せんせいと、

光を浴びると植物になる先生

 てんぷらそばをたべおわった、せんせいは、じぶんのうでに、ほほに、あしに、ぴこん、とはえた、みじかい、みどりいろのつるを、はさみで、ちょきちょき、きりはじめました。せんせいが、おすすめ、といって、とってくれた出前の、わたしは、月見うどんを、ちゅるちゅるんとすすりながら、剪定のようすを、じっとみていました。
 太陽の光を浴びると、からだが植物になるせんせいは、この夏のあいだにはえた、つるをきるのに、でも、どこかたのしそうでした。ほうっておくと、花が咲くのだというので、わたしは、花が咲くまで、ほうっておいてほしいな、とおもうのですが、花が咲きはじめると、からだのなかの根がふえ、からだじゅうがいたむので、はやめにきるのがいいと、せんせいはおしえてくれました。いたいのは、やっぱり、かわいそうだとおもうので、わたしは、花が咲くまできらないでとは、おねがいしたことがありませんでした。せんせいおすすめの、月見うどんは、おいしいのか、おいしくないのか、よくわからなくって、それは、おいしい、おいしくないを、きめつけられるほど、わたしが、月見うどんを、たべていないからだとおもいます。
 あたたかい月見うどんを、クーラーのがんがんにきいた部屋で、ちゅるんちゅるんとすすっていました。
 夏の気配が、まだ、そこかしこに、点在していました。

雨に打たれるとすぐ風邪ひく先生

 時計の針がうるさいのだと、せんせいは言って、まくらもとの、めざまし時計の、でんちをぬいた。ぼくは、こおりまくらを、せんせいのあたまのしたにおいて、せんせいは、うつろな調子で、ありがとう、とほほえんだ。
 じごうじとく、なんて言葉が、思い浮かんだけれど、ぼくは、それを、声にはしなかった。かぜをひきやすい、せんせいは、雨が降りしきるなか、木の上からおりられなくなった、こねこを、ずっと見守っていたのだという。つくりばなしみたいだ、と思ったけれど、ぼくは、やっぱり、それを声にして、せんせいには伝えないのだった。でんちをぬかれた、アナログ時計は、ものがなしそうにたたずみ、せんせいのあたまのしたで、こおりまくらの、こおりが、ごりごりとなき、ちいさなキッチンからは、おかゆがことこと、煮立つ音がきこえてくる。ひとりぐらしの、せんせいの部屋。
 コップに水を注ぎ、おかゆを蒸らしているあいだに、ときどき、せんせいが、せきをして、ぼくは、そのたびに、せんせいの寝ている部屋を、そっとのぞいた。顔のはんぶんまで、ふとんをかぶった、せんせいの表情は、わからなかったけれど、きっと、つらいのだろうと思った。こねこを抱っこした、せんせいは、びしょぬれで、髪の毛先から、たえまなく、しずくがたれおち、でも、うでのなかで、ふるえるこねこを、せんせいはやさしく包み、あたためていた。
 じぶんだって、さむいだろうに。
 せんせいは、まるで、おかあさんみたいに。

からだのなかがウエハース先生

 なんだか、もう、夢みたいなここちで、せんせいの、ひだりうでを、かじりました。
 ウエハース。
 さく、さく、という、音が、こまくをふるわす感じが、現実をゆがめました。放課後の、教室、完全下校をすぎて、ぼくと、せんせいの、ふたりきりで、おこなわれる、ひみつの行為に、心臓は高鳴ります。

 さく、

さく、

   さく、

 ぼくがかじって、ぽっかりとあいた、せんせいの、ひだりがわの、にのうでに、断層、ウエハースが、ぼくの目の前いっぱいに、ひろがる。
 かむしゅんかんは、スローモーションみたいに。
 かんだときは、ゆめのなかをたゆたってるみたいに。
 かんだあとは、ロマンチックな映画の、ワンシーンみたいに、ぼくとせんせいはみつめあい、せんせいは、すこしてれたように、わらいました。

