女と男の茸

女と男の茸

茸不思議小説です。縦書きでお読みください。


 今年は雪が多い。スキーの好きな人間にとって楽しみな冬である。
 ご多分に漏れず、私もスキー歴四十年と長い。雪国に育ったせいもあり、五つの頃から本格的なスキーを始めている。といって、運動能力が特にあるわけでもなく、中学高校の試合にでるとか、まして国体にでるとかいうことはなく、ただ慣れているといった程度である。それでも、大学では、上手だと言われていた。
 卒業して十五年経つが一度も同期会をしたこともなく、クラス会すらやっていない。まずはということで、友人たちと、仲のよかった連中で集まろうということになった。温泉と雪の楽しめるということで、新潟の湯沢に決めた。東京から近いし、温泉がいい。
 政治経済学部の仲のよい同級生たちである。今回は六人集まることになった。大学時代にクラスの仲間とキャンプに行ったり、海に行ったり、映画を見たりずいぶん楽しく遊んだものである。
 大学を卒業して十五年、もうみんな四十近くなる。住んでいるところもまちまちで、新幹線の切符は私が人数分買っておき、東京駅内の銀の鈴で待ち合わせをした。
 電車のでる四十分前を待ち合わせの時刻にした。早すぎるようだが、遅刻する常連も居るし、そのくらいのほうがいい。一時である。昼は自分で食べることとした。
 私が責任上、二十分ほど早くつくと、すでに来ていた男がいた。誕生寺圭二である。当時は特段目立った体つきではなかったが、今はごっつい男である。
 「や、圭二久しぶり」
 「ほんとや、余り変わらんな、端正な顔しとるわ」
 「警察に入ったことは聞いていたが、どう」
 彼は、名刺をくれた。そこには、兵庫県の警察暑の住所があり、警部補とあった」
 もともと、剣道や柔道をやっていたことは知っていたが、刑事をしているとは思わなかった。 
 「殺人課なんだ」
 「へー、すごいね、ずいぶん身体もごつくなったね」
僕も名刺を渡した。
 「洋はすごいね社長さんだ、自分の会社を作ったんだね」
 私の名は神目(こうめ)洋という。
 「うん、経理のソフトを作ったら当たったんだ」
 「洋は経済通だったからな」
 そこに、建部(たけべ)史郎と金川(かながわ)次郎がきた。
 「よう、洋、ごくろうさん、企画大変だったろう」
 「いや、実は秘書がやってくれた」
 「すごい身分だな」
 「いや、結構大変でね」
 史郎は有名な商社の課長でバリバリのやり手、次郎は大手アパレル会社の部長補佐で、ファッション関係ではなく、経理面の手腕を買われての出世である。どちらも、私のような小さなところではない。二人とも東京なので、ときどき、酒を飲んだりはしている。
 それから三十分遅れて、二人の女性がきた。時間はちょうどいい、後十分で発車だ。
 一人は福渡(ふくわたり)桃子。彼女は外資系のコンピューター会社で、静岡に本拠地がある。もう一人の野々口梅子は本社は東京だが、外資系の製薬会社のこともあって、ほとんど日本にはいない。この二人とはやはり十五年ぶりである。ずいぶんと雰囲気が変わっている。あのほっそりとしていた二人が、豊満といってよい体型になっている。二人とも独身である。
 「梅ちゃんと、駅の階段で偶然一緒になったのよ、洋君ご苦労様」
 「きれいになったなあ」
 「ほんと、ほんと」
 次郎と史郎は驚いている。
 「それではいこうか、話は新幹線の中だ」

