隣の蔦

隣の蔦

蔦の葉を見て暮らしていたと言うより……

-序章- 隣の蔦の蒼い頃


蔦の木の葉が蒼く成る頃
飼い猫が失踪して帰るまでを
回想する

全部で十日くらい
帰らずだった

夏は夕刻前の涼しい時
冬は午後三時頃
首輪に紐を付け
散歩をさせる

その時
不注意にも逃げられた
首輪に紐を付けたまま

家族は心配する
紐が木か何かに引っかかって
首を吊った状態には
ならないかとか

二日後の明け方
鳴き声だけが聞こえる
帰りたそうな寂しい声
その日は捕まらず

三日後
東隣の倉庫に蔦の木の葉が
巻きついた家の
おじいさんが見かけたと言う
この日も泣き声だけ聞こえる

四日後
南隣の大きな庭がある家の
おばさんが言いに来た
首輪が付いた紐を見つけたと

家族の心配事は無くなったが
当の本人は鳴き声だけで
まだ帰らず捕まらず

名案が浮かび
玄関に餌と飲み水の
トレーを置いておく

もう三、四日
飲まず食わずの
半分ノラ猫状態だから

五日後の朝
玄関先で鳴き声がしたので
行ってみる

餌と飲み水が減って居る
近くにヤツは居る

これでは一向に帰らないと
判断しまたここで名案が浮かぶ

スマホを利用して
監視カメラのように撮影する

翌朝また
鳴き声がするので
今度は玄関には行かず
監視カメラの様子を
パソコンで見てみると
居た!ヤツだ

それから
かれこれ三日過ぎ
同じ事の繰り返しなので
玄関の引き戸を
少し開けたまま
監視カメラで見て様子を伺い
入って来たら
別の部屋から外へ行き
玄関を閉める作戦に

そして当日の夜
準備万端
監視カメラの様子を見始めるも
二、三分でヤツが現れた!

