架空の現実

架空の現実

いつからだろう、母が口うるさくなったのは

いつからだろう、母が口うるさくなったのは
私は母が嫌いだ「あかね!」「あかね!」と息をするように私の名前を呼び
いつも私の行動に難癖をつけるのだ。

そのクセ、自分のことは何もせず、ソファーに座ってテレビのワイドショーを見ながら
「忙しい、忙しい」と言って私に買い物やら家事を押し付ける
いつからだろう、母がこうなったのは。

私が子供だった頃の母は、もっと母親らしかった。
今と違って掃除も洗濯ももちろんご飯だって作ってくれた。
むしろ私のほうが少し変わっていて親を困らせていたらしい。
少しというか、だいぶというかそもそも「変わっている」という一言で済ませていいのかどうかすらわからない。

あれは幼稚園の頃だっただろうか
その頃の私はいつも母にべったりとくっつき
少しでも離れるのが嫌だった
幼稚園に行くのが嫌だった
我慢して幼稚園に行っても途中で寂しくなって泣いてしまう。
そのことを先生が母に伝えると母は私の頬を優しく撫でながら「友達を作りなさい」と言った。

そして、私に友達ができた。
名前はリサ、私より少し年上の髪の長い女の子
幼稚園で私が泣いているところにやってきて
「私があなたと遊んであげるわ」そう言って強引に私の手を握った。

それから私はリサとたくさん遊んだ
鬼ごっこやかくれんぼ、じゃんけんにしりとり
リサはどこにでも現れた
幼稚園にも、公園にも、母と手をつなぎ買い物に行ったスーパーの中にも、私の家にも、どこにでも現れた。
リサはおしゃべりだった。絶えず ずーっと私に話しかけてくる。
そして返事がなければ「どうして黙るの!」と、ほんの少し不機嫌になる。
おままごとをしていても「もっとこうしたほうがいいわ!」と少しお姉さんぶった対応をする。
そんなことで少し腹も立ったが、それでも一人でいるより、二人で遊んでいるほうがずっと楽しかった。

私は遊んだ内容や、会話の内容を嬉しそうに両親に報告をした。
でも、父と母にリサの話をすると少し戸惑った顔をしていた。

「その友達と遊ぶのは少し控えなさい」
ある日、父にそう言われた。言われた理由がわからないが私は泣いた。
ただ不安そうな父の顔を見て自分が何かダメなことをしているのだということだけ理解した。

その会話をリサが聞いてしまったのかどうかわからないが
私が小学生になるまでには、もうリサは私の前には現れなくなった。

その後で、いくらリサを探してもリサはいなかった。
一緒に撮ったはずの写真にも、一緒に遊んだはずの他の友達の記憶からも

大人になってから改めて探してみたが見つからない、
ただ今になって思う「本当はリサは最初からいなかったのかな?」

ひとり晩酌をしている父に恐る恐る聞いてみた。
父はしばらく考えたあと、冷蔵庫の冷えたビールの蓋を開けながら答える。
「子供のころのアカネはいつも一人で寂しそうだった。でもある日友達ができたと言って嬉しそうでね、久々に笑ったんだ。
だが、すまない。その友達の姿が父さんも母さんも見えなくて、一人でブツブツとしゃべっているアカネが怖かったんだ。
その友達はきっと子供特有の空想上の友達だったんだよ」と言った。
その時の父の顔はあの時と同じ少し不安そうな顔だった。

なぜか私の頬を涙が流れた。

「そんな悲しそうな顔をするな、天国のお母さんも安心できないだろう?」
コップにビールを注ぎながら父は言った。

視線を感じ振り返る、仏壇に飾られた少し古ぼけた母の写真


いつからだろう、母が口うるさくなったのは

架空の現実

架空の現実

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-09-22

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