 新幹線では、三人席を向かい合わせにした。それからは学生時代に戻っていた。昔の話に花が咲き、一時間半はあっという間にすぎた。
 宿は近代的な、一見、アパートのような建物で、すべて個室、奇麗な食堂と、いい温泉があった。安いし、機能的で、スキーを楽しむにはもってこいの宿泊施設である。スキーなどはすべて貸し出してくれる。
 ついたその日は、私ともう一人のやはりスキーの好きな圭二がゲレンデで足慣らし、滑りを繰り返してた。ずいぶん久しぶりなのに、体はよく覚えているものである。史郎、次郎、梅子と桃子たちは、そりを借りて四人して遊んでいた。学生の時と同じである。彼らは特にスポーツをしない。海に行っても水に浸かるのはちょっとで、ビーチで身体を日に焼いているか、すいか割りをして遊んでいた。圭二と私だけが身体動かして泳ぎを楽しんでいた。今でも変わっていないようだ。
 その日はほどほどに宿に戻って、みんなで温泉に浸かった。
 この年になると、仕事にかまけていて身体に注意が行かないせいもあるだろうが、皆腹ががではじめて、おじさんぽくなっている。圭二はさすがに刑事さんだけあっていつも鍛えているのだろう、筋肉がうねっている。
 「圭二、立派な身体になったな」
 「よせやい、ずいぶんずるけているんだよ、三十代には意識もして形を作っていたけど、今じゃ、晩酌やって、腹は出たよ、それよか、洋はなぜ結婚しないんだよ」
 「チャンスがなかったんだ」
 「ひろチャンはどうしたんだ」
 史郎と次郎も私の方を向いた。
 弓削弘子のことである。あの頃いつも二人で一緒にいた。周りは当然のように結婚すると思っていただろう。
 「弘子は実家に帰って婿さんもらいだよ」
 「確か、熊本だったよな」
 「うん、大きな旅館の女将だ」
 「それで、結婚がながれたのか、洋はそのころから会社を興すといきまいていたものな」
 「まあ、それだけじゃないけどね」
 「刑事さんは、女っ気が全くなかったのに、結婚はやかったね」
 「お見合いだよ、おやじの口利きでね」
 「お父さんは、市議だったよな」
 「うん、もう死んじまったけどな、ちょっと早かったな、六十だったよ。脳梗塞だ」
 「それは、お気の毒に」
 「史郎と次郎はどうなんだ」と圭二が聞いた。
 そう言えば不思議なことに、あれだけ仲のよかったグループなのに、結婚式に呼ばれたことがない
「俺は職場結婚だ、社長秘書だったんだ。よくある話だよ」
 そう言ったのは、商社勤めの建部史郎である。学生時代はずいぶん浮き名を流したものであるが、今はつましい生活をしているようだ。
 「史郎が捕まるんだから、相当の美人だな」
 「いやいや、今考えても、洋の弘子はきれいだったな」
 「俺もそう思うよ、洋が羨ましかったよ」
 そう言ったのは金川次郎である。
 「結婚相手はどんな人なんだ」
 また、圭二が聞いた。
 「俺も同僚と結婚した」
 「へー、みな落ち着くんだな」
 「次郎の奥さんは元モデルで、今は会社のデザイナーだ」
 と、私が補足した。次郎と史郎の女房のことは一緒に飲んだときに聞かされている。
 「なあ、覚えているかい、三年の夏休みに八ヶ岳にキャンプに行ったときに、面白い茸を見つけたって、洋がとってきただろう。圭二が食っちまおうといって、飯ごうの中に入れちまってさ、できた飯に塩や醤油をかけて食ったら美味かったよな」と、次郎が言った
 「そんなことがあったな」
 私もうなずいた。
 「ところがさ、食ってから三十分もしたときかな、みんなラリっちゃってさ、なにがなんだかわからなくったことがあったな」
 次郎が言った。あの事件は、みんなの頭の中に強く残っている出来事だろう。私も忘れたことがない。
 「ラリっただけでよかったよな、毒キノコだったら、今いないぜ」
 「確かに、そうだな、だが、洋、おまえだけはおかしくならなかったな、そうじゃなかったら、大変だったな」
 圭二が言った。
 あれは今でも目に焼き付いている。
 ここにいるみんなも、弘子もいきなり着ているものを脱いでしまい、訳の分からないことをいいながら、しゃがみ込んだり、そのあたりをうろうろしたり、こちらは気が気じゃなかった。
 「洋だけがそのときのことを知っているんだよな、なぜおまえだけおかしくならなかったのかな、茸は食っていたよな」
 「ああ、食った、きっと体質なのだろうな」
 「おれたちゃ、気がついたら素っ裸でテントの中で寝ていた。洋が一人で連れてってくれたんだな」
 「あれは大変だった、みんな、素っ裸になって、わからないことをぶつぶついって」
 「女の子たちもそうだろう」
 「ああ、みんな裸になっちまった」
 「おれたちゃ、覚えていないが、洋だけが見たんだろう」
 「うん、みた、だけどそれどころじゃなかったぞ、史郎と次郎は、梅子や桃子に抱きつこうとするし、それを引き離して、テントに入れたんだ、だけど、みんな力が抜けていて、どうせなにもできなかっただろうけど、一人だし、大変だったよ、女の子には落っこちていた下着をはかせて、テントに運んだよ」
 「おまえだけ見たんだな」
 「しょうがないじゃないか、風邪引かないかむしろそっちが心配だったよ、八ヶ岳は結構涼しかったからな」
 「何かあったら大事件だったよな」
 圭二が刑事の顔をしていった。
 「そうだよな
 「弘子もいたよな」
 「洋、何にもしなかったのか」
 「よせやい、何にもなかったんだ、あの子とは」
あのとき、弘子が抱きついてきた。私はしかし、きれい乳房にドギマギした覚えがあるが、そうっと肩を抱いて、下着をつけさせ、洋服を着させてテントに連れていった。
 「プラトニックか、信じられん」
 「信じなくてもいいよ」
 それからしばらく雑談をして、風呂から上がった。
 