「おいしい?」

 そうたずねてくるせんせいは、どこか狂っていて、たぶん、そんなせんせいが好きなぼくも、狂っているのだと思いました。

肉体が蝶になって舞う先生

 肉が、肉ではなかったのが、せんせいで、月の、まるい夜、みぎの、ゆびさきから、ばらばらになったのが、せんせいだった。
 息をのんで、みつめていた。
 みつめていることしか、できなかった。
 せんせいの、みぎての、ゆびから、うでにかけて、パズルのピースがはずれたみたいに、からだは、こまかくなり、くずれていった。ただしくは、その、ばらばらになった、せんせいの、肉体は、空に、舞い上がった。
 蝶、だったのだ。
 あおみどりのはねをもった、蝶に、せんせいの、細切れたからだは、変化した。月明かりのなかを、ひらひらと、蝶は舞い、せんせいは、じぶんのからだの一部である、蝶を、さびしそうに見上げていた。
 かなしいの?
 たずねると、せんせいは、ちいさくうなずいた。
 かなしい。
 うしなった、みぎうでがあったあたりを、せんせいは、そっとなでて、つぶやいた。そこには、もう、せんせいのみぎうではなくて、夜の、闇が、あるだけだった。せんせいの、しろいひだりては、いままで、あたりまえのようにそんざいしていた、みぎうでの、輪郭や、感触を、おぼえているかのように、うごいていた。
 せんせいを、かたちづくっていたもの。
 肉、神経、血、骨、が、星のようにかがやいて、夜空をとんでゆく。

恐竜を異常に愛してる先生

 野良猫よりも、ノトサウルスを拾って飼いたい系の、せんせいだったので、どうにもこうにも、ほかのせんせいとはちがう、異質な感じが、一部の生徒に人気だけれど、でも、ほんと、せんせいってば、恐竜と、性交渉をするのと、捕食されるのと、どちらが究極の愛か、を、つねづね考えている、せんせいなので、きっと、誰もが、手に余ると思う。ぼく以外は。
 ユウティラヌス、というなまえの響きが、いい感じだと思ったことを、せんせいに伝えたら、せんせいに、
「きみはセンスがいいね」
と、ほめられたうえ、むかしのサメの歯の化石、とやらをもらった。むかしのサメの歯の化石は、ただの石粒に見えなくもなかった。ユウティラヌス、というのが実際、どんな姿形をした恐竜かについては、あまり興味がなかった。そもそも、恐竜のことはぜんぜん知らなくて、ぼくは、せんせいが好きな恐竜の話ができる唯一の生徒、になりたいだけだった。むしろ、恐竜、たとえば、ギガノトサウルスなんかになって、せんせいの考える、究極の愛、なんてものを叶えるのもありか、と想う。性交渉のあと、捕食。

くちびるに蒼白い花が浮かぶ先生

 ひるごろに、めがさめると、せんせいのくちびるに、蒼白い花が、浮かんでいました。
(なにか、とくしゅなくちべにを、ぬったのかな)
と、ぼくは思いながら、水をのみました。せんせいは、まだ、ねむっていて、おとなでも、ふつうに、ねぼうするんだなあ、とも思いました。カーテンを、シャーとあけると、黄色い太陽が、きらきら光っていました。高層ビルは、蜃気楼のように、揺れていました。どこからか、風鈴の音が、きこえてきましたが、どこのものかは、わかりませんでした。
 ぼくは、ペットボトルの水をのみほしたあと、ねむっている、せんせいの、くちびるを、あらためて、まじまじと、ながめました。
 ちいさな、蒼白い花が、せんせいのくちびるに、うっすらと点在していて、おんなのこが、よく着ているような、ワンピースを、想わせました。せんせいの、くちびるは、白くて、蒼白い花は、せかいのおわりの一歩手前のように、はかないものにみえました。ゆびでなぞっても、花は、花のままでした。くちべに、ではないようで、絵、でもないようで、せんせいの、からだのなかから、にじんでいる、といった感じでした。
 せんせいは、ふかく、ふかくねむっていました。
 夏は、まだ、そこにいました。