今度は玄関の中に
餌と飲み水を置いてあるので
中に入ったのを確かめ
外側から玄関を閉め捕獲成功

とても長く感じた十日間だった

この件と並行して
東側の倉庫に蔦の木が
巻き付いたお宅の
おばあさんが亡くなった

お通夜とお葬式
出棺と
人の出入りが多く
警戒心が強いヤツが
なかなか帰って来られなかった
理由にもなった

逃げて十日かけて帰って来た
うちの猫と
東隣のおばあさんの事を思い出す

蔦の木の葉が蒼く成る頃に……

-第二章- 隣の蔦が枯れる頃

暑い日差しに乾いた風が吹く、
騒がしかった蝉の音が鎮まると
飼い猫が失踪して帰るまでを回想する。

その珍事件は十日間、
丁度隣のおばあちゃんが亡くなって
通夜と葬儀と重なった時。

おばあちゃんが亡くなったとは知らず、
リードを付けたまま帰らずの日々は
ぼくら家族を困惑させた。

無事に帰って来た季節、
あれから二年の月日が流れた……

色々あり過ぎてこの暑さで、
今は猫もぐったりと疲れて寝ている。

おじいちゃんもおばあちゃんも
夫婦だけで暮らして居た。

おじいちゃんが残されて二年が過ぎ、
おばあちゃんの三回忌も無事に済み
それを境に身体も悪くなり
介護のお世話と遠方からの家族が支えたが、
今日未明亡くなった……

おばあちゃんが亡くなった時と
同じ顔ぶれの葬儀の中、
二年前に逃げ出した猫が窓際で
じっと外を見ながら顔を洗って居る。

葬儀も出棺になる頃、突然の雨が降る。

それまでしんみりと泣いていた参列者たちは
急いで傘を差す者や、
そのまま雨にうたれて佇む者と。

九十年間住み慣れたこの家から、
離れるのが寂しくて降らした雨。

それとも、
おばあちゃんとあの世で会えて
再会したと報告の歓喜の雨。

息子さんやその子供たちが
馴染んだ家に大勢駆けつけてくれた、
嬉し涙の雨。

窓際の猫は、顔も洗い終えて欠伸する。

二年前を思い出し、
猫は人には見えないものが分かるらしい
猫にも二年前を回想している。

もう逃げ出すこともしなくなった、
家から出ても辛い思いをするだけだった。

雨はまだ止んでいない。

枯れた蔦の葉が雨にうたれて
一枚、二枚と静かに落葉する。

今日は節気の処暑だった、
二年前の倉庫の蔦の葉とは違う色。

猫ならず植物にも、
この雨の想いが伝わっている。

おじいちゃんが手入れした、
庭の小さな畑も荒れている。

土砂降りの雨の中、
乾いた風が背高の緑を揺らしている。

土弄りが好きなおじいちゃんだった。

自然も出棺を黙って見送る雨の中、
蔦の葉だけは揺れずに落ちていく。

あくる日、
塀を越えて落ちた蔦の葉を竹箒で
俯き静かに集めてる、
リードを付けた猫を抱えて。

おじいちゃん、おばあちゃん、
一緒にあの世で安らかに……

-第三章- 隣の蔦に誘われて

高台にある閑静な住宅街に住む、
駅からも港からも離れた所。

縁が無いのか有ったのか、
出戻った結果ここに居る。
隣近所は土地柄も良く人も良く、
特に困る思いはしていない。
海沿いに住み慣れていた為か、
気分次第の風と語る事があるくらい。

雨季も過ぎて団扇と風鈴が似合う頃、
花火も上がるが煙に巻かれて見えず終い。
同じ港町でも自然と暮らせば、
たわいのない事に気を回す。
四季を風と匂いで感じる癖がある。
生まれ育った所が、
山や田んぼばかりの場所だから。
得か損かは人知れず、
人が生きる大切さだとここに居る。

転居前でも隣近所は気になった。

住み慣れれば生活音も自然の音になる。
運が良いのか悪いのか
向こう三軒両隣は、
宅地面積は広々として良く思うが、
人が良くも癖は人一倍。
たまに聞こえる痴話げんか、
聞きたくないがヒトノサガで地獄耳。
内容は興味が無いし他人事、
風と匂いを気にする暮らしと比例する。

夫婦たるもの〜何とかで、
隣の庭は大きく思う。
かかあ天下か亭主関白、
蔦が目立つお隣は前者の様だ。

ここに暮らして、時が過ぎ数年が経つ……

自然の音だった痴話げんか、
今は二人の声はしない……
二年おきに亡くなった。
はじめは元気なおばあちゃん、
丁度飼い猫が、逃げ出した時。
翌々年には大人しいおじいちゃん、
おばあちゃんがそろそろおいでと
死魔に代わって迎えに来たのかな?

気分屋の風が蔦を揺らす音だけがする、
亡くなってまだ数週間しか経っていない。

ひと気が無いのを知ってか、
お迎えの後でわかるのか、
野良猫たちが彷徨く様になる。
家族親戚と片付け業者の出入りそれ以外、
蔦の絡まった倉庫に住みつく猫も居る。
大嵐も今年は多忙な時で、
週おきにやって来る。
そんな中の雨宿りか持って生まれた本能か、
猫たちの行動はとても不思議に思う。

死魔の姿を感じるのならば、
或いは、あの世の二人がわかるのならば
一つ聞いてみたい事がある。

蔦の家の老夫婦はあの世では相変わらず、
痴話げんかしているのかな?と。


令和元年
長月のある月夜の晩に、
窓の向こうの
隣の蔦の野良猫を眺めながら……

-終章- 隣の蔦の花の色


昨晩は呑みすぎたらしい。

日出前には起床している身、
今朝は眩しい陽射しで起こされた。
慌てもせず時間が無い中に窓越しの青空と、
薄いカーテンが光る温度差を感じている。
周り近所の静寂さは睡眠をも和らげる、
向かいの家の男の子も新社会人になり
明るくなる前には遠方へ通勤、家を出る
いつも起床時間と重なる。
古いバイクで新聞配達に来ていたおじいちゃん。もう引退して毎日決まった時間の喧しいバイクの音も無くなった。

隣の老夫婦の時間を問わない痴話げんかも
目覚ましになっていたな、と思い出す。
大人しくて真面目そうなおじいちゃんは、
夏でも冬でも東雲のうちから庭の畑弄りをしていた、頭髪全て白髪で日出と一緒に眩しかった。今は、軒先に置かれたもう二度と使われない錆び付いた畑弄りの道具が重なっている、動かず無言でこの庭を見守っている。

隣の老夫婦が居なくなり、
しばらくは空き家になっていた。
他力本願なぼくの起床を手助けしてくれた近所の生活音も変化があると気が抜けてしまう。毎日同じ様な暮らしでも、窓越しの隣の老夫婦は気に留める様になっていた。

