ブンスカ



昔々、ある山奥で三人の家族が暮らしていました。
「父上、明日も朝早くから山奥に向かわれるのですか?僕もついていきます」
「八之助、お前は何も気にしなくていいんだぞ、勉強だけ頑張っとればそれでいい」
「はい…ですが父上、私は勉強が得意ではありますが好きではありません。私も父上と一緒に山奥に行って新鮮なハチミツを取りたいのです」
「何を言っとるんだ。お前は俺たちと違って頭がいいんだ。宝の持ち腐れだぞ八之助」
「ですが父上…」
「うるさい、お前は勉強だけやっとればいい。そのために俺は毎日頑張っとるんだ」
「そうよ、八之助。八之助はせっかく頭がいいんだからね」
「わかりました…父上。どうか山奥では気を付けてください。私は残りの本を読んでもう寝るとします」
「そうだな、勉強頑張れよ。後もう二十年もこの仕事をやっとるんだ。蛇や蜂は友達みないなもんだよガハハ」
仲良く毎日三人で食卓を囲む日々に父、倉之助は大変喜びを感じていました。
ですが、倉之助には一つ悩みがありました。
息子の八之助が自分の部屋に戻っていくと倉之助は本音を語り始めました。
「わしはこの仕事を好きでやっとるが息子には継がせたくねぇ」
「なぜです?」
「危険だからだ。山奥には蜂は勿論だが危険な毒蛇、熊だっている」
「知ってます。だけど代々受け継がれてきた家業なのですよ?」
「知ったこっちゃねぇ、わしは運がよくて今までやって来れたが、いつ死んでもおかしくねぇ。こんな仕事息子の八之助に継がせるわけにはいかねぇ。しかも八之助は俺らと違って頭がいいんだ。才能を伸ばすのもまた親の務めだぞ」
「八之助は勉強があまり好きではないようですし、わたしは出来れば八之助に家業を継いでほしいのですが…」
「馬鹿を言うな。俺の遺言は何だ?言ってみろ」
「息子を高等学校に行かせること、でしょ…」
「よくわかってるじゃねぇか」
「今日は少しばかり飲みすぎじゃありませんか?もう眠った方がよさそうですよ」
「そうだなぁ、明日も早いし今日はもう寝る。八之助の学費まであとちょっとなんだ、俺は頑張るぞ」


*


次の日倉之助が山奥にハチミツを取りに行くと、晴天の空が急に曇り始め、土砂降りの雨が降り始めました。
「チッ、せっかくここまで来たのに雨が降るとはついてねぇ、どうせ通り雨だろう、先を急ぐか」
倉之助は土砂降りの雨にも負けず、前へ前へ、ハチミツがありそうな場所を目指し進みました。
ですが生憎、雨はさらに強くなり、ついに雷まで落ち始めました。
――ゴゴゴゴゴゴッ
「こりゃさすがに無理だ。今日は仕方ねぇ、引き返すか」
雨でびしょ濡れになった倉之助は家に戻ることにしました。
ですがこの時、倉之助の目に今まで見たことのない大きなハチの巣が目に入りました。
「はっ!?何だこれは!こんな大きな巣、今まで見た事ねぇ!!」
倉之助は何のためらいもなく木を登り始めました。
いつもなら安全対策として葉っぱを燃やし、煙を炊いてハチが近づかないよう工夫するのですが、本日は生憎の雨です。
「あれさえ取れれば、八之助の学費は保証されたも当然だ!あきらめてたまるか」
倉之助は雨で滑る木をなんとか必死に登りつめました。
「こんな綺麗なハチミツは初めてだ…」
倉之助は大きくて綺麗な蜂の巣を目の前に思わず見とれてしまいました。
ハチの巣に手を伸ばした途端、中から大量のハチが出てきました。
ハチはブンブンと大きな音を立てながら倉之助の頭の周りをグルグルと回り始めました。
「あっちいけっ!これさえ取れれば…!これさえ取れれば!!」
倉之助は最後の力を振り絞って手を伸ばしました。
その瞬間、倉之助の視界は真っ暗になりました。
「いてえぇぇ!」
倉之助は蜂に目を刺されたのでした。倉之助は木から転げ落ちて意識を失ってしまいました。





