そしてうつろう存在意義。

捏造SS再び。研究室リターンズと存在意義さんを揺るがせる悪いマスターくんの話。

「……」
「……」
「……」
「……やっぱ『指輪』!!」
「うっわびっくりした!……突然大きな声出さないでくださいよ」
しかも同時に立ち上がるもんだからデスクの上の資料とかガラクタとかがぐらぐらと揺れて危険である。
「自分まだここで圧死したくないんで落ち着いてください田中さん(仮)」
相変わらず、雑然。とにかく散らかっていて、薄暗い。魔剣機関のとある研究室の分室である。日に日に何かしらの研究材料が持ち込まれている魔窟であるが、なんとか崩れないギリギリのラインで積まれている。あんまり物が出ていくところは見たことないのだが、何故か創設当時から溢れたという話は聞かない。隅にブラックホールでも飼ってるに違いないと、思考停止な理由で決めつけて思い悩むのはとうの昔に諦めた。
つまるところ、相変わらずの研究室分室である。
「契約って婚約だよね!イコール結婚指輪だね!」
「まず契約が婚約とノットイコールですけどそれは」
この数か月、うちの科は全員この魔窟に引きこもってデスクワークしてたから、とうとう発狂したなと危うく納得しかけました。うちだと珍しい話じゃないって先輩も言ってたし。
「おーなんだ田中(仮)庭園やら図書館やらのお嬢様方の結婚相談所なら期間限定だからもうないぞ」
なんならまたハロウィンにかこつけてお茶会してるぞ、と先輩。
ちっがーう!と憤慨する田中さん(仮)。徹夜続きで白衣はよれ、目の下には森のくまさんも裸足で逃げ出すクマをつくっているが、元の顔が割とイケメン寄りなせいで「やつれたイケメン」くらいにしか堕ちてこないので憎い人である。くそう。(ちなみに先輩いわく自分は「白衣着たムンクの叫び」、そして当の先輩は「妖怪無精ヒゲ」である。)しかし田中さん(仮)はいわゆる「残念な人」「頭脳◎顔面〇性格性癖アウト」とかそういう感じなのでハイスペックは現在絶賛持ち腐れ中であった。
「この数か月めっちゃ考えて試行錯誤してあれやこれやしてみたけど、やっぱ『結婚指輪』にする!」
「だから、主語は何ですか!?」
「『魔剣契約』!!」

「魔剣契約」――魔剣使いと交わすことにより魔剣少女の能力を革新的に延ばし、その真の力を引き出すという禁忌術式。数十年以上前から莫大な人員を割き研究が続けられてきた。それがこの数年の間に、記憶結晶の発見など飛躍的な研究が相次ぎ、とうとう実用化まで秒読み…秒読みたい…秒読ませろ…秒読ませてください…くらいのギリギリ実現していない、というのが現状だった。
しかし数か月まえのヨーガ古戦場域における遺物回収で、その最後のパズルのピースとなるような核心の術式が解析されたのだった。ヨーガ古戦場ではAどころかBランクの低ランクの魔剣までもが戦闘動員されていた。本来A以上のランクでないと魔力武器は魔剣としてアンロックできない。それを外部から特殊な術式によって補助し、魔剣として安定させ無理やりアンロックもどきまでもちこむことを可能にしていたのである。
ヨーガで用いられた術式はどうやら当時の軍によって秘密裏に完成させられていたらしく、従属の術式とでもいうべきそれは軍を統率するための認識票に刻まれていたのだった。この術式の解読が成功したことにより、いよいよ魔剣契約が実現する運びとなったのだ。


「魔剣の強化っていうからそれこそ魔石とかルビーだけで合成するのかと予想したんですが」
決まったとたんに今度はどっかと椅子に座り、すらすらと設計図やら術式の構成プログラムやらを手元の紙に書きだす田中さん(仮)。油断すると重要書類の裏にまで書きかねないので慌ててデスクの書類を奪って代わりに新品の図面用紙を差し出す。この人、スイッチが入るとすごいんだが、要介助になるんだよな……。
走り書きのメモに書かれていたのは本当に『指輪』の設計図だった。それこそちゃんとプロポーズに使えるような魔石の嵌った指輪である。魔道具における審美というのは確かに一理ある要素ではあるのだが、これはちょっと寒々しくないか?
「記憶結晶みたいに魔力の塊を魔石化してキープするのは人工でやるのは難しいんだよね。そもそも魔石だって鉱脈があれば掘って使うのはすぐだけど、実際は自然下でも条件がそろわなきゃ産出しないし生成には時間がかかる。んでもってヨーガみたいに金属だけで構成すると、こんどは術式を打刻するのは簡単なんだけど魔元素が足りなくて脆くなる」
魔剣機関が求めているのはもっと汎用的な代物、だ。
大量生産が可能で、誰にでも扱うことができるチカラ。それこそ魔界の勢力図を短期間で塗り替えるような、魔剣使い全体の戦闘力の底上げ。魔剣機関の狙いはそれだ。
「だから魔石で魔力源を確保しつつ、土台部分は金属を利用してさらに内側に曲げて円の容にすることで半永久的に打刻した術式が再生されるようにする云々」
「……なるほど」
「加えることの、『愛』だよ『愛』。『結婚』の概念の威を借る。強い思慕ってのはそれだけでこの魔界じゃ力だからね」
「……はあ」
可愛らしく見えて、合理的って最強デショと、悪戯を決めた子供のような顔で田中さん(仮)は笑う。ああ、これブッ飛んでるタイプの人の表情だ。性格性癖アウト。なるほど。
でも、だからといって『結婚指輪』?魔剣相手に、いや、兵器を相手に?
「魔剣少女を相手に疑似恋愛っすか?」
「君には分かんないかなぁ」
「まだまだ僕ちゃんには分かんないよなぁ」
いつのまにか傍で図面を覗き込んでいた先輩にまで言われて少しムッとする。別に分かりたくないです。
「『愛』だよ、『愛』」
話の分かるダンディみたいな言い方されてもイラつくだけです先輩。
「そういうわけで。じゃ、この試作の図面と企画書の提出よろしく☆」
自分が一番下っ端なので書類を渡されると断れない。はぁ、とため息をつきながら各所への承認ハンコというスタンプラリーへの出発を余儀なくされる。
「うぅ……行ってきます」
「ところで田中(仮)よぉ、この術式打刻用の金属材料ってあれでいいんだな」
「でしょうねー、材質的にもなじみが最適でしょうし」

