愛し恋

蒼唯

  1. プロローグ
  2. 再会と悪夢① side kanata
  3. 再会と悪夢② side ren

※BL作品ですので、苦手な方はご注意下さい。

私自身が中学から高校へ上がる頃に書いていたお話です。ガラケーのデータが吹っ飛ぶ前にこちらへと、手直しを加えつつ移植中です(笑)

【お知らせ】
「再会と悪夢①」手直し完了しました!!
「再会と悪夢②」更新しました!!※初っ端からちょいエロありますので、苦手な方はご注意を。

プロローグ

『レンくんとカナタくんは本当に仲良しねぇ。』
保育園の頃、先生達は僕等を見ると決まってこう言った。そして僕の右手をぎゅっと強く握りしめながら、(レン)も決まってこう返すのだ。

『オレ、大きくなったらゼッタイカナとケッコンするんだ!な!?カナ!!』

満面の笑みを浮かべる恋とあの日の約束を、今でも僕の脳は鮮明に記憶している。いつだって、瞳を閉じればあの笑顔が瞼の裏に映し出される。耳を澄ませばあの無邪気な声が聴こえてくる。
そんな純真だった恋は、成長するにつれてどんどん大人びていった。見た目も、考え方や行動も。それに比べて僕は何もかもが子どもで、埋まらない2歳差への焦りと置いていかれる不安ばかりを募らせていた。

そんな悩める春の日だった。

愛大(カナタ)、100歳まで一緒にいような。』

今思えばちょっと笑えてくる告白。だけど僕にとってはどんな言葉よりも嬉しかったし、幸せになれる魔法だった。だからずっと一緒だって、絶対離れないって僕も心に誓ったんだ。

なのに、どうして裏切るんだよ。
アンタ、最低だ。

告白から半年が過ぎたくらいから、恋が僕を妙に避けるようになった。
そして、見てしまったんだ。一番見たくないものを。
あの頃僕が、もっと大人だったら恋のことをちゃんと理解してあげられたのかもしれない。けれどやっぱり僕はまだまだ幼くて、それ以上に…恋と向き合って自分が傷付くのが、怖くなった。

だから嘘を吐いた。

夏を迎える準備を始めた空から絶え間なく雨が降り注ぐ時期、僕は恋との関係に終止符を打った。

好きだった恋も、自分も騙して。
僕は、もっと最低だ。

それから1週間も経たないうちに、恋は忽然と姿を消した。

再会と悪夢① side kanata

「はぁ…やっぱデカイな。」
周囲の反応など構いもせず呟いた僕が、ここ蘇芳学園(スオウガクエン)に足を踏み入れるのはこれで2度目になる。
1度目は外部入試の当日だった。あの時は一応それなりに緊張していたので気付かなかったが、こうして平常心で見るとこの学園が平凡な学生生活を送るにはいかに似つかわしくないかが伺える。
校門は無駄にエレガントだし、そこから昇降口までの距離はやけに長いし。

おまけに校舎はまるで英国の古城風とか、意味分からん。

そんな訳で晴れて今日から通うこととなった我が学び舎は、附属の幼稚園・小学校・大学まである中高一貫の私立高校だ。
中等部までは一般の学校と同じような教育課程だが、高等部からは少し特殊なコース分けがなされる。国内外の名門大学進学を目的とした特別進学コース、一流のスポーツ選手を育成するトップアスリートコース、既に芸能界や華道・茶道・絵画などの多岐にわたる分野で活躍している者専門の文化芸能コースの3つ。
その為、集う生徒の大半は超ド級セレブのご子息ご令嬢ばかり。
どうしてそんな学校に僕みたいな一般ピープルが血迷って入学したかと言うと…。

『カナちゃん、悪いんだけど高校は蘇芳(スオウ)じゃないと認めないからね。』
ニコリと微笑む母の無責任な衝撃発言。
『いや…母さん蘇芳はちょっと、レベルが…』
『大丈夫よ!カナちゃんの成績なら。それにお母さんね、学ランはもう見飽きちゃったから蘇芳の制服を着て欲しいの。冬服は蘇芳色のブレザーで格好良くって、夏服は爽やかな白が基調で素敵なのよぉ。きっと似合うわぁ~。』
目を細めてうっとりとした表情で想いを馳せる母に、もう反論する気力すら奪われた。

それにあの、レベルっていうのは金銭面の話なんだけどね。

とも言えなかった。
何を隠そう、この着せられている感が半端ない母ご所望の制服と通学カバンの値段がえげつない。どこぞの有名クリエイターがデザインしているとかで、学園で身に着けるもの全てがやたらと高額だ。
それを一式新品で揃えたのだから、大変な金額になっている事はまず間違いない。
他にも一般の学校では考えられない行事のおかげで出費がかさむと、風の噂で聞いた覚えがある。
決して貧乏ではないが大金持ちでもない。これから馬車馬のように働かされる父が哀れでならなかった。

まぁ父の今後はさて置き、校内までの道程を思いっきりビクつきながら歩いて来た僕はセレブ生徒達から訝しげな視線を向けられていた。

スゴい嫌だ…完全に場違いじゃん。

そんな小言は心の奥にしまい込み、はぁ…と今一度ため息をついてから覚悟を決め教室を目指した。



◆❖◇◇❖◆

入学式直前特有のざわつく教室に到着すると、僕の存在に気付いたクラスメイト達のおかげで更にざわつきが増した。
というのも、この学園の外部入試は難易度が非常に高く僕のような外部生は相当珍しい。

もはや珍獣扱いだろうな。

しかも大多数の生徒は附属幼稚園からの幼なじみな上、高等部のクラス分けは1年次から一律で基本的に変わることがない。
大まかなクラス分けはA・B・Cクラスが特進コース、D・Eクラスがアスリートコース、F・Gクラスが文芸コースとなっていて、そこから各コース別に成績優秀者から昇順で細かいクラスへと割り振られる。
先程から何故こんなに学内事情に詳しいのかと言うと、僕が困らないように色々と吹き込んでくれた情報通な母のおかげだ。

程なくして現れた担任の先生が簡単な自己紹介を行った。その後、廊下へと整列してAクラスから順に会場である大講堂へと入場し、入学式が始まった。
式次第通り何事もなく順調に進んでいたが新入生代表者の名前を進行役の先生が口にした途端、今度は講堂内の全校生徒がざわつきだす。あれが噂の特待生か…と。
「新入生代表挨拶1年A組、宮津愛大(ミヤヅカナタ)。」
「はい。」
噂の何とやらは、僕。
特待制度で学費が免除されれば我が家の金銭的な負担を少しでも減らせるだろうと軽い気持ちで猛勉強をした結果、外部入試史上歴代最高点を叩き出してしまったらしい。
そして光栄にも新入生代表挨拶に抜擢された訳だ。
ざわつく中、どうにか大役も果たし無事入学式を終えた。けれど、このセレブ集団の中で噂になってしまった一般ピープルが幸か不幸かは…。

今は考えないことにしよう。

大講堂からまた教室へ向かう途中、クラスメイト達は生徒会長挨拶を副会長が代わりに行ったことを何故かしきりに残念がっていた。


教室へ戻ると、残りの時間はLHRだ。
担任は僕の前に座っていた生徒がいない事には触れず、副担任の紹介をしている。体調不良だろうかと考えていたタイミングで、隣から声をかけられた。
「なぁ。もしかしてアンタが外部入試歴代トップの特待生?えーっと、名前は確か…カナちゃん!!」
横を見れば茶髪で童顔な生徒が、入学式ほとんど寝てたんだよね〜と無邪気に笑いかけてきた。
僕も人のことを言えないほど童顔だが、やはりそこは流石セレブ。童顔なだけではなく、はっきりと整った目鼻立ちからは華やかさが滲み出ている。いわゆる美形と言うやつ。
「うん、まぁそうみたいね。」
どこでツボったのかは分からないが、高らかに笑われた。
「何だソレ!?自分のことだろ?あたし、神城聿流(カミシロイチル)。呼び捨てで構わないから。ヨロシク!!」
ベリーショートの髪と荒い言葉遣いで勘違いしそうになった事実を、フランクな彼女なら受け入れてくれる気がして正直に打ち明ける。
「こちらこそ宜しく。てか、初対面なのにごめん…一瞬男子かと思った。」
「失礼だな!ホントに!ま、あたしにとって性別とかってどうでも良いことだし。それにもう言われ過ぎて慣れっこ。」
そう笑い飛ばす聿流は恐らく僕なんかよりずっと男前だと確信した。
それからは担任の視線を軽く受け流す聿流の一方的なマシンガントークに圧倒されていた。だが、隙を着いて気になっていた素朴な疑問をぶつける。
「今更だけどさ聿流…入学式前と席、違うよね?」
「マジで今更だな。あたし目が良いからさ、葉山(ハヤマ)と席変わったの。」
そう言いながら聿流が指し示す方を見ると内気で真面目そうなメガネの男子生徒が一番前の席に大人しく座っている。彼の雰囲気からして、恐らく強引に替わったのだろう。


そんなこんなでいつの間にかLHRも終わっていた。
帰り支度を始めると、途中から教室に入って来た保護者達の中で一際盛り上がっている集団の中心人物が僕の名前を呼ぶ。
「あ!カナちゃん♪ママこれから皆さんと親睦を兼ねてランチに行くけど、一緒に来る?」
セレブ集団の中にいても、圧倒される事の無い母である。
「う~ん…僕は遠慮しとく。」
「そお?残念ねぇ。じゃあ気を付けて帰るのよ。お昼ご飯は冷蔵庫の中にあるからチンして食べてね。」
一瞬寂しそうな顔をしたがすぐに切り替えた母は、セレブな親御さん方数人とご機嫌で去っていった。
その状況を呆気に取られた様子で見ていた聿流だったが、早々に正気に戻り率直な感想を述べる。
「うわぁ…嵐のようなお母さん。しかもカナちゃんと顔そっくり。」
勘違いして貰っては困るので補足を付け加える。
「顔だけね。性格は父親に似て地味で質素だから、僕。」
「自分で言って悲しくない?それ。」
「全く。」
「あっそ。ま、けど外部生の保護者っていつもだいたい浮いちゃってて大変そうだけど、全く心配なさそうだな。」
「母さんコミュ力の塊だから。いや、もはや権化かもしれない…。」
「間違いないわ。」
二人して激しく頷きつつ、帰り支度が完了したカバンを持ち上げる。すると聿流が顔を覗き込んできた。
「やっぱもう帰るの?部活見学も行かないんだ。」
一般の学校と同じように入学式後に授業はないが、多方面への人材育成を目的としている校風の為、部活動は普通に行われている。
「うん。別に入りたいものも無いし。」
僕自身スポーツは好きだし、中学時代だってサッカー部に入るぐらいには得意だった。けれどそれも、色々あって途中からは俗にいう幽霊部員となっていた。
少し眉間にシワが寄った僕を、不思議そうに見ていた聿流だったが、あ!と何かを思い出したように切り出す。
「じゃ、ヒマでしょ?ちょっと付き合って。」
可愛い笑顔を浮かべてはいるが腕を組む力は女子とは思えない程凄まじく、ほぼ強制的に引きずられながら教室を出た。
「なぁ聿流、どこ行くの?」
「ん〜?たぶんアイツあそこに居るだろうから。まぁついて来なよ。あ、ついでに校内も案内したげるからさ♪」
アイツって誰ぇ〜?と聞きながら聿流の後に続く。