鼓膜が破れるほどの騒音で倉之助は目が覚めました。
隣にはイモ虫のような気持ち悪い幼虫がメリメリと動いていました。
「は?何だここは…」
最初、倉之助は何が起きたかわかりませんでした。
ですが周りを見まわたしてみると、どこもかしこもイモ虫だらけ。
おまけに無数の六角形の部屋があり、その中でイモ虫はぴょこっと顔を出しているではありませんか。
「なんなんだよ、ここは…」
倉之助は自分の体を見てみるとお尻がシマシマの模様になっていて先には鋭い針がついていました。
「は…?どうなってんだよ…!!」
倉之助は怖くなり叫びました
「誰か助けてくれー!!俺の体が変なんだ!」
倉之助が叫んでも周りのイモ虫が発する「クエェェ」という音にかき消され誰も助けてくれないのでした。
倉之助は渾身の力を振り絞って今いるこのきつくて身動きの取れない部屋から脱出することにしました。
「うっ…うっ…!!うぉらぁ!」
スポンと体が抜けて、倉之助は地面に向かって一直線に落ちていきました。
「うああ!」
倉之助は落ちて行く中、必死に体をあちこちにねじりながら、もだえました。
すると倉之助はいつの間にか空を飛んでいました。
――ブンーーーブンーーーー
自分の羽の音が耳障りなような気がした倉之助でしたが、ここに来てようやく事態が呑み込めました。
「俺は、ハチになってしまったのか?頼む…夢であってくれ」
倉之助は夢にも覚める思いで、羽で自分の頭を叩き始めました。
「いってぇぇ!痛ってぇよ!」
倉之助の頭にはひとつ大きなたんこぶが出来てしまいました。
何って皮肉なことでしょ。ハチミツ取りの倉之助はなんとハチになってしまったのでした。
「どうすればいいんだよ、くっそ!」
倉之助はやり場のない怒りをぶつけるかのように空高く飛び始めました。
するとハチの巣から大量の蜂が出てきては、倉之助の後ろをついていきました。
そして言ったのでした。
「ブンブンブンブンブンブンブンブン」
「何言ってんだ?」
倉之助は後ろをついてくる蜂に向かって八つ当たりとも言える攻撃をし始めました。
「これでも食らえ、この野郎!」
自暴自棄になった倉之助がブンブンと自分のお尻にある針を振りかざすと、ハチたちはみんなあとずさりし始めるのでした。
そしてみんな倉之助を囲むかのように円の形になった後、一斉に自分の針をおでこに当て必死にさすり始めました。
「何の真似だ…!」
「ブンブンブンブン」
話が通じないと思った倉之助は元にいた場所に戻ることにしました。
「今度はついてくるんじゃねぇぞ」
「ブンブンブンブンブンブン」
羽の音だけが鳴り響きました。
「ちょうどいい所があるじゃねぇか」
倉之助は元にいた場所に戻ると無数の部屋の中から、ひと際スペースの大きい部屋を見つけそこで休憩をすることにしました。
すると前方からお尻に妖艶なシマシマ模様をしたハチが倉之助の方に近づいていきました。
――いいお尻してるじゃねぇかお嬢ちゃん
倉之助はそう思いながらお尻を見ていました。するとそのハチは視線を感じたのか振り返り倉之助に向かって言いました。
「あなた、もしかして人間…?お尻を見るのは人間くらいだもの…おまけに頭についているたんこぶ…もしかしてあなたは人間ですか…?」
倉之助はきょとんとした顔で言いました。
「は?おめぇ、何者だ。おめぇも人間なのか?」