 食事をした後、ラウンジに集まった。思い思いの酒を頼んで雑談に花を咲かせた。
 梅子と桃子に、風呂での話を言うと、
 「そう、洋君にみんな見られたのよ、私たち、でもおかしかったわね、桃子のパンティー私がはいていた」
 梅子がふっくらとした顔にえくぼを寄せた。
 あのころ、ほっそりとしていて、セクシーさが全くなかった二人であるが、今は、熟れきった果実だ。今なら見てみたいと思う肢体である。
 「洋君があの茸採ってきたのでしょう」
 「うん、悪かったよ」
 「いやね、そんなことはなにも思ってないわよ、それより、あのころの私たちのからだをかすかすっと思ったんでしょ」
 「そんなことはないですよ」
 「いいのよ、それで、今は見たいと思ってるのでしょう」
 「え、うん」
 言葉に困った。
 「おい、なにを言われてんだ」、次郎と史郎が不思議そうな顔で聞いた。
 私は正直に言った
 「梅チャンに考えていたことを当てられたのだよ」
 「なんだ、それは」
 「なに言ってるの、次郎君も、史郎君も同じことを考えてたのよ、刑事さんもね」
 「男だからしょうがないわね」
 桃子が言った。
 「あの茸を食べてから、私、男の頭の中が見えるようになったのよ、桃子も同じ、弘子もね」」
 梅子が言った。
 「考えていることがわかるのかい」
 史郎が困ったなと言った顔をした。
 「考えっていることすべてじゃないの、男と女のことに関してはわかるわ、史郎君」
 「女の感が鋭くなったんだね」
 「違うわよ、史郎君、あなた、言っていいの」
 「いいよ、読んでみてよ」
 「津山良子の乳のほくろのことを今想像していたでしょう」
 それを聞いた史郎のあわてようは、周りで見ている方が驚くほどであった。
 「それ以上は言わない方がいいでしょう」
 「だれだい、それ」
 圭二が聞いた。
 「浮気の相手」
 今度は桃子が言った。
 「あの茸は私たち女性におかしな能力を発達させてしまったの、男たちの脳の中が、手に取るようにわかってしまうの、さっきも言ったけど、男と女についてだけどね、結婚できないのはそのせいかもね」
 「そう、桃ちゃんが言ったように、私は男と寝てるんじゃなくて、男の脳の中の男と寝てるのよ、その男が私に対して思っている男の部分がすべて見えてしまうの、自分の脳の中の女も見えるわ、私はそれを鍛えたの。そうしたら、身体が応じてこうなったのよ、洋君がキャンプ場で見たからだとは全然違うでしょう」
 確かに、整形して形を整えても、頭の中の部分が変わらなければ決して女っぽくはならない。
 「洋君、今考えたことが正しいのよ」
 「洋、なにを考えたんだ」次郎が聞いた。
 「みんなわかってしまうんだ、隠してもしょうがないだろう、梅ちゃんと桃ちゃんのからだが、余りにも女っぽくなったと思ったんだが、今梅ちゃんのいったことから、身体だけでなく脳の中の女の部分がより強くなることが、女らしさが身体に伴うんだと思ったんだ」
 「たしかに、そうだな」
 圭二がうなずいた。
 桃子が言った。
 「圭二君は身体も立派になったけど、脳の男の部分が強くなったのよ、男としての魅力ね」
 「俺たちはだめのようだ」
 史郎が言った。梅子は首を横に振った。
 「そんなことはないわ、史郎君も次郎君も、脳の中の男の部分を鍛えればいいのよ、それは年とは関係ない」
 「どうやりゃいいのかな、体を鍛えるの」
