出会わなければよかったの?

出会わなければよかったの?

わたし:一 梓 (にのまえ あずさ)

一番の友だち:小鳥遊 悠月(たかなしゆづき)
悠月の兄: 小鳥遊 学(たかなし がく)

小鳥遊 悠月(たかなしゆづき)に告白された。

掃除当番で残った教室。夏の夕暮れのそよ風が肌を伝った。
 この空間がなんだか心地よかった。

 
 まさかクラス一の美少女で学校一の秀才に告白されるなんて思いもしなかった。

「ねえ、一 梓(にのまえ あずさ)わたしたち友だちだよね……」
「な、なによ今更。一年のクラスからずっと友だちじゃないわたしたち」

 沈黙が支配する教室。

「なによ、なにか言いたいことあるのならさっさと言いなさいよ」

小鳥遊は押し黙ったまま、風に揺らぐカーテンの裾をその華奢な指でもてあそんでいた。

「ははん、いいわよ、小遣い使いすぎたんでしょ。駅前のマック寄ってく? おごったげるわ」

「バカ! 梓のバカ! 鈍感! 気づけよいい加減に!」
「分かったわよ! そうよそうよ1一万年と二千年前からずーっと友だち、これでいい?満足した?」

「あんたってほんとバカね。なによそのフレーズ。わかんないの? わたしの気持ち」

はあ? なんで? なんで? 小鳥遊の瞳に涙が滲んでいた。

真正面から小鳥遊に見詰められた。一歩近づく。
なんだか怖い……手のひらを握りしめてわたしを見詰める。その目にはうっすらと涙。
で、小鳥遊は空手の有段者である。見た目の華奢とは裏腹にけっこう強い。

「あん? なによ、なによ? わたしがバカだからって鉄拳制裁なんて謂れはないわ。
あんたがちゃんと言わないから分かんないのよ!」

「言う!」と大声で言いながら指をわたしの指に絡めてくる。
すごい力でカーテンの中に引きずり込まれた。

大きく息を吸い込む小鳥遊。その真剣な眼差しに気圧されそうなわたし。

「一 梓(にのまえ あずさ)わたしはあなたが好き。大好き! 卒業まで我慢しようと思ったけれどもう無理! 友だちじゃ嫌なの! もう一歩踏み込みたいんだわたし、あなたと!
 付き合って、この意味分かるよね。あなたがいくら鈍感でも、この意味とゃんと受け止めて欲しいんだ……」

 立て続けに繰り出す言葉にわたしは圧倒され、目を見開いたまま眼前の小鳥遊 悠月を見詰め続けた。
 とうとう涙が頬を伝った。わたしは頬を伝う涙を目で追う。とめどなく溢れる涙に私は見惚れていた。
なんて綺麗なんだろ悠月……あんたってほんと綺麗。

 早口でまくしたて悠月はわたしの胸に顔を埋めた。
「言いたくなかったんだ梓! できれば言いたくなかった。でも、言わずにいられなかったんだよ、ごめんね、ほんとにごめんね……」
わたしは呆気にとられ、小鳥遊の身体の重みを支えられずにいる。

「小鳥遊……あんたってほんとに綺麗ね」
わたしはそう言った。そんなことを言ってる自分が信じられなかった。

泣きながら縋り付いた小鳥遊の瞳と視線が交叉した。

カーテンに包まれたわたしたち……初夏の風がそんなわたしたちを優しく包んだ。

 小鳥遊の指が絡まる。別になんてことない。いつも手を繋いで歩いてるし、でも、小鳥遊の鼓動もわたしの鼓動も尋常じゃない早さで打ち続ける。

背中に回された小鳥遊の腕に幾分か力がこもる。
「いやじゃない梓? いやなら……」
「いいよ……このままで……今はなんだか、なんにも考えられないんだもの。小鳥遊がわたしを好きでいてくれるのはとってもうれしいんだが、わたしバカだからこの状況がうまく飲み込めないんだ……」