机上の企画書はすぐに機関上層に承認され、試作品になりやがて大量生産へと話は転じていった。
「あのひと、詫び石配布係じゃなくて指輪配布係だったんすね」
ちょっと意地悪な気持ちで、はるか上層部のことを言ってみた。
でなきゃいくら汎用品だといっても、全魔剣使いに配布なんてバラまき事業は狂気の沙汰である。(それに自分たちの給料も雀の涙からほぼ上がらないのに、何千人もいる魔剣使いにタダでばら撒くなんてコストがいくらかかるか……) 畜生自分も魔剣使い適正あったらタダで指輪ゲットできたのに!
「あーもう寝ても覚めても指輪に魔術式打刻して打刻して打刻して打刻してっ」
大量生産が決まった時点で増産するための設備は整えられているのだが、最終的な調整は結局人の目で見ないといけないので、現在の魔窟はさながら普段の研究室にさらに足すことのジュエリー工房の様を呈している。右手に見えますのが調整済みの指輪の山でございます、そして左手に見えますのが調整前の指輪の山でございます。
……なんで自分とまったく関係ないカップル(カップルではない)のためにエンドレスでこんな可愛らしいジュエリーを造っているのか。そろそろ自分の存在意義を見失いそうだ。自分は研究員、研究員、決してジュエリーショップの職人じゃない、と言い聞かせる。自分(もしくはいつかできるであろう未来のパートナー)の指にも嵌らないのに。
「うっかり『リア充爆発しろ』って打刻するなよなー」
しませんから!多分!
「どうどう。そろそろ指輪職人になれるぞーこんだけやってると。いっそ自分用に一個作れば?あっははは誰にあげようかね」
「えっ先輩指輪贈る相手いるんですか」
「前々から気づいてたけど君わりと失礼だよね」
こう見えて俺は既婚者だぞーと先輩。嘘だ!と宣う自分。ほんとはバツイチだもんねーと田中さん(仮)。なるほど。
「で?お前は?」
「聞かないでください」
「僕は研究が恋人だからー」
カップルたちよ、(繰り返すがカップルではない)この指輪はこんなムサい研究室からできたんだぞ……と真実を言ってやりたい。
「っていうかなんでこの分室は人員増えないんですかね」
そういえは自分より後に配属された人間をまだ見ていない。いつまでも下っ端を脱出できないじゃないか!っていうか自分だってかわいい後輩がほしい。できれば異性の。
「人事は…いや上層部はほんとに何考えてんですか」
先輩はへっ、と鼻で笑いながら
「お上様はなぁ、お前と違ってちゃーんと『愛』ってやつが分かってんのさ」
『愛』ってのは魔界を救うとも限らんが、確実に魔界を変化させる一因にはなるだろうさ、とよく分からん台詞をのたまってくれる。
「なんたってこの世界を『七章』へと導く人だからな」
「なんすか『ナナショウ』って?」
「……内緒って言ったんだよ」