◆❖◇◇❖◆

そうして行き着いた先は何やら洋風な両開き扉の部屋。教室ではなく部屋と呼んだ方が正しいと思うのは、きっと僕だけじゃ無いはずだ。
デカい扉の上には"生徒会室"の文字。聿流はノックもせず堂々と入っていく。慌てて後を追うと、そこはもう学校とは思えない場所だった。

何?これ。生徒会室?もう教室の域越えてんじゃん。広すぎ…。

入って直ぐ目に飛び込んできたのは、見るからに高級そうなソファーとテーブル。その奥にはこれまた高級そうなデスク。生徒会長用だろうか。

大企業の社長室かよッ!?

そんなツッコミが口をついて出そうになったが、どうにか飲み込んだ。
冷静を装いながら観察を続けると、部屋の壁はすべて本棚で埋め尽くされていることに気が付いた。ここまでするのなら、図書室の存在意義は果たしてあるのかと考えさせられる。
教室の造りでさえ普通の学校より豪華で落ち着かないのに、もうこうなるとため息しか出てこない。
「あっ!やっぱここに居た!!」
部屋を物色する僕を他所に聿流は目標を発見したようだ。声がした方へ振り返ると、さらに唖然とした。

なっ、ま、まだ奥があるのか?もう怖いわッ!

奥部屋のドアを開けっ放しで聿流が誰かに声をけている。どうなっているのか怖いもの見たさで、聿流の元へと近づく。そして中を覗いて、一瞬パニックになった。
「っ!!」

ありえない。ベッドがある。しかも結構大きい。

この心の声が漏れ出ていたなら、きっと激しく棒読みだったであろう。
問題はベッドのサイズなのだが、キングに限りなく近いクイー…。いや、ダブルだと勝手に思い込むことに決めた。

スケール違いすきだよ。もうムリ。ツイテケナイわー。

胸中で百面相している僕のことになど気にも止めず聿流は、ベッドで寝ている誰かに声をかける。
「セツー。雪ちゃーん。……おい、雪っ!いつまで寝てんだっ!起きろよ!!」
寝ている生徒を揺さぶり起こす。少しの間の後に唸るような声が聞こえてきた。
「…聿流、うるさい。静かにしてよ頭痛いんだから。」
相手はとてつもなく不機嫌な反応だが、聿流の辞書に容赦という文字の記載はないようだった。
「頭痛いなら、保健室行くか早退しろよ。"レン"さん来ても知らねぇぞ!シメられても助けてやんないからな!!」

"レン"

僕にとって不穏な名前が耳の中でこだまする。条件反射のように顔色が変わったらしく、さすがの聿流もそれには気付いた。
「ん?カナちゃん大丈夫?顔、真っ青だけど。」
「ちょっと気持ち悪くなっただけ。大丈夫だよ。」
ベッドから起き上がった雪と呼ばれる生徒が目も合わせずに言い放つ。人を寄せ付けない冷たい空気感を漂わせて。
「…誰?部外者は立ち入り禁止。」
聿流とはまた違った、と言うより真逆の儚げな童顔美形だ。漆黒の髪が真っ白な肌によく栄えていて、そのコントラストが冷たい雰囲気をより一層引き立たせていた。
「そんな言い方すんなって!あたしが入れたの。宮津愛大、噂の特待生だよ。そんでカナちゃん、コッチは同じクラスの舞園雪(マイゾノセツ)。」
彼の様子など一切お構いなしに聿流が説明をしてくれているので、僕も思い出した事で援護する。
「あ、確か僕の前の席の子だよね?入学式終わってから教室にいなかったから、体調悪いのかなって心配してた。」
「!」
原因不明の気持ち悪さを拭いさろうと必死に喋る僕の顔を、何故か驚いた様子で雪がじっと見つめる。すると彼を覆っていた冷たさがスっと消え去り呟いた。
「宮津…愛大。」
「うん。雪くん、これからよろしく。」
更に聿流の明るい声で場が一気に穏やかになる。
「そっか!2人席前後じゃん。雪、途中からバックれてたのによく覚えてたな、カナちゃん。」
「いや、入学式前めっちゃ綺麗な髪の子が座ってるなぁ~って思ってたからさ。」
しかし穏やかな空気はまたすぐに打ち崩された。

