彼女は恋愛が解らない

彼女は恋愛が解らない

霊感
語感
音感
爽感
既視感
質感
斥霊感
第6感

サブタイトルは人間の五感(視覚聴覚嗅覚味覚触覚)と第六感と言われそうなものをもじって言葉遊びをしながら内容とリンクさせるように付けています。


注意点。時代設定が1990年代ですので、携帯電話などは高校生は持っていません。

【霊感】


「私は、霊感があるんです。」

という人の多くを私は信じていない。

けれど、霊感がある人というのは存在する、と私は信じている。

それは本物に出会ったことがあるからだ。

彼はタロット占いを得意にしていた。

けれど、1日に占えるのは3回まで。

それ以上越えると高熱を出し、しばらく起き上がれなくなる。

占いの技術は「コールドリーディング」「ホットリーディング」などがあり、そのほとんどの実態はマインドコントロールだ。

当たり障りのないことや誰にでも当てはまる事を言い当てたように錯覚させる。

彼はそれをしなかった。

日付や、本人が、まだ出会っていない相手の名前まで当てる。

彼の部屋に遊びに行った後輩の目の前でガラスのコップが割れる。

彼が夜中に視たという霊の絵を書いて、

3ヶ月後に、その場所の沼から死体があがる。新聞には絵にそっくりな男性の写真。

「あの人だけは絶対に本物だよ!」

そんな武勇伝を男友達に聞かされて。

私は、絶対にトリックがあるはずだという疑い半分と。

本物ならそれを見てみたい、と思い、けっこう実験を繰り返した。

「守護霊が視える」というので、彼の事を全く知らない友人を連れていき視てもらった。

彼は目元が友人に似ていて、ほくろがこのあたりにあるお婆さんが視えると言った。
「君が4歳の頃に守護し始めたみたいだ。」
とも。友人は思い当たる人は居ないと言った。

3日後。
友人は興奮して伝えてきた。
4歳の頃に亡くなった親戚が居ると。
写真を見たら同じ位置にほくろがあったと。

「あの人は本物だよ!」

……またか。

みんなが彼を本物だよと言う。

けれど、私だけは、一向に現場に出くわさない。

と思っていたある日。

「今日だけは一緒に居ない方が良い」と言われた。

力が暴走している、と。

私は、やっと体験出来ると思って忠告を聞き入れ無かった。

店内の照明が落ちた。
店員がブレーカーを上げに行く。

また落ちた。

「これ多分オレのせい」

そんな馬鹿なと思っていたら、蛍光灯がいくつも破裂した。

ざわめく店内。

慌てて店を出る。

外に出て彼を見た。

彼の左目は0.05 右目は1.5

視えるのは左目だけ。

その左目が金色になっていた。

本物は居る。

だから、私は視えないけど、幽霊が怖い。



彼に出会うまで、幽霊を怖いと感じたことなど無かった。

妄想や、幻覚、精神障害、脳神経の破損によるものだと考えていたからだ。

彼の名前は「楠原」君。出会いは満開の桜の木の下。

なんて書くと、艶っぽい気もするけれど、私は、女子校演劇部の新入生、彼も男子校演劇部の新入生で。

毎年恒例の交流花見会で出会っただけである。

私は当初、文芸部に入ろうとしていた。けれど名字の都合で隣に並んだタカコに強引に演劇部の新入生歓迎劇に連れて行かれた。

タカコは町医者の娘、カトリック系お嬢様私立に幼稚園から通い、高校は普通進学校を選んだという女の子で。

宝塚オタクで演劇部に絶対入りたいのと熱く語り

「うん、入れば? アタシ文芸部に行くから。」

と逃げようとしたら

「ハルちゃん、小説書けるの!? じゃあ脚本も書けるよ!」

と無理矢理手を引っ張るような。私が言うのもあれだが随分と変わった女の子で。

そもそも、まともな女友達など過去に全く居ない私は、女の子と手を繋いだ事など記憶にないので、面食らっているうちに会場に着いてしまった。

その会場で、初めて演劇というものを観た。

正直、先輩たちの演技には魅力なんて感じなかったが。
脚本の出来の良さに驚いた。

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』

小学生の頃に宮沢賢治の小説は何作も読んだ。大好きだった。
その脚本は銀河鉄道の夜をモチーフにしたオリジナル内容で、書いた人に会いたいと思った。話がしたい。

劇が終わり受付をしていた先輩に訊ねた。脚本は誰が書いたものなのか、と。

昨年の県大会で最優秀脚本賞を獲ったものだという。しかも、当時1年生。
つまり、今年、県大会に行けば会えるかもしれないという事だ。

「アタシ演劇部入るわ。」

「ホントに!? よろしくね~」

とタカコに抱きつかれた。

なんなんだ、この女の子は。このテンションに慣れる事など私に出来るんだろうか。

そうして始まった前途多難な私の高校生活。

満開の桜の木の下で。私は、早くも後悔していた。

『ただの合コンじゃねぇか。』

自己紹介、一発芸披露。演劇部同士の交流が目的だと先輩に説明を受け、少しは小説の話が出来る人も居るかな、と期待していたのに。

「じゃ。そろそろカラオケ行っちゃう~!?」

「イェーイ!」

……帰りたい。



カラオケなんて行った事がない。そもそも、歌を知らない。
小さい頃からテレビをほとんど観ていないからだが、その理由なんて誰にも話したくない。
さて、どうすっかな。と。ふとタカコの方を見た。

様子がおかしかった。いつもアホみたいにニコニコして、素っ気なくしても延々と話しかけてくる彼女がほとんど口を利いていない。頬がひきつっている。

「カコ、具合悪いのか?」

近づいて耳元に訊ねたが、ひきつった笑顔のまま、ふるふると首を横に振った。そして、声に出さずに口を動かした。

『帰りたい』

珍しく意見が一致。

よし、やるか。

「きゃあっ!?」

「ハル、大丈夫!?」

ぜひゅ~っ…。ぜひゅ~っ…。と息をし、倒れ込んだ私を先輩たちが囲んだ。

私には持病で喘息がある。気管に元々障害があるから、息を荒く呼吸すると、ヒドイ音が鳴らせる。

仮病をした事はないけれど。この驚きようならばれないだろう。

「はひゅっ…。く、薬をカコの家に忘れてきてしまって…ぜひゅっ…。」

息絶え絶え訴える。当然、嘘だが。薬を手放したことなど1度もない。
本当に発作が起きたら死んでしまう。

先輩たちに謝りタカコを連れて、その場を抜け出した。
タカコが泣きそうになりながら
「大丈夫!? 大丈夫!? ハルちゃん、死なないで!」
と騒ぐので大変説得力がある。

タカコに「演技だから」と説明をして、花見をしていたお城の庭から、入場料を払って天守閣に登った。

帰り際に平気で歩いているのを見られてはマズイ。

天守閣から下を眺め、先輩たち一団がカラオケに向かうのを見送りながら、

「さっきどうしたの?」

とタカコに訊いた。

「私、男の人が怖いの。」

なんかされたの? と訊いて良いものか迷っているとタカコが話し出した。話したくないわけではないらしい。

小さい頃から、ずっと宝塚に憧れていたこと。

理想の恋愛相手は宝塚の男役で。同級生の男の子に告白されて断ったら自室の部屋の絨毯にタバコを押し付けられたこと。

それ以来、男の人と話したくないこと。

私は、とりあえず強姦されたとかじゃなくてホッとした。

だがタカコはお嬢様、小学校からずっと女子校育ちだ。免疫が無いぶん酷く怖かったのだろうと思う。

人が何を恐れるかを程度で量るのは間違いだ。

それが解らない人は平気で他人を傷つける。
無自覚で。



「でもハルちゃんはなんで帰りたかったの?」

黒目がちの大きな瞳が私の顔を覗き込む。首を傾げる姿が嫌味なくカワイイ。
確かにコレには男は弱いだろうな、本人は男性恐怖症で利害一致しないが。

私は、男は苦手じゃない。小さい頃から男友達とばかり遊んできた。

あの場所に居たくなかったのは先輩たちの態度の変わりようだ。

脚本を書いた人に会いたいという理由で入った演劇部だったが、先輩たちには好感が持てた。

スパッとした性格、裏表のない態度、演劇に対して語る時の熱さ。
その先輩たちが男の人の前で急に態度がしおらしくなった。

ソレは普通の事で。

ソレに嫌悪を抱く私が、オカシイ。

中学までの私は極度の女嫌いだった。だいぶ治ったはずなのだが、まだ引きずっているのだと、こんな時に気付く。

「恋愛が解らねぇからな、オレ。」

思わず漏れたつぶやきにはっとなる。ヤバいな、口癖もなかなか治らない。

「あぁ、ゴメン。男の人と話すの怖いのに。イヤだよね、こんな話し方。」

「もう1回言って。」

は!?

今、なんて言いましたか、この娘は。

タカコは目を潤ませて私を見ていた。畳の上を膝歩きしながら近寄ってくる。あの、近いんですけど。

もしかして、もしかするのか?

「…男言葉を話す女は平気とか?」

コクコクと力いっぱい頷き返された。なんか急に元気になってないか。

そういや、出会ってすぐに
「"ハル君"って呼んでもいい?」
と言われて断ったら、代わりに名前を呼び捨てで呼んで欲しいと言うので、
「タカコ…舌噛みそうで呼びにくい。"カコ"で良い?」
と言ったら、あだ名をつけられたの初めてだよと妙にはしゃいでいて。
その時はお嬢様って変わってんなぁくらいにしか思っていなかったのだが。

これは早急に口癖を治す必要がある。
あと、恋愛を解する必要も。
今までの苦手な女性たちとタイプが違いすぎて嫌悪感が全く無いぶん返ってヤバい。
利害一致しそうで。

恋愛が解らない女友達が1人出来た。

たぶん、人生で初めて出来た女友達。

なのに、一歩後退したカンジが否めない。

相変わらず、高校生活は前途多難だ。



私の住んでいる町には本屋が無かった。
その為、小学校の図書室と中学校の図書室、町の図書館の本をほぼ全て読みきってしまった私は、
部活帰りには必ず本屋に通い立読みをしていた。購入できる小遣いはない。

ひどい時など2時間ほど読みふけり、足の裏にマメが出来た。

その本屋は市内のアーケード街の中にあり、店舗面積は狭いが品数が充実していて、
2階が漫画、1階が一般文芸書、他が置いてあり、学生は大体2階に直行する。
私の周りにはサラリーマンやOLが同じように立読みしていて、書店員は立読みに寛容だった。

だから安心して本の世界に没頭していたら。

「あの。ちょっと良いですか?」

と話しかけられて、私はその時
『この本を買いたい誰かに違いない』
と考え、

「はい、ごめんなさい。」

と答えて声の主を見た。


誰だ、こいつ。


思いが顔に出たらしい。彼は右眉を少し釣り上げた。

「あの…オレのこと覚えてないの?」

「はい。」

「即答だね。」

「寺の息子って言えば思い出す?」

「ああ!」

…名前はでてこない。花見交流会に来ていた男の子だ。天然パーマの茶色いフワフワの髪、くっきりとした二重瞼、色白の肌。なのに寺の息子。
自己紹介の時に「教会の息子ってカンジだけどな!」と先輩に突っ込まれていたっけ。

「楠原だよ。」

「ああ。そうでした。」

で、その寺の息子が私に何の用だろう。

「あのさ…この間、仮病してたのって何で?」

「え。仮病って?」

私は、とぼけた。たとえ、あの時のは仮病だと疑われても、私が、喘息持ちなのは真実だ。
本人が白を切れば追求する人などいない。そう思っていた。

「わかるんだ、オレ。嘘ついてる人。」

「ふ~ん?」

「嘘をついてる時の色が見える。オーラみたいな。」

「ドラゴンボールみたいだね。」

オーラ? 色?

何、話してるんだ、この人は。

自分には特別な力がある。と思い込んだまま高校生にまでなっちゃいましたか。

最初は、そんな風に思っていた。

楠原君に出会ったのは桜の木の下。

顔と名前が一致したのは本屋の中。

この時はまさか、彼に本当に力があるなんて、分かるはずがなかった。


【語感】

いつものごとく部活帰りに本屋に寄り、小説の続きを読む。
読み終わって『良かった、売れる前に読みきれた』と思って店内の時計を見ようとしたら、隣に楠原君が居た。

「なんで居るのって思ったでしょ。」

「うん」

「即答だね。あのさ、話しかけたんだよ、オレ。」

「ふ~ん。」

「んで答えたんだよ。本読み終わるまで待っててってさ。」

「ああ……いつもそう答えるみたいだよ。」

「何で他人事!?」

「憶えてないから。人から聞かされた。誰にでも本読んでる時に話しかけられたらそう答えるみたい。」

でも、待ってた人は初めてだけど。と思ったら。

「どうせ暇人だよ。」

と楠原君が答えた。あれ? 口に出して言ったっけ?
偶々か。勘が良いだけだよな。

「それで何か用?」

「ホントに憶えてないんだね…ゴハンでも一緒に食べない? って訊いたんだけど。」

「ゴメン。無理。」

「また即答するし。」

「明日なら良いよ。」

「えっ!?」

「門限があるから。今日は帰らないと。明日なら大丈夫。」

そんなやり取りがあって、部活帰りは楠原君と過ごす事が多くなった。

私は毎日、本屋に寄る。楠原君は来るときは私より早く来ている。

私は、楠原君が居る時は30分だけ本を読んで残りの30分を彼と話した。

それが1ヶ月ほど続いた5月半ばに

「オレと付き合ってくれないかな?」

と言われた。

「付き合えない」

「信じられない! そこ即答する!?」

「私さ。男の人好きになったことないんだ。」

「え~……っと。それは女のコが好きとか、そういう?」

「いや、違う。」

「良かった、即答してくれて。」

「私は、小学校の時から好きな人が居てさ。告白して振られたんだけど。」

「居たんじゃん、好きな人。」

「うん、私は、それが恋だと思っていたんだ。でも、人に話すと『それは恋愛の好きじゃない』って言われるんだ。」

「なんでさ?」

「独占欲と嫉妬心が無いからだって。」

「やきもち妬かないってことか。」

「うん。付き合えなくても、存在してくれたらそれで良い。」

「それは人間愛じゃないかな。」

「そうなんだと思う。私は、恋愛が解らないんだよ。」



女子校に通うことは私には無理なのではないかと、最初は思っていた。

極度の女嫌いは中学3年生時にほぼ克服していた。

ただ女子だらけというのはどうか。平気なんだろうか。

そんな懸念は最初にタカコに手を繋がれた時に『あ、拒否反応起きてないな』と解り、
入学式からの3日後の自己紹介で吹き飛んだ。

「漫画オタクです! 語れる人仲良くなってね♪」

そう。進学校、女子校はオタク率が異常なまでに高かったのだ。
もともと中学時代も漫画オタクの女子グループとは仲良くしていた。
高校のオタクの中で、少年漫画系が好きな2人と友達になった。

モトコと坂崎。その2人とタカコを合わせ4人で良く行動するようになった。

部活の休み日――進学校なので、部活動は週に一度休まないとならない。
ピアノの稽古があるとタカコが先に帰り、3人でマックに寄った。

ポテトのラージだけ頼んでペットボトル飲料を持ち込み3時間喋りっぱなし。
迷惑な客だが、平日の午後は他に客も居ない。
市内の大抵の高校生はゲームセンターとボウリング場とカラオケボックスが収容されたビル内や、
駅ビル周辺にたむろするので、穴場だった。

ほとんどは漫画の話をしていた。その日は違った。

「ハルって好きな人は居ないの?」

「居るよ。告白したけど振られた。」

2人が詳細を訊くので、説明をした。

小学校の時から、好きなこと。優しく誠実、信用できて、片親だから経済的に苦労していること。断られるのは知っていたこと。

今はアルバイトと資格取得の勉強に忙しくしているなど。今でも大好きだし、尊敬していることを。

「なんか…ちがくない?」

坂崎が頬杖をつきながら大きな目をさらに丸くして言う。

「ちがうカンジだね。」

モトコがコケシ人形を連想するツヤツヤしたおかっぱ頭を撫でながら控えめに同調する。

「ちがうって?」

私は、きょとんとして訊き返した。
そういや、私は、女友達と恋愛について話したことなど一度も無かったのだ。一方的に相手の話を聞き流すことはあっても。

「振られるってさ、分かって告ったのってなんで?」

「ん~……卒業すると、毎日は会えなくなるから。知ってほしくて。」

「でも、卒業してから会ってないんでしょ?」

「うん、バイトと勉強邪魔するの悪いし。」

「そこがちがう!」

なにが?

本当に解らなかった。


「あのさ。振られるって分かってても告白するってさ。それでも見返りを期待するもんだと思うのよ。」

「見返り? 振られるのに見返りって?」

「だからぁ!」

坂崎がテーブルをバンバン叩いてポテトがサカサカと揺れる。
モトコが坂崎をやんわり止める。

「ザキちゃん、無理だよ。ハル、ホントに分かってないっぽい。」

モトコが説明を替わった。

「あのね。フラれてもさ。告白したら、相手がこっちの気持ちを知っているわけじゃない? それでさ、ちょっとは優しくしてくれると思うのよ。」

「でも、アンタは会いに行かないわけだ。」

「そうなの。だからハルの告白は、ホントに『ただ、伝えただけ』なのよね。」

「なんかそれってさ。」

「うん。」

「恋愛じゃなくて友情みたい。」

おぉ?