手のひらの上でもうっかり無くしてしまいそうな小さな指輪。かしこまった箱で渡す方が気が引けたので、あえて包まないでそのまま手渡しすることを選んだ。
「ほう、なかなか洒落た細工じゃないか」
皮肉めいた言葉ではあるが、一応彼女は『それ』を受け取ってくれた。
受け取ってもらえた。自分でも気づかないうちに魔剣使いは少しだけ安堵した。
彼女……レゾンデートルに接するときはいつでも真剣ではあるのだけど、こういうのは不慣れだ。
大量生産の既製品…レディメイドの小さな『それ』は彼女のさらに細い指ではサイズが合わず、するすると華奢な指関節の上を回ってしまった。
「わたしの指には合わないな」
「そんなことないよ」
残念そうな顔に慌ててフォローしたけれど、通じただろうか。
「そうだ!紐を通してネックレスに…すれば…いい…よ…?」
しどろもどろに出したとっさの案はせっかくの指輪を指に嵌めないというよく考えなくても阿保なアイデアで。むしろ贈ったのに嵌めるなとか酷い。
「あの、えっと…ごめん」
自分で言って落ち込んだ。
「……いや、そうだな、首にかけることにしよう」
そっと睫毛を伏せながら、今度はうっすらと彼女は優しげな笑みを浮かべてくれた。
出会った頃の苛烈さを思えば、随分と柔らかな表情をするようになってくれたなと思う。
「いつも言っていることだが、私にはどんな装飾も意味を為さない。それでもマスター、あなたが私を強くするためにこれをくれると言うなら意義はある……私が斃れるその時まで、どうかともに戦場にいてほしい、マスター」

この魔核が朽ちるまで。私が私でなくなるまで。
レゾンデートルは思う。私が斃れてもあなたが生還できるだけの猶予があるなら、私には意義がある。その猶予を一瞬でも長くできるならどんな力でも求めよう--。

「……それと、そう。紐よりも鎖の方が好ましい。だからマスター、鎖を見繕ってくれないか、私に」
「う、うん、わかった」
指輪はお仕着せでも、せめて鎖くらいは自分で選ばなければと思った。きっとすぐにレゾンデートルに似合いのデザインを探すから、そう伝えて。魔剣使いは彼女の自室を後にした。
「……『似合う』なんて言わなくてもいいのに」

「魔剣機関も随分と『洒落た』『細工』をしてくれたものだ」
華奢な手のひらの上でキラキラと輝くそれは、なんとなく懐かしい気配のするものだった。
「装飾の魔石を魔動源に、この台座部分の素材と魔術式は――」
かつて、戦場で身に着けていたことがある。そのときはもっと武骨で無機質な認識票のかたちだったが。
「……マスター」
今のマスターに出会うより前の自分のことは、だいぶおぼろげにしか覚えていない。戦場で、斃したり斃されたりしていた。それが《存在意義》だった。戦場を終わらせるため、戦っていた。他には何もなかった気もする。だけども、その当時の「私」にもマスターなる存在はいたのだと思っている。「戦場の絆(にんしきひょう)」を分かち合った彼、ないし彼女のことを「私」はどうしてしまっただろう。「私」が彼ないし彼女を喪ったのか、「マスター」が「私」を喪ったのか。ほとんど暴走状態で永く戦い、傷つき、そして今のマスターのおかげで生まれ変わってしまった「私」。
「……でも」
幾ばくかの寂寥感はあっても、申し訳なさはあまり感じられない。もとより感情は薄い。記憶がおぼろげなのもそうだが、時間とは不可逆的に続行するものなのだと今のマスターは教えてくれた。いま、私の戦場はここにある。そしてたとえこの戦場が終わっても、次の戦場で俺を助けろとマスターは繰り返してくれるだろう。喪われたものは戻らない。魔剣使いと魔剣少女――私たちという存在を襲う時間の流れは残酷なまでに違う。速度が違う、節理が違う。それでもどちらも過去を押し流し、未来へと向かうのだと――「今の私」は知っている。
この指輪は新たな「戦場の絆」だ。
「――何度も繰り返すけれど、私、私たち魔剣少女はしょせん兵器なのだ」
無窮の戦場を棲家とし、主人に勝利を捧げるためならなんだって傷つけることができる。それこそ自分だって世界そのものだって損なって余りある暴力の具現。
大切にされていることは感じていた。
でも『愛してる』なんて人間みたいに告げられても困ってしまう。そしてそれを実際のところ嬉しく感じてしまった自分にも困ってしまう。マスターがそれで喜んでくれるなら、もっと『人間』のように扱われても、『人間』のように振舞っても許されてしまうのではないかと、時折勘違いして、しまう。
『魔剣』として兵器なるこの身の存在意義を、あなたはともに戦場を駆ける『兵器』として上書きしてくれた。同時にまるで『人間』のように『恋人』のように扱ってくれて。
「『兵器』として使ってくれるだけで身に余るのに」
『人間』と『兵器』。踏み込みすぎてはいけない。分かってはいるのに。
こんなにも矛盾した《存在意義(レゾンデートル)》ですら彼は受け入れてくれるものだから。

「……私もすっかりマスターに絆されてしまったな」
そういえば「絆す」と「絆」は同じ字だった。私はマスターの前ではついぞ見せなかったしとやかな微笑みで指輪を撫でた。まだ気恥ずかしいのでマスターの前ではなるべく兵器らしく「私」らしく過ごしていたのだが。彼はきっと今度は鎖をもってもう一度私のもとを訪れるはずで。その時はもう少ししおらしく応えてやってもいいのかもしれないと、思った。

そしてうつろう存在意義。

そしてうつろう存在意義。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-10-10

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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