 小鳥遊の唇がゆっくりと近づいてきてもわたしは拒まなかった。
ほんの瞬間唇が触れた。
 鼓動が張り裂けそうなほど全身を貫く……思わず胸を必死で押さえた。
だって心臓が飛び出しそうな気がしたから……。
 わたしは少しだけ躊躇い、でも二度目のキスは……世界が終るくらい長く続いた。


 ******************


放課後小鳥遊(たかなし)に無理やり手を引っ張られ、屋上に連れてこられた。

 「一(にのまえ)梓。なんでわたしのこと無視するの! クラスでわたしのこと見もしないじゃない! わたしがいけないの? わたしがあんなことコクったからいけないの?」

 わたしは小鳥遊をまともに見られなかった。

 校庭のそこここで時折歓声が起こった。サッカー部がグラウンドで練習試合をしている。
時々黄色い歓声が混じる。でも、それも今は遠い。

 あれから二週間わたしの唇にはいまだに小鳥遊 悠月(たかなし ゆづき)の柔らかな感触がしっかりと刻み込まれていたし、この今の小鳥遊とわたしの関係がどうにも理解できなかったのだ。

 カーテンに隠れて受け入れたキス……なんで拒まなかったんだろ?
 あまりにも綺麗な小鳥遊の涙に騙されたのか? 同情からか?

 わたしはなにも分からないまま小鳥遊の唇を受け入れ、二度目には積極的に何度も何度も確かめ合った。

 小鳥遊は友だちじゃ我慢できないと言った。もう一歩踏み込みたいとも言った。
 いつものように論理的で利己的な小鳥遊の挑戦的な言葉……もう一歩踏み込みたいって?
わたしはうぶでバカだから小鳥遊の真意を理解できなかった。

「小鳥遊、これ以上は無理。なんでも要求しないで! キスしたことだって後悔してるんだ。今まで通りの関係じゃいけないの? うまくやってたじゃないわたしたち……」

「嫌いなの? あんなことしたから……一もわたしのことそういう目で見るの? 好きなのに好きと言っちゃいけないの? 同性だからダメなの? ねえ、教えてよ一 梓!」

「嫌じゃない! 嫌じゃないよ。わたしだって小鳥遊のこと大好きだよ……大好きだけど、それは……それは!」

 「じゃあ気持ち整理して! ちゃんと向き合って。わたしは一のことが好き、アイシテル。それだけが真実、わたしは全てをさらけ出してる。卒業するまで黙ってて欲しかった?
同性愛って嫌悪すべきもの一にとって? どっち? あのキスはなに? 受け入れてくれたんじゃないの? 同情? それともそういう目でわたしを見るあなたが本当のあなたなの?」

 わたしは、わたしは……一年のクラスで最初にあなたに会って、一目であこがれた。

新入生代表として全校生徒の前で堂々と祝辞を読み上げるあなた。美しく聡明で非の打ちどころのないあなた、小鳥遊 悠月にあこがれないものなどいない。

 友としてわたしの自慢だったのよ。なによりも友だちの中でわたしを尊重してくれる小鳥遊が他の子たちの羨望を一身に集める小鳥遊がこんな出来そこないのわたしを好いてくれている。それだけがわたしの唯一の心の拠り所だったのに……。

 こんな関係望んでない、わたし。
 キスしたり、身体を触れ合ったりするなんてわたしには無理なんだよ!

 わたしは普通だけが取り柄なんだ。なぜわたしを惑わせるの? 小鳥遊もう一度前みたいに笑いあおうよ……前みたいに、前みたいに……。


「わたしは蔑まされるのが嫌い。嫌なら嫌と言って! 二度とあなたに近づかない。でも、うやむやのまま無視されるのだけは嫌なの……。
 いい? うやむやは嫌、アイシテルわ、梓」

