シニカケテル

シニカケテル

 外でなんて珍しい。
 頭痛、大抵在宅時に起きる。
 くわえてここまで痛むのは初めて。
 普段はズキズキ程度が今日はガンガンするし、一向に止む気配がない、これはキツイ。

 幸いにも、外は外でもここは大学構内。しかも都合のいいことに、今は昼休み。
 早速医務室へ向かう。

「これ強いから、半錠だけね」
 看護師さんから頭痛薬をもらった。
 普段飲んでいる種類とは違う、CMでおなじみ、半分は優しさでできているお薬。 
 飲んだことはないが、プロが薦めたのだから間違いないだろう。
 礼を言い医務室を出ると、自販機で水を買いゴクリ、薬を飲む。
 これで安心、ほっと一息。
 
 だが服用して間もなく、吐き気に襲われた。未曽有の頭痛を忘れてしまうほど強烈な腹部の違和感。トイレへ急ごう。

 道中、ハッとする。
 しまった、忘れていた。
 昼飯を食べていなかった。頭痛がひどく、それどころではなかった。
 すきっ腹に頭痛薬はご法度。十中八九、胃がやられてしまう。
 さらに悪いことに僕が渡されたのは、優しさのかけらもない、緩和に徹した鎮痛成分100%の半錠だったようだ。
うっかりにバッドラックの上乗せ、心身とも最悪の気分。

 幸い個室は空いており、僕以外誰もいない。ゲーゲーいってもさしつかえない環境、まだ運は残っていたようだ。
 個室へ駆け込み、しっかりカギをかける。とにかく戻す。少しでも胃を楽にしたい、このむかつきを嘔吐によって緩和させる。
鎮痛剤を飲んだというのにおかしな話だが。

 しかしいくら試しても、酸っぱい胃液がわずかに出るばかりで一向に楽にならない。ムカムカはひどくなる一方。それでも耐えて白い陶器と向き合う。

 すると突然、心臓がキュッと縮んだ。
 手でギュッと握られたような、両手でガッと首を絞められたかのような、そんな感覚を体内の中枢に覚える。痛い、苦しい。
 ボーっと、目の前が白くなり始めた。かがんでいる態勢をキープするのがやっと。
このまま倒れてしまったらマジでヤバイ。本能がそうささやく。
 この個室、今の僕には牢獄同然。また、後にも先にも人はなし、昼休みもあと少し。
声を出そうにも、締め付けるような胸の痛みと遠のく意識に邪魔される。
 絶望的な状況か……

 僕の頭の中は灰色の霧で覆われていた。
 中心では円形の大きな物体がゆっくりと、くるくる回り続けており、側面には色鮮やかな光景が写し出されている。
 それは誕生から幼少期、思春期を経て現在に至るまでの、僕の記録の数々だった。まさに思い出がいっぱい。
 
 これってもしかして。
 走馬灯、ってやつ?
 だとしたら今僕、死にかけてる?

不思議と恐怖や焦燥、あきらめといった感情はない。置かれている状況を把握、整理した上で、こう思った。
 
―トイレで吐きながら死ぬってカッコ悪い。見つかったらどんなに恥ずかしいことか―

 人生いろいろ、いまわの際もいろいろ。
冷静であればあるほど、人は間抜けなことを本気で考えるのかもしれない……

 気づけば、霧は晴れ走馬灯も消えていた。
 意識ははっきりしており、わずかに残る痛みは頭痛や胸やけによるもの。胸に手を当てれば、規則正しい鼓動が感じ取れる。
 僕は戻った、戻ってきた。 

 不思議な経験だった。臨死体験、なのかな。
 誰かに話したところで信じてもらえないだろう。特に走馬灯なんて。これは胸の内にしまっておく。

 図書館にでも行くか。
 次の講義までまだ時間はある。

シニカケテル

シニカケテル

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-10-07

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