「そうです、私もかつて人間だったものです。今はもう長いものここにいるので人間とはかけ離れてますが」
「ほう、そうか、んなこたぁどうでもええ、早く俺を人間に戻してくれ」
「私にそんな力はありません」
「チッ」
「今から大切なことを言うので心して聞いて下さい。あなたのおでこにあるたんこぶ、それはこの前女王様が予言していた私たちを救うハチの特徴と合致しているのです。おまけに体も大きい」
「俺はここに長くいるつもりはねぇ、集団生活はまっぴらごめんだ」
「そんなこと言わずに一度女王様をお訪ね下さい、長い間待っていた救世主が現れたのです。あなたを追っていたハチたちが自分の針をおでこにさすっている行為を見たでしょう。あれは服従するというハチの儀式なのです」
「だからどうしろと言うのだ」
「まずはハチの話し言葉を習得してもらいます。簡単ですので私の方にきてください」
「はぁ、めんどくせぇ、早く教えやがれ」
「せっかちさんですね。さっそく私の秘部に性器をいれてください」
「は!?」
「早くしてください、時間がないのです」
「お、おう」
倉之助は自分の性器を女性(?)の秘部に入れました。
「なんだこれ、すごく気持ちいいぞ」
倉之助は脳みそがとろけていく感覚に思わず興奮してしまいました。
「もうこれくらいで大丈夫でしょう。お辞めください」
「うるせぇ、やめれるか」
倉之助は快楽に溺れるかのように腰を振り始めました。
「ちょっと…!もうやめてって言ってるでしょ…!うっ!」
「あっ…気持ちええ」
「それ以上やると私は死んでしまいます…!本当にお願いです…辞めて下さい!」
「うっせぇよ、人間にもう戻れねぇんだ、あとおめぇが望んでやったんだろうが」
「…うっ!あなたは私に呪われてもいいのですか…?」
「知ったこっちゃねぇ」
「こんな屈辱的な死に方は納得できません…私はあなたを呪います。あなたは大切な者を何一つ守ることが出来ず死んでゆくでしょう。あなたが救世主とやらなわけがない…」
人間の言葉を話すハチはそのあとぐったりしたかと思えば、バッタリ死んでしまいました。
「死んじまったか、知ったこっちゃねぇ、しかし気持ちよかったなぁ」
「ちょっと、アリスさん動いてないわよ?」
何やら人間の言葉が周りからガヤガヤと聞こえ始めました。
「なんだ?」
「あ…もしかしてあなたがアリスさんを殺したのですか?」
「おめぇも人間の言葉が喋れるのか?」
「何を意味のわからないことを言ってますの?」
「こっちが聞きてぇよ、お前可愛いな、ケツを出せ」
「キャー!」
どうやらさっきの死んでいった女蜂と交尾すればハチの話し言葉がわかるようになるようです。
その後も倉之助の傍若無人ぶりは加速していきました。
ハチの巣からは悲鳴が鳴り止みませんでした。
自暴自棄になった倉之助は可愛いと思ったハチがいれば片っ端から犯していったのでした。
「はぁ、気持ちええ、おい女、はよケツ出せ」
いつものように倉之助は女をたぶらかして楽しんでいました。
周りのハチは見て見ぬふりをするだけでした。
「腰抜けどもめ、だからお前らはいつも俺にやられたんだ」
倉之助が有頂天になっていた時、前方から強烈な光が差し込んできました。
「うわっ、なんだこの光は…!おいそこにいるお前!なんだあの光は!?」
話しかけられたハチは恐怖で慄きながら答えました。
「女王様です…しかし女王様がなぜここに…」