おばあちゃんに先立たれ、お盆明けにあとを追う様に亡くなったおじいちゃんの四十九日を過ぎたある日、家族である息子さんが我が家を訪ねて来る。

四世代は続いたであろう隣の家、
長年住み続けた家を取り壊すと言う。
解体工事で迷惑を掛けるが、という挨拶だった。
敷地面積はだいぶ広く二百坪は越えている、
庭には芝生が一面に生え車庫と倉庫もある。
芝生以外の地面には畑や菜の花、梅の木や柿の木まである。我が家の猫はいつも羨ましそうに窓から眺めるほど、たまに野良猫たちも自分の庭の様にして彷徨いたり寛いだり。
季節の風が運ぶ変化を色で教えてくれた、
小動物たちの憩いの場だった隣の庭だった……それを無くしてしまうと言う。

数年前の朝から、目覚ましだった隣の生活音が無くなってからこんな時が来ると想像はしていたが、いざ現実間近を感じると寂しい思いが溢れてくる。
生活音も半減してから、おじいちゃんも身体が弱り介護の世話で青々としてきれいだった芝生が訪問介護の車の轍が出来る、雨続きで轍が水溜りになると見るだけでとても冷たく感じてしまった。それに気が付いてから、気のせいとは思うが家の壁と倉庫の蔦の葉も元気がなく萎れている様に見えていた。
他人の庭だが、寂しい思いと無念さを重ねて時は過ぎていく……やがて息子さんの予告通り家を取り壊す当日がやって来る。

閑静な住宅地に、工事の音が寂しくこだまする。取り壊しも数日で終わり賑やかな人の声も無くなると、それまで好転していた天気もガラリと変わり雨が続く……
老夫婦が降らせたのかな?と思ってしまう。

取り壊しの工事以外、その後の事は聞かされていなかった。月末一度の自治会定例会での話で驚く事を聞く。
隣の老夫婦の土地は、広場になるという……
おじいちゃんの遺言で、残された家族と自治会長の話しで決まったらしい。
以前の庭が、益々人工的でありきたりな風景に変わってしまうと思うと、とても冷たくて寂しく悲しい思いがこみ上げる。


解体工事と広場にする整備工事で、
あれから二ヶ月が過ぎた……


教職員だったおじいちゃんはその昔、
現役を引退して直ぐに自宅で塾を開いていたらしい。息子さんもおじいちゃんの生前に遺言を用意する前に伝えていたという、この自宅の敷地を子供たちのためにちびっ子広場にして遊ばせて欲しいので自治会へ提供したいと懇願していた。
遊具も少し施し、広場ならぬちょっとした公園となった。生前の季節の色を教えてくれる木々はどこかへ移植されたらしいが、今の芝生は手入れされ轍も消えて、毎週決められた曜日になれば、その上を利用しておじいちゃんも居た老人会の人たちでグランドゴルフを楽しんでいる風景に変わった。
老人会でおじいちゃんの友人だった人の案で、建物以外の車庫とガレージは広場の利用者の駐輪場とグランドゴルフの用具入れ等の倉庫として残った。

おじいちゃんが居た頃よりもだいぶ蔦は伸びて、倉庫全体を覆い緑の小屋と呼ばれている。駐輪場もこれまでの大嵐で屋根が何度もとばされてからそのままで、緑一色になり蔦の屋根の駐輪場になっている。
広場の脇には、桜の木が植えられ暖色を見られる様になった。残された梅の木と季節の役目を交代する瞬間も観察出来る、春の頃には唯一の楽しみが増えていた。
蔦の葉も時季になれば花が咲く。
自治会で婦人会の人が似たような洋物の蔦の蔓を寄付して植樹した花も咲いた。
おじいちゃんの頃からの蔦と絡み合って華やかしい色となる。
大きな赤い花と遠慮しがちに咲いている白い花、また老夫婦が戻ってきた景色の様だ。

絡み合っているのは、あの世ではまだ痴話げんかしてるんだな?と思い微笑した。


隣の蔦の蒼い頃、
目覚まし代わりに痴話げんかの声がした老夫婦が居なくなっても、
昔も今も変わらぬ蔦の葉になっている。

変わった色は、
老夫婦みたいな紅白の蔦の花。

お帰りなさい、
おじいちゃん、おばあちゃん!

痴話げんかもほどほどに……ね?



おわり

隣の蔦

これからは、蔦の花に見守られて生きていく。

隣の蔦

田舎の閑静な住宅地。生活も周りの変化で気づく事は、普段の大切な音と色になっている。猫と季節と蔦の葉と……

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-09-12

Copyrighted
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Copyrighted
  1. -序章- 隣の蔦の蒼い頃
  2. -第二章- 隣の蔦が枯れる頃
  3. -第三章- 隣の蔦に誘われて
  4. -終章- 隣の蔦の花の色