こぶとりかあさん

こぶとりかあさん

 会社の健康診断があった。

 お医者様から、自身の体調面について、一通り質問を受けた後、
「ご両親はどのような体形ですか?」
 そう聞かれ、こう返した。

「父は普通、母は小太りです」
 反射的に答えていた。
 
 ―母ちゃんに悪いことしたなぁ―
 たとえそれが事実とはいえ、もうちょっとマシな言い回しはなかったのか。
後悔先に立たず。

 別に伝える必要なんてない。
 けれど僕は隠し事ができない性格。特に母には幼少期から現在に至るまで、後ろめたい話題であっても、
マザコン気質が関係しているのかどうなのか、なんでも話してしまう。

 この度もご多分にもれず。
帰宅後、早速話してしまった。どんな反応が返ってくるのか。

 母は笑った。腹を抱えて笑い転げていた。
 「お前、すごいな。聞かれてすぐに、そんな上手いこと言えるとか」
 感心され、褒められてしまった。 
 
 丸くふくよかな体つきを、母は気にしている。自分は太っている、太っていると常日頃口にする。
 そんな母のコンプレックスを、幼いころから耳にしてきた息子としては、あの回答は失言と思っていたのだが、
本人にとっては愉快だったようだ。特に小太りの小の部分が気に入ったらしい。
 会社から帰ってきた妹に、母は僕の受け答えを話した。彼女もケラケラと笑っていた。
「やっぱお兄は頭の回転早いわ」
 またもや褒められてしまった。

 それから小太りの一件は、母の鉄板となった。
 友達の家へお邪魔したり、グループでランチに行ったときなど、必ずしゃべっている。
周囲の反応は爆笑ものだそう。毎回受けが良く、滑ったことなど一度もないらしい。
 妹も友達と遊んだ際にこの件を話すらしく、結果みな笑ってくれるそうだ。
 老若問わず、一律好評を博している模様。
失態を演じたつもりの身としては、複雑で不思議な気分がする。
 
 遺伝なのか家風なのか、母に限らず妹も、僕から見れば、いくら仲が良くても人様に話すものじゃないと思うエピソードを、
さらりと話してしまう。

 例えばこうだ。
 最近体にフイットした洋服を好んで着用する妹。彼女は胸が大きく、そのためやけに目立つ。
 冗談半分、兄の心配半分で、
「さらし巻いてつぶしとけ!」
と言ったことがあるのだが、これを会社の同僚や友人に話すと、これまた手を叩いて笑ってくれるらしい。

 テレビのバラエティ番組でも、ゲストがエピソードトークする形式が定番化している。
プロアマチュア問わず、面白ネタを視聴者が求められている証拠だろう。
 番組の雰囲気や放送時間帯、司会者のタイプによって、話題のチョイスはもちろん変わってくるが、
素で体験したことや無意識に反応したものが、笑いを誘う。
 狙った場合や計算が入ると、大抵滑る。
 僕の場合も、とっさに口をついたのと真面目に答えたところが、はたから見た場合、ツボに入るのだろう。

 今でも母は、思い出し笑いをする。
「あれは絶妙だった。よく思いついたな」
 さすがに慣れた僕も、一緒になって笑う。

 そんな母は数年前、乳がんを患い右の乳房を全摘出し、
加えてその直後、肝臓に疾患が見つかる、とてもつらい時期を過ごした。
今でも月に一回、総合病院に通っている。
 肝臓の病気とは一生付き合っていかなければならない。
 ステロイドを服用しているため、体調のすぐれないときも少なくない。

 笑顔は免疫力を引き出す。素人でも提供できる特効薬。
今後も僕のバカ話で母を笑わせていければ、そう思っている。

こぶとりかあさん

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  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-10-09

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