2人に言われて、はたと気づく。確かに。自分でも思う。友情に近い。

「ん~…でも性欲は、感じるから友情ではないような。」

反論してみた。

「性欲は恋愛感情と連動してないでしょ。」

あっさりと論破。はい、ごもっともで。

「アンタの告白をさ。『あなたとの友情は永久に不滅です。』宣言にすり替えてみて。無理なく成立しない?」

「成立する。」

「ほらね、だから、違うって言ったの。」

アーケード街を駅の方に向かって並んで歩きながら、楠原君に説明を終えると、楠原君は目を細めて一点を見つめる顔をした。考え事をする時の癖なんだろう。

「つまり、ハルは初恋もまだという事になるの?」

「そういう事だね。」

「初恋もまだのルーズソックス履いてる女子高生って。」

「ルーズ関係なくね?」

「言ってみただけ。」

駅に行く前にテナントビル内に入る。通り抜けをすると駅に早く着くが、商品を眺めて時間つぶしをするのだ。
なにしろ電車は3時間に1本しか走らない。
夏場は自転車で通っているが、朝がたに雨だと祖父が車で送ってくれる。
そうするとバスは運賃が高いので帰りは電車になる。
電車の時間分だけ門限が延びるのだ。楠原君はそれを知っていたから、付き合ってほしいと今日に言い出したのだろう。

「ハルが恋愛を解るようになったらオレを好きになるかな?」

「ならないよ。」

「なんで即答!?」

「だって、楠原君に性欲感じない。」

「ひどい!」

泣きそうな顔に思わず笑ってしまった。



「楠原君ってさ。"即答"って口癖なんだね。」

「違うから! ハルが言わせてるんでしょ!?」

「え。そうなの? 口癖かと思ってた。」

「なんかもうちょい考えたりためらったりしないかなっていうトコで、すぐ答えるでしょ。」

「ああ。思いついたことをすぐ言いたいからだね。最初の言葉を言いたい。」

小説や手紙などの"文章"ならば字面を気にする。漢字にするか、平仮名にするか、カタカナにするか、改行はどうするか。書き出す順番や起承転結、フリ、オチ。
目で見て、読んで、脳で解釈した時に面白いと思えるものを目指す。

演劇の脚本なら、音を気にする。文法は多少おかしくても良いから耳に残るフレーズ、役者が口に出して発音した時の気持ち良さ、リズム。
何度も読むわけじゃなく、後戻りも出来ないからインパクトがある言葉を。重要な部分の言葉は繰り返し使う。

けれど、目の前に居る友人と話すなら。

"自分"が伝わるようにしたい。計算して飾り付けたイメージの自分を好きになってもらっても意味がない。
ありのままに近い自分を表現したい。だから、結果として嫌われたり、怒らせることになっても、最初に頭に浮かんだ言葉をそのまま伝えたい。

「それがさ。"語感"だと思うんだ。言葉に感情が乗っているカンジ?」

「語感ってそういう意味じゃないと思うけど……ハルにとってはそうなるのか。」

「うん。」

「けど、喧嘩してる時にそれやったら…」

「うん。だから怒っている時は2番目か3番目の言葉を言う。」

「2番目?」

「1番目だと感情が乗りすぎる。深く解り合うための喧嘩で相手を傷つけ過ぎたら意味がない。4番目以降だと、冷静過ぎてイヤミになるか相手を怖がらせる。」

「なるほど。じゃあ即答してる時は」

「うん。楽しいとき、嬉しいとき、好きな人と話してるとき。」

「好きな人?」

楠原君が自分を指差す。

「楠原君も言うのかな。」

「何を?」

「男と女で友情は成立しないっていう台詞。」

中学時代に何度も言われた。本人ではなく周囲の女のコたちに。

本人は「お前は一生、俺の男友達だ。」と言ってくれたけど。

男女の友情は成立しない、それに共感できない限り、私は、この先ずっと恋愛が解らないような気がした。



【音感】

6月には春の演劇コンクールがあった。

私は、脚本コンペに提出したのだが、
「内容は良いが短すぎる」と却下された。
来年からは私の脚本になるだろうから照明と音響の基礎を勉強しつつ舞台監督と副演出をやると良いと部長命令を受けた。

進学校の演劇部では部員は2年生時の秋のコンクールが終わったら引退する。
なので、春のコンクールが終わったら1年生の中から次期部長を現在の部長が指名する。
「私は、あんたを選ぶからね」
と既に部長から言われていた。

春のコンクールは地方大会のみで県大会や全国大会は無い。
2日間の開催日程で1日目に上演を終えたので部員の殆どは客席で他校の発表を観ていた。
私は、他校の照明演出を観るために舞台袖に居た。1校の発表が終わったので楽屋裏の通路にあるソファーに座って水を飲んでいた時だ。

「樋浦さん」

と話しかけられた。

樋浦晴(ハル)が私の名前だった。
ただ、田舎育ち、幼稚園から中学校まで持ち上がり全校生徒が250人足らずの中学校で、名字を呼ばれる事はまずない。
田舎だからなのか、同級生に同じ名字も多いので、教師も下の名前を呼び捨てだ。

入った演劇部も、演劇に関して上下関係なく意見交換する為、として「先輩」は禁止。下の名前にさん付けで呼ぶ。先輩は後輩を下の名前を呼び捨てる。

初対面は名字で呼んでいたクラスメートも、タカコが「ハルちゃん」と連呼するものだから、全員ハルちゃんになった。

同い年の男の子に名字を呼ばれるのは初めての経験だった。

「あれ。樋浦さんだよね?」

私が、あまりにも黙っているので名前を言い間違えたと思ったのだろう。私は、首肯した。

細い顎、通った鼻梁、切れ長の一重瞼。お公家さまみたいな顔立ちだなぁ。と思った。

「忘れてると思うから。高崎一哉です。K高演劇部の。」

「ゴメン。名前覚えるの苦手で。」

「いや、それはいいんだけど。実はお願いがあって。」

「お願い?」

「このあいだの花見交流会。樋浦さんも倉橋さんもすぐに帰っちゃったでしょ。」

仮病をした時だ。楠原君が喋るとは思えない。私の演技が下手すぎたか。

「あれで、まぁうちの部員から不満が出てさ。1年生だけで仕切り直さないかなって意見が出てる。」

なんだろう。凄く嫌な予感がした。


「不満って……2人以外はカラオケ行ったんだし。盛り上がったって聞いたよ?」

「うん、まぁそうなんだけどさ。」

カズヤ君は無表情で淡々と話す。不思議と冷たい印象は無い。

「ほら、倉橋さんって。お人形みたいな可愛らしい顔でしょ。」

タカコの事だ。言い方でカズヤ君自身はあまり興味が無いのだと分かる。

「先輩がたが、そちらの2年生のお姉さまがたに連れて来てって頼んだらしい。けど、断られたって。」

「ああ……。」

そういや、そんな話をしていたような。

「それで俺が直接本人に聞いたら、1年生だけで、ハルちゃんが居るなら良いと。」

うわぁ、めんどくせぇ!

イヤな予感はコレだったか。

タカコ狙いの男子数名。だが、タカコは私にベッタリ張り付くだろう。その後のめんどくさいやり取りが簡単に予想できてウンザリする。

「まぁめんどくさいのは俺も同意なんだけどさ。」

顔に思いっきり出たらしい。

「けど。樋浦さんも次期部長だよね? 美華さんが言ってた。」

うちの現部長の事だ。迫力のある美人。アダ名は【名前勝ち】

「俺も次期部長なんだよね。だから、面倒でも部員のテンションは上げておきたい。」

「合コンで?」

「う~ん。そう言いたくなるけどさ。実際、何代も前から続いている『交流』を入ってすぐの俺らが潰すってのはどうだろう。」

「う。」

言葉に詰まった。K高は男子進学校、うちの女子進学校の姉妹校って事になっている。建前は。
だが、うちの進学校はK女と呼ばれる。進学率は92%だが、東大生は数年に一度出るかというレベルだ。K高は毎年数人出している。
実質的にはK高のクラスダウン高である。

理屈では敵いそうにない。

「俺、本当は、軽音やりたくて。」

「音楽やってるんだ?」

「うん、コピーバンドだけどね。」

「スゴイね。」

「スゴくはないけど。まぁ、うちの高校にそんなのあるわけなくてさ。」

「だろうね。」

「演劇部に入ったらさ。ミキサー触れるんだよね。こういう大会だとホール用の高価いのも触れる。」

さっきまでとは別人のように愉しげな顔だ。

「まぁ、でも部長を任された以上は伝統くらい守ろうかと。それに、自分の好きなものと違う趣味だから、否定するってのは嫌じゃない?」

「分かった。協力する。」

その中道的な考え方は好みだ。

それに、この人の願いなら聞いてあげたい。

何故か、そう思った。



左半身が痛い。痺れてきたような気がする。

タカコにがっちりと腕を組まれているからだ。むしろ極められているに近い。折るなよ? と、そっと思う。

カズヤ君に頼まれた通り、カラオケボックスにタカコを連れ出した。ただし条件付きで。私と同じ部屋にする事。
男性恐怖症の気があると、それとなく伝えて暴走させない事。

実際、相手側は明らかにタカコ狙いだというのは態度で判るが、紳士的な態度であった。
ただ、タカコは捉えられた小動物のように警戒を剥き出しにしていた。
おそらく密室が過去の嫌な体験を思い出させるのだと思う。

失敗したな。何が原因で恐いのかもカズヤ君にだけ説明して、カラオケボックスは避けてもらえば良かった。
判断を誤ったのは私の好奇心のせいだ。
私は、カラオケボックスに行った事が無い。
テレビはほとんど観ないので歌を知らない。
それまでは行きたいなんて思わなかった。
ただ、コピーバンドのボーカルをしているというカズヤ君の、音楽について語り出すと目を輝かせるカズヤ君の歌をちょっと聴いてみたかった。

1年生部員は10名居る。向こうは12名。
全員入っては狭いので2部屋借りて分かれた。
タカコ狙いの男子は4名。当然、全員タカコと同じ部屋を選ぶ。自動的に私も、同室になる。
邪魔だと思ったのだろう。
「樋浦さん、歌わないならお金出すからジュース買ってきてもらってもいいかな?」
紳士的な【表出ろ】である。
当然、タカコが「私も、行く」と付いてきたので男子4名にニコニコしながら睨まれるハメになる。
うわぁ、恐ぇ。知的な男の嫉妬とか何されるか想像出来ない。
チクチクささる視線に、やっぱり右半身も痛いかも。と思い始めた時だ。

隣の部屋からカズヤ君と楠原君、他数名の男子がやってきて

「1時間経ったから入れ替えるよ。」

と告げた。最初の部屋の割り振りの際に

「全員の交流が目的だから、1時間で男女メンバーを入れ替えるからね。」

と宣言した通りだったので、タカコ狙いの男子達も不満顔ではあるが立ち上がった。

カズヤ君は部屋に入ると

「男女分かれて座ってたんだ? ちょっと半分に割ろうか。」

コの字型のソファーで入口に近い方、左右に女子を配置し、真ん中の奥に男子を座らせた。
さりげなくタカコは端っこに移動させられ、ホッと息を吐き、タカコばかりに視線が集まって不機嫌気味だった女子が元気になった。

巧いなぁ。と感心した。



タカコは、同じ役者志望で仲の良いアキちゃんの隣に座れて落ち着いたようだった。
ふう、と息を付くと目の前にミニッツメイドの缶ジュースが出される。

「助かった、ありがとう。」

カズヤ君が隣に座りながら、そう言う。
この人は自分が悪くない時はゴメンなさいって言わなくて済む環境で育ったんだなぁ。そんな風に思った。

楠原君がB'zを歌っている。声が裏返ったので、つい笑ってしまった。

「B'zは知ってるんだ?」

「うん。弟がCD集めてるから。」

「他は知らない?」

「演歌とか……ばあちゃんがカセットで聴いてるのしか知らないかなぁ。」

「演歌、いいじゃん。歌ってみない?」

「いや、氷雨くらいしか歌えないから、雰囲気ぶち壊すかと。」

「そんなことないのに。まぁ無理にとは言わないけどさ。」

「人の歌聴くのも好きなんだね。楽しそう。」

「うん。音楽なら何でも。」

「下手でも? 高崎君巧いのに。」

「人が音楽を愉しんでると嬉しいから。」

それは、なんとなく、解る気がした。私も、本を読んでいる人を眺めるだけで嬉しくなるから。

「ってことはさ。」

「ん?」

「楽曲を知らないなら最初に聴いた声が樋浦さんの中で、その歌になるってことだね。」

「どういう意味?」

「例えば小説が映像化されて、なんかイメージと違う。とかあるでしょ。」

「うん。」

「俺が歌ったのを最初に聴いたら、本人の曲を聴いた時に、なんか違う。って思うのかなって意味。」

「あ~…そう思うのかな? もしかして。」

「それはちょっと面白いね。」

そう言って口の端を持ち上げて微笑む。
私の回りには大きく口を開けて声を出して笑う男友達ばかりだったから、男の人も微笑むって出来るんだなぁ。と意外だった。

そして、カズヤ君が歌い出した。
隣に座ったままなのに、他の人とは明らかに声量が違う。

話し声も、綺麗な声だとは思っていたけど、歌声はもっと綺麗だった。
低すぎず高すぎず、透き通った声。
川のせせらぎのような。

ずっと聴いていたい。

楽しそうに微かに笑みを浮かべて目を瞑って歌う、その横顔から、視線を外すことが出来なかった。

こんな経験は初めてだ。



「もしかして、高崎の事、気に入った?」

カラオケ交流会の後、図書館へ向かうバスの中で楠原君に聞かれた。

休みの日は市内にある大学の図書館へ向かう事が多い。
食堂も図書館も警備員に身分証明書を見せれば一般が出入り出来るようになっている。
市立図書館とは比較にならないほどラインナップが充実しているので、
郊外にあり学区内から遠い為にバスで向かわないとならないが、それでも通いたかった。

「なんか聞き惚れてるってカンジだったね。」

「うん。綺麗な声だった。」

「好きになるかも?」

「どうだろう。良く解らないな。」

「そっか。」

「ただ憧れはあるよ。」

「憧れ?」

「ナチュラルに全員に平等に優しくて素っ気ない。」

「優しくて素っ気ない?」

私は人に優しくする時、いつも考えている。
"不快にさせたくない"
"本当の自分を知られたくない"

特に、自分自身を嫌いな事を知られたくない。それに可哀想って思われたくない。

だから優しくする。態度を一定にする。怒らない。不機嫌を顔には出さない。

それを褒められる事はあるけれど、申し訳ないとさえ思う。

造り上げた嘘の人格。周囲をいつも騙している。

その半面、解ってほしいとも思っていて、思いついた事はすぐに口に出すようにしている。ただし、態度は一定で。

矛盾している。

自分自身を好きになりたいとは思っているのだが、何をどうしたらそうなれるのか。

周りの人に、甘えたり、ワガママを言ったり、八つ当たりできたりする人が羨ましい。

その方が、ずっと自然だ。

そういう人はきっと、自分の事が普通に好きなのだろうな、と思う。

普通に好きというのは、自分自身の事を好きか嫌いかなんて考えずに済む事を指す。だから、態度がナチュラルなのだ。

カズヤ君は自分の考えや意見を普通に主張し、私に交渉し、その事を謝ったりはせず、普通にお礼を言った。奢ってもくれた。

私には出来ない。他人に何かを依頼する事も、お礼に奢る事も。

奢った事で、それがお返しや見返りを期待してると思われたらどうしようとか、相手の精神的負担になったらどうしようとか、くだらないことばかり考えるからだ。

きっとカズヤ君は普段は優しくても、機嫌が悪い時は八つ当たりもするだろう。

それが羨ましくて憧れた。楠原君と居る時の安心感とは違う感情。

この感情は恋だろうか?

私にはさっぱり解らない。


【爽感】

「うわぁ、海だよ! ハルちゃん、見て!」

隣に座るタカコがはしゃぐ。
テトラポットと白い砂浜が眩しくて目を細めた。早朝の為か砂浜は無人だ。朝陽を受けてキラキラと光る海は青くはなかった。

「海見るの久しぶり。」

「そうなの?」

「小学校の修学旅行で松島湾に行った以来見てないな。砂浜まで行ったのは6歳が最後だ。」

「え~。じゃあ10年ぶりくらい? あとで行ってみる?」

「そんな時間はないぞ?」

前の座席の演劇部顧問が振り向いて言った。

「去年も行ったが殆ど稽古だぞ。」

現在マイクロバスで移動中だ。演劇部1年生部員10名と、引率の顧問教師を乗せて海沿いの宿泊施設に向かっている。

演劇フェスに参加する為だ。県内の高校生演劇部員が有志で参加する。3泊4日で、プロの劇団員から指導を受けられる。
ドラマ部門、ミュージカル部門、パントマイム部門に分かれて稽古をし、最終日に劇を発表する。

2年生の秋で引退することになるので、当然1年生だけの参加になるが、他の高校からは3年生が参加することもあるようだ。毎年、参加する人も居るらしい。

あの脚本を書いた人に会えるだろうか? と少し期待していた。

集合会場は小さな体育館のようなホールだった。

開会式まではまだ時間があり、次から次へと団体が到着する。当然、知らない顔ばかりだ。
約300名ほど集まり、部門が分かれた後は更に2つか3つの班に分かれる。

『あいつ知らない男に話しかけられて平気かな。』と、少しタカコが心配になった。

知らない顔が並ぶも始まってもいないのに挨拶しにいくのも憚られて、みなそれぞれ同じ高校で固まっている。

どこか記憶に新しいと思ったら受験会場に似ていたのだ。緊張の質は違うけれど。

K高の1年生部員が到着して、まっすぐこちらに歩いてきた。

部員同士、久しぶり。だの話し合い、みな知り合いが増えたことで安堵した表情になる。
こういうのを見ると交流会にも意味はあったのだなと思えた。

「久しぶり。そっちは早く着いたんだね。」

「久しぶり。……なんか疲れてない?」

「車の中ではしゃぎすぎた。」

無邪気に笑うカズヤ君は珍しい。

あの後も交流会はボーリングに代わって2回行った。その後は夏休みに入った事もあり、会うのは1ヶ月ぶりだった。

自分が少しだけウキウキしているのが妙に可笑しかった。

この3泊4日で、私は何か変わるだろうか?



「1・2・3! はい! そこでターン! からのジャ~ンプ! パッと振り向いてぇ~笑顔! 恥ずかしがらずに~!」

演劇部員になって思う事は「照れ」が失われたなってことだ。

実際、今のダンスレッスンも恥ずかしがってる人間は1/3くらいで他は全力で踊っている。
舞台に立ったら縮こまっている方がよほどみっともないからだ。

演目は「真夏の夜の夢」シェイクスピア作品、ミュージカルの王道。
稽古が3日しかないのと発表時間の短さからだいぶアレンジされた脚本を全員渡された。

本読み(配役された役者が座って台詞だけを読む)から始まるのかなと思っていたが、まずはラストシーンに全員で踊るダンスレッスンから始まった。
配役はダンスの動きを見て選別された後、さらに歌唱力でオーディションすると説明された。
なるほど。ミュージカルらしい。それに、やはりプロだ。仲良しメンツの趣味演劇と考え方が違う。配役のイメージに合わせて最初からふるいにかけるわけだ。

「意外だな。樋浦さんがミュージカル部門を選ぶとは思わなかった。」

休憩中、隣に座ったカズヤ君に話しかけられた。

人数が多いので練習室から机や椅子は撤去されていて、プロの劇団員が座る椅子しかない。

休憩中は宿泊棟に戻って休む人、ロビーに出て他校のメンツと話す人、劇団員の周りに集まって話を聞く人、と私やカズヤ君のように床に座ってスポーツ飲料を飲みつつ筋肉のマッサージをする人、と分かれていた。

「高崎君って運動部だった?」

「うん、中学生まではバレー部。」

「アタシ、ソフト部。やっぱ、ここに居る人は運動部出身っぽいね。」

「あぁ~。あの人ら明日筋肉痛ひどいだろうね。」

ダンスは全身運動だ。あれだけ動いた後に柔軟もマッサージもしないでいたら必ず痛みが来る。おそらく、中学生の時から文化部系の人が多いのだろう。

「消去法でミュージカルになった。」

「他は嫌だった?」

「ううん。どこでも良かった。ただ、役者志望はドラマかパントマイム選ぶでしょ。」

「あ~。そういう消去法か。」

「高崎君はダンスも巧いね。」

「そうかな? まぁリズムに合わせて体動かすのは好きだけど。」

「やっぱ、歌のオーディションも受けたい?」

「うん。あのラップアレンジの歌、あれがやりたい。」

私も聴きたい。カラオケボックス以外の広い場所で、カズヤ君の歌声を。



休憩時間を終えると、まずざっくりと仕分けが始まった。会ってから3時間ほどの劇団員は当然、名前は覚えていないので「青いTシャツの君」とか「坊主の君、前へ」などと選抜したメンツを前に呼ぶ。私も「そこのベリーショートの子」と呼ばれた。

カズヤ君も呼ばれた。選ばれたメンツを見渡すと運動部出身と思われる人達が多かった。ダンスの【マシさ】で選んでるのが解る。

「このメンバーで今から歌のオーディションをします。歌が苦手な人は、今、辞退してください。」

私は早々に手を挙げて
「すみません、音痴なので、辞退します。」
と選ばれなかったほうの集団に戻った。

劇団員は「あれ?」という意外な表情をする。気持ちは解る。先ほどからひしひしと感じていた。3部門ある中から【ミュージカル】を選ぶ人種は『目立ちたがり屋』『おちゃらけ者』『ナルシスト』だ。偏見かもしれないけど。

実際、ダンスで選ばれたメンツは『なんで辞退なんかするんだろう』って雰囲気。一緒にしないでくれ、私は裏方が好きなタイプなんだ。

オーディションはやりたい配役に立候補する形で順に歌う、選曲は何でも良いというスタイルだった。

最初にパック。イタズラ妖精。トップバッターの男の子はバク宙を披露して、
「身軽な動きには自信があります!」
と宣言した後に『愛しのエリー』を歌い上げた。
うわぁ、その選曲はパックのイメージじゃないぞ?