「お前等、この部屋で何してる?」

この声にその場にいた誰よりもビクついたのは僕だろう。
「げッ!ほら言わんこっちゃない。恋さん来たじゃん!」
「ここは俺のプライベートルームだ。」
最後に聞いたあの日より幾分か大人びてはいるれけど、馴染み深い声。かつては大好きだったこの声を聞き間違うはずがない。顔を確認しなくたって誰だか分かる。
「入室を許可した覚えはーー」
相手もこちらの存在に気が付いたようで、言葉を切り僕の名を呼ぶ。

「…愛大?」

とっさに耳を押さえ身体を丸めてしゃがみ込んでいた。異変に気付いた聿流が近寄ってくる。
「……イ…だ、」
声が掠れて、泣いていた。
「ん?カナちゃん、もう一回ーー」
聿流の問いを遮って泣き叫んだ。
「…嫌…だ。 …嫌ッ!何で…」

ナンデアンタガココニイルッ!?

最後まで言葉を紡ぐことなく、僕はそこでフッと意識を失った。

再会と悪夢② side ren

グラウンドに桜の花びらが舞い散るこの季節は、常に梅雨が近付いているのだと意識してしまい嫌悪感が一際増す。何故かと問われれば、たぶん、あの日を思い出してしまうから。

そう、あの雨の日。
涙ぐんだ瞳の愛大から紡ぎ出された別れの言葉に、心臓が停まるかと思う程の衝撃をうけた。

以来、俺は雨が嫌いだ。

「んっ。レン、最近…何か変っ。」
「…うるせえな。テメェは黙って腰振ってりゃいいんだよ。」
「ゃん!ああ待ってぇ…ハッーーあ、ん。」
下から突き上げてやる。そうすると馬鹿みたいに良い声で啼く。
昔から、誰とだろうがセックスしてる時に脳裏に浮かぶのは愛大の顔。アイツが後ろに突っ込まれて喘いでるのを想像しただけで、何回でもイける。

愛に…会いたい。

考えているうちヒナがイったらしい。俺の上で、ぐったりしている。
「俺より先にイくなんて良い度胸してんじゃねぇか。 」
汗で額に張り付いた前髪をかきあげながら言ってみるが応答はない。
日向要(ヒナタカナメ)。コイツに愛大の面影を重ねて抱くようになったのは、こっちに引っ越してきてから直ぐの事だった。でも、いくら顔や体格が似ていても性格は全くの別物だ。対極に位置していると言っても過言ではない。
静と動で例えるならば、愛が静でヒナが動といった感じだろうか。

取り留めもない事を考えていると、ベッドサイドの携帯が音を立てる。目に映りこんだ着信表示で瞬時に委えた。

蘇芳成海(スオウナルミ)

出たくなければ出なければ良いときっと誰もが思うはずで、もしその誰かががそう助言したならば適切だ。実際自分の頭にも毎度過ぎっているし。
けれど俺はまだ、この着信を拒否する権利を持たない。
「はい。」
『とっくに入学式は始まっているが、何をしている?』
矢継ぎ早に言われたが、想定内だったので返事に困る事は無かった。
「用事が済んだので今から向かうところです。そちらこそ式の途中ではないのですか?」
しかし、何を血迷ったのかくだらない質問をしてしまう。我ながら幼稚だ。返ってくる答えなど分かりきっているのに。
『お前と違ってきちんと自分の責務を果たして退席した所だ。その旨も随分前から伝えてある。』
呆れたような物言いに、ついムキになってしまう。
「それはつまらない事を聞いてしまいましたね。」
『本当につまらない。まぁ良い、話がある。理事長室まで来なさい。』
無駄な足掻きだが、一応抵抗してみた。
「今から挨拶があるのに、ですか?」
『何の策もなしにこの時間までウロウロしているのか?お前は。』
「いえ、間に合わなかった場合は奉日本に任せてありますが…」
『ならば問題ないだろう。』
恐らくこの人の鶴の一声で、俺が入学式を欠席したとしてもお咎めはない。
「ですが、やはり自分が入学式に出ないのは如何なものかと…」
だが、そんな加護は受けたくもないのだ。
『構わん。』
意味の無いやり取りに、受話器の向こう側から威圧感が伝わってくる。
「電話で済ませられない用件なのでしょうか?」
『だから呼んでいる。』
これ以上の異論は認めない口調に屈するしかない自分が腹立たしい。でも、その怒りのやり場はどこにも無い。
「…分かりました。」
携帯をポケットにしまうと同時に、ヒナに埋まったままのソレと乱れた服を素早く綺麗にしてからベッドを降りる。足早に保健室を出ようと、ドアに手を掛けた瞬間。

ーーーーガラッ

「!っと、恋。や〜っと見つけた。大講堂で姿見えないから校内中探し回ったのに…こんな所に居やがったか。」
現れたのは男女問わず格好いいと人気な学園の名物保健医、矢尾英来。
「もうそろそろ生徒会長挨拶だぞ。」
「今から行くつもりだっんですが、理事長から呼び出し喰らったんでそれ所じゃなくなりました。」
「あーぁ、なるほどね。相変わらずの傍若無人っぷり。…ん?何だお前、顔色悪いぞ。珍しく風邪か?」
額に触れようとした手をバシッと叩き落とす。
「痛ってぇ!」
粗末な扱いに思わず声を上げたものの、怒る気配のない英来さんは少しは手加減しろよと笑いながら小突いてきた。しかしその手は少し赤みを帯びている。
「すみませんね。自己防衛は手加減するなと教わってるんで。じゃ、失礼しました。」
「いってら~。ん?つか、保健室に用事があったんじゃねぇの?」
突然の英来さんの登場で、どうしてここに居たのか一瞬吹っ飛んだが聞かれて思い出す。
「あ…。奥にヒナ寝てるんで、あと頼みます。」
「はあ?何言ってんの……って、まさかお前!ココ使うなってあれだけ言っただろうがッ!!」

逃げ出した保健室からの聞こえてくる叫び声に、腹を抱えて笑い倒してやりたかったが、どうしても重苦しい気分に掻き消されて駄目だった。

なるべく顔を合わせないようにしている人物が待つ場所へ足を運ばなければならないのだから。



◆❖◇◇❖◆

気付けば理事長室の前に立っていた。
無心で歩いて来たので、瞬間移動でもしたのかと思う程だ。
決まってここで深呼吸してしまうのは、緊張を紛らわす為のものではない。

ーーーーコンコン

ノックすると質の良さそうな木の音が廊下に反響した。一拍置いて中からどうぞと言う声が聞こえて、俺は憂鬱な気分でドアノブを捻る。
「失礼します。」
部屋に入ると重厚なデスク上に置かれた大量の書類に目を通している男が、こちらを確認すること無く言葉を発した。
「今からまた海外出張なんだ。」
言うまでもないかもしれないが先程の電話の相手、蘇芳成海だ。この学園の理事長にして、様々な分野で幅広い事業を展開し世界にその名を轟かせている蘇芳カンパニーの現総帥。
そして、紛れもない俺の父親。

血縁関係上は。

何せ俺は蘇芳恋(スオウレン)になっても尚、この人を父親だと認識していない。どう足掻いたってその事実は変わらないというのに、自分でも呆れる。
「そうですか。お気をつけて。」
「思ってもない事は言う物じゃない。」
この、全てを見透かしているというような目が気にくわない。

アンタに俺の何が分かる?

