ロックアイス

ロックアイス

不思議茸小説です。縦書きでお読みください。

 金曜日の深夜、仕事帰りの彼はいつものように、駅前のコンビニエンスストアーに入ると、ロックアイスのコーナーにきた。いつものように二種類のロックアイスを買うつもりだ。そこには銘打ってない水から作られたものと、深層水を使った少し値が張るもがある。その日は、その中に紅色の茸のマークの入ったものが一つだけ混じっていた。手にとって裏を見ると、京都の比叡山で作られているとある。比叡山の辺りはいい水が沸くに違いない。彼はそれをレジにもっていった。
 店員は、あれというような顔をして、そのロックアイスの袋をレジの機械にかざした。588円とでた。他のものは300円と350円なのでやけに高い。
 店員は声に出さなかったが、いいですかという表情で彼を見た。彼はなんとなく頷いた。
 千円札を出しお釣りをもらうと、ロックアイスの入ったレジ袋をつるして外に出た。レジ袋からロックアイスを取り出してみると、たしかに、表の下のほうに小さく588円と書いてある。なんとなく損をしたような感じになったが、見落としていたほうが悪いし、上等な氷でウイスキーを飲むのも悪くないと思いなおして、家路に付いた。
 マンションの六階にある彼の部屋には、いろいろなウイスキーが置いてあった。いつもは角の炭酸割り、すなわちハイボールである。彼はもう二十年来その形で角を飲み続けていたが、最近になって、ウイスキー会社がその飲み方を宣伝するだけではなく、炭酸割りの缶入りウイスキーを発売した。それがまた、ばかに売れ行きがよいようで、原酒が足りなくなり、値上がりするという。彼としてはなぜか釈然としないものを感じていた。
 ともあれ、彼はこよなくウイスキーを愛していた。彼自身、ウイスキーの知識は乏しいと思っており、かまえて詳しく知ろうとはしなかった。外で飲む機会があると、その店でお勧めのウイスキーを飲み、気に入ったものがあると購入する。だから、どこのどのウイスキーはこんな味だ、なんという話には付いていけないし、したくもない。家では時々呑みたくなると、買ったときのことを思い出しながら選んで、飲む。ある意味では贅沢な楽しみを感じていた。
 その日は、少しおとなしい味のブレンドウイスキーを選んだ。バランタイン12とある。テーブルに用意したアイスペールのロックアイスをグラスに数個入れると、霜で白くなったロックアイスの上にウイスキーを注いだ。白くかすんでいた氷の表面が透明になり、ウイスキーの色が透けてみえた。
 チャリンと鳴らせて、手の中でグラスの中のウイスキーを傾けて回すと、口に運んだ。ふーっと、香が鼻に上り、舌の上に冷たいとろりとした液体が流れてきた。
 この一口がなんともいえない。
 彼は、グラスを置くと、冷蔵庫から、食べかけのチーズをとり出し、ちょっと口にいれた。
 テレビをつけると、ロンドンのオリンピックが映った。水泳をやっている。歓声の中、日本が金をとってしまった。なかなかやるなーと、テーブルの上のグラスを持ち上げようとすると、氷の間から赤いものがぽくっと浮いてきた
 見ると赤い傘をもった茸である。氷の間で右へ左へゆったりと揺れている。
 作り物なのかと良くながめると、そうとは見えない。
 彼は人差し指で茸を突っついた。
 ぽくっと、ウイスキーの中に潜ると、ぽかっとまた浮いてきた。
 なぜ入っているのだろう。毒じゃあないのだろうなという疑念が湧いてきた。 
 ウイスキーのついた人差し指に舌の先をちょっとつけてみた。
 うまい、バランタインはただでさえ美味しいウイスキーである。それがさらに、脳に沁みてくるような旨味が舌の先で踊っている。
 こんなにうまいものが毒であるはずはない。
 彼の勝手な思い込みが、グラスを口に運ばせた。口の中に流れてきたウイスキーのとろりとした旨さは格別であった。