などと思いながら微妙な表情で見ていたら、目があってウインクされた。

げっ……嫌な予感がする。ついでに悪寒も。とても苦手なタイプだ。
なのに、ああいうタイプは『自分が苦手だと思われる事』に我慢がならないのか自己のプライドをかけて苦手だと思ってる人間を懐柔しようとする。勘弁してくれ。

その後もめいめい自己アピールを折り込みながら、ほぼ全員が流行りの邦楽を歌い上げた。

そしてカズヤ君の番が来た。

「バックダンサーのラップアレンジ格好いいですね。打ち込みで作ったんですか?」

3人の劇団員の内あまり喋らなかった長髪おさげの男性が

「うん。俺がシンセで。」

と答えると

「あとで譜面見せてください。」

と目を輝かせて言うので、ダンス指導に当たっていた女性の劇団員が

「とりあえず歌ってくれる?」

と遮った。

周囲が苦笑するのが解る。バク宙をした男の子は嘲笑していた。

『すぐに後悔するぞ』と思う。

歌ならカズヤ君が1位だ。



透き通った綺麗な声。
高音も裏返らず耳障りにもならず、伸びの良い声。

皆が聞き惚れて……はいなかった。

私が知らないだけかな、と思っていたのだが、他の人も知らないらしい。

カズヤ君は洋楽を歌っていた。どこかで聴いたようなメロディが時折入るも誰の歌かも解らない。

綺麗な声だけどメロディラインが合っているかは判断がつかなく、みんな「巧い……っぽいけど、どうなの?」という宙ぶらりんな表情をしている。

ただ一部の男子数名が「なかなかじゃね?」という顔をしているので、やはり巧いのだろう。
何より長髪おさげの男性劇団員がとても楽しそうに足でリズムを取っていて、ダンス指導の女性劇団員に睨まれているのに気づいてない。

そしてカズヤ君はエアギターをしていた。歌よりむしろそちらがメインじゃないかと思うほど、指を走らせていて、まるでギターを抱えているように見えた。

歌い終わると女性劇団員に呆れた表情で

「あのね……歌は巧いから良いけど、ギタリストのオーディションじゃないんだけど?」

と言われて「すみません。」と笑顔で返していた。

みんなが笑ったけど、苦笑ではなかった。嘲笑はどこにも無かった。

早朝からダンスレッスン、休憩を挟みオーディション、昼食後、演出。
急ピッチで進められていく。最終日は発表会なので、練習は3日しかないから当然だが。
ここからが私の参加目的だ。

10月開催の秋のコンクールの前に9月下旬に2泊3日の合宿がある。

演出は部長の美華さん、副演出は私。秋コンから舞台監督デビューだ。合宿のメニューやタイムテーブルを私が組まないとならない。

プロの劇団員が3日間でどう作品を組み立てるのか、それを学びに来た。

劇団員は3人に分かれ、生徒は4つに分けられた。

劇団員が付くのは配役を与えられた人たち。

メインの見せ場3つで絡みのある配役を集め長髪お下げの劇団員がラップアレンジダンスの指導をし、ダンス指導の女性劇団員はパック役の指導にあたり、
30代後半の眼鏡をかけたもう1人の女性劇団員が王様の指導にあたった。

その他のメンバーはラストシーンのダンスしか出番は無い。オーディションに落ちたダンスの巧い生徒数名をリーダーに命じてダンスレッスンとなった。

なるほど。やっぱ、慣れてるなぁ。適材適所、迷いなくハキハキと命じられるので、自然に体が動く。

舞台監督はまごついたらダメなのだな、と学んだ。



全体練習が終わり、自由時間になるとモブダンサーメンツは宿泊棟に引き上げた。

ただメインの配役組は個人練習として練習室に残っていて、プロの劇団員達も付き合って残っている。

わざわざ高校生を指導に来るような人達だ。熱血タイプなのだろう。

私は練習室の壁に背中を預けて指導風景を眺めていた。

演劇部に所属して4ヶ月が経過し、春コン時の先輩方の、演劇が好きだからこその揉め事を何度も見てきた。
役者と裏方は揉める。元々の質が違う気がする。自己表現を極めたい役者と、全体バランス重視の裏方。

パック役のウインク男と女性劇団員はどちらも役者タイプに見えた。
だが相性が悪い。
「違うでしょ。そうじゃなくて!」
と女性劇団員は言うものの、説明をする気はないらしい。
おそらく、言葉ではなく実演で教えるタイプだ。
ダンス指導の時も、指先まで綺麗で、まるでバレエを観ているようだった。美人だし、声は通るし、舞台映えしそうだ。
ただイメージを言葉で伝えるのが苦手なのだろう。それは脚本家や演出の仕事だ。

実演で見せるのを止められているのだろう。プロの役者に模範演技を見せられたら、真似しないように意識したって引きずられる。それでは演劇【研修】にならない。

ダンスは真似で良い。揃っている方が画的に綺麗だからだ。

王様役を指導している眼鏡の女性はおそらく、アレンジ脚本を書いた人だ。

「ここは【沈黙】で。ここは【躍動】で。対比した演技にしてほしい。役づくりは任せる、アドリブを入れてもいいよ。発音しにくかったら言ってね、台詞を変えるから……うん、良いね。良くなった。もう少し体の動きを偉そうにして。王様だからね。」

役者もやりやすそうだ。先輩方もそうだった。
役者は役造りまで裏方に立ち入られると憤慨する。
それは役者の仕事だ。裏方は注文をつけるだけに留めて演技は役者に任せれば良い。巨匠ではなくイチ高校生なのだから。

あのやり方は参考にしよう。イメージを伝えて役者に任せる、次の注文をつける前に褒める。

カズヤ君達バックダンサーに目を移す。

「ここにこのコードを打ち込んで……ここは和音で……」

何を話してるか解らない。とりあえず音楽の話をしている。あれは参考にならない。あそこの集団はもはや演劇研修では無くなりつつある。

そんな風に眺めていたら。

「ねぇ。」

ウインク男に話しかけられたのだ。



横目でチラッと窺うとウインク男は壁に背中を斜めに預けて脚を組み、髪をかきあげていた。
うわぁ、ダメだ。話したくねぇ。
なんで斜めになるんだ。その脚の組み方はなんなんだ。お前、グラビアでも撮ってんのか。
私は、何処かに居るかもしれないカメラマンを探しながら、さっきの「ねぇ。」に気づかないフリをする事に決めた。

「さっき歌のオーディション辞退したことなんだけど。」

……決めたのに。

辞退したのは私1人なので、これで気づかないフリは出来なくなった。
私には「苦手な人でも無視だけはしない。」という、時に、やっかいになるマイルールがある。

「ああいうの良くないと思う。」

「何故? 辞退してください。って提示されたのに。」

「辞退した後、なんで辞退すんのって顔になっただろ。」

まぁそれは事実だ。

「あんなのは発破かけてるって解ると思うけど。おまえらやる気ある? っていう確認っつーの? そこを1人がホントに辞退したら雰囲気壊れるとか考えなかった?」

「それは劇団員の人が言ってたの?」

「いや、オレの考えだけど。」

「なら受け止め方の違いだ。私は、3日間しかない練習で無駄な時間を割かないように辞退を提示したんだと思ってる。」

「そうかな? じゃあ何で意外な顔に?」

「単にホントに辞退する奴は居ないと思ってただけじゃない?」

「違うと思うけど。」

あぁ、そうかよ、勝手に思ってろ。

「なんで個人の勝手な想像で他人に意見が出来るんだ?」

「なんだ、その言葉遣い。お前ホントに女か?」

「さぁ?」

そんなの自分が一番思ってる。思わず笑ってしまった。それを嘲笑に取られたか相手の雰囲気が変わり、激昂しかけた時だ。


「ハル」


耳に馴染む気持ちのよい低音ボイスが私の名前を呼んだ。

カズヤ君は私に近づくと私の後頭部に左手を添えて引き寄せる。
思ってもいなかった行動にあっさりと流された私の身体はカズヤ君の腕の中に入った。
おでこに鎖骨があたる。
汗の匂いが少し。それに混じるコロンの香り。海の気配がする。


爽やかな風が鼻腔を通る。


「こいつが何か失礼なこと言ったみたいですみません。」

敬語? 相手歳上だったのか?

「ただ、壁際の離れた場所に居たコイツにわざわざ近づくの止めてもらえます?」

なるほど。そうやって逃げたら良かったのか。

私は、自分がまるで「女」を使えてない事を自覚した。



「ん。」

「ありがと。」

カズヤ君に差し出されたミニッツメイドを受け取る。

新発売のこれ美味いんだよ、と最初に奢られてから、いつも奢るときはこれだ。

その方が良いんだな、とされてみて初めて気づく。

私には出来ない。必ずどれがいいか相手に確認しないと不安だ。

私は、いろいろな人間力が足りてない。

「あのさ、さっきのいいの?」

「なにが?」

「だって高崎君、マリ女に好きな人居るんでしょう。」

聖マリア女学院、幼稚舎から高校生までのエスカレーター式私立お嬢様学校、タカコの出身校だ。

交流会の時に、「高崎君はあんまりタカコに興味ないね。」と話したら教えてくれた。

「本人は来てなくても同じ学校の他の人から伝わって誤解されるかもよ?」

「あぁ~。それは別にいいや。」

「いいの?」

「うん、オレ伝える気ないからさ。」

「なんで?」

『好き』が解るのに伝えないのか。それともそんな簡単に伝えられないから『好き』なのか。私にはいまいち解らない。

「なんかホントに好きかどうかってさ。どこで解るのかなって。」

「え?」

まさか、カズヤ君も解らない仲間か、どんだけだ、アタシの周囲。

「オレ中学の時に、告白されて、付き合った女に1週間で振られたんだよね。」

「なにそれ。」

「なんか『こんな人だと思わなかった』とか言われて。」

「良く知らない女のコだったの?」

「いや、クラスメートだったし、結構会話はあった。」

「それでそんな簡単に……。」

「だから、なんか、オレ春コンで舞台上の彼女を見て好きだって思っただけでさ。役柄が好きなだけじゃないかって思い始めてる。」

「そっかぁ。」

「そっちこそ、楠原に誤解されない?」

「楠原君? なんで?」

「え、付き合ってないの?」

「友達だよ。」

「だって『ハル』って呼び捨てだし。」

「あ~。私、田舎中学出身だから。下の名前呼びあうのが普通。」

「あ、そうなんだ? でも楠原の事は名字で呼んでるね。」

「うん。だってダイキって弟と同じ名前だから。」

「そういうことか。じゃあオレもハルって呼んでいい?」

「うん。私も名前で呼ぶよ。」

違和感があった。
そういや、楠原君とはこの流れの会話はしていない。けど最初から呼び捨てだった。

なんでだろう?

だが、唐突な提案に、それに関する思考は止められた。

「ハル、今から海行かない?」

立ち乗りってのは、ずいぶんと根性が要るものだったのだな。と知った。

高校生は荷台が着いた自転車には乗らない。

良く街でカップルが自転車2人乗りをしているのを見かけて、恋愛ってあんな感じか。とか眺めていた。
彼氏の肩に手を置き立ったまま自転車2人乗りをこなす彼女たちは大抵笑顔全開だったけど、足がこんなに痛いとは知らなかった。

恋愛は根性と水面下の努力を隠して白鳥を演じるのに近いのかな。

私には自己演出の意識が足りない。

林の中を自転車で駆け抜けていく。木々がサァっと音をたてる。日中の暑さに曝された身体を夜風が撫でていく。
地元とは違う空気。潮の香り。

前方にライトが見えた。

「カズヤ君、車。どうしよう。」

消灯時間を過ぎてから抜け出している。こんな時間に高校生が出歩いていたら注意されるかもしれない。

「隠れよう」

自転車を道端に停め、林の中に身を隠した。

「なんかスリルあんね。」

「海見に行くだけだけどね。」

車をやり過ごして、しばらく走ると林が切れた。

暗闇に浮かび上がる砂浜、月夜に照らされ淡く光る波間が見える。

堤防を探りながらゆっくりと降りた。

「平気?」

と手を差し出されたので繋ぐ。そんな事を気にされたのは初めてだ。

岩から落ちて背中から血が出ても

「もう1回行くべ」

と笑顔で応援された事しかない。

手を貸すことは『男友達として認めてない』事になる。

「海だ。」

そんな当たり前のつぶやきしか漏れない。

海は大好きだ。生命の源。地球の象徴。ブループラネットの色。

「海好き?」

「うん。ありがとう連れてきてくれて」

「オレも見たかったし。あ。」

「ん?」

「腕、擦り傷になっちゃったね。さっきのか。」

「あぁ。こんくらいすぐ消えるよ。」

自分の腕を眺める。カズヤ君の腕には傷ひとつない。

「貧弱な腕だな。」

昔は男友達と変わらなかったのに。哀しくなった。

「ハルって男の子みたいなこと言うよね。」

「うん。よく言われる。」

「さっきも、びっくりした。殴り合いでも始めるのかと思った。」

「あ~。止めてくれてありがとう。」

「何を言われたの?」

「いや、大したことは言われてない。あれは私の悪い癖。」

「癖?」

破壊衝動。

突発的に他人をめちゃくちゃに傷つけたくなる。

自分自身が抑えられない最低の癖だ。



それに気付いたのは12歳の頃。4つ離れた8歳の妹に暴力をふるった。

その前に散々理詰めで言い負かし怯えて泣いていたのにも関わらず。

殴ってからハッとして、我に還った。あの時の自己嫌悪をどう表現したら良いか解らない。

周りの人に優しくありたい。

そう願っているはずなのに。

そういう人間になろうと決めたはずなのに。

その破壊衝動は私を絶望的な気分に堕とした。

『あの女と同じ道を辿るのだろうか』

という恐怖。


「ハル?」

「ん?」

「気分悪い?」

「ううん、平気」

楠原君と話してる時は落ち着く。取り繕う必要がないし自然体で居られる。

カズヤ君と居ると、落ち着かないし、フワフワするし、嘘もたくさんつかないとならないけれど。

だけど、

一瞬で暗い気持ちが吹き飛ぶ。

笑顔をみるだけで。
声を聴くだけで。
匂いを嗅ぐだけで。
ただ存在を感じるだけで。

「あのさ」

「ん?」

「今度の交流会にマリ女も混ぜようよ。」

「え?」

「カコの知り合いが居るから出来ると思う。」

「いや、でも、オレ」

「良く知らなくてもさ。その人が何を考えてるか解らなくても。見た目や声や雰囲気で好きになるってありだと思う。」

「そうかな?」

「むしろさ、解るのってそれくらいでしょ。」

「え?」

「仲良く話してても、長く付き合っても、その人の中身なんてずっと解らないんじゃないかな。死ぬまで。解った気になるだけで。」

「そうかもしれない」

「役柄と同じかもよ? 雰囲気。確かめようよ」


帰り道は私が自転車を漕いだ。人を乗せる方がずっと楽だ。
宿舎に帰ると深夜で寝静まっていた。ダンスレッスンと海まで往復した疲れで深い眠りにつき、3時間で目覚めた。
身体の疲れは取れている。よほど熟睡したのだろう、すっきりした気持ちで宿泊棟を出てロビーの自販機に向かう。