 「違うわ、意識して脳の中の男を育てるの、女の考えていることを知って、女が引かれるような振る舞いが自然に出るように、考えを鍛えるの」
 「難しいね、でもわかるような気がするよ」
 と、次郎が言った。
 「性同一性障害っていうの知ってるでしょう」
 梅子が、聞いた。
 「生物としての女であっても、男であるという自己認識をもっていること、生物学的に男であっても、女としての自己認識をもっている」
 圭二が答えた。
 「その通りね、自己認識は脳のとても高度な機能なのよ、脳の中に男の意識と、女の意識を作るところがあるのよ」
 「どこに」
 「わからない、でも認識するのだから、大脳新皮質の部分がかかわっているの」
 「梅ちゃん脳のことよく知っているね」
 「私ね、向精神薬、精神疾患の薬のチームにいるから勉強させられているのよ」
 「脳の中の男と女って、どうやって作られるのかな」
 史郎が聞いた。
 「いや、わからないけど、遺伝的なものもあるようだって、ある先生が言っていたわ、インドの南部にアラバニと呼ばれる人たちがいるのですって、男の身体をしているけど女だと思っている人たち、性同一性障害ね、それがある部族でたくさんでるんですって、ということは、遺伝が強く影響している可能性があるでしょう」
 「そうだな、俺の脳の中のその部分は男なんだ」
 圭二が言った。
 「私たちにはそれが見えるのよ、圭二君の脳の男はしっかりしているわ、史郎君と次郎君のものもある」
 私は「僕のはないの」と冷やかし半分に聞いた。
 梅子と桃子は顔を見合わせて、桃子の方が言った。
 「洋君の脳の中の性のところが、見えないの、でも今は男のよう、きっと年をとると、そこがはっきりしてきて女になるわ」
 私は女と言うことなのだろうか。
 「でも、女には興味があるよ」
 「ええ、女でもセックスの相手に女を選ぶ人もいるわ、それは同性愛って言うものね」梅子が言った。
 「洋君、それも変わるわ、弘子も茸を食べてあなたの頭の中を知って、離れたのよ」
 確かにあのとき以来、変わったような気がする。
 「将来、洋君の頭の中に女が芽生えたときのことを考えたのよ」
 「それに、もう一つあるの」桃子が言った。
 「弘子さん、自分の脳の中を見て驚いたのだと思う、あの人男なのよ、それで、宿屋の女将になろうって思ったんじゃないかな、洋君を好きで好きでたまらなかったのを断ち切ったのよ、女だったらできないわ」
 「おい、洋、おまえ女なんだ」
 史郎がちゃかした。
 「そうらしい」
 みんな大爆笑、梅子も桃子もふっくらとした胸を誇示するように笑った。ミニスカートからはみ出た白い太股がまぶしい。それでも私は女になるのだろうか。笑っていたときに、ふっと心配になったことも事実である。あの茸は何だったんだろう。
 梅ちゃんが言った。
 「男の部分を鍛えれば大丈夫よ、女の部分を鍛えても面白いかも、どっちでもいいから、付き合ってあげようか」

女と男の茸

女と男の茸

大学を卒業して15年の仲の良かったクラスメート四人が再会した。学生時代に八ヶ岳でキャンプをした時、生えている茸を食べておかしくなったっことを思い出す。しかしそれだけではなく、茸はは脳に、変化を起こしていたのだ。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-07-26

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