「…それで、用件は何ですか?わざわざ呼び出すくらいですから出張報告をしたかったわけじゃありませんよね。」
さっさとこの場から立ち去りたくて早口になる。
「ああ。この間の話だが、留学先は決まったか?まだなら私が手配しておく。」

またその話か。

「先日お話した時と気持ちは変わっていません。今年ではなく、このまま蘇芳の大学に進んでその4年間の内に留学するかあちらの大学を改めて受験するつもりです。」
俺の返答に冷たい表情を向けてくる。
「早くから留学しておいて損はない。国外の大学受験を視野に入れているなら尚更有利になるだろう。日本なんかにいるより余程勉強になる。」

うるせぇなあ。いちいちロを挟むなよ。

心の声が漏れ出そうになるのを必死に抑えながら、あくまで冷静さを装った。
「それはそうかもしれませんが、在学中にやっておきたい事があるんです。」
「何なんだ、そのやっておきたい事というのは?」
この人に本心を知られたら負けだ。耐え忍んできた3年間が水の泡になってしまう。
「貴方からしてみれば取るに足らないような事です。」
「ふん。あくまで答える気はないと。」
冷たい表情が更に冷たくなる。それにも最近は慣れてきた。
「何と言われようが考えは変わりませんし、それに自分の進路くらい自分で決めます。」
「頑固だな。まぁそう言うとは思っていたが、大学をリストアップしたものだ。気晴らしくらいにはなるんじゃないか。」
分厚い書類が入った茶封筒を投げて寄越される。
「……有難うございます。ではこれで失礼致します。」
部屋から出ようと踵を返しドアの方へ向かった。
「待ちなさい。」
が、呼び止められる。
「まだ何か?」
イライラを抑えながら声を出したが上手くいかず、その言葉に明らかな苛つきを乗せてしまう。
「数ヶ月は日本に帰って来られそうになくてね。」
言いたい事はだいたい予想がついた。

「明香莉の命日は来月だったな。」

その名前を、気安く呼ぶんじゃねぇ。

「…そうですが。」
「もう、墓参りに行くのはよしなさい。」
いつかは言い出すだろうとは思っていたので、驚きはない。
「何故です?供養に行くぐらい当然でしょう。」
だがこんな反論などすぐにねじ伏せられる。
「お前はいずれ蘇芳を継がねばならん。否が応でもな。その為にわざわざ私の元へ連れてきたんだ。」
そして続けざまに出てきた台詞に、自分の歯を食いしばる音が身体中に響いた気さえした。

「昔のことはいい加減忘れろ。」

どうしてアンタに…そこまで指図されなきゃならねぇんだよ!!

喉元まで出かかった感情をグッと押し殺して、黙って部屋を後にした。

廊下に響いた扉が閉まる音と自分の足音がやけに冷たくて、林しく聞こえるのは何故だろう。
なんて考えながらゆっくりと来た道を戻っていると、急に可笑しさが込み上げてきた。抑え続けた怒りは限界を超えると別の感情に変わるのだと初めて知った。
「忘れろ、か…。簡単に言ってくれる。」
嘲笑しながら呟く。

忘れられるなら忘れてしまいたい。

誰よりもそれを望んでいるのは自分自身だ。けれど、出来ない。出来るはずがない。
幸せだった頃の記憶を手放すなんて。

愛し恋

愛し恋

幼なじみだった愛大と恋は、互いの想いを打ち明け恋人という関係になる。しかし、ある出来事をきっかけに2人は別離した。 それから2年半後、高校生となった彼らは再会を果たし止まったはずの運命の歯車がまた動き出す。 この作品は、「小説家になろう」にも掲載しています。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • アクション
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
  • 強い性的表現
更新日
登録日 2019-07-01

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著作権法内での利用のみを許可します。

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