タタタン! と軽妙な音が聴こえた。

練習室の方からだ。

こんな早朝から自主練習している人が居るのか。
なんとなく興味があってドアからそっと覗いてみる。

ウインクおと……先輩だった。

パックの登場シーンを何度も試している。高く飛び上がりひねりを入れる。

フィギュアスケート選手の回転のようにしてみたり、バク宙とバク転を組み合わせたり。体操選手のようなスピード感。


努力家なんだな。


夕べの喧嘩を深く反省した。



「おはようございます」

声をかけるとビクッとなったが私を見ると顔をしかめた。そりゃそうか。

「なんだよ。オレに近づくとまた彼氏に怒られるぞ。」

「カズヤ君は彼氏じゃないですよ。」

「今さら敬語やめろ、かえってムカつく」

「そう? じゃ遠慮なく。はい、どうぞ。」

開けてないアクエリアスを差し出す。

「なんのつもりだ」

「お詫びのつもり」

「お詫び?」

「最初に苦手って思っちゃったから態度ひどかったなぁと。」

舌打ちしながらも受け取ってくれた。喉が渇いていたのだろう、半分ほどを一気に飲み干す。

「オレもお前ら苦手だ。」

「お前ら?」

なんで複数系なんだろう。

「あいつもだよ、歌巧いくせにわざわざあんなマイナーな歌選びやがって。」

「あ~。あれはほら長髪の人と仲良くなりたかったからじゃないかな。」

「演劇なめてんだろ、お前ら。」

「そんなことないよ。」

「じゃあなんで本気ださないんだ。」

「本気だよ。カズヤ君は音響の勉強をしたい、アタシは演出の勉強をしたい。」

「え?」

「裏方の勉強をしたいのって、演劇をなめてることになるの?」

「お前ら裏方志望なの?」

「そうだよ?」

目をパチパチさせて私を凝視する。
あれ? なんかスラっと喋れてるな。気障っぽくないからか。これが素ならこっちの方がずっと良いのに。

「2人とも役者っぽいのに。目ひくし。」

「そうかなぁ。」

「悪ぃな、勘違いしてた。やる気ないんじゃねぇかって。」

「私もゴメン。なんか気障でナルシストだと思ってて。」

「は?」

「なんでウインクとかすんの、髪かきあげたり。今のがずっと良いのに。」

「めんどいからだよ。」

「え?」

「前に付き合ってた女に言われた。顔と中身が合ってない。こんなにお子様だと思わなかった。一生懸命はダサイって。」

「ははっ」

「笑うなよ」

「いや……その人社会人かなんか?」

「同い年だったけど?」

「笑えるだろ、なんだよ、同い年に向かって『こんなにお子様だと思わなかった』って。そんなん言う方がガキくせぇ。」

「ふ……ははっ。確かに。」

「あのさ。」

「ん?」

「スピード感を出しすぎなんだと思う。」

「え?」

「"妖精"じゃなくて"忍者"みたいだ、今だと。派手に跳ぶんじゃなくて、ゆっくりと余裕綽々で翔ぶんだ。羽根があるんだから。お前なら出来るだろ?」



【既視感】

軽妙な音楽が流れ出す。妖精たちが楽しそうに踊っている。

そこに現れるパック。

舞台袖からジャンプしたあと半回転のひねり。
大きく広げられた手。

高く翔んでいるのにフワリと着地。

そして軽やかなタップダンスステップの後にまた高く跳躍。

今度はひねりを入れず、手を天に突き出して。空を見上げる表情はイタズラっぽい笑顔。

うん。背中に羽根が視えた。

「ま。いいんじゃない?」

ダンス指導の女性劇団員は少し悔しそうに言った。

良い演技だけれど自分とは違うタイプだからかな? と思って笑ってしまった。
綺麗で優雅なダンスを踊る女性劇団員。
けれど、この高い跳躍とタップダンスは真似できないはずだ。
演出は大成功だ。私は、心の中で「うっし!」とガッツポーズをする。


あれから、早朝練習と自由時間、夜の消灯まで個人練習に付きっきりで話し合った。

ウインク先輩は穂積亮介という名前だったので、アダ名の"ホズ"で呼ぶように言われた。

「派手な動きは演出に合わないんだよ。」

「そうか? だってこの脚本ならパックが目立ってなんぼだろ。」

「妖精のダンスがこうでしょ。」

私は、クライマックス部分の振り付けを踊ってみせる。

「振り付けには力強いジャンプとか、速い回転は無いんだ。押し出しているのは軽快なリズム、あとよく言われたのは"楽しそうな笑顔"だったろ。」

「ん~。ま、そうだな。」

「難しい技じゃなくて単純な跳躍にしてみよう。」

「それじゃ目立たない。」

「そんなことない。単純な跳躍ほど身体能力の差が浮き彫りになる。目立つはずだ。」

「そうか?」

「ホズ、なんかダンスとかやってたろ?」

「中学までは体操と、あとタップダンスやってた。」

「やっぱり。全体練習で一番目立つはずだわ。」

「目立ってたか?」

「うん。よほど歌唱力が無いとかなきゃ、オーディションなんかしなくても、オレなら絶対お前を選ぶ。」

「そ、そうか。」

穂積は少し照れた顔で俯く。楠原君に言われた事を思い出した。

『ハルはストレートに相手を誉めすぎるから照れるよ。』

そんなん言ったってな。相手を照れさせずに誉めるってどうやるんだよ。

休憩時間、穂積に「ちょっと付き合え」とロビーに呼ばれたので着いていく。
自販機でミニッツメイドを奢られた。
好きな味だけど、いつの間にか大好物にされてんな。と苦笑した。



ロビーは外側が全面ガラス張りになっている。芝生のサッカー場は無人だ。宿泊客が演劇フェス参加者で埋まっているせいだろう。

プルタブを引き、ソファーに座ると側に立った穂積に頭を撫でられた。

「しかし、短ぇな。男みてぇ。」

「似合わないかな?」

最近は筋肉が着かなくなってきてる。運動部に居た頃とは運動量が格段に違う。
貧弱な身体にはベリーショートは似合わないだろうか。

「いや、今は似合うと思ってる。」

「今は?」

「お前の中身が男だってわかったから。」

「そうか。」

「サンキューな。いろいろ役造り手伝ってくれて。」

「楽しかった。ホズ、すぐその通りに動いてくれるからな。運動神経だけじゃなく、勘も良いし、芝居も巧い。」

「お、おう、そうか。」

あ。しまった。またストレートに誉めすぎたか。

「お前、何で演劇部に入ったの?」

「肩壊したから。ソフトボールができなくなって。小説書くの好きだから文芸部に入ろうとしたんだけどな。偶然、新歓用の演劇を観た。」

「それに惹かれたんか。」

「劇より脚本の出来の良さに。去年の県大会最優秀脚本賞って聞いて。入部したら会えるかなって。今回も会えるの期待してた。」

「あ~。白井さんはA女だからな、あそこもお前の所と一緒で1年生しか来ないわ。」

「知り合いなの?」

「いや、そんな親しくは無い。大会で顔合わせたら世間話する程度。」

「そうか。」

「だから、まぁ会わせるとかは無理だけど、県大会にお互い行けたら紹介は出来る。」

「ホントか?」

「おう、だから頑張って県大会で会おうぜ。」

「うん、頑張る。」

私は、右手の拳を穂積に突き出した。

穂積は一瞬呆けた顔をしたが、すぐにニッと笑って拳を打ち付けてくれた。

「痛ぇ。お前、手堅すぎ。」

「ははは。」

どうしようもなく殴りたい人間が居たからだとは言いたくなかった。



「信じられない!」

数日後、夏休み明けの新学期。休み明けテスト週間で部活は禁止。
タカコは今度はバイオリンのお稽古だ。ホント金持ちのお嬢様は大変だ、ならなくて良かった。私なら3日で家出する。

いつものごとく、Macの2階。目の前には怒っている坂崎。斜め隣には呆れているモトコの顔がある。

夏休み中の話を報告しあったのだ。

どうやら私はまた変な行動をしたらしい。

人間の女のコになるべく、ありがたく説教を拝聴しようと思う。


「なんなの!? あんたって子は! ホント信じられないよ!」

坂崎に睨まれると恐い。美人な顔は怒ると迫力が違う。

モトコが首をゆっくりと横に振って、はぁっと息を吐き出す。

「今回は全面的にザキちゃんを支持します。」

わぁ~お、味方が居なくなったよ、これ。

「なんで! 2人っきりで海まで見に行って! しかも手を繋いだ後に! あんたは他の女とのセッティングを言い出すの!」

ああ……。怒りポイントはそこか。
けど、言葉の区切りに一々テーブルを叩くのはやめてほしい、超恐い。
モトコがつぶやく。

「キスでもしちゃえば良かったのに。」

「えぇっ!? なんで、脈絡無いじゃん。」

「ハル、恋に脈絡とか理屈とか要らない。」

「うそん。」

「まぁ。それは言い過ぎとしてもね。ハルにも判るように理屈で説明します。」

「はい、お願いします。」

「高崎君は、ハルが楠原君と付き合ってない事を確認しました。その後に名前を呼び捨てにする許可を取りました。そして海に誘います。手も繋ぎます。ここから導かれる答えはなんでしょう?」

「え~っと。海が見たかった。樋浦って発音しにくかった。夜だから足元が危なかった。」

「アンタはバカなの!?」

「バカです、すみません。」

「私は、思うな。高崎君はハルを好きになりかけてるんだよ。」

「そ……そうなの?」

それは困る。まだ私はこれが恋愛感情なのかさっぱり解ってない。

「ハル、好きか判らなくても嫌いじゃないなら、なんとなく付き合っちゃえば良いんだよ。」

「イヤだ。」

「イヤってアンタね!」

「ゴメン。どうしてもイヤだ。それは出来ない。ゴメン。」

怒りかけていた坂崎が黙る。
モトコが心配そうに顔を覗き込む。

「変な女でゴメンね。」

2人の事は好きだ。信用しているし、誰かに話したりしないって分かってる。

私が無理なのだ。
他人に話せるほど、頭の中が整理出来ていない。

こめかみがズキっと痛む。瞼の上に、ある表情が浮かび上がる。

恐ろしく空虚で冷たい瞳をした女。


『失敗したわ』
『こんなはずじゃなかった』
『あんたのせいよ』
『あんたが産まれなかったら』


氷を噛み砕いて、思考を追いやった。

辿らない。
同じ道には行かない。
私は、絶対に好きな男を嫌いになりたくない。

コーラを一気に飲み干して、私は、ようやく笑えた。



人混みは苦手だ。けど、来ないわけにも行かない。

しかし、まいったな。

K高の文化祭に来ている。3年に1度のお祭り。中学生に経験した文化祭とは格段に違う。屋台はどれも本格的で、本当にお祭りのようだ。

周囲はカップルか、女の子2人連れが多い。1人で来ている私は、だいぶ浮いている。

けれど、男子校の文化祭にタカコを誘うわけにもいかないし、坂崎とモトコには断られた。

デートに友達連れてくアホが居るか! と怒られた。

う~ん……デートって認識は無いんだが。

カズヤ君にはライヴを観に来てと言われただけだし、楠原君には占いやってるから遊びに来てと言われただけだ。

ライヴまではまだ時間があるので、とりあえず楠原君の占いの館を目指して歩くのだが1人で居るせいか、やたらと客引きに会う。

たびたび足止めされながらようやくたどり着いた。

『水晶占い クリスタル楠原』

ネーミングがだせぇ。楠原君が泣きそうな顔で同級生に反抗した絵面を思い浮かべて笑った。

中に入ると受付の人に4人待ちだと言われ、ソファーに座らせられた。
遮光カーテンで仕切られ、楠原君の姿は見えない。青い照明で照らされている壁には『当たりまくり! クリスタル楠原の奇跡の軌跡』とこれまたダサい宣伝文句。

ただ、その内容は目を引いた。

過去が視える。
近い未来なら7割予測。
他人の心が読める。

それを裏付けするエピソードが他人の経験をもとに写真付きで掲載されている。

造り自体は『幸せの財布』みたいな胡散臭さだが。

目の前でコップが割れる、は何かの自然現象だとしても。

城のお堀で視た霊を絵に描いた数ヶ月後に堀から上がった死体の身元写真にそっくりだったというエピソードは。
楠原君が殺人犯、もしくは殺害現場を目撃していなかったら出来ない芸当じゃないのか。

「人のオーラが視えるんだよね。」

出会った頃にそう言っていた。

あれはもしかして本当の事なのか?

読みながら待っていたら、順番が回ってきて奥に通された。

「ふはっ! なんだその格好。」

「雰囲気だよ。」

おとぎ話に出てくるアラブの踊り子のような格好をしていた。

髪は天使っぽいし、顔も女の子みたいだから似合いすぎてて逆にウケる。

「すごく似合うね。」

「あんまり嬉しくない。」

楠原君は口を尖らせた。



「着替えなくて良かったのに。」

「いやだよ、やめてよ。」

楠原君は学ランに着替えてしまった。休憩中に一緒に昼食がてら校内を案内してもらえるのだが、どうせならアラブお姫様のまま連れ歩きたかった。

「どこか行きたい所ある?」

「んと。写真部と美術部と科学部。」

「展示物しかないよ?」

「それが見たい。」

「わかった。」

助かった。一人で行くのが一番好きなのだが、文化祭でそれをやるのは浮くし、話しかけられる。
かと言って誰かと行くと急かされる。

楠原君は急かさない。

私は、紫とオレンジのコントラストが綺麗な空に浮かぶ白い月の写真が気に入って10分は立ち止まったが、楠原君は何も言わずに待っていてくれたし、いつの間にかその写真の焼き増しを買ってくれていた。

「あげる。」

「ありがと。」

ティッシュペーパーで包んで文庫本に挟みカバンにしまった時だ。

「大樹?」

楠原君に話しかけてきた男が居た。

「あぁ久しぶり。」

「彼女とデート?」

「いや、友達。案内してるとこ。」

「ただの友達なら文化祭案内なんかしないだろ、普通。ね~? コイツのことタイプじゃない? 良い奴だよ?」

楠原君が良い奴なのは知っている。会話から中学の時のクラスメートだろうが、あまり楠原君が歓迎しているようには見えない。
私は、取るべき態度を決めかねて曖昧に笑った。

「もうさ、コイツに視てもらった? 女の子ってそういうの好きでしょ。守護霊が視れるんだよ。タロットで未来占いやらせてみ? スゲー確率で当たるから。前にさ、1日に占えるのは3人までとか言ってて、それ無理して占ったらさ、コイツ白眼むいてひっくり返って、救急車呼んだの。口から泡出てるし、やべぇやべぇって大騒ぎ。だからさ、コイツの力ってマジ本物なんだよ。占ってもらいたいでしょ?」

殴りたい。
拳に力が入る。

楠原君が何か不思議な力を持っていて、それが嘘や思い違いでは無いことには接する機会の多いクラスメートなら判るのだろう。

楠原君は最初から「オーラが視える」と言うくらいだから、内緒の話でもない。

ただ、

白眼をむいて倒れたのを目撃した過去があり。

力が本物だと信じさせる経験があり。

それが楠原君本人の身体を蝕むと知っているくせに。

笑いながら自慢気に語る貴様は、楠原君の【友達】なんかじゃない。

私は、そいつを睨んだ。


「ダメだよ。」

楠原君にそう言われて視線を移す。
けれど、楠原君はこちらを見ていない。同級生と話し続けていた。

あれ?

前にもこんな事があった気がする。それも何度か。

口に出してない言葉に楠原君が相づちをうったり。
話しかけられたので応じると、何も言ってないよ、と言われたり。

まさか、

まさか、テレパシーってやつか?

気を削がれたので破壊衝動は収まった。けれど、憂鬱だ。楠原君の同級生は3人で何か食べに行こうと楠原君に提案している。

イヤだなぁ。1秒でもこんな奴と一緒に居たくないのに。

でもアタシにはこんな時の巧い切り抜け方なんて思いつくわけないのだ。

「ハルじゃねぇか。」
野太い声が私を呼んだ。

ガッシリとした体躯で肩をいきらせて歩いてくるリーゼントヘア。

短ランにツータックのボンタン。カカトを履き潰した革靴。

「ソウタ君!?」

「おう! 偶然だな。」

ニカっと笑って私の頭をわしゃわしゃと撫でる、ちょっと痛い。

けれど、気分は一気に上昇した。

「ソウタ君、なんでK高祭に?」

「タツヤがライヴ観に来いっつ~がらよ。」

「へぇ~。タツヤ、ライヴ出るんだ、観ないとな。」

「んで、どっちが楠原?」

「あぁ。この人。」

楠原君の袖を引く。

「おれ、ソウタ。ハルから聞いてる?」

「聞いてる。はじめまして。」

「おぅ、なんが堅ぇな、おめ。」

「だ…大樹、オレ約束あるから行くわ。」

「え? そうか、じゃあな。」

約束があったら、ご飯も一緒に食べられなかったと思うが、居なくなって欲しかったので気にしない。

ソウタ君は同年代男性にとってはどうやら怖い存在らしかった。

ソウタ君と楠原君と3人で模擬喫茶で昼食を取った。

ソウタ君は中学時代の私との話を楠原君に聞かせていて、楠原君も楽しそうに聞いていた。

でも私は心配していた。

アタシ、また【間違ってる】んじゃないだろうか。

ソウタ君と別れてから楠原君に聞いてみる。

「嫌じゃなかった?」

「なにが?」

「言われたんだ、ザキとモトコに。楠原君の前でカズヤ君とか他の男と仲良くするのは失礼だって。」

「まぁ、正直、夏フェスで名前を呼び合うようになってたのには、かなり妬いたけどね。」

「そうか。」

「けど、あの人には妬かないよ。」

「そうなの?」

「だって、ソウタ君ってハルにとっては【お母さん】でしょ。」



私の母親は現在ならば鬱病と診断される時期が長く続いていた。

けれど、私の子ども時代にはそんな病名は存在しなかった。

世間に知られたら「あの家から【気ぃ狂い】が出た」と騒ぎ立てられる。

そういう風潮だった。
一番身近に居た、最初の娘の私は、その矛先をもろに食らった。

ネグレクトとヒステリックと自己存在否定と肉体的暴力を同時期に経験して、6歳だった私は、1度死んだ。

人と話せなくなった。

笑わなくなった。

泣きもしなくなった。

食事もほとんどしなくなった。

成長期にそんな事をしたら当然痩せ細る。

肌は病的に白く、目の下にはいつもクマがあり、身体中は痣だらけで、終始うつむいてボソボソと独り言をつぶやき、1人で本ばかり読んでいる。

イジメられることすら無かった。

同級生は関わりあいたくないと遠ざかる。【地縛霊】と呼ばれていた。

そんな中で、たった1人、私に話しかけてきた男の子。それがソウタ君だ。

「お前なんで笑わないの?」

「下向くな、笑え」

夜、テレビを観させてもらえない私に、ドリフのコントを1人何役もこなして再現してみせたり。

男友達と遊びに行く時にいつも連れ出されているうちに。

少しずつ、少しずつ、話せるようになった。笑えるようになった。

漫画を貸してくれたのも、ゲームの面白さを教えてくれたのもソウタ君だった。

神様みたいだと思った。

誰でもいいから助けてほしいと願っていたら現れたのがソウタ君だった。

今の私は、ソウタ君によって造られたのだ。生まれ変わった。

だから、ソウタ君は私の神様であり、私のお母さんだ。

私が「男みたい」と言われても、それを嬉しく感じるのは、大好きなソウタ君に似ていると誉められている気分になるからだった。

こんな話は誰にも話してない。

楠原君には、幼稚園の時からずっと仲良くしている男友達だと話しただけだ。

なのに【お母さんみたい】な存在と楠原君は言った。

見た目や、一時の会話でそんな事が分かるはずがない。

オーラが視える?

