融通の利かない夢想家


 量子テレポーテーションを活用したタイムリープ装置が続々と開発されていた頃。人々は時代と価値観への挑戦に様々な疑問をもった。量子テレポーテーション技術の開発者であり、人間をデータ化し、別の場所で再現する事にたけていたテレポーテーション学の科学者ジョンソン・L・ステナー氏も疑問を抱えたその一人だ。氏の研究と探求心は、いつもある葛藤を抱えていた。それは彼が好む音楽と小説が、どのような人の苦悩と苦痛をもって成し遂げられた完成品かを常に考えていたし、その過程に対してリスペクトする気持ちと、彼の科学がもたらす、人類の過去へのテレポート自体がその醸成への接触を持つことで、裏切りになるのではないかという疑問を彼は抱えた。
“才能とはかくあるべき”
 という彼の持論の上では、彼は成功者が抱えた失敗や、成功者の経験した苦悩や努力そのすべては、未来人の自由な時間航行によって阻害されてはいけないというもので、そのことでいつも彼は悩んでいた。と同時に、彼はそのリスペクトが余計な可能性をはらんでしまう事も思う。なぜなら、未来人と過去の人間が接触したところで、本当に異変が起こるのかという事は、まだだれにもわからないのだ。そういえば幼いころ、母もこんなことをいっていた。母は女手一つで氏の少年時代を抱えた。奇妙な氏の発明や工作物のひとつひとつを彼の存在の理由であるかのようにいつもほめてたたえた。彼は消して恵まれた少年時代を過ごしたわけではなかったし、貧乏が理由で回りといくつか劣る人間関係ももっていた。ただそれだけの寂しい過去だった。だが母は、その言葉は彼の未来をいつも見据え、支えていた。
 「科学は素晴らしいけれど、文化はそれとは別のベクトルを抱えているわ」
 母は昨今病弱になっていたが、やはりいつもと同じ言葉を吐いたので、もうそのときには彼の心は決まっていた。それからというもの科学と文化の境界線に等しく関心と敬意をこめて、彼は彼のデザインするタイムマシンを発表した。このタイムマシンは、成功者と接触しないという原理をもとに決められた過去へのテレポーテーションを認める。早速今彼はその製作にとりかかっている。
 そのマシンの開発の途上で、彼はいくつかの失敗を経験したし、恋人との別れもあった。しかし彼は自分を成功者とも失敗者ともカテゴライズしない。なぜなら彼のマシン開発は、そのマシンの工作と製作の過程でいくつもの過去へとアプローチして、記憶を引き出そうとし、彼自身の中にある科学と文化との境目を決しておろそかにしないという究極の信念に基づいて設計され、彼自身がその自分の信念へ敬意を確信して成立してきたものだったのだ。
 ただそれだけの人生になる覚悟もあった。けれど彼は続けなくてはいけなかった。敬意を払うべき自分の愛する文化と、自分の手に頭に、体にしみついた科学への探求心は、いつも彼を裏切る事はしなかった、ただそれだけの理由で、覚悟を決めたのだった。

融通の利かない夢想家

融通の利かない夢想家

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-07-27

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted