欺瞞嗜好性

 あれは、今年の初め、この街でもまだ春がつづいていて、騒がれていた気候変動のための自然エネルギーの活用によって、まだかろうじて地球は季節を保っている。そうだな、明確な事はいえないが、語りてである僕が語るには、今より少し前の事だった。現代では便利な暮らし、たとえばAIによるショップの無人化や、自動空飛ぶ車は当たり前の事だし、交通網も整理されている。スマーフトフォンは軽量化されていて、電光掲示板には新型AIの広告が建ち並ぶ。この時代にもなるとAI、人工知能、人類と彼等との暮らしはもはや両立されているのが当たり前のことにになった。SF小説や映画か何かで語られるようなアンドロイド社会にはまだ遠い。物理的な問題は進展が遅く、それよりも電子的な知識のほうがコストと制約が少なくてすむ。人類はそこで、アンドロイドの開発を急がずAIと上手に暮らすことを覚えた。
 もちろん高齢者はこの暮らしに不便を感じていないわけではないし、情報量が多すぎる事で困惑する人々が大勢いる。そしてこのAIによる世界の変化に継承を鳴らした男たちもいる。権力者でありわが国ロストニアの現首相、エレラ・ローランもまたそんな風に豪快な警鐘をならした。彼は人間は人間によって理解され、人間によってその尊厳を認められるべきであるという。いつだって権力者の言葉は力をもつ。けれど人間同士が直接かかわりを持っていた時代より、いくぶんいまは悪質な事件も少ないし、治安も維持されている風に思う。
 ロストニアは依然サハラアフリカといわれていた地域に、AI研究者たちが集う形で形作られた特殊な地域だ。ここでは研究者たちが研究に専念するべく、各段の報酬と、便利な生活を送られている。新興国といわれていたかつてのよき姿をのこしつつも、そこでは国籍とわずたくさんの研究者がくらす。国も研究費用おをしまず、AIも最先端の研究がなされ、学術機関も多数存在する。そこであのハッキング事件がおきた。
 2300年6月11日のこと、その襲撃事件はおきた。といっても実際に人が襲ってきたわけではなく、天才ハッカー集団によるロストニアの地域全体を総括するAIシステムへ直接の攻撃が行われた。街のシステムは一時的にダウンし、そこかしこて事件や事故が二次災害的に起きた。これはマスメディアでさえその全容をつかめていないため、情報が出回っていないが、確かにあの日、一時的に大停電が起きた事を、ほかの都市やアフリカ市民が目撃している。原因は何なのか、ハッカー集団に町の設備へのハッキングによるものだと言われている。街の交通網、発電所、変電所、エネルギー施設に通信システム。一時的にインフラストストラクチャーはダウンした。街は大混乱だったらしい。まあ、閉鎖的な国なので、その全貌は未だにつかめない。
 彼等の犯行声明がおかしなものだった、それは逆説的なものだった。それは犯行とほぼ同時に彼等の名前(レスピィミア)の名前を署名されて発信された。
 《我々がAIをハッキングして、AIより優秀だという事を証明してやる》
 そういえばこんなニュースを目にしたことがある。近頃ハッキングツールさえも、誰にでも扱える手軽さをもち、このごろではAIによってそうしたツールが日々自動的に生成されているのだと、それでそれをなりわいにしていた人達がこの事件に怒りをもち、復讐の動機がからんだのらろうか。AIに文句をいう人はたくさんにる、主にそれまでの仕事を奪われたと根深い恨みを持つ人達だ。それに後追いするように、丁度数年前からAIホワイトハッカーが企業によって実験されているというニュース、噂がマスメディアやインターネットへひろまった。これは、この犯行声明はそれへの報復ではないかと思われるし、そうした見方が多く巷でもマスメディアでもワイドショーでも頻繁にさかんに持ち出され、いわれている。

 まあもっとも、この事件自体、この2300年に至るまで実際に起きた事件ではないフィクションなのだし、こんなでっち上げが生まれ、ネットにはびこる意味を考えると、あらゆる人の興味には、こうしたセンセーショナルな事実を“じびき”にしなくてはいけないという人間の残虐さに得も言われぬ気持ちになるのだが。だってそもそも、そんな大義名分よりも、ハッカーもホワイトハッカーになればいいし、そんな犯行動機なんてあってたまるだろうか。まるでうさばらしだ。自分たちの事を棚に上げて、その原因を他に求めて事件を起こすという事は、なんていう怠慢なんだろう。
 それにしてもこの作り話、なんにせよ事実ではなかったことが肝心だが、フィクションとしての教訓を見るに、これだけAIがはびこる時代だと、それが社会全体に蔓延し、生活空間やライフライン、インフラ整備や医療機関、交通網など生命の直接的な維持管理に対して機械的リスクが集中してしまう事が危険なんだという事への暗喩だ、と僕は思う。

欺瞞嗜好性

欺瞞嗜好性

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-08-05

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