嘘だ。

そんな程度の力じゃない。

この人は他人の心が読めるのだ。過去も視えるのだ。

未来を占って当たっているわけじゃない。

過去が正確に視えるから、本人の近い未来なら【予測】できるのだ。

なんとなく、この人の力は本物じゃないかと感じていたが。

この時から【確信】に変わった。



「もう1週間だね。」

弁当箱を抱えてモトコがつぶやいた。

中身が半分も減っていない。

「ちゃんと食べなよ。モトまで体壊すぞ?」

「うん。」

「ハルちゃん、電話したんだっけ?」

タカコが泣きそうな目で訊いてくる。

「お見舞いに行きたいって言ったら断られた。熱が40度あるらしい。伝染らないようにって。」

坂崎が1週間、登校してこない。最初はインフルエンザかと思っていたが、さすがに休む期間が長すぎる。
昨日電話した時も坂崎のお母さんに見舞いを断られたが、様子がおかしかった。
具体的には想像がつかないけれど、何か変だ。

部活を休ませてもらって坂崎の住む社宅に向かった。

ドア横には坂崎のお母さんが作った周囲に造花の薔薇と蔦をあしらったドアプレートがある。さながら眠り姫のようだ。

ドアチャイムに反応は無い。

私は中に呼びかけた。

「ハルです。小枝子さん、居ませんか?」

坂崎のお母さんの名前を呼ぶ。

中で人が動く気配があった。

ギィと音をたてゆっくりとドアが開き、小枝子さんが顔を見せた。

坂崎の家に何度か遊びに来た際に小枝子さんの若々しさと美貌に「おばさん」とは言いづらくて、坂崎が「ママ」でも「お母さん」でもなく「小枝子」と呼び捨てにしていたので、小枝子さんと呼ぶようになった。

綺麗な顔が台無しだった。
頬が痩け、目の下には隈が浮いている。
髪はボサボサで顎にはいくつもニキビが出来ていた。

「ザキ……リコさんの様子見せてください。」

反応は無い。ただ、ドアを閉める様子は無い。私は中に入って坂崎の部屋に向かった。

坂崎は布団の中で昏睡していた。顔色がおかしい。どす黒い紫。息が小さく、今にも死んでしまいそうだ。

横に座って額に手を置く。

ものすごい熱だ。こんな状態で入院しなくて平気なのか。しかし、小枝子さんや1度だけ会った坂崎のお父さんは「ちゃんとした親」というイメージだった。放っておくわけがない。

「医者に何か言われましたか?」

小枝子さんはゆっくりと顔をあげた。やがて嗚咽しだす。

「どこにも何の異常も見られないって……。」

「え?」

「全部調べてもらったの。血液も内蔵も。出来る検査は全部したけど。体には何の異常も無いって。」

「そんな……。」

「だから、心療内科に行ったの。そしたら、リコが言うのよ。身体の中に落武者が居るって。いろいろ……お寺を回ったの。お祓いもしてもらって……。病院も替えて診てもらって、検査して、て…点滴して、く、薬も、精神安定剤とか、抗鬱剤とか、けど、リコ、良くならないの、どんどん、どんどん、元気……無くなっ……」

ううっ。と途中から言葉にならずに小枝子さんは床に突っ伏した。

前にいつものデパートでの寄り道で、テレビの心霊番組を楠原君と観たことがあった。

憑いた霊をお祓いしている場面で、
「これって本当なのかな?」
と訊いたら。
「手法は良く使われる祓い方だけど、この人には憑いてないから演技だね。」
と言っていた。

その時は、半信半疑だったけど。今なら楠原君を信じられる。

テレビ画面を通してさえ演技だと言い切れる。
祓い方を知っている。
楠原君なら、楠原君なら、坂崎を助けられるかもしれない。

「小枝子さん」

肩を震わせ泣いている後頭部に声をかける。

「親友に詳しい人が居ます。今から呼んできます、待っててください。」

そう言い残して私は走り出した。


楠原君と会うのはいつも約束をしているわけじゃない。

ただ、この時間ならまだ学校に居るはずだ。

私は全力でペダルを漕いだ。

K高校の校門をくぐると、男子校に突然闖入してきた女子高生に周囲の視線が集まった。

私はその中の1人に
「すみません、事務室はどこですか?」
と訊ねた。

事務室に駆け込む。

「すみません、急用なんです。1年5組の楠原大樹君を放送で呼び出していただけないでしょうか。」

いきなりの女子高生の来客に事務員は困惑の表情を浮かべた。

「私、K女子高校の1年生で、樋浦晴と申します。お願いします。緊急なんです。」

私は制服の内ポケットから生徒手帳を取り出してみせた。

必死さが伝わったのか、相手が女子高生1人ならたいした大事にはならないと判断したのか、事務員は放送で呼び出しをしてくれた。

ただ、私の名前は放送せず『来客』とだけ表現した。

男子校だからだろう。

楠原君は訝しがって来ないかもしれない。そんな不安が過る。

その時に思った。

同じ校内なら。

念じれば届くのではないか。

『楠原君』

『楠原君、助けて。』

「ハル!」

楠原君は私の姿を確認する前に名前を呼んだ。

声だけが聴こえて振り向くと、階段から駆け降りた楠原君が事務室のある廊下に曲がってくるのが見えた。

楠原君が走り寄ってくる。

けど、私はなんて説明したら良いのか分からない。

だいたい、本当に楠原君がお祓いを出来るかだって知らない。

それに、もし出来たとして。

『泡吹いて倒れたんだよ』

それは楠原君にとって良くない事態を引き起こすのではないだろうか。

「行こう。」

「え?」

「最初に俺のアパートに寄る。荷物持ちにハルも着いてきて。」

楠原君が走り出したので慌てて着いていった。

何も話してないのに。全部分かるのだろうか。

自転車で楠原君を追走し、楠原君のアパートに着くと

「ちょっと待ってて。」

と階段をカンカンと登って行く。

10分後くらいにドアが開き、楠原君が出てきたのが見えた。大きな風呂敷包みを2つ持ち、身に纏っているのは袈裟だ。

「こっち持って。」

風呂敷包みのひとつを渡された。

楠原君はどんどん、先に行く。坂崎の事を話したことは何度かあるけど、当然、家は知らないはずだ。

それでも、1度も振り向くことなく坂崎の社宅住宅に着き、部屋に向かった。

呼び鈴も鳴らさずドアを開ける。

私が出ていったまま鍵はかけられなかったらしい。

「えっ!?」

リビングに座って泣いていた小枝子さんが戸惑う。

楠原君は坂崎の部屋には向かわずリビングを見渡すと言った。

「ハル、この棚をこっちにずらすよ、手貸して。」

「はい。」

楠原君に全部任せよう。私は身を引き締めた。

「冷蔵庫はこっちの壁に。」

「はい。」

小枝子さんは驚いた顔をしていたが口は出さなかった。

むしろ袈裟姿で現れた男子高校生から発せられる神秘的な雰囲気に若干の期待を持って事態を見守っていた。

実際、今の楠原君はいつもとはまるで違う。

楠原君の周囲が揺らめいて見える。何か波長のようなものが絶えずゆっくりと放出されているようだった。

リビングの物を移動し終わると、楠原君は風呂敷包みから、何かを取り出して壁に貼り付けた。

あれはなんだろう。御札……だろうか?

坂崎の部屋の前に行くと壁に飾ってあるお面を取り外し、言う。

「小枝子さん、これを神社に持って行って燃やしてもらってください。」

と手渡す。

「出来るだけ家から離れて。あなたとリコさんは波長が似ています。あなたに悪霊が移動する場合がある。」

小枝子さんも私も息を飲んだ。

「今からリコさんのお祓いを始めます。」

そう、楠原君は言い切った。



【質感】

「ハル、布団ごと動かす。そっち持って。」

「はい。」

言われた通りに布団を持ってずらす。
坂崎は部屋に斜めに横たわる形になった。

楠原君は坂崎の足元の壁に何かを作り始めた。なんだろう、門のような形の置物だ。

そうして頭側に座る。

「ここから力を送ってあの門から出て行ってもらう。そのまま外に出るようにリビングに道を作った。」

なるほど。さっき物を動かしたのはそんな理由か。

「実は、俺はお祓いはやったことないんだ。」

「え?」

「親父がやるのを何度か手伝ったことしかない。親父を呼べれば確実だけど……。たぶん、そんな時間の余裕はない。」

身体が震えた。坂崎の状態が限界だと言うことだ。

「うちのやり方は先祖から伝わる銅鏡を使う。力の増幅装置と安定器みたいな役割だ。けど、それを家から借りる余裕も無い。」

「どうするの?」

「ハルを使う。」

「私を?」

「本当は危険だから使いたくないけど。ハルはザキちゃんが居なくなる方が嫌だろ?」

頷いた。何度も。

「ことわりの説明は省く。まず、ここに座って。」

私は楠原君と坂崎の間に座った。

「両手をザキちゃんの肩に置くんだ。」

「はい。」

「こうして力を送るから。」

楠原君は私の背中に手のひらを当てた。

何かの力で前に押し出されるような感覚がある。少し背中が熱い。

「一回こっちを向いて。」

「はい。」

「今からハルの記憶を一時的に操作する。ハルは6歳になる。」

6歳……。安定器、増幅装置、銅鏡、そうか、楠原君のやりたい事が見えた。

「潜在意識はそのままだ。ハルはただ、ザキちゃんを助けたいってことと、手を肩から外さない事だけを強く念じて。」

「わかった。」

楠原君がじっと私の目を覗き込む。

不思議なものは左眼だけで視ると言っていた。視力は右より極端に低く、色素も薄い瞳。普段の茶色いそれは、いまは金色に近い色になっている。

その目に吸い込まれるような感触があった瞬間、轟音が耳をつんざく。

景色がぐるぐると回る。

鬱蒼と樹木が生い茂る山中。

泣き叫ぶ幼い弟。

その手を強く握りしめ、ただ、ただ、歩く。

要らない子ども。

誰からも必要とされない子ども。

アタシハニンゲンジャナイ。

ダカラナニモカンジナイ。

イタクナイ。

サミシクナイ。

アタシハ「モノ」ダ。
ダカライラナクナッタラステラレルノダ。

ココハドコダロウ

コノオネエチャンダレカナ

背中に熱さと圧迫を感じる。感じながらも表層意識の思考は6歳のアタシになっている。

私はそれを楠原君の頭上から見ていた。
いや、実際には見ていない。脳が錯覚しているだけだ。
【乖離】に陥るのは久々だった。

どうしても耐えられない現実が身にふりかかったとき、人間は乖離を起こす。

この現実に直面しているのは【自分ではない】と脳に錯覚させる。
その時に別な人格を創れば多重人格になる。幼い私は新しく人格を創らずに【自分は人間ではなく物質である】と自らに錯覚させた。
目が虚ろで空っぽな器。
楠原君はその器の中に力を送り、それはグルグルと器を駆け巡って流れを強くする。

それが手のひらを通して坂崎に流れていく。

なんか心太みたい。そんなバカみたいな事を思いながら、手だけは離さないように、背中からの圧迫に倒されないようにだけを務めた。

「ハル、ハル!」

どれくらいそうしていたのか、いつの間にか意識が途切れて、楠原君の呼びかけに目を覚ました。

「ハル、わかる?」

「楠原君」

「良かった」

はぁ~。っと楠原君は大きく息をついた。

「ザキは?」

私ははっとして坂崎をみやる。
坂崎は弱々しい呼吸は相変わらずだったけど、顔にうっすらと赤みがさしていた。
唇も紫から白っぽい赤に変化し、何より小刻みな身体の震えが無くなっていた。

「大丈夫。あとはゆっくり休んで栄養を取れば。」

ずっと我慢していた涙がこみあげた。

「ありがとう。楠原君は? 平気?」

「疲れてるけど。少し休めば大丈夫。」

しばらくして小枝子さんも家に戻ってきた。小枝子さんは涙と鼻水で顔をグシャグシャにして楠原君に何度も頭を下げていた。
楠原君は風呂敷包みから青紫の石がついたネックレスを出して、小枝子さんと坂崎は常に身につけるように説明していた。
そしていくつかのお寺を挙げるとそのお寺の敷地内のパワースポット? とかいう場所を小枝子さんに教えていた。
時々、その場所に石を置き、力を蓄えるらしい。小枝子さんは真剣に手帳にメモをしていた。

主人が戻るまで居て、夕飯を食べていってと引き留める小枝子さんを「門限があるから」と諭して社宅住宅をあとにする。

楠原君がふらついたので慌てて支えた。

「アパートまで送る」

感謝してもしきれない。
望む事はなんでもしてやりたい。
そう強く思った。



楠原君をおぶって階段をカンカンと上がっていく。

小枝子さんに荷台付きのママチャリを貸してもらった。
自転車籠の中にあったロープで楠原君を自分に縛って固定して運んだのだ。

道々、袈裟姿のお坊さんを女子高生が拐っていくように見える光景に視線が集まった。

楠原君は気を失ってガクンと首を垂れていたのでさぞかし異様だっただろう。

楠原君の頬を軽く叩いて起こす。

「鍵は?」

楠原君は視点が定まらないままノロノロと鍵を袈裟の袂から取り出した。

部屋に運んでベッドに寝かせる。

しばらく空ろな表情をしていた楠原君はやがてはっきりと意識を取り戻すと、驚いた。

「え? え? 家? 着いてる?」

「気を失ってた。平気か?」

「ハルが、運んだの?」

「うん。」

「どうやって?」

「え。おぶって」

「危ないよ、階段昇る前に起こしてよ。」

「だって軽かったぞ?」

「悲しくなるから言わないで!」

「良かった。平気そうだな」

楠原君のフワフワした髪を鋤く。本当、寺の息子ってカンジじゃないな、と思って。

あれ?

さっきはそんなことを思わなかったことに気付いた。

記憶を巻き戻す。そうだ、身体から何かが放出されているような印象や、気迫、自分自身も慌ててたし、必至だったから気づかなかったが。

さっきまでの楠原君は【黒髪】の【ストレート】だった。

だから、袈裟姿に違和感が無かったのだ。

あらためて部屋を見渡す。そして気づく。

壁に貼ってある何枚もの御札。

何か儀式に使うような飾りの数々。

やはり鏡は部屋には無かった。普段から楠原君は写真に自分が写ったり、鏡に自分を写すのを避けていた。

演劇フェスに不参加だったのも納得できる。

練習室の壁一面は全面鏡張りだった。

鞄からコンパクトを取り出す。坂崎とモトコがくれたものだ。大事に仕舞ったままで開いたことは無かった。

自分を写してみた。髪が若干茶色く変色していた。
ヘアピンがずり落ちて紛失し、髪をいじってくれたクラスメートが驚くほどのストレートが軽くウェーブがかかっていた。

「ゴメン」

楠原君が謝る。

私はグッと歯噛みして涙を堪えた。

楠原君の髪が、いつも薄い茶色で、細くてフワフワしている意味。

今日みたいな事が。

日常茶飯事だという事だ。

おそらく、何年も前から、幼い頃からずっと。

常に【とり殺される】恐怖の中に楠原君は居る。



「最初に霊が視えたのっていつ?」

キュッと楠原君の手を握って聞いてみる。

「3歳。朝起きたらデカイ生首が浮かんでこっちを見てた。」

「恐かったろ?」

「うん。それから仰向けで寝れなくなった。」

「全部話して。」

「全部?」

「うん。聞きたい。」

「気味悪い話ばっかりだよ? それに門限は?」

「平気だ。楠原君が気を失って自転車を借りる時に小枝子さんに電話してもらってる。ザキにもあとで会いたいし、ザキのお父さんが家まで車で送ってくれる。あと3時間は一緒に居れるよ。」

「なんで聞きたいの。」

「楠原君は私の事を知ってるでしょ。」

知られているって事が、こんなに安心するとは思わなかった。

知ったうえで傍に居てもらえることが、どれほどありがたいか実感した。

「本当は、ザキやモトやカコにも話したい。知らないまま心配かけてるのが申し訳なくて。けど、無理だ。話せない。言葉で伝えられる気がしない。楠原君と居ると安心する。嘘つかなくていいし、甘えられる。」

髪を鋤いた。やっぱり気のせいじゃない。薄い茶色から、いつもの焦げ茶色に少しずつ戻っている。繋いだ手も凍るほどの冷たさから温くなっていってる。

仕組みは判らないが、楠原君は私と接触すると【回復】する。何かの力が。

「私も楠原君にとってのそういう存在になりたい。だから話して。全部。」

楠原君はしばらく躊躇っていたけれど、ぽつりぽつり話し出した。

今まで視た霊の数々。追い払い方が判らなくて、泣き叫んで、父親にお経を習って暗記して、それでも何度も憑かれて生死の境をさまよった幼少時代。

他人の心の一部分や過去が読めるようになって人間不信になった小学校時代。

開き直って、自分の能力でどこまで出来るか試行錯誤した中学校時代。

そして。

実家の【寺】という敷地から離れ独り暮らしを始めた途端に、格段に増えた接触に眠れない毎日。

「ハルには【斥力】があるんだ。」

「せきりょく?」

「俺は視る力に特化したタイプで、霊を追い払うのは苦手なんだ。だから独り暮らし当初はしんどかった。」

それは部屋の数々の御札が物語っている。

「今朝まで、そこにおじさんが座ってた。何しても出ていってくれなかったけど、今は居ない。」

「あのな、そういう事は早く言えよ、アホ!」

腹が立った。楠原君にも自分にも。

甘えない楠原君にも甘えすぎな自分にも。

「つまり私と一緒に居たら霊にアパートまで着いて来られないって事だよね?」

「うん。」

「早く言えよ。知ってたらアパートまで送るのに。」

「言いたくなかった。」

「なんで? 信じないとか思ったか? 俺はお前が嘘つくなんて思わねぇぞ。」

「そうじゃなくて……それがハルに近づく理由だと思われたくなかったから。」

楠原君はゴニョゴニョと言葉を濁して視線を反らした。

この男はバカだ。本当、腹が立つ。

「そんなん思うわけない。」

視線を戻した楠原君を見つめてゆっくりと言い聞かせるように言葉を繋いだ。

「いつも、いつも、あんなに優しくされて、大事にされて、今日だって、身体こんなんなるのに、なんも迷わず助けてくれた。利用しようとして近づいたなんて、思うわけないだろ。」

楠原君は真っ赤になって黙ってしまった。私は別な質問をする事にした。

「でも本当に私にそんな力があるなら、どうしてザキに憑いちゃったのかな。」

「憑いた時にはハルが近くに居なかったんだと思う。ハルは力を調節したり、放出したりは出来ないから、憑いてしまった後には効かないんだ。」

「じゃあ、さっきのって楠原君が代わりに放出させてくれたってこと?」

「うん。」

「そうか。だから私の髪の色が変わったのか。」

「ゴメン、2~3日経てば戻ると思うけど。」

そうなのだ。楠原君は髪の色を良く変えているんだと思っていたけど、これが理由だったわけだ。
やはり接触していると髪色が戻るのが早いのは気のせいじゃない。
「私は空っぽの器にして楠原君の力を増幅させただけだと思ってた。」

「あ~、あれはああした方がハルの力を調節しやすかったから。ゴメン、嫌な記憶呼び起こさせて。」

「謝んないで。ザキを助けてくれて、ありがとう。」

ギュッと両手で楠原君の手を握る。

「明日から毎日一緒に帰ろう。アパートまで送る。」

「え。でも。」

「ぜったい本屋に来いよ。来なかったら、学校にまた行くからな。」

「でも、それ、本当に高崎に誤解されるよ?」

「また、それか。」

「また…?」

「恋愛の【好き】は、そんなに偉いのか? なんで友情や家族愛より優遇されて当然だって語る奴が多いんだよ?」

私はニッと笑って言った。

「もし、この先カズヤ君を好きになったとしても、俺はお前を優先する。誤解なんかされたって構わない。お前が辛い方が、俺は嫌だ。」


体育館のステージ上で私は方眼紙を広げた。

「セットの見取図です。暗転は4分間。その間に場面転換をさせないとなりません。なので簡略化しています。ここは【壁がある風】にしないとならない部分です。」

セットしたビデオを再生する。実際に使用するホールを部費で借り上げて、通し演技(最初から最後まで演技を止めずに本番のように流す事)を正面から録画したものだ。

バミリテープ(役者の立ち位置を決める)があるので【壁を通り抜けない】という基本は守れています。けれど、この部分。」

「あっ。」

一時停止して指し示すと、役者の先輩の1人が思わず声をだした。

「壁で見えないはずの登場人物を、もう見てしまってます。」

不安に駆られながら続ける。大丈夫だろうか。生意気と反感を持たれるのは今後の練習に差し障る。

「去年までの数年間の県大会の講評をみました。審査員は2人。テーマを聞き、どんな演出を心がけたかを聞く人と。もう1人は別な事をつつきます。

"最初の部屋のシーンで主人公はスリッパを履いていたのに後半は履いていない"

"部屋のドアはひとつなのに斜め後ろや斜め前から人が出入りするのはおかしい"

高校演劇は演技実力の差はほとんど無いです。うちの演劇部は、滑舌や抑揚、声の出し方は講評で毎年褒められていますし、県大会出場回数も多い。

弱いのは大道具、照明、音響技術です。

これは女子校だから仕方ないです。苦手分野で勝負に出るのはやめましょう。

得意分野で勝負します。【演技】で、セットの不足をカバーします。

立ち位置、入り位置を完璧にして、そこにある風景を観客にイメージさせましょう。

あら探しのような事をたくさん言います。今回の合宿は立ち位置、入り位置の修正をして、それをいつでも再現出来るように身体に叩き込むのが目標です。

私はそれしか言いません。脚本のテーマ性を纏めるのは演出の美華さんに。演技の精度を上げるのは役者さんにお任せします。

舞台監督としては以上ですが、さっそく練習に入って構いませんか?」

先輩たちがじっと私を見つめた。

失敗か?

