことを言ったのに
君はその右耳のイヤホンから流れる音楽の方が
僕より面白いとか思ってんの?

いや、ちがうけど、今日はなんか、面白くなくて

君はいつもそうだ
興味があるないがはっきりしていて
ほかのどんな人より人間味にかけていて魅力的で
僕の話を洞話と笑わない
本当に信じてくれている
だから僕はもっと勉強して本を作るんだ
でもそれには君の絵が必要なんだ
僕が話したことを君はノートに描いて僕に見せてくれるだろ?
好きなんだよ、僕は。

彼は少し目を逸らし、ふふんと鼻を鳴らして続ける

どうかな、僕と本を作らないか?
僕と一緒に書いてほしい。
君とじゃないとだめなんだよ



私は思わず笑いそうになったが
同時に涙も溢れてしまいそうだった
真剣な顔で彼が話しているのを見るとプロポーズのように感じてしまうけど、
それはわたしが女であって、こういう年頃だからであって
「普通の男」の彼には伝わらないのだ
私が彼を好きなのも伝わらないのだ
まあ、彼にはわたしを女としてみる目が備わっていないから仕様がないのだけれど
わたしはため息をつき、笑いながら言ってみた
わたしなりの意地悪のつもりだった

それ、プロポーズみたい、可愛くておもしろい、君っぽくないけど
私も君のために絵を描くの嫌いじゃないからのってもいい、たのしそう


そのときわたしの心臓は大きく跳び跳ね、右往左往していた
わたしのなかでは、プロポーズに合意したようなもんだし
緊張して当たり前なのだ
でも彼は淡々と続ける
まあ、わかっていたんだけど
こうも当たり前だと辛い



ほんと?伝わってくれたみたいでよかったよ
僕、本を書くには、随分と長い時間がかかると思ってたんだ
やっぱり君は僕のこと、よくわかってる
じゃあ、はい。
僕との約束、あ、いくらつまんないからってこれは捨てるなよ?
守ってよ?ありがとう、

何が起こっているのかわからなかった
彼はまた洞話をしているのかもしれない
実験なのかもしれない
だって、だってわたしはプロポーズを受け取った振りをしたのに
彼はそれを予期していたかのように受け取るんだから
なによりも自分の左手の薬指にはめられた輝く輪っかに
ほかの意味なんてあるはずもない

掃除機と車輪

掃除機と車輪

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-10-10

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