白いワニと暮らしている先生

 蒸しパンを、もっ、もっ、と食べているのは、ワニ。
 白い、ワニ。せんせいの家にいる、くちがでかくて、あしのみじかい、やつ。せんせいがあたえてくれる、蒸しパン(チーズのやつ)を、のんびり、ゆったり、咀嚼している、ワニを、せんせいは、まるで、恋人をみるような、熱を帯びた瞳で、みつめている。ぼくは、そんな、ワニと、せんせいを、すこしはなれたところから、ながめている。せんせいが淹れてくれた、アイスコーヒーの、氷が、だんだんと、とけて、グラスが、あせばんでくる。
 せんせいは、ときどき、ワニに、
「おいしいか?」
と、たずねているが、ワニは、うんともすんともいわない。うん、とも、すん、とも、はい、とも、ええ、とも、まずい、とも、いわない。でも、せんせいは、どこかまんぞくそうに、そうかそうか、と笑う。これは、つまりは、他人にはわからない、しぐさや、暗号や、テレパシーかなにかで、ふたり(せいかくには、ひとりと一匹)は、つながっているということだろうか。ぼくには、それが、なかなか、いらいらする案件、なわけで、アイスコーヒーをすすりながら、ストローを、ぎゅっ、と噛みしめる。
 ワニの皮膚は、つややかに、濡れたように光っている。白くて、かたくて、ずっと撫でているのが、気持ちいい、と語るときの、せんせいの、恍惚とした表情が、ぼくは、せかいでいちばん、きらいだ。

魔法陣を描くのが得意な先生

 夢を、起きているときも、みているような感覚で、ぼくは、校庭の、そのへんに咲いていた野花を摘み、せんせいは、えんぴつくらいの大きさの木の枝で、グラウンドに、魔法陣を描いている。
 せんせいは、魔法陣を描くのが、とくいなのだった。
 だれにならったのか、どうしておぼえたのか、また、魔法陣をつかって、なんらかのもの(現代社会に不釣り合いな、非日常的な存在)を召喚したり、だれかを呪ったり、不幸にしたり、そんな、せんせいらしからぬ(というのは、もしかしたら、せんせいにたいして、しつれいなのかもしれないが)ことを、しているのか、を、せんせいは、でも、おしえてはくれないのだった。
 コンパスなしで描いた、ゆがみない円形、星のかたち(五芒星、というらしい)、みたことのない、ミミズみたいな文字を眺めては、眼鏡をくいっと持ち上げ、満足そうに微笑んでいる。テスト期間中で、部活動が休みとはいえ、ひとの気配があっても、おかしくはないのに、なぜか、ぼくと、せんせいしかいない雰囲気に、学校は、なっていて、ますます、夢をみているような心地に、なってくる。摘んだ野花を、ぼくは、せんせいに渡す。せんせいは、ぼくから野花を受け取り、花弁にそっと、キスをする。
(せんせいは、魔法使いなの?)
という質問は、もう、あきるくらいしていた。そのたびに、せんせいは、
「ただのせんせいだよ」
と答える。うそをついているのか、どうか、わからない調子で答えるものだから、ぼくはそれ以上、なにもきかないでいる。
 ぼくが摘んできた野花を、せんせいは、魔法陣の上にのせた。
 なにかが起こる、と期待をしても、なにも起こらない。
 ただ、せんせいは、まるで、時間をかけて、芸術作品をひとつ完成させたような面持ちで、その魔法陣を、みつめている。
 じっと、みつめている。
 もう、秋だ。

せんせいと、

せんせいと、

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-09-07

CC BY-NC-ND
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CC BY-NC-ND
  1. 光を浴びると植物になる先生
  2. 雨に打たれるとすぐ風邪ひく先生
  3. からだのなかがウエハース先生
  4. 肉体が蝶になって舞う先生
  5. 恐竜を異常に愛してる先生
  6. くちびるに蒼白い花が浮かぶ先生
  7. 白いワニと暮らしている先生
  8. 魔法陣を描くのが得意な先生