「了解。」

ニッと笑って口々に言う。美華さんは満足そうに私の背中をバシバシ叩く。豪快、そして痛い。

成功だ。



2日が過ぎ、合宿も明日で終わりという夜。

明日は校内宿泊施設の後片付けと掃除をして帰宅するだけなので、皆お喋りに興じてなかなか寝なかった。

手応えはかなりある。私は、満足感と県大会出場への期待で、周りが寝静まっても布団に横たわりつつ、ずっと起きていた。

布団からそっと抜け出す影があった。

トイレかな?

そんな風に思っていたが。

物音がおかしい。玄関をそっと開くような音。

外に抜け出している。

なんでだ?
合宿は明日で終わりだぞ。そもそも、誰だ?

私は、起き出して影の後を尾けた。

人影は校門に向かっている。

校門に誰かが立っているのが見えた。人影は黒くなって見えないが、月明かりに照らされたその人の顔は視認できた。

「サワ?」

K高校の演劇部員の澤田。タカコ狙いだった男子のうちの1人。

タカコが演劇フェスの時にドラマ班で一緒になり、よく話したらしい。

「すごく優しいの。」

付き合ってみようと思って、とタカコから聞いた時は驚いた。
実は文化祭も一緒にまわったらしい。
という事はあの影はタカコか。

夜に抜け出すなんて、タカコにしてはずいぶん大胆な行動だった。

止めようか迷ったが私は、宿舎に戻る事にした。

明日の練習は無い。仮に戻って来なかったとしても言い訳を考えて、後で口裏を合わせれば良い。

これがきっかけでタカコの男性不信が治るのなら、それは良い事のように思えた。

しかし、タカコは戻って来なかったどころか、それから土日の休みを挟んで週が明け、水曜日になっても学校に来なかったのだ。

家に電話をすると、お手伝いさんが出て、「お嬢様は旦那様と奥様と海外にいらっしゃいます。」と返ってきた。

タカコがお嬢様だというのは周知の事実なので、「良く分からないが家から急に迎えの人が来た。」という嘘を先輩たちも同級もあっさり信じた。

けれど、抜け出した現場を見ていた私は、タカコの性格的に、何も言わずに顔を出さなくなるという状況を明らかにおかしく思った。

チョイ役だが、配役をもらえて、とても喜んでいた。真剣に稽古を重ねていた。この時期に両親と海外?

ありえなくないか?

私は、隣に居る楠原君に尋ねた。

楠原君は最近、黙っている事が多い。霊が来ないようにと、私が必ず手を繋いで歩くのが恥ずかしくて耐えられないらしい。

「サワっていつも何処に居るか分かる?」

「え? 澤田の場所?」

なんで? という顔の楠原君に事情を説明した。

タカコが海外かどうかは分からないが取り次いでもらえないなら澤田に話を聞くしかない。

「いや、部活の後どこにいるかは分かんないな。」

「そうか、明日学校で会えるように伝えてもらっていい?」

「うん。けど、カコちゃん早く来ないと大会に参加しづらくなるよね、どんどん。」

そうなのだ。家の事情で部活を休むのは時期的にそろそろ限界だ。

このままでは代役を考える流れに向かってしまう。

「ちょっと待ってもらえる?」

そう言って楠原君はデパート内のベンチを指差した。座るということか。どうしたのだろう。

楠原君はベンチに座ると俯いて目を瞑った。

「澤田を探してみる。」

「えっ!?」

できるのか、そんなことまで。

楠原君の髪がふわりと浮き上がる。何かを口ずさんでいるので耳をすます。

「ぎ……澤田……れば……ペア」

凄い。誰かの会話から位置を探っている。

「ボーリングしてる。」

「どっちの?」

市内にボーリングの出来る場所は2ヶ所ある。

「それは分からないけど。澤田の家の方角とうちの学校位置からだとアーケード裏じゃないかな。」

「行ってもいい?」

「もちろん。一緒に行こう。」

2人で走り出した。

ボーリング場を見渡す。平日のこの時間はほぼ学生ばかりだ。

その中の一団に見知った顔があった。カズヤ君が居る。近づくと、澤田も居た。

3対3で他の女の子と一緒に居た。

見たことのある顔。W女子校の演劇部員だ。

「サワ」

声をかけると、

「ハル?」

とカズヤ君が先に応じた。目線だけを向け、すぐに澤田を見た。澤田は目を反らした。

タカコとの間に何かがあった。その反応で判る。

「カコが学校に来ない。心当たりないか?」

「それは……。」

澤田は言葉を詰まらせ、続けようとしない。

「なんで言えないの。他の女の子の前ではカコの話はしたくない?」

それでも口を開かない。イラつく。

殴りたい。

優しい人?

付き合うことにした?

片方は学校に来ない。なのに、こいつは他の女の子と合コンまがいか。

ふざけんな。

何が「好きだ。」だ。

こんな簡単に裏切る。

だから、俺は、【恋愛】が嫌いだ。



「カコは言ったよね? 私は、変だからって。付き合うのはやめた方がいいよって。」

自分が恋愛を解らないのも嫌いなのも、全部自分のせいだって分かってる。
だから、放っておいてほしい、ただそれだけだ。

「それでもいいって言ったんじゃないの? 待つって。どうしてもカコが良いって言ったんじゃないの? マジで何してんだよ、今?」

「ハル、いったん落ち着けよ。」

カズヤ君が私の腕を掴む。
私は、構わず続けた。

「嘘つき! 他の女の子で済むんだったら、最初からカコが好きとか言うなよ!」

パシンと乾いた音がして左頬が熱くなった。

カズヤ君が顔をしかめて私を見ていた。

「みっともない。」

平手打ちをされたのだ。

「自分は変わってるから放っておけって主張は、自分は可哀想だから特別扱いしてくれって言ってるのと同じ事だ。」

「高崎、やめろよ。」

「うるさい。楠原はハルを甘やかし過ぎだ。好きなら間違ってる事は正してやれよ。出来ないなら、お前がハルと付き合うの邪魔するからな。」

カズヤ君が私の腕を握る手に力をこめた。

「今の台詞は、倉橋さんなら言ってもいい。けど、たとえ倉橋さんでも、文句を言っていいのは澤田までだ。一緒に居る女の子まで悪く言う権利は彼女にだってない。【他の女の子で済むなら】なんて他人の人格を冒涜してる。」

カズヤ君の言う事はとても正しい。

正しい。

正しくて、ツラい。私は、カズヤ君から顔を反らした。ポタポタと涙が落ちる。カズヤ君の力が弛んだ隙に私は、逃げ出した。

「ハル、待って。」

楠原君が追いかけてきた。
楠原君と居るのは、すごく楽だ。
あんまり甘えたらダメだと思った。だから、言わないようにした。

けれど、願いは伝わってしまう、読まれてしまう。
楠原君は私の手を取ると目を瞑って言った。

「ハルの記憶から、カコちゃんの波長を捜させて。」

そのまま、しばらく黙っていた楠原君が目を開く。

「海外じゃない。市内に居る。けど、これどこだろう。市内に古い映写機でプロジェクターに白黒映画を写せる場所なんてあったかな?」

タカコの家には完全防音の視聴覚設備が揃った部屋がある。宝塚の劇を何度も観せられた。

「それ、カコの家だ。」

「えっ、本当に!?」

タカコの家に向かって全力で走り出す。
会って何を言うべきかは、全然思い付いてなかった。



タカコの家は5階建てのビル1棟だ。

タカコの父親は内科開業医だが、父方の祖父は不動産グループの社長、この辺りに土地をたくさん持っている。

ビルの1階と2階と地下が病院施設で裏側の階段から3階部分に上がると居住スペースに続く玄関がある。

玄関側から行ったらお手伝いさんに門前払いされるような気がした。

私は、正面入口の病院から入って、楠原君には待合室に居てもらう。

「あら、ハルちゃん。」

馴染みの看護士さんが声をかけてきた。

「こんにちは。カコ、上に居ます?」

お手伝いさんには海外に居るという対応をさせていても看護士には徹底してないだろうと推測。

「学校から帰ってるなら居るんじゃないかな?」

学校に行ってないことも伝わってない。私は、お礼を言うと居住スペースに続くスタッフ通用口を抜けた。

タカコの父親が居住スペースに戻る際に使うドアは開いていて鍵はかかってない。
他人の家に侵入する事への罪悪感はあったが、タカコに会う為だ。

まっすぐに防音室へ向かう。タカコの母親が居そうな物音は無い。
上の階から掃除機の音が聞こえた。お手伝いさんは上か。

防音室にも鍵はかかって無かった。
室内は真っ暗でカタカタと映写機を廻す音がなっている。
壁一面の大スクリーンに映し出されるモノクロのサイレントムービー。

その前の絨毯にちょこんとタカコが座っていた。

「カコ」

ピクリと肩が反応するが振り向かない。

なんとなく私が来ることは予期していたような態度だった。

近づいて正面に回り込み表情を窺おうとしたが、膝を抱えて顔を伏している。

「カコ」

もう1度呼んでその頭にそっと触れてみる。

ビクッと身体を震わせた。

「俺の事も怖いか?」

暗闇、密室、粗暴な態度。タカコのトラウマ。

もう、平気だ、大丈夫だと思えたのに、まったく治ってない事に気付いた時に思う事。

【どうして自分はこんなにダメなんだろう】

『可哀想だから特別扱いしてって言ってるのと同じだ。』

その通りだ。

けど、こうも思う。

『じゃあ、どうすればいい?』

自分だって嫌なのに、自分が1番そんな自分が嫌いで情けなくてみっともないって思ってるのに。

なのに治らない。治せない。

そんな時はどうすればいいの?

「ハル君……ハルちゃん……。」

「ハル君で良いよ。」

俺で治せるなら。

お前の為なら男役くらい引き受けてやる。



【斥霊感】

「ハル君……。」

タカコが顔をあげる。下瞼が腫れていて、ずいぶん泣きはらしたのだと分かる。

真向かいで絨毯に座ってタカコの腕を強く引いた。ギュッと抱きしめて背中をポンポンと叩いてやる。

小さい頃の弟妹が泣いていた時にそうしていたように。

「サワと何があったの?」

応えない。身体を離して目を見つめた。するとハラハラと涙を落とすので、目尻に唇を吸い付けて涙をぬぐった。

タカコはピクリと顔を震わせたが嫌がったり怖がったりはしていない。

「怖いか?」

と聞くとふるふると首を振って

「恥ずかしいけど、嬉しい。」

と言った。

「サワは怖かった? 嬉しくなかったか?」

「違うの。」

そう言ってギュッと首に抱きついてくる。

小さい頃からずっと女性恐怖症だった。不意打ちで触れられると全身に蕁麻疹が出た時期もある。

自分が女性体である事すら耐えられなくて、体を鍛えて鍛えて鍛えすぎて、体脂肪率が15%を切って、小学生の時に来た月経が半年間止まった事もある。

だから、女の子にベタベタ触られたら発狂するんじゃないかと思ってた。

タカコに会ってから半年。いつもいつも真っ直ぐに見つめてくる目。
毎日全力でぶつけられる好意。

誰かに。

1人の人間に「好き」と言われ続ける事が、こんなに安心するなんて知らなかった。

しかし、どうしよう。

タカコは男性恐怖症はだんだんと治りつつあり、私の事もいまだに「ハル君」と呼びたがる。
クラスメートが「ハルちゃん髪伸ばせばいいのに。」と言うと「絶対ダメ!」とムキになるあたり、私の事を【男の子】として好きなのは間違いない。

それは男性恐怖症を緩やかに治してやるには有効な材料ではあるが。

男役を引き受けてやるとは思ったものの、コイツはどこまで望んでる?

それで、俺は、どこまでしてやるつもりだ?
「澤田君に触られた時もぜんぜん怖くなかったの。」

「え? そうなのか?」

「うん、嬉しかったし、気持ち良かった。」

じゃあ何で泣いてるんだ。あれか、免疫が無さすぎる分、そんな事を思ってしまった自分に嫌悪感とかいうお嬢様的な潔癖症か?

「でも、キスされそうになったら突飛ばしちゃったの。」

「手は良いけどよだれが嫌とかか?」

「違うの。最初のキスはハル君じゃないと嫌って言って逃げちゃった。」

「……は!?」

オイ、ちょっと待て。
そんな展開かよ。



「お前……。それサワに言った?」

「うん。」

マジで!?

頭を抱えたくなる。

「あ~……嘘だろ……」

「ゴメンね。ハル君。」

「うるさい、ハル君言うな。」

「さっき呼んでもいいって言ったぁ~。」

「さっきまでの話だ。」

首に抱きついたままのタカコの腕を引き剥がして立ち上がる。

「帰る。サワに謝らなきゃ。」

自分の浅はかさに腹が立つ。なんだってこう私は周りが見えてないのか。
澤田は、あの場にW女子校の女の子が2人居たから何も言えなかったんじゃない。

言わなかったんだ。

澤田自身の為じゃなく、タカコの為に。そして、一部は私の為に。

「めちゃくちゃ優しい奴じゃん、サワ。」

「うん。優しいの。」

「んで、なんでお前は学校に来ないの。」

「だって……合宿抜け出しちゃったから。」

「そんなのは適当に誤魔化してある。俺が抜け出すところ見たからな。」

「え、そうなの?」

「家の事情で急に帰って、そのまま学校も休んでる事になってるから。」

「じゃあ、舞台も出れる?」

「明日来りゃ平気だ。」

「ハル君。」

「ハル君、言うなっつーのに。」

「ねぇ、キスして?」

「バカか!」

「だってぇ。ハル君が1回キスしてくれたらね? 私、澤田君と付き合える気がするの。」

それも、どうなんだ。けど、澤田はその方が良いのか? それともタカコとはもう付き合うつもりはないのか?

どっちにしろ謝りには行かないとならない。澤田にそれを聞いてみる……聞きづれぇ!

タカコの後頭部に手をかけて引き寄せて額に軽く口づける。

「とりあえず、明日は絶対に来い。」

そのまま防音室を出て、病院側出入口に抜けた。

待合室に居る楠原君に駆け寄る。

「ゴメン。もう1回、澤田探してもらえるかな?」

「うん。」

「あれ?」

「ん?」

何度も力を使わせて申し訳ない、きっと疲れさせてる。と。

そう思っていたのだが。

楠原君の髪は焦げ茶色、肌も血色が良い。体調の良い時というか、たぶん、そういう方面の力が満タンな時の楠原君だ。

髪色の回復が早かった時の状況を思い浮かべてみる。
そうか、接触じゃなくて……。

「看護士さんで回復したのか。」

「ち、違うよ! だってハルが。」

「私……?」

「いや、間違っ……」

「……あぁ。女同士に興奮する性癖か。」

「性癖とか言わないでよ!」

「はははっ。」



「県大会出場おめでとう! 乾杯!」

カズヤ君が乾杯の音頭を取ってカラオケルームでの壮行会が始まった。

県大会に出場可能なのは17校のうち2校。

常連のT高校は相変わらずの安定さで最優秀賞で出場、私の所属するK女が優秀賞でもう1つの出場枠を取った。

直後にT高校とK高とK女で打ち上げにも行ったが、今回は1年生だけの有志の集まりで、マリ女、W女も含めた壮行会だ。

この間、W女子校演劇部とボーリングに行ったのは演劇部員同士の交流を他の高校とも、自分の代から作っていくというK高の考えから、らしかった。

「しかし、T高校はずるいよなぁ。」

誰かがぼやき、何人かが口々に同調する。

T高校は顧問の教師がアマチュアの劇団員なのだ。

脚本も演出も顧問教師がするのでT高校はT劇団と呼ばれている。
舞台セットも大掛かり。スタッフはアマチュア劇団員から手伝いが参加する。

「高校演劇じゃないじゃん。」

「部活じゃないよな、あれ。」

そんなふうに愚痴りあい、けれど、和やかに交流するのを眺めながら、良いなぁこういうの。と思った。

最初に参加した花見会は合コンみたいで嫌だったけれど。

カズヤ君が作るコミュニティは居心地が良い。

「悔しかったな、カズヤ君たちの講評。」

「ん?」

1曲歌い終わったカズヤ君が私を見る。

あの後、自宅に帰った澤田には謝れたが、カズヤ君には地区大会まで会えなかった。

気まずいなぁ。と地区大会に向かうと、会場に着いてすぐにカズヤ君に謝られた。

「殴ってゴメン。」

言った事は謝らないのが逆にホッとした。

「言いにくい事を言ってくれてありがとう。」

とすぐに言えた。こういう時は私は謝らなくていいのだ。
そう思えて、自分の人間らしい些細な進歩が、ちょっと嬉しかった。

「コントじゃないんだからって言ったでしょ、あの爺さん。」

「ああ、あれか。」

「ちゃんとコメディー脚本になってたよ、コントとは違う。コント芸人にも失礼だ。」

「まぁ、あの年代には通じないんじゃない? それに目的が違うから構わないし。」

「目的?」

「うん。県大会出場が目的じゃない。会場を笑わせる。それがうちの伝統。」

「そっか。」

楠原君がB'zを歌って、また音を外した。

「楠原っていつもB'zだな。好きそうに見えないのに、意外。」

私が知っている曲だからだ。今ならそう解る。
私は、苦笑した。



「高崎、樋浦、ちょっと来てくれる?」

別の部屋に居た澤田がドアの所で手招きをした。

なんだろう。

カズヤ君と一緒に部屋を出る。

呼びかける時は笑顔を保っていた澤田は思案気な顔で

「ちょっとまずい事になってる。」

と声を潜めて言った。

「まずい事?」

「カコちゃんとエリちゃんが喧嘩し始めた。」

「え?」

エリちゃん。カコの同級生。マリ女の演劇部員で、カズヤ君が気になっていた女の子だ。

3人で離れた位置にある廊下の端部屋に向かう。

ドアを開けるとカコの泣き声が聞こえた。

「どうして、そんな風になっちゃったのっ!?」

「そんな風? 相変わらずだね。タカコお嬢様は。おめでたいっていうか平和っていうか。」

室内に立ち込める独特な煙の匂い、灰皿。

エリちゃんはタバコを手に持ったままタカコを睨み付け対峙していた。

「何やってるの?」

カズヤ君が口を開くと、エリちゃんが振り返る。

「ん? タバコ吸い始めたら、タカコが怒りだしたんだよね。」

「当たり前でしょ!?」

「何が当たり前なの? 高校生は吸ったらいけない? じゃあ何で彼氏には怒らないわけ?」

澤田は喫煙している。カズヤ君もだ。男子高校生でタバコを吸った事が無い人はあまり居ない。

タカコは泣き顔で俯く。澤田は困っている。カズヤ君は無表情だ。いつもだけど。

私は、エリちゃんに歩み寄ると火が着いたままのタバコを取り上げた。ジュッと皮膚の焼ける音がして、

「なっ!?」

エリちゃんが手を引っ込める。その間にタバコを灰皿に落として、適当なコップに残った飲み物をかけて火を消す。

「澤田とカズヤ君は私の前では吸わない。こういう密室でも吸わない。戸外か自分の部屋で吸う。私が喘息持ちだから。この部屋に居るアキちゃんも喘息持ちだ。吸う前に確認したか? 別に高校生がタバコを吸うなとか言うつもりは無い。喫煙する権利を主張するならエチケットくらい守れ。

