ポエム10

ポエム10

・達成
おれの外側からは
おまえのかたちをした闇がいる
手さぐりで知るおそれとともに
壁のなかにあるドア
おれの息の根のまんなかを
すぐさまつつんでいる痕跡
おまえにも聞こえるか?
おれはとびたって消えた
だが無数の残響は
おまえにとって
誰のために捧げられたのか?
「はらがへってしかたがない」と
おまえなら言うのだろう
得意分野だ
「おれはだまされていた」と
それですむだけだ
小刻みに震えて
ぬすみみることに
どれほどの賭け金を集めようが
くりかえすことと
おもいだすことは
違う生きざまなので
おれになりかわることなど
おまえには決してできなかったのだ

・怪談
顔を奪われた女が
どこかにたっている
重ね重ね押し被せられた服の下に
潜り込んでしまって
ときどき膨らんでいる
ときどき透き通っている
待っている様子ではない
会話になりそうもない
広々とした野っ原に
たっているような声をしているけれど
そんなはずはないと
顔を奪った男が供述した
男は塔をたてたかったらしい
しかし印刷された設計図が
既に芸術だったので女の顔を奪った
世間は芸術に無関心だったので
女を「尊い犠牲者」と名付け
犬を呼ぶみたいにその名を叫びまわった
返事はない
女には気配があったので
どこかにたっているだけで充分だったのかもしれない
二度も殺されるのは誰だってイヤなのかもしれない

・風聞
その巨人は
足もとを持っていない
だから転びようがないし
笑いようもない
動きだけはスムーズだが
端から見れば
動いているのだか
引き伸ばされているのだか
わからない
巨大であることは
彼にいどんで亡びた者の
数によって説明されているが
ただそれだけのことで
どのみち過剰なだけなのだ
ぐるぐるまわってみたりなんかして
浮きあがってみせても
ご存じの通り
足音さえはじまらない

・裁き
遊園地みたいに
忘れっぽい
わけはない
頭が2つあることで
誰の味方になることもなく
誰を敵にもまわさずにすむ
頭同士がケンカしているので
本当のケンカも起こらない
おまけに頭は2倍
めしも食うのだから
情状酌量の余地も
それだけで大きい
これはわたしたちの
決して裏切らない友人が
世論調査をもとにして
あみだした
完ぺきな
健康な毎日の
アリバイ

・自罰
墓場と刑務所を
往復する生活では
生きかえることが
いちばん苦しい
ぼくたちはみな
すみやかに生きかえりたい
行列ができる
おいしい不安を喰いあるき
すくすくふとって
ふとればふとるほど
模範囚だけど
生きかえることは
それでも苦しい
刑務所内で
死体のまま転がっているのが
いちばん楽なのではないかと
ぼくたちはみな
あからさまに気づきはじめているが
宙に浮かんだ
からっぽの墓石が
ギロチンの真似をして
落ちてくるのだ

・帰還
ゆうれいが帰ってきた
約束の時間を55分遅れて
まだ名前もないから
呼びかける義務もなく
よく言われるような
照り輝く傷跡もなく
ながく歩き続けた
まるい湖の淵があった
やってきた測量士は
しわだらけの喉を
隠すことも忘れ
おもいおもいの
煙と宝石を湛える
あまりにも割れやすい卵を
新品のジェスチャーとひきかえに
ゆうれいの指先から
たしかに譲り受けた

・勘当
展覧会の帰りに乗りこんだ
電車の中の全員が暗殺者なのだった
おれの知らぬめくばせを交わしあっているではないか
そこのベビーカーの赤ん坊は爆弾かもしれない
泣き叫ぶ声が人間ではなく
どうも時限爆弾のものに聞こえる
そこの老人たちはマッドサイエンティストだろう
アフリカゾウを3秒で殺す
毒薬をポケットにしのばせているに違いない
嬉々として顕微鏡をのぞきこみ続けた
そういう姿勢をしている
あたりがみな右も左も暗殺者ならば
おとぎばなしでしか一般人はなりたたない
一般人であることは安全でもなんでもない
暗殺者は女児を連れさる人形の笑顔を選んでいる
「おいしいおかしをあげるよ」
「たのしいおもちゃがあるんだ」
「なんでも教えてもらえると思うなよ」
「子供は子供らしく死んでいればいいんだ」
おれは生き延びるためにこれらのつぶやきを真似た
そのときになってようやく
自らの殺意のありかに辿り着いた
窓の外には曇り空が流れていて
殺したいと感じたとき
暗殺者はおとぎばなしに裏切られたと考えている
目の前には誰がいてもどうでもよくって
記憶の中に依頼人がいるだけで
めくばせに応えないことが
標的を見分ける
ただひとつの格差だから
ひとりの暗殺者が生まれて
めざとく輝くナイフを
初めて
おれの心臓に突き立てた

・安全
感情と欲動の時間差が
鬱蒼とした距離を作り
掻き分けたと思ったときには
私らしく監視されていて
足の踏み場もない
ゴミはある
涙のようなものだ
旅立ちの日に
突き返されたまま
悪化したジョークに耐えろ
むきだしでくじけない
値打ちだけの夢を抱け
そのまま双子になった朝が
浮かれ歩いてきて
拷問の心理的効果を
親せつで告げる
片方は恥じるように問い
片方は満ち足りて答える
お互いの手を叩き合わせ
けたたましく追い立てるが
誰一人ぶざまなカラスにもなれない
逃げ場もないままに
旧友と再会したような気になると
発作的に
ねじきれそうな心をこめて
道行く人と首を握りしめあう
このまま世界中の人が
このように首を握りしめあって
まあるく繋がれば
世界は1つ!!
今日も平和だ

・邂逅
柵の上に立って
みはるかすと
何の関係もないから
何の理由もない
さむけがする
理由がないから
みんなせめて好意をもとうとする
そこにかがみこんで
「みんながんばってるなぁ」の
言葉を選ぶと
手足の先から
少しずつちぎれてきて
どうも目立ってしょうがない
あちこちから
励まされているのか
問いつめられているのか
うるさいと
気がつくと
宙にはりつけにされている
動くに動けず
はち切れそうな
背すじをつたって
鋭くまたたくものが
星々よりずっと離れた場所から
光よりずっとゆっくりとやってきた
はるか昔のなつかしい誰かが
今やっと長い旅を終えたという
そのたしかな合図だった

・石碑
疑問をもつがいい
崩れ落ちるために
かけ離れていたものをみて
静けさは
そのまま走り去らなければならない
影だけをぽっかり見捨てて
吐き戻さないように
いちいち川に浮かべなおして
金貨の裏にのめりこんでいく月を
ここで引き剥がす
残された夜の中では
残された足どりのように進め
おまえにはなにもない
もはや振り返ることははしたなく
ひとは目だまではないのだから
見えなかったものも
いずれ思い出すことができる
すみずみまでとげだらけの
誰もいないだけの檻にさえ
そっと沈みこむ地平があるだろう
新緑の芽のめまぐるしいきみどりで
胸の奥にふってくる光に気づいた
誰かが波打ち際にいる
忘れるものかと
ゆっくりと呼ぶ時
待ち構えていたかのように
潮騒がはじまる

ポエム10

ポエム10

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-10-04

Copyrighted
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