「まぶしすぎて目があけらんねぇ…!」
倉之助はあまりにも強烈な光を放つ女王とやらを直視出来ませんでした。
「あなたですか」
周りのハチより数倍体が大きい倉之助のまた数倍大きい女王蜂を見て倉之助は思わずあとずさりしました。
「なんだ、おめぇ!」
「救世主とやらを期待したのに、飛んだ期待外れです。おまけに私の妹まで手をかけるとは…」
「うっせぇよ、俺は救世主とやらじゃねぇ、おめぇ殺すぞ。俺はもう失うもんがねぇんだ」
「あら、そうですか」
「なんだ、その言い草は」
「ひざまづきなさい」
女王の一言で倉之助の羽は石のように動かなくなりました。
「羽が動かねぇ…!落ちちゃう!!うおぉっ!」
羽が動かず地面に落ちてゆく中、倉之助は子供の頃の八之助を思い出しました。
「お父ちゃん、今日も出かけるの?ぼくも連れて行ってよ」
「八之助は勉強を頑張るだけでいいんだぞ、仕事はお父ちゃんに任せとけ!」
「お父ちゃんのためになりたいんだ、昨日の勉強も全部終えてもうやることがないよ」
「ありがとう八之助、その心意気だけでも嬉しいぞ。お父さんはお前のために頑張るのが楽しいんだ」
「……」
「お前は立派な人間になるんだ。こんな山奥で腐るような器ではない」
「…お父ちゃん気を付けて帰って来てね。今日は母ちゃんと一緒においしい漬物を用意しとくから!」
「わかったよ。勉強頑張るんだぞ、八之助」
走馬灯のように過ぎ去る記憶の中、倉之助はつぶやきました。
「八之助、お父さんはもうダメだ。先に行くぞ」
倉之助は自分の生を断念し目をつぶった瞬間でした。
「動きなさい」
遠くから聞こえた、かすかな女王の声で倉之助の羽はまたパタパタと動き始めました。
「なんだ、あの女王とやらのやつ…俺をコントロール出来るのか?」
「あなたはわたしの手の中、何をやっても無駄ですよ。大人しく私に忠誠を誓いなさい」
「忠誠を誓って何になる?俺がお前に忠誠を誓った所で何の得にもなりゃあしねぇ、俺はぶっちゃけ死んでも構わねぇ」
「あなたは私の妹を殺したのです、昨夜あなたが殺したアリスは私の実の妹なのです」
「だから何だというのだ。知ったこっちゃねぇ」
倉之助はそう言ってそっぽ向きました。
「私の妹はみんなのために死んでいったのです。妹の死を無駄にするつもりはありません」
「俺にどうしろと言うのだ」
「あなたはこの蜂の世界を救う救世主となる者、その資質をお見せなさい」
「やだね」
「なら一つあなたの得となるようなことを教えましょう。ある約束を守ればあなたを人間に戻します」
「なんだと!?人間に戻ることが出来るのか?」
「そうです。約束はシンプルです。私を守ること。一年間私を守り切れた場合、あなたを人間に戻します」
「お前、まず俺を人間に戻す能力はそもそもあるのか?俺に嘘をついたら女王といえどあなたをぶっ殺すぜ」
「勝手にしてください。とりあえず一年間私を守ることが出来たらその後、必ずあなたを人間に戻します。あなたは私の妹の能力、そして私の能力を目の当たりしたはずです」
「まぁ確かに見させてもらったぜ、あとちょっとで死ぬところだったがな…。だがこっちも一つ条件がある。お前の働きバチは俺の言うとおりにするように話をつけておくんだな」
女王は軽く顔を縦に振り、その後自分の部屋に戻っていきました。妹を殺された恨みは民衆のためにひた隠しにしたまま。