 ウイスキーと共に、唇にぽこっと当たったものがあって、そうだ、茸がはいっていたと思い出した彼は、グラスの琥珀色のウイスキーの中に浮いている茸を見た。真っ赤な傘に白い柄のついたかわいらしいものである。茸の名前はよく知らないがしゃれた茸だ。
 彼はしばらく茸をながめていたが、意を決したように、ウイスキーととともに茸を口の中に入れた。ぷーんとチョコレートのような香が鼻をついた。舌の上で茸をころがしてみた。本物の茸だ。彼はぷちっとかんでみた。また、いい香と共に、ちょっと甘みのある汁が口の舌の上や歯の間に染み渡った。おいしい、チーズとチョコレートと混ぜたような不思議な味である。ウイスキーにぴったりのつまみである。
 グラスを空けてしまうと、彼はアイスペールから、氷を二,三グラスの中に入れた。再びウイスキーを注ぐと、一口飲んだ。
 本当にうまい。
 テレビに目をやると、水泳ではなく、鉄棒になっていた。ここでも日本選手が活躍していた。しばらく、テレビの画面に釘付けになると、また、グラスをもった。
 さて、飲もうとグラスを見ると、赤い茸が二つ、ふらふら氷の間に揺れていた。
 どこからでてきたのだろう。
 やっと、最初の疑問にもどって、グラスを見ていると、下のほうに押し込まれている氷がピッシと割れると、中から赤い茸が飛び出し、ポックリと表面に浮いてくる。
 氷の中に茸が入っているのだ。
 茸印のロックアイスは茸入りということだったのだ。
 これは面白い
 彼は茸だけを指で救うと食べた。とても旨い。
 ウイスキーを美味くする茸だが、そのものも旨い。
 彼はテレビの画面を見た。ロンドンオリンピックの映像が続いている。表彰式をしているようである。画面がスパンして、マスコットを映し出した。一つ目のウェンロックである。ウェンロックの着ぐるみがダンスを踊っている。
 彼が茸を口に入れ噛みながらウイスキーを飲むと、ウェンロックが彼を見た。彼もウェンロックを見ると、ウェンロックが彼に向かって手を振っているように見える。彼もテレビに向かって手を振った。
 そのとたん、ウェンロックがテレビを抜け出し、彼の目の前に現れた。テレビを見ると、いきなりウェンロックが消えたので、観客が騒いでいる。
 いなくなったウェンロックは、彼の目の前でしなをつくった。
 こいつはメスだったのか。
 ウェンロックが言った。
「ねええ、私も飲んでいい」
彼がうなずくと、ウェンロックは自分で台所からグラスを持ってくると、ロックアイスを入れて、ヴァランタインを注ぐと、ぐっと飲んだ。
「やっぱりスコッチね、イギリスよ」
ウェンロックが、彼の顔を覗き込んだ。そのとたん、テレビの中のスタディアムに設置されている大きなスクリーンに彼の顔が映し出された。スタディアムが騒然となっている。
 ウェンロックが茸を食べている。
 「おいしいわね、このロックアイスには茸が入っているのね」
 ウェンロックはクイーンズイングリッシュでしゃべっているようだが、彼には日本語として頭に入ってくる。英語が苦手だった彼にしては不思議だった。
 「おいしい」
 ウェンロックはまた自分でロックをつくっている。二つ作って、彼にも渡してくれた。
手に持っていたグラスの氷は水になってしまっている。それを置くと、ウェンロックから受け取って、ちょっと口に含んだ。やっぱり旨い。
 「ねー、なんか言ってよ」
 ウェンロックが彼を見た。
 「うん、ウェンロックさん、きれいですね」
 「ばっかみたい、私、世界の報道関係に気持悪いっていわれてるのよ」
 「報道は皆同じです。まねっこしかできないのです」
 「へー、いいこというわね」
 ウェンロックは、後ろを向くと、着ぐるみのチャックを下ろして、脱ぎ去った。背の高い金髪の美人が現れた。しかも、何もきていない。白い背中と真っ白な膨らんだお尻。
 彼は、はっとなって、グラスをテーブルに置いた。
 金髪の美人が彼のほうをむいた。顔の真ん中に一つだけある大きな目玉が彼にウインクをした。
 彼は気を失った。
 