踵を返し、スタスタと歩き去る小鳥遊はいつもの小鳥遊だった。
利己的なくせに聡明で、優しさを鉄のマントで隠して、超然とわが道をゆく小鳥遊。

 「待ってよ、小鳥遊! 置いてかないでよ! なんで友だちじゃダメなのよ! なんで今までのままじゃダメなのよ!」

 振り向いた小鳥遊が言った。

「アイシテルから……」



***************************



 
 「ついてくるなったら!!」

わたしは許しを乞う犬みたいにしっぽを振る。
ここで小鳥遊を失うわけにはいかない。

 この一年友だちだったんだ、わたしたち。学校でもそれ以外でも四六時中一緒だったんだ……小鳥遊の白黒はっきりつける性格の激しさを知っている。
 うやむやを許さない気性も充分熟知してる。
わたしだって大好きだ! 大好きだって叫びたいくらい小鳥遊が好き。
でも、こんな関係は嫌だ。人に後ろ指さされるようなそんな関係は嫌だ!
なぜ今までのように笑えない? 今までのように手をつなぐのだって、たまにふざけてホッペにキスしたり、お泊りしあったり……ねえ? それでいいじゃない。

 なぜ急にそういう関係を迫るの? さっぱりわからない。わたしだって同性愛分からないわけじゃない……でも、まさか小鳥遊みたいな子が、わたしの友だちがそういう人だったなんておいそれと納得できると思う?

 わたしはね小鳥遊、普通なのごくごく普通。臆病ものなの、あなたみたいな頭もないし、あなたみたいに美しくもない。

 あなたに許されることもわたしには許されない。分からないのよ! 
小鳥遊にはずっとずっと好きでいて欲しい。でも、そんな関係は嫌なの……今まで通りの友だちでいて、お願いだから……。

「受け入れられないならゼロよ、ゼロ! 梓の同情なんてまっぴらよ! 明日からはただのクラスメイト。それが精一杯のわたしの譲歩よ! それもこれもあなたが望んだこと」

「なんで、なんでそんな言い方すんのよ! 今まで通り友だちでいいじゃない。なぜここから踏み出さなきゃいけないわけ? わたしが嫌なら踏み込まないって小鳥遊言ったじゃない!」

「……わたしはね、いい、梓。あなたが欲しいの、どうにも抑えられないのよ! あなたをまっぱにして、あなたをわたしのこの腕で抱きしめたい! そういうこと……」

「やめてったら! やめて、やめて。なんでそういうはすっぱな言い方するの!? 小鳥遊らしくない!」

 振り向いた小鳥遊がわたしに近づく。

「ふん、じゃあ教えてよ梓。どうならわたしらしいの? 教えてよ!」

 なにも言えないまま俯くしかなかった。
小鳥遊の指がわたしの顎をつかみ、小鳥遊の視線がわたしを捉える。
小鳥遊の唇がゆっくりと近づく。

「いや……いやよ。小鳥遊、いやなの……止めて……」
「フン……」

一言そう言うと踵を返し小鳥遊はスタスタと歩き去る。

わたしはまたその後を追う。

 学校の帰り道、電車にも乗らず歩き続けた。

いったいどこまで歩くのか……わたしにも分からなかった。
灯はとっぷりと暮れてゆく。

 星々が瞬きはじめた。初夏の夜風が頬を霞めていった。

「どこまでついてくる気?」
「どこまでも……」

夜空には夏を彩る大三角デネブ、アルタイル、ベガが輝いていた。

「知ってる? 梓、覚えてる? ここの公園……」
「うん。わたしたちがいつまでも友だちでいようねって誓った場所」

「わたしを受け入れてくれないならいっそのこと憎み尽くしてやろうと思ったけれど、あなたを憎むことなんてできそうもない」

 囁くような月光に照らされた小鳥遊はまるで異邦人のようにそこに佇んでいた。
その美しさには同性のわたしですらクラクラした。

「努力するよ小鳥遊……あなたにだけは嫌われたくない。待ってて……飛ぶには羽がいる」

 暗闇が甘いなんて初めて思った。小鳥遊とならなんだってできそうな気がした。
小鳥遊が手を握っててくれたら空だって飛べそうな……そんな夜だった。



   ************



帰りの電車で胸がキュンと鳴るくらいのイケメンがわたしの前に座った。

 フエンダーのギターケースを抱えた長身でやせぎすなイケメンは席に座るなり、ipodをいじってる。

 長い脚がブラブラしてて、履き古したデニムとナイキのくたびれたスニーカー、右腕には赤のG-SHOCKが目立つ。それと同じ腕には幾重にもミサンガ。いきなりイケメンがipodから視線を上げた。
 見詰めてるわたしと視線がかち合う。