「おい、こっちだこっち」
それから毎日働き蜂は倉之助の指示の元、一生懸命働きました。
まずは新しい家づくりから始まったのでした。
「ここは人間に見つかる確率が高すぎる。川沿いにある木の上は人間が見つけるに最適すぎるんだ。こんな場所にいてはいつ家を人間に取られてもおかしくねぇ、引っ越すぞ」
「ブンスカブンスカ!」
働き蜂は倉之助のカリスマ性に魅了され、彼を崇拝するようにまでなりました。ブンスカとは我が救世主という意味で倉之助はブンスカと呼ばれるようになりました。
「ブンスカ様についていけば間違いない!ブンスカ様がアリスさんを殺したにも何か理由があったはずだ」
世論は倉之助一択でした。予言者やら救世主とやらは何をしても許されるものでしょうか。
その後、倉之助は考え抜いたあげく、川沿いと山奥の間にある葉っぱの多くて一番背の高い木に家を建てることに決めました。
「川沿いの木の上はすぐに見つかるし、かと言って山奥すぎると食料を供給するのに手間がかかりすぎる。中間地点のこの木であれば見つかる確率も低いだろう、しかし俺みたいな人間はこういう所も隈なく探す。滅多にいないが念のためにこの一回り背の高い木の中に巣をつくる」
何って画期的な方法でしょう。倉之助は人間に見つからないように木の中に巣を作り始めたのでした。
木は約十メートルくらいあり、中は空洞になっていました。人の目にもつかず、人が来ても思わず通り過ぎてしまうような巣を木の中に作り上げたのでした。
「だが一つ問題がある。食料を持ち運びする時に家に入ってゆく蜂を見て人間がこの巣に気づく場合がある、今日から食料を取る時は人間がいない夜中に限定するぞ」
「うぉぉおぉぉ!」
歓声が上がりました。次から次へと「ついに私たちは人間に勝ったんだ。もう家を奪われる心配がない!あのくっさい煙に仲間が死んでいく姿を見なくて済むんだ!」
と働きバチは倉之助を褒めたたえました。そして次から次へと女蜂は倉之助に交尾を求めるのでした。
「おお、ちょっと待った。今日はお前だ。こっちにこい」
「…はい、ブンスカ様」
家を作ってからというもの倉之助は毎日女蜂とセックスをして楽しんでいました。
「蜂の生活もわるくねぇな」
そう思っていたころ。倉之助は偶然外に人がいるのを見つけました。
「なんだ人間か?んなわけねぇ、ここがわかるやつなんぞ絶対いるはずがねぇ。単に通りすぎてゆくだけだろう」
倉之助はさほど気に留めませんでした。