 部屋の明るさに気がついて、彼は目を覚ました。気持ちはよい。
 テーブル脇のソファーに寝ている。時計を見るともう八時半である。
 テレビが付けっぱなしで、朝のニュースを流している。
 変な夢を見たものだ。
 彼はそう思って、ニュースを見ると、昨夜、ロンドンのスタジアムのスクリーンが乱れ、いきなり日本人の顔が映し出されたことを報道していた。
 えっと思って彼はテーブルの上を見ると、三つのロックグラスがおいてある。本当だったのだろうか、アイスペールを見ると、氷が溶けて水になっている。彼はグラスやアイスペールを台所に運び、洗いながら、ウェンロックなどテレビから出てくるはずはない事は当たり前で、三つあったグラスは酔っ払った自分が用意したんだと解釈し、理解した。
 その日は土曜日である。彼の会社は土曜日もやっている。しかし、いつもより遅く十時始まりであるから、家を九時に出ればよい。ジュースを飲んで、ヨーグルトを食べると、彼は会社に行く支度をした。
 その日の夕方、彼はまた、コンビニエントストアーでロックアイスを買った。昨夜と同じもので、茸印の比叡山の水でつくったものであった。ちょっと高いが、ウイスキーがとても旨かった。今日はいつもの角のハイボールを飲むつもりであった。レトルトのカレーを買い、幾つかのつまみも買った。
 家に戻ると、炊飯器をセットし、から揚げ、チーズ、ナッツ類を用意した。ご飯が炊けるまで、ハイボールを楽しむつもりだった。
 少し背の高い大きめのグラスにロックアイスを入れた。角を少し入れて、炭酸を注いだ。マドラーでかき回すと、最初は一気に飲んだ。彼はビールを好んでいたが、通風を持っているため控えるよう言われ、その代償として、ハイボールをビールのように飲むことにしたのである。
 ウイスキーの咽越しの楽しみかたである。
 一気にグラスを空けると、氷を一つくわえ、同じようにハイボールをつくった。今度は、つまみを食べながら、グラスを傾けた。
 いつものように、テレビをつける。映し出されたのは、土曜日で帰りが早かったこともあり、オリンピックはまだ始まっておらず、ニュースが映しだされた。ロンドンのオリンピックのマスコットであるウェンロックの評判の悪さを解説していた。
 「そんなことはないのに」
 と彼は独り言を言った。
 ロンドンの会場で着ぐるみを着て案内をしているウェンロックにインタビュアーが尋ねていた。
 「何で人気がないんでしょう」
 「私はとっても可愛いと思うのですけど、日本の漫画の影響でしょうか、可愛さを、表面的なものでとらえるようになってしまった子供たちが可愛そうですわ」
 とその着ぐるみは答えていた。
 立派な答だ。
 彼はそう思った。その着ぐるみの人は着ぐるみを脱いだ。金髪のきれいな女性だった。昨夜夢に見た金髪の女性とそっくりである。
 彼はテレビから目を離すと、グラスを見た。また、赤い茸がぽこぽこと炭酸の中で揺れ動いていた。
 彼はマドラーをうまく使って、茸を取り出すと食べた。とてもおいしい。
 炭酸割りを一気に飲むと、もう一杯用意した。
 テレビのチャンネルを変えた。ナサが打ち上げた火星探査機の撮影した画像が、映っていた。砂漠のようであると解説者は言っていた。確かにそのように見える。
 彼はまた、茸を食べ、ハイボールを飲んだ。炊飯器が出来ましたと声をあげた。最近の機会はみんなしゃべる。風呂が沸けば、おふろが沸きましたと女性の声が出る。
 もう一度氷をいれ、ウイスキーを足して、炭酸を注いだ。ちょっと飲んでテレビを見ると、テレビの画面がジリッといって、暗くなった。彼の周りもふーっと暗くなってきた。気持ちよくなって、からだが宙に浮いた。窓の外はまだ明るい。
 ハイボールを手にしたまま、彼のからだは天井を突きぬけると、上の家の居間を通った。女性が台所で料理をしているのが見えた。ゴミ捨て場で時々見かける奥さんである。
 さらにからだが上に昇っていき、その上の家の居間では、女の子が子供向けのテレビを見ていた。その上の家ではまだ誰も帰宅していないようで、真っ暗であった。そして、九階建てのマンションの屋上に出たのである。
 夕暮れ時の町並みがくすんで見える。薄暗い空に幾つか雲が浮いている。彼はふわふわするからだを抑えることができず、糸の切れた風船のようにすーっと、空に上っていく。下に自分のマンションが見える。
 雲の中に入ると、水滴が彼の服につき湿ってきた。ふわふわと上に上がると、雲海の上に出た。太陽はもう沈もうとしているが上に登ったせいでかなり明るい。
 彼はさらに上に登っていくと、とうとう太陽は地球の反対のほうに行ってしまった。瞬く星の間に浮かび上がった彼は、プラネタリウムのなかを飛んでいるような錯覚におちいった。
 これが幽体離脱というものかもしれない。彼は宇宙の空間に放り出された宇宙飛行士のように、周りの星星を眺めながら、ハイボールを口に持っていった。
 うまいウイスキーだ
 グラスに浮かんでいる茸も食べた。
 とうとう宇宙空間に出ると、前のほうに、宇宙ステーションが見えた。彼はそばにより、中を覗くと、宇宙に長く滞在しているアメリカと日本の宇宙飛行士が作業をしている。覗いていると、一人の飛行士が彼を指差して大きな声を上げているようだ。日本の宇宙飛行士も、なにやら叫んでいる。
 彼は、窓から離れると、また、宇宙の果てまで漂っていった。
 やがて彼のスピードは増し、すーっと火星の上に来た。
 火星の上に降りたった彼は火星探査機を探して歩き回った。
 確かに砂漠のようだ
 彼はしばらく歩き続けると、火星探査機を見つけた。火星探査機はごろごろ、動いている。彼はその前に立ちはだかり、火星探査機のカメラの前に立つとハイボールグラスを抱えて、ビバハイボールと言って息絶えたのである。
 
 彼の顔の映像はナサに送信され、全世界の人が彼を見た。騒ぎになり、日本の警察は彼の家を訪れていた。
 彼は自分のつきっぱなしのテレビの前で、ハイボールのグラスの脇で干からびていた。鑑識の一人がハイボールグラスの中の水面に幻覚マッシュルームがぷかぷかと浮いているのを見つけたのである。
 
 

ロックアイス

ロックアイス

比叡山の茸印のロックアイスを買った彼は、それでウイスキーを飲んだ。グラスにぽこっと赤い茸が浮いてきた。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-09-13

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted