いめいじんぐ



月面うさぎが着地する。
またすぐに地を踏み、跳んでいく。原っぱを形成する草から送られる情報を飼い主として受け取ると、うさぎに踏まれて猫背になった草は、跳ねたうさぎの居ない空間に向かって、その背丈を真っ直ぐに戻していた。これが繰り返される。
今度はぬかるむ地面に濡れた葉の様子をクローズアップすると、葉の表面を登る途中であった蟻の姿が認められ、また注がれる興味と視線、しゃがむ姿を捉える。そこから見えるはずの視点を設定すれば、蟻はその先の葉の頂点まで歩を進め、辿り着いてから葉の裏を行くルートを選択する予想が点滅する。頂点に到達する時間を中心に、蟻の未来が網膜上に表示される。その予想の真偽を蟻に尋ねる術を誰も身に付けていないため、知るには見つめ続けるのが一番、とばかりに動かないうさぎの飼い主の子は、その小さなお尻を地面にくっ付けてしまいそうになっている。原っぱの草という草に付着する朝露に触れることにより、履いているズボンが濡れた事に気付けば、すぐに不機嫌になって、そして泣くくせに、何度も注意を促す私たちの声に振り向く姿は見られない。直接、意識に働きかける骨振動のアクションを搭載するデバイスは、家の暖炉の前で留守番している。だから、その子を育てる者として、うさぎの飼い主は傍に立つ。うさぎを待ち、この子を待つ。
そのために隙は生まれる。惑星に合わせて転がり易い形で散歩に付き合っていたキューブも再び姿を変え、月面うさぎのように、急に生まれた暇を喜ぶように跳びはねる。万能型で、持ち主の描くままに姿を変え、どんな遊び道具にもなってくれる流行りのキューブは、自らの意思で変えた形で、生まれた自由を楽しんでいる。コーティングされることで土汚れが付着しない環境をやめた惑星の上を、玄関からずっと投げられてここに辿り着くまで、運動を止めなかったキューブが紛れたうさぎの形が二頭、原っぱをとんとんと跳び回る。そのタイミングは偶然に合う。瞬きで記憶する映像に添えるコメントをテキスト化して、推敲を頼んだ相手が言語化して発声する。
「あとで綺麗に洗ってあげる、と約束する人の手で、拾われるまで。残り時間はどれくらい?」
「これくらい。」
見せる数字は刻一刻と進み、手の甲に浮かんだ『今日』が反転して、元に戻る。遊び心に従うアクション。顔の形も自在に変わる。
ぱらぱらとも言わない曇天にシャッターを切るセンスを、私と一緒に感覚に従って言い直すまで。
私の大きなお腹が鳴る。朝の終わりに、昼の瞬き。



全くどうして夢中になると周りが見えなくなる所は、しっかりと受け継いでしまっているのか、と晴れて止まない午前の遅く、洗い物を受け取り、干して、絵文字に色が付いたTシャツを渡した向こうから聞こえる声の主。その表の皺を伸ばして、うんうんと頷く相手。そこからちょっと離れて、その相手は、背後で回る機械の中を覗く動作を選ぶ。半透明の蓋から見える機械の中でしっかりと膨らむ泡が白く、溜まった水を動かして、うさぎの耳が洗われる。そのままうさぎ自体がぐるぐる回る。頭の中でこう文字にしてみても、実にややこしいお風呂だと思う。でも、見る分には心地いい。アトラクションを楽しむ様子が窺えて、モニタリングされているうさぎの心拍とともに感情が跳ねて、飛ぶ。私も入りたくなる、と思いながら打ち込まれる文を端から消して、グラフを映す『視界』に変えるため、瞼を上に開ける。準備を整える、目の前にある広い世界。高層のビル群の間を行き交う野良のドローンの、静かな逃げ方。
日差しがもたらす青い波形。
ぴゅーいっと指笛を鳴らせば、行儀良く、ゆっくりと降りて来る公用の天候ロボットを両手で取り、人の顔に反応し、ピカピカと輝く太陽のアイコンにタッチする。くるっと画面が変わって、用件を訊かれる。端的に尋ねる。確率は?確率。
アテにぐらいはするのさ、とカレの言葉。
お昼ご飯が炊けた合図を耳にする、と記したコイビト。
うさぎのお風呂が終わらないのを見て、私の髪の半分が風に吹かれて、乾いているのを確かめる。
目の前のロボットが告げるさよならを見届ける、履き物の内側を打つけて鳴らす。
一番近くの衛星が欠けて寝転ぶ。
心を知って、大人しくする。


ベランダから見えた空を景色と述べる。それから文を繋げる随筆アプリ。
夜のこと。
出発するまで。


まじまじと見る。
片付け終わりの夜に向かい、タッチの回数が増える画面に届くものを開け、処分と保留を繰り返し、目に止まるうさぎは大きく成長して、喋る。翻訳なしの映像に、感心と嬉しさを混ぜた再生が終わり、切り替えた画面が捉えた私で口を開く。リアルタイムの色付け、と閃いたアイデアを即座に採用し、撮影を終える。保存をする。
アンティークの電話は黒くて、新しい置き物を探している。形や配置にこだわりを持って、物色する空間。
「木製の大きな扉をノックした。」
と、音声機能ありの随筆アプリが書き始める。そこは既知の世界。誤変換を訝しむ。
彼の太い眉と八の字。
あの子が起きて、寝返りを打つ。



やあ、で終わる。私とイメージ。
顔を洗った鏡の中で、今日はくもりと告げる声音を想って止まない。

いめいじんぐ

いめいじんぐ

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-07-22

Copyrighted
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