それに趣旨を考えろ。この集まりは演劇部員の交流だ。地方大会お疲れ様って打ち上げでもあるし、県大会出場の壮行会でもある。全員、制服だ。あんたが補導されて、県大会出場停止にでもなったらどうするつもりだったんだ?」

「私が望んで参加したなら、それで通じるんだろうね。」

エリちゃんは呆れたように笑った。

「絶対参加じゃない。参加したくなかったら来なきゃいい。」

「私は、タカコに『どうしても来て欲しい』って頼まれたんだけど。」

エリちゃんは顎でツイッとタカコを指した。

タカコを見やる。どうやら本当らしい。

「しかも、理由知ってるんだよね。主催者の高崎君が私を好きだって言ってたからでしょ。」

周囲の空気が固まった。

「別に、それはいいんだけどさ。高崎君、周りに言ってるらしいじゃん? 思ってたのと違うって。イメージじゃなかったって。はぁ? 何それ? 私は、私なんですけど。勝手に想像して、勝手に好きになったくせに『違う』? なに、その傲慢さ。百歩譲って思ってるだけなら良いけど、なんで周りに言ってんの? 新しい演劇部員同士の繋がりを作る? その狭いコミュニティで、私の悪口言ってる奴が良くそんなの言えたよね?」

「だから、壊していいってこと?」

「別に? ただ文句のひとつくらい言いたいじゃない。」

「まぁ、それは解る。けど、この場でタバコを吸う理由にはならないよ。」

「はいはい、ホント、あんた噂通りだね。いつも男の味方。女嫌いなんだって? ただの男好きなんじゃないの? 男っぽい格好して男といつも一緒に居てはべらせてる気分味わってるんでしょ? キモいわ、はっきり言って。」

「違うもん!」

室内に響き渡る大声でタカコが叫んだ。

お互いを睨み合っていたエリちゃんと私は、ギョッとしてタカコを見る。

「ハル君は男の子だもん! 男の子のフリなんかじゃない! 中身が男の子だから、男の子と一緒に居るのが普通なだけなんだから!」

「あんた、何言ってんの?」

「カコ、やめろよ。」

エリちゃんが嘲笑する。私は戸惑う。タカコは止まらない。

「何にも知らないくせに! ハル君は女嫌いなんじゃない! 女の人が怖いのに……私と一緒なんだから。でも、それ表に出さなくて、甘えなくて、強くて、優しいの。ハル君の事を悪く言ったら絶対、許さない!」

「あんたのソレってガチだったんだ? お嬢様で宝塚オタクで奥手なだけかと思ってた。本気で女が好きなんだね。うわ、恐い。中学の時も、周りの女の子そういう目で見てたの? 気持ち悪っ。」

ドクンっと心臓がはねあがって身体中の血が沸騰するような感覚。

脳内に流れ出す映像、フラッシュバック。

身体が震える。

吐き気が込み上げた。

「もうそろそろやめようか。」

心地よい低音ボイスが遮る。

「エリさん。俺が貴女の事を悪く言いふらしたのは、本当に申し訳ありませんでした。」

カズヤ君は手をまっすぐに身体に添えて深々と御辞儀した。

「けど、それでハルや倉橋さんに暴言を浴びせるのはやり過ぎでしょう。」

エリちゃんはバツが悪そうに目を反らした。

「高崎、俺がエリさん送るよ。」

同じ部屋に居たK工業高校の男子演劇部員が手を挙げる。

長身で甘いマスクの為、演劇部員の女子人気No.1だ。

「エリさん、今日は俺と帰りましょう。」

エリちゃんは黙っていたけれど不服は言わずに荷物をまとめて出て行った。

「みんな、ゴメンなさい。俺のせいで不愉快にさせました。」

丁寧に頭を下げるカズヤ君に部屋の面々は、どこか複雑な表情を隠さなかったが、ピリピリした空気は去ったので安心もしていた。

気にすんなと男の子の1人が言って、カズヤ君はもう1度丁寧に頭を下げると部屋から立ち去る。

私もそれに付いていき元の部屋に戻った。

元の部屋のメンバーは事情を知らない為、そのまま盛り上がっていた。

ただ、楠原君だけは心配そうに私を見ている。

きっと"視た"のだろう。

壮行会解散後、タカコは澤田に送られて行き、私は、楠原君の手を引いて楠原君のアパートに向かおうとした。

だが、しばらく歩くと楠原君が立ち止まる。

「あのさ、今日は高崎と一緒に居てやってよ。」

「なんで?」

「あいつ……無表情だし、平気そうに見えるけど、凹んでる。ハルが慰めてあげたら良いと思うんだ。」

「私には無理だ。」

「いや、高崎はハルの事、好きだからさ。」

「それは関係無い。私は、エリちゃんがカズヤ君に言った事は正しいと思ってるから。慰めになんかならない。追い討ちをかけるだけだ。」

「傍に居て話を聞くだけなら出来るよね?」

「楠原君は私の事を好きなんだよね? なんでカズヤ君とくっつけようとしてんの?」

「だって。ハル、高崎の事、好きでしょ。」

「本気で言ってる?」

楠原君の目が泳ぐ。……。やっぱりな。

「無理だから。いつもならカズヤ君と居るだけで、声を聞くだけで、消える。それを知ってるから、一緒に居させようとしてる、楠原君らしいね。けど、無理だから。"こう"なったら、しばらく無理なの。全部、"視えてる"んだろうけど。今はカズヤ君じゃ、消えない。消せない。」



ゴウン、ゴウン、ゴウン……

工場にある大きな機械が回るような音が頭の中でずっと鳴っている。

その中で鈍く低い音が断続的に聴こえてくる。

ガスッ、ガスッ、ガスッ……

何かに跨がり殴りつけてる少女の背中。

アレは私だ。

手に持っているのは血のこびりついた石。

跨がっているのはエリちゃんの死体。

顔面が陥没し、ぐちゃぐちゃになり、頬骨が露出しても殴り続けるのを止めないアタシ。

持っている石には、エリちゃんの血や皮膚がこびりついているが、古い血が染み込んでいるのも知っている。

8歳のアタシの血。

エリちゃんを殴り続けるアタシの表情は、あの女と同じだ。

恐ろしく空虚な瞳。けれど笑っている。

あの時と同じ。

血で赤く染まる視界の中に居る女。

自分の投げつけた石がぶつかって左目からボタボタと血を落とす娘を見て笑う女。


……アタシの母親だ。


「楠原君、人間は、どうして、恋愛をしたがるんだと思う?」

「え……?」

「快感物質ドーパミンを出す為だよ。才能のあるアスリートや芸術家は、実力を行使する事で得られる。けれど、凡人はなかなかそれを手に入れられない。だから、覚醒剤にハマるんだ。覚醒剤が無くても簡単に手に入る方法、それが【誰かの特別になる】って行為。恋愛だ。」

「ハル……?」

「だから、相手が自分を【特別視】しなくなったら別れるんだ、つじつまが合うでしょ?」

薄く笑う。握った楠原君の手が、キュッと縮む。
あぁ、楠原君にさえ思われたか。気持ち悪い人間だと。

「何かに似ていると思わない?」

楠原君の唇が小刻みに震えている。

私は、今、どんな表情で喋っているんだろう。

「いろいろと理由をつけて、何人かの中から、1人を選ぶ。公式なルールや一般常識じゃない。個人の趣味嗜好で選ぶ。選ばなかった人間を、さも当然のように傷つける。お前じゃダメだと。考えられないと。気持ち悪いと。しかも、相手が自分を好きだと言ってきたわけでも無いのに否定する。【あの人はあり得ない】【同じ空気を吸いたくない】【終わってる】ね? そっくりでしょ? "人種差別"に。」

「俺の……気持ちも……そう、思ってるの?」

「楠原君のは、庇護欲と同情と博愛だ。」

「同情なんかじゃ!」

「いや、同情だ。それに【同情】は悪くない。【差別欲】とはケタ違いだ。だから、楠原君の気持ちは嬉しい。すごく、すごく、嬉しい。安心する。」


「楠原君は小さい頃から、その"力"に悩まされてきた。何度も無くなれば良いのにって考えたはずだ。けど、消えない。じゃあどうするか。せめて、この"力"で他人を助けたい。だから、みんなに優しい。すごく、すごく、優しい。それが楠原君の【博愛】

私は、ぴったりなんだ。他人に自分の事を話せない。けど、楠原君には話せる。話さなくても視てくれる。安心する。落ち着く。守られているのが心地いい。楠原君の欲求にハマるんだ、私は。

同情しているって言葉より、好きだって言葉の方が聞こえは良い。

庇護欲をそそるって言葉より、守りたいの方が聞こえは良い。

それを否定する気は無い。小説も漫画も演劇も。綺麗な言葉やカッコ良い言葉に演出するのは素晴らしい芸術だ。

けど、それをかさにきて、当然のように他人を傷つける輩が許せない。

こんなはずじゃなかった?

失敗した?

結婚した後に、産まなきゃ良かった?

だから、山の中に棄てました?

ふざけんな。

たかが10年で変わる気持ちを【愛してる】とか言ってんじゃねぇよ。

言ってやりたい。

お前のそれは【差別欲】だ。」

ズキッと左目が痛んだ。もう完治したはずのそれは、くっきり残った傷痕を主張するように頻繁に痛みだす。

違う。

違う。

今、話してるのは過去のアタシ。

こんな事、今は思ってない。

「助けて……。楠原君。」

ボタボタと涙が落ちる。

「人の感情は、変わるのが当たり前だ。変化が無かったら成長しない。好きだった人を嫌いになる事だってある。

ちゃんと解ってるんだ。

なのに、"アタシ"がそれを許してくれない。

何かの拍子に私を支配する。

恐いんだ……。

前は恐くなかった。

アタシの周りには男の子しか居なかったから。

カコやザキやモトコや。

クラスメートや演劇部のみんな。

優しくて、大好きな女友達が増えるたびに、恐くて恐くてたまらない。

"アタシ"が、いつか彼女たちを殺すんじゃないかって。」

どこからどこまでを頭の中で喋ってるのか、声に出して喋ってるのかの区別が付かない。
けど、楠原君には聴こえていた。

「ハルは実行に移さないよ。」

それは、私の【希望】だ。

私は、首を振る。

「他人を殺す事なんか考えた事も無い人間より、リアルなイメージを持っている人間の方が"殺人者"に距離が近いんだ。」

「大丈夫。」

握った手をギュッと握り返されて引き寄せられた。楠原君が私を抱きしめる。

「大丈夫。俺が消してあげる。」

消す……?

それは記憶を、という事だろうか。

それは恐い。ソウタ君や大事な人への想いまで消えそうで。

楠原君は私の頭を優しく撫でながら、言った。

「記憶はいじらない。ハルを苦しめる殺意衝動だけ消してあげる。」

「出来るの?」

「うん。」

それが出来たらどんなに良いだろう。私は、楠原君の背中に手を回して、頬を擦り寄せた。

ゴウン、ゴウン、と鳴り響く頭の中。エリちゃんを殴り続けるアタシ。

そこにソウタ君が現れる。私の頭をわしゃわしゃと撫でる。

エリちゃんが消える。ソウタ君がニカッと笑う。

「おもしれぇもん、めっけたぞ。探検に行くべ。」

そして、走り出す背中。私は、後を追いかける。

さんさんと照りつける太陽の中を走って森の中に入る。

「ほら、あれだ。」

深い深い洞穴。

「行くぞ、ハル。」

頷いて笑う。

笑う。

音が止んでいる。

身体がフワフワしている。泣き腫らした眼をうっすらと開ける。

黒いもやが見えた。

「え……?」

なんだろう、これ。そして、心がざわつく。嫌な予感がする。

黒いもやは私の身体からゆっくりと排出され流れていっている。

それは楠原君の髪に吸い込まれていく。

まさか、

まさか。

「楠原君? ちょっと待って!」

慌てて楠原君の胸を押し返すが、すごい力で抱き締められて身動きが取れない。

「待って! 待って! 何してるの?」

ダメだ。

違う。

この衝動が消えてくれたらとは願っていた。

けど、楠原君に移したいなんて思ってない。

「止めてよ! 楠原君!」

拘束が解けた。私は、すぐに楠原君の腕から抜けようとして、けれど、その前に楠原君がズルズルと崩れ落ちて、慌てて支える。

か細い呼吸、真っ青な顔、髪の毛は白髪に近い金髪。

「嫌だっ! 楠原君!」

止まっていた涙がボロボロと溢れだした。

どこにも異常が無いと言われながら医者が治療を施しても衰弱していったザキを思い出す。

この状態は病院に行っても意味が無い。

「楠原君っ!」

どうしよう。

どうしたらいいの?

このままじゃ、楠原君が死んでしまう。



ダメだ。

考えろ。

泣きわめくことや、立ちすくむことや、自分を責めることは何も生み出さない。

ザキのお祓いの時に、親父がやればと楠原君は言っていた。

楠原君のお父さんは楠原君より力が強いはず。

少なくとも医者に診せるより絶対いい。

私は、楠原君を抱きかかえて電話ボックスを探す。
電話ボックスの中に楠原君を横たわらせて電話帳を見ながら記憶を手繰る。
何て言ってたっけ。寺の名前。いや、そうか。町の名前から辿った方が良い。間違えてても全部、かけてみればいいんだ。

見覚えのある寺の名前に目が止まった。たぶん、これだ。

コール7回目で、男の人が電話口にでた。

楠原君の声に似ている。

「あの、私、楠原君の、大樹君の友人で、樋浦晴と申します。大樹君のお父様ですか?」

「あなたがハルちゃんかな?」

「あ、はい。」

「息子から聞いています。聞いていたのとはだいぶ違いますね。言葉遣いの丁寧なお嬢さんだ。」

他人の家にあがる時や電話でのマナーなどだけは祖母に仕込まれている。地が出ないのだ。
それより、何て説明したらいいんだろう。

「あの、大樹君が、私のせいで大変なんです。倒れてしまって、」

「なるほど。」

「それで、あの、」

「少しだけ黙っててもらえますか。」

「え?」

「状況を読みますので。」

リーディング? というやつか。楠原君に力の事を話してもらってから、その手の本を読み漁った。

電話からも出来るなんて、けど、そうか。電話は声の音波を電波に乗せて直通で運ぶ。

科学技術でそれが可能なのだ。波長を読み取る力を持つ人には電話はそういう使い方が出来るのかもしれない。

「1時間後にそちらに向かいます。待っていてください。」

私は、お礼を言って電話ボックスから出ると少し離れた場所にあったベンチに楠原君を寝かせた。

楠原君のお父さんの声は落ち着いていた。きっとなんとかしてくれる。

けれど、それまで楠原君は大丈夫だろうか。

不安で堪らない。

不安を感じている自分にも驚く。

恐いとか、不安とか、心配とか。
寂しいとか、甘えたいとか。

いつからこんなに人間らしくなったんだろう。

その成長は喜ばしい事だったけど、その分だけ痛みが増えた。

私は、楠原君の頬を撫でながら、泣きながら、楠原君のお父さんを待ち続けた。



【第6感】

白いセダンが目の前に徐行してきて、スーツ姿の男性が降りてくる。

あれ? ハゲじゃないのか?