みるみる頬が赤らむのが分かる。

 笑いやがった……なんて破壊的な笑顔。

 生徒会のことで学校に残った小鳥遊が一緒じゃなくて良かった。
こいつわたしと小鳥遊を値踏みして絶対小鳥遊を見て「へえー」なんて感嘆符でもって小鳥遊を見て以後わたしを無視するんだ。

 そんなことを妄想してたらいたたまれなくなって止まった駅で電車を降りた。

 途方に暮れてホームに立ってると声をかけられた。

「梓ちゃんだろ……なんで降りたの? 僕のこと忘れたの」

 聞き覚えのある声……はあ? 小鳥遊のお兄さんじゃんか……。

「……か、髪が長かったし、見違えちゃって……一年も会ってないし……」
なんでしどろもどろなんだよわたし!?

「大学やめたってか、休学して今実家に居候してんの。ゆづなんも言ってないの?」

 小鳥遊はこういうことはなにも言わない。それが小鳥遊悠月(たかなしゆづき)の主義だ。
友人のわたしにさえ家のことなどいったためしがない。一言もだ。

「き、聞いてません! 学(がく)さん家に帰ってたんだ……」

 「ああ、音楽やるから大学止めたいって親父に言ったら、こっぴどく怒られて、とりあえず休学して一年間好きにしろって……才能ないって分かったら諦めて復学しろってさ。ま、食わしてもらってる身だからね、妥協するっきゃなかった……」

「そ、そうなんだ。音楽続けてたの?」
「うん。インディーズでCD出してるんだぜ、俺らのバンド。今だって500くらいのキャパのハコならすぐ売り切れちゃうくらいにさ、あはは」
「そ、そうなんだ」

 誘われるままに駅の近くのスタバに入った。制服がなんか気恥ずかしかった。
「さっき電車でさ、僕も梓ちゃんだって一瞬わかんなくってさ。でも、すぐ分かったから笑ったのに、いきなり降りるから……」

「ご、ごめんなさい! 学さんだってわからなかったんだもん。ほんとよ、なんかイケメン……ご、ごめんなさい。なんか、脚長い人だなってぼんやり見惚れてたもんだから」

学さんはカフェモカを啜り、わたしはなんとかフラペチーノをストローで目いっぱい吸い込む。むせた……学さんの噴出した顔と視線があった。

「なんだよ、梓ちゃんこそ、見違えたよ。そんな短いスカート、目の毒だ」
「す、すいません……い、今、普通に戻します」
「いいよー、わざわざ戻さなくても、ははは」
学さんの軽口、初めてな気がした。

 小鳥遊に紹介されて自宅で会った学さんは真面目っぽい黒縁をかけたがり勉タイプだったから……一年前か……小鳥遊の部屋にはいつも学さんの弾くギターの音がしてたんだけどね、全く相手にされてなかったよねわたし……わたしはけっこう学さんのこと意識してたんだけれどね初対面からね……。

「梓ちゃん、こんなに可愛かったっけ?」
「はぁ? や、やめてください! からかわないで……」
「梓ちゃんてさ、すぐ頬が赤くなるね」
わたしは更に舞い上がりフラペチーノのストローを思いっきり吸い込んだ。

出会わなければよかったの?

出会わなければよかったの?

わたしは告白された。 わたしの唯一無二の親友に、 出会わなければよかったの? わたしたち、しあわせになれる?

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-22

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