それから約束の一年になった日、倉之助がいつも通り女蜂と遊んでいると、何やら煙たい臭いがしました。
「何だ?まさか葉っぱの煙か?それとも山火事か?おい、そこにいるお前、俺は今忙しいんだ、外を見てきてくれ。人間がいるかいないかだけ見て来ればいい」
「わかりました、ブンスカ様」
数分後、見張りに行ったハチは急いで帰ってきました。
「ブンスカ様、大変です!人間が木を登ってきています!」
「なんだと?この煙は人間の仕業だったのか?おい、今すぐ巣の中にいる働きバチを全員ここに召集しろ」
「わかりました!」
招集された働きバチの数は三万にも上りました。
「諸君、今俺らは窮地に追い込まれている…だがこれは人間と闘ういい機会に過ぎない。俺の命令に従えば勝利は間違いない。俺についてくるか、背中を見せて逃げるかはお前ら次第だ。逃げたいものは今すぐ逃げろ、だが女王や自分の仲間を守りたい者はここに残れ!」
「うっぉぉぉ!ブンスカ様についていきます!何なりお申しつけください」
倉之助の演説が効いたのでしょうか、逃げ出す者は一人もいませんでした。
「いい心意気だ。俺にいい作戦がある。人間はハチの巣を見るとまず初めにハチミツの有無を確認する。だがこれはカモフラージュ出来るんだ。ハチミツがあるかないかわからないように時間を稼げ。その間俺が人間をぶっつぶしてやる。とりあえず今すぐ自分の部屋に戻り、葉っぱの煙を吸ったとしても決して持ち場を離れるな。持ち場を離れた瞬間、この家はなくなると思え。この家には高級なハチミツがあふれているんだ。人間が見れば諦める訳がねぇ」
「ブンスカ様!我が針はブンスカ様のものです!一生ついていきます」
「よし、さっそく作戦を開始する。体長がわしの半分以上になる者は俺に続け、それ以外のものは持ち場を離れるなよ」
こうして作戦は開始されました。
するとさっそく人間は木の中に煙を炊き始めました。
――ほう、やるなぁ。ここを見つけた挙句、こんな高い所にこれほどの煙を入れてくるとはな…只者ではないようだ。倉之助は煙に免疫があったものの持ち場を守っていた働きバチには気絶する者、意識を失った者、中には死ぬ者もいました。
「あとちょっとの辛抱だ。煙が弱くなり視界が確保出来ればすぐにやっつける。それまでに耐えてくれ」
「ブンスカ様…苦しいです」
「あとちょっとの辛抱だ、俺を信じろ」
時間が経つごとに煙は弱くなり、ついに視界が確保出来たと判断した倉之助が出口をでようとした瞬間でした。
「うおっ!!」
まるで出口を塞ぐかのようにひとつの大きな手が巣の中に入ってきました。
――どうしてここがピンポイントでわかった…?
手は大きくそして一直線に女王のいる部屋に向かって伸びていきました。
「まずい!なぜこいつは女王のいる場所がわかったんだ!」
倉之助が急いで女王の部屋に飛んでいくと、女王は煙を吸って意識を失っている途中でした。
伸びていく手が女王に伸びた瞬間、倉之助は思わず叫びました。
「いまだ!あの手に針を刺せ!今すぐに刺すんだ!」
倉之助の命令通り、体格の良い働きバチは一斉に針を腕や手に刺し始めました。針がなくなってしまった働きバチたちは「ブンスカ様あとはお願いします…」と言い残し力なく地面に落ちて行きました。
「どうだ、人間、一斉に刺された時の苦痛ははかり知れまい、いますぐ手を引け」
ですが倉之助の予想に反して手はさらに女王の方に向かっていました。
「どうなってる!そんなわけねぇ!」
倉之助は予想外の事態にパニックになってしまいました。
「おい女王…!早く起きろ!早く起きるんだ!」
倉之助の叫び声も虚しく、女王が目を開けることはありませんでした。
人間の手が女王に触れる直前になった瞬間、倉之助は叫びました。
「おい、そこのお前!女王を部屋から連れ出して逃げろ!この家はもうダメだ。女王だけでも外に連れ出すんだ。あとは俺が何とかする」
「…ブンスカ様」
絶体絶命の瞬間、倉之助は考えました。
――俺がもしこの人間の手を刺せばこいつと俺両方確実に死ぬ。だが約束は果たされ再度復活する可能性がまだ残っている。止められる方法はもはやこれしかねぇ。きっと上手く行く。
倉之助は一番鋭利に毒針を刺せる体勢を瞬時に整えました。
そして渾身の力を振り絞って針を肌に刺し込みました
「これでも食らえクソ野郎が!!」
倉之助の鋭利な毒針は人間の腕の深い所まで刺し込まれました。その直後、人間の甲高い悲鳴が聞こえました。
「うぎゃぁぁああああ!」
――俺の毒針は三十秒以内に取り除かないと必ず死ぬ。増してや直前に何回も刺されているんだ…無事でいる方がおかしい。倉之助は視界が霞んでゆく中、女王が脱出に成功した姿を見ました。
――どうやら俺の勝ちのようだな…大切なものを守り切れたぜ…あの女の呪いとやらも大した事ねぇな。一時的に避難して煙さえ取り除けば実質的な被害は少ない。やっぱり俺の勝ちだ…。しかしこれほど出来る人間とは何者なんだ…。倉之助は地面に一直線に落ちていく中、好奇心に駆られ最後の力を振り絞り後ろを振り返りました。
そこには涙を流しながら木から落ちて行く八之助の姿がありました。

ブンスカ

ブンスカ

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-07-05

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著作権法内での利用のみを許可します。

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