「剃髪は義務ではないですから。」

楠原君のお父さんはにこやかに否定する。
しまった。コレは迂闊なことは思考出来ない。
それにお祓いも生業にしているのだ。おそらく霊力を蓄積するのに楠原家では毛髪は重要なんだろう。

楠原君のお父さんは風呂敷包みから何かを取り出す。

勾玉のようなものが付いた首飾りと腕輪、それを楠原君に付ける。

そしてスーツの内ポケットから小刀を取り出すと人差し指と中指の腹を切って血をだし、
血文字で楠原君の足首と胸にお経のようなものを書いていく。

「あ……。」

楠原君の髪の色が黒くなっていく。息も穏やかになり、今にも死んでしまいそうな様子から、熱があって寝込んでいる程度まで回復した。

「良かった……。」

「すみませんでした。息子が未熟なのに力を行使して迷惑をかけましたね。」

「違います! 私のせいなんです。あの、お願いです、楠原君が私から取ったものを私に戻してもらえませんか?」

「それは出来ません。」

「どうしてですか? 楠原君がこんな風になったのはそれが原因なんです。戻してください。」

「出来ないというのは【能力的に不可能】という意味です。」

「え……?」

「我が家の男子が使える能力には法則があります。1対1である事。今は、私の霊力を息子に補給し続けるという処置をしました。1対1です。

あなたから息子が意識の一部分を奪う。

あなたが自分でそれを取り戻す。

息子が自分の意思であなたに返す。

それなら出来ます。ただ、私が息子からあなたの意識に働きかける事は出来ないんです。

例えば、お祓いの要領で追い出す事なら出来ます。しかし、その場合、あなたの意識の一部分は違う誰かに取り憑きますよ。それでいいんですか?」

あの化物が放たれる。知らない誰かを苦しめる。そんな事は……。

「耐えられないでしょう? 息子もそんな事はしたくないはずだ。それに跡取り息子としてみた時に、コレは【良い修行になる】だから、あなたが気に病む事は無いんです。」

「じゃあ、私が奪い返す方法を教えてください。」

「あなたの力では無理ですね。」

「私には才能が無いからですか?」

「違います。
人は、みんな【力】を持っているんです。
気づいていないか、使いこなせないだけで。」



「あなたは我が家で言う【斥力】を持っていますね。」

楠原君も言っていた。霊が寄ってこない特質があるらしい。

「あなたは小さい頃から訓練できていたんですよ。諦念、拒絶、乖離。自分の欲望を遠ざける、他人に期待しない、甘えない、自分の事さえ拒絶してきた。

その繰り返しで、結果的に知らないうちに【斥力】の訓練が出来ていた。そのあなたが切り離したくて切り離せなかった欲望。やっと失えたのに、今更取り戻す事など、ただでさえ自己欲求が弱いあなたには出来ません。

こと、何かを【欲しがる】ことほど、あなたにとって苦手なものはない。」

確かに欲しがるのは苦手だ。
けど、楠原君の為なら。

「出来ませんよ。どんなに息子を助けたいと願っても。息子の意思の方が強い。

息子には、あなたには戻さないという決意と、あなたを守りたいという欲求がある。

あなたの願望は、【失いたい】と【息子に守られたい】だった。

才能じゃないんです。意思の強さなんです。

そして何より。

人間は自分の願望には勝てません。

息子なら大丈夫です。私も協力しますし、すぐに通常に戻しますよ。しかし、寺に戻ってもう少し安定する処置が必要です。息子を連れ帰りますね。」

楠原君のお父さんが楠原君をかかえて車に去っていく。

私は、どうすることも出来ずに、ただ、車を見送った。

消してほしいと願ったのは私。

楠原君に頼ったのも私。

甘えすぎたのも私。

けど、思い出す。

あの化物が私に何を言っていたかを。

どんな風に苦しめられたかを。

楠原君は私の過去を視たのかもしれないが、全てを視たわけじゃないだろう。

あの化物が見せる映像を今、楠原君は見ている。

「ふざけんな……。」

自分と楠原君の両方に向かって言う。

「自分だって、自分だって! ずっと辛かったくせに! なんで他人の分まで引き受けてんだよ!」

願望には勝てない?

勝ってやる。

その願望は、女の子のアタシの願望だ。

勝ってやる。打ち崩す。

楠原君の意思にも、自分の甘えた願望にも逆らう。

言ったはずだ。【お前が辛い方が嫌だ】と。

忘れやがって、馬鹿野郎。

私は、走り出した。

考えろ。

どうやって、奪い戻すか。

作戦を立てる必要がある。




数日経過して、気付いたのは、本当に衝動が消えていた事だ。

母親と2人っきりになって会話をしていても胃の中をチリチリと焼かれるような感触が発生しない。

そして、そのたびに楠原君は今どうなっているのかと心配になった。

楠原君は本屋には顔を見せなくなった。学校に行っても、既に帰宅済で、アパートには気配が無く、顔馴染みの管理人の女性が
「まだ帰ってないみたい。喧嘩でもしたの? あんなに仲良く毎日居たのにねぇ。」とため息をついた。

おそらく、私の門限前にはアパートに戻らないつもりだ。
楠原君は私の居場所を察知できる。身を隠そうとされたら会えないのが道理だった。

学校に向かった時に、カズヤ君に聞いたら、授業にも部活にも普通に顔を出しているらしい。
ただ、相変わらず、黒髪で、手首には勾玉を付けているらしかった。
クラスメートも学校の教師も楠原君の家庭環境や力を知っているので「修行中です。」と答える楠原君に何も疑問を感じてないらしい。

つまり、1週間経過しても、霊力を全開にしていないとダメだという事だ。

どうしたら逃げられずに会えるか。

ふと、楠原君との会話を思い出した。

「雨だと、あんまり視えなくなって過ごしやすいんだ。」

「波長が遮られるから? かな。」

「どうだろうね。」

「じゃあ、楠原君にとっては、雨が【良い天気】なんだね。」

私は、天気予報を見ながら、そのチャンスを待った。


11月初旬。夜中から雨が降り続け、1部地域では雪になるかもしれないという冷え込んだ朝の3時。

私は、楠原君のアパートの前に居た。

雨天で寝ている間なら私が来る事を察知は出来ないはずだ。

アパートの中に楠原君は居る。

そして、この冷え込みだ。ドアの前に立ち尽くしたまま放置するような事を楠原君ならしない。

1時間後、ドアが開いた。怒った顔で楠原君が私を見つめる。

左目は相変わらず、金色。髪の毛は真っ黒なストレートだった。

「風邪ひくから。上がって。」

中に入る。部屋には御札や飾りが前よりも増えていた。

当たり前だ。私の衝動を引き受けて、それを抑え込むのに霊力を使っているのだから、他の霊障に対処出来る余力は残ってないのだろう。

「シャワー浴びて。体冷えてるでしょ。」

「嫌だ。その間に居なくなる気だろ。」

楠原君は困った顔で俯く。

「時間が経っても消せないなら、返してよ。」

「嫌だ。」

「ふざけんな。言ったよな? お前が辛いのはイヤだって。確かに消えて欲しいとは思ってた。けど、こんな形じゃない。お前を苦しめたら意味が無いんだ。」

「大丈夫。消せる。」

「消せてないじゃないか。それに、もし、髪色に変化が現れなくなったら、本当に消えたかどうかの区別が付かなくなる。お前がまだ辛いのに無理して笑ってるのを見てろっていうのかよ。」

「俺は嘘をつかないよ。」

「つくよ。お前は他人の為に嘘をつく。自己犠牲はやめてくれ。」

楠原君はフフッと笑って言う。

「ハルに自己犠牲はやめろとか言われたくない。」

「何言っても戻さないつもりか。」

「うん。」

「この先ずっと辛いお前を見てろって?」

「見てる必要無いよ。ハルは俺と一緒に居るべきじゃない。」

「は……? 何言ってんの?」

「ハルは、高崎と付き合えばいい。」

「いい加減にしろ、それはしないって言ったじゃんか。」

「ハルは気付いてない。どんなに感情が揺らいでも高崎の前では男言葉が出ない。」

「え……?」

「変わりたい、前に進みたい、自分を好きになりたい。高崎となら出来る。俺じゃダメだ。甘やかすだけで、ハルは全然変われない。」

それは、その通りかもしれなかった。

「俺のハルへの気持ちは同情と庇護欲と博愛だ。ハルがそう言った。その通りなんだ。俺はハルに幸せになってほしい。守ってあげたい。一緒に居る相手は俺じゃなくていいんだ。」

揺らがない決意。

意思の強い瞳。

「分かった。俺の負けだ。」

楠原君に近づいて、抱きつく。

「ありがとう。守ってくれて。」

首に腕をまわして楠原君の瞳を覗き込む。

「返してくれとは、もう言わない。」

突然の接近に慌てた楠原君は少しずつ後退して、ベッドに座り込んだ。私もベッドに両膝を乗せて楠原君に抱きつく。

「ハル?」

「一緒に居てよ。」

楠原君の上唇を甘く噛んだ。

「は……ハル」

楠原君は戸惑って何かを言いかけたが、舌を差し入れて黙らせた。

「守るなら傍に居て。なんで変わらないと行けないの? 今のままのアタシじゃダメだから? 楠原君はそう思ってるの?」

「ダメなんて思ってないよ。けど、ハルは変わりたいんでしょう?」

「自分で自分をダメって思ってたから変わりたかった。だから、このままのアタシでいいなら変わらなくていい。」



楠原君のリーディング能力には盲点がある。

それはロジックに弱い。

側に居て話しているうちに気付いた。感情が乗った思考しか読み取れない。

論理的思考や仮設を組み上げている時はリーディング不可能なのだ。

ザキのお祓いをした時に、私は、乖離状態だった。楠原君が私から化物を奪った時はフラッシュバックを起こしていた。

楠原君の性格と私の反応を計算すると、知らない間に奪い取れたなら楠原君はそうするはず。
それはあの形でしか他人の意識には介入出来ない事を指す。

楠原君のお父さんは、息子の戻さないという意思には勝てないと言っていた。

ならば意思が弱い時を狙えばいい、作ればいい。

楠原君が私の身体に夢中になる状況を作る。
そこには隙が生まれるはずだ。

楠原君が警戒して乗ってこない可能性もあった。

それでも、楠原君のお父さんのもう1つの言葉に賭ける事にした。

人間は自分の願望には勝てない。

楠原君が私を守りたい気持ちは本当だろう。
けど、傍に居たいとも思ってくれているはずだ。

そして、それは私も一緒だ。

「傍に居たい」は本心だ。嘘じゃない。嘘じゃないから騙せるはず。裏のロジックには気づかれない。

「んんっ。」

おもわず声がもれる。ヤバい、想像以上に気持ちイイ。けど、私が我を失ったら意味がない。

楠原君の頬を撫でる。まだ、顔には戸惑いが残ってる。瞼に口付けて左目の眼球をペロリと舐めた。

「いっ……!?」

楠原君が左目を閉じて顔をしかめる。

「綺麗で美味しそうなんだもん。」

「食べないでね!?」

「うん。ね、楠原君も舐めて。眼球以外で。」

戸惑い顔が扇情に変わる。

うん、あと少しだ。

楠原君の霊力は左目と髪色に顕著に表れる。だから、涙液を飲んだ。乳房に吸い付く楠原君の後頭部から髪の毛を1本歯で抜いて、口の中で丸めて飲み込む。

涙液、髪の毛。

接触。

楠原君の隙をつく。

あとは、フラッシュバックだけだ。


楠原君は、私の全部が視えているわけじゃない。

だから、殺意衝動が過去に育まれて吹き出したんだと思っている。

違うのだ。私は、本当の理由は解っていた。

何故、中学までは無かった殺意衝動が、今、あるのか。

それは、最近になって閉じ込めた記憶が根本だからだ。

私は、それを呼び出す。



何ともない昼下がりだった。

家の中はすっかり平和だった。母親は友達のように私に話しかける。
私は、それに平気で笑う。

そうやって時を重ねて行けば、この状態を【真実】に出来る。

そう願っていた。

その時に、何の気なしに母親が言ったのだ。
「私、子ども嫌いなのよね。」

チクリと心臓が痛んだが大丈夫だった。
このくらいは母親はいつも口にする、そして忘れる。
けど、その次がダメだった。

「私、ケン(長男)と大樹(三男)は好きだけど、ノブ(次男)が嫌い。なんか目が怖くない? ノブって。こっちをバカにしてるような気がすんのよね。」

ゾクリと身体が震えた。

今、何て言った?

今、この女は何を言いやがった?

8歳の息子だ。反抗期なんてまだ来てない。

母親に甘えたい年頃だ。

同じだ。

8歳の私に「気持ち悪いからその目やめてよ」と言った女。

石を投げつけて笑う女。

変わってない。

この女は何も変わってない。

8歳の弟に同じ言葉を浴びせるのか、私が知らないうちに知らない場所で。

私と同じあの気持ちを弟が味わうのか。


殺せ!


低い声が私に叫ぶ。


殺せ! 今、殺せ! 今なら出来る
お前は、その為に体を鍛えた
殺す為だ。殺す為に男になりたかったんだ


違う!

違う!

何度否定しても鳴り響く声。

止まらない殺意衝動の根幹。

私は、記憶と同時に封じ込めて、それが時々顔を出す。

吐き気が込み上げる。

狂気に囚われそうになる。

ぐっと歯噛みして堪える。

楠原君のおかげだ。私が気づいてなかった深層心理。あの映像を見なければ思い出さなかった。

「お前さ~。もうちょい筋肉つけろ。」

「筋肉?」

「おれはやっでっぞ。毎日、腕立て伏せと腹筋100回!」

「すごい!」

「お前が鍛えて強くなっだらよ。あの洞窟、もっがい行くべ。」

洞窟内には私の力では這い上がれない段差があったのだ。
ソウタ君が足場になってくれても無理だった。

私が男になりたかったのは。身体を鍛えたのは。

自分が嫌いだったからでも、女の子で居たく無かったからでも、母親を殺したかったからでも無い。

好奇心だ。

その先に何があるのかを見たかった。

行きたかった。

ワクワクする為、前に進む為、未知を知る為、その為だ。

だから、殺意衝動なんて最初から持つ事は無かったんだ。



イヤ~! ヤメテ、ヤメテ、キキタクナイ!

“アタシ“が泣き叫ぶ。

アタシノタメデショ?

アノ女ヲ、殺シテヨ!

殺さない。赦す。前に進む。

ダメだから変わらなきゃって思ってた。

けど、そうじゃない。“ハル“は、好奇心の強い子ども。

虫が好きなのも宇宙が好きなのも。男の子の遊びばかり好きなのも。

“ダメ“ではない。俺はこのまま、前に進む。

アタシはどうなるの……? 消すの?

消さない。置いてかない。一緒に前に進もう。

俺はお前も連れていく。全部含めて“ハル“だ。行く先々で、俺がお前を笑わせてやる。

だから、泣くな。笑え。戻ってこい。戻れ。一緒に前に行こう。


………………フラッシュバックが止んだ。

目を開ける。鎖骨に楠原君のフワフワした焦げ茶色の髪の毛が当たっていてくすぐったい。

戻ってる。髪の毛が元に戻ってる。

楠原君の頬を掴んで、何度もキスをした。

その瞳の色を見る。薄い茶色だ。

「良かった……。戻ったね。」

一瞬、楠原君はキョトンとして、また胸に吸い付いた。
まだおっぱいだったんだ、意外としつこいな。それともフラッシュバックが一瞬だったのかな?
と思っていたら、ガバッと跳ね起きてベッドに座る。

「戻ったって。え? え? あれ? あぁぁっ!」

その慌てっぷりが面白くて吹き出した。

「ひどい! 騙したの!?」

「うん。勝負は俺の勝ちだな。」

「でも、どうやって……。」

疑問を口にする楠原君に経緯を説明する。

「じゃあ眼球舐めたのってそれ?」

「うん。本当は精液も注入した方が効くかなとか思ったんだけど、それだとフラッシュバックが起こせないかなって。」

「そんな、そんな考えでこんなことしないでよ! あと服を着て!」

「なんで? 続きしないの?」

「しないから!」

「え……。あ、ゴメン。男言葉だから萎えちゃったのか?」

「違うよ! もっと、いろいろ、段階とか、心の準備とか、こんな形じゃ嫌だっていうか……。」

「うわぁ、女の子みたいな奴だな。めんどくせぇ。」

「それ、女の子にも俺にも失礼だからね!?」

「男なら、据え膳くらい喰えよなぁ。」

「こんな男らしい据え膳は嫌だよ!」

仕方がないので服を着た。

「けどさ、楠原君。」

楠原君は真っ赤な顔でいじけたように応える。

「なに?」

「傍に居たいって言ったのは嘘じゃない。」

楠原君を見つめて、ゆっくりと話す。

「カズヤ君への気持ちの方が、一般的には恋愛感情なんだろう。けど、解ったんだ。俺は男の部分も含めて、“自分“なんだ。

守られたいっていう弱い部分も。

お前に辛い想いなんかさせないっていう男みたいな部分も。

全部が“自分“なんだ。両方出せるのは、お前の前なんだ。

だから、傍に居たい。庇護欲でも、同情でもいいんだ。俺が好きなら傍に居てくれ。」

「うん……。分かった。」

嬉しくてニカッと笑う。だが別な問題を思い出した。

「あっ! そうだ、他の男には触らせないって誓えるんだけど。カコに1回だけキスしてやってもいいかな?」

「えぇっ!?」

「あいつ、俺と1回キスしたら澤田と付き合えるって言ってて、あ、それは視えてたんだっけ。」

「ダメ! 絶対、ダメ!」

「なんでだよ? カズヤ君と付き合えとか言ってたくせに、なんでカコはダメなの?」

「その、人間、みな平等、男女垣根無さすぎが心配だからだよ!」

「う。」

「だいたい、ハル、カコちゃんが、1回で済まなくて、2回目とかそれ以上を求めてきたらどうするつもりなの?」

「え~っと。」

キスは平気だろ? その先はどうかな。あれくらいならしてやってもいいか?

「うわぁ~! 具体的に映像で想像すんの止めてよ!」

「スゲー。そんなもんまで視えるのか。エロ本要らずだな。あ、だから、この部屋にそういうの無いんだ。」

「違うから! っていうか、ハル、男の部分出しすぎじゃないの?」

「そりゃ、だってこっちが素だもん。お前に完全に気ぃ許したんだから、そうなるだろ。」

「嬉しいけど複雑だ!」

「まぁ、女言葉は修行するよ。どうせならお前の好みのやつを練習するぞ? 語尾にニャンとか付ければいいか?」

「そんな趣味じゃない!」

可笑しくて、可笑しくて笑う。

ずっと、こいつと喋っていたい。

前途多難な予感で始まった高校生生活。

恋愛を理解しなきゃっていう当初の目標と。

男言葉を早急に直さないとっていう目標は全く守れてないけど。


女友達がたくさん出来た。

男友達はもっと増えた。

彼氏っぽい親友が出来た。

自分の事を少しだけ好きにはなれた。

多難ではあるが前には進んでる。

幸せだ。

俺は今日も笑えている。

彼女は恋愛が解らない

人と話して、笑って、生きていく、ことでしか、

人は不幸を乗り越えられない。

人は、とある一点の過去のトラウマになんか左右されない、

自分の人生が楽しくなるか、幸せに思えるかは、

全部、自分の考え方次第、生き方次第なんだと。

そういうことが書きたかった作品です。

blogにて、カコちゃん視点から見たハル君への恋物語と、楠原君視点のハル君とのその後、も連載して、完結済ですので、この作品を気に入っていただけたかたは読みにいらしてください。

彼女は恋愛が解らない

幼少経験から、女性不信、少年のような風貌、話し方で、男友達は多くても、恋愛が解らなくなってしまった女子高生のハル。 入学して出会ったカコは男性恐怖症で恋愛に怯えていた。彼女たちは恋愛出来るようになるのだろうか? 過去を克服することは出来るのか?

  • 小説
  • 中編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-24

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