過ぎ去った、夏の日は、

 ほんとうは、やさしかった、あの夏の、しろくまたちとの思い出は、海水浴にはじまり、花火でおわる。
 きみの部屋の、植物標本。
 円筒状の、瓶のなかで揺蕩う、黄色い花は、きみが好きな花。
 アイスクリームを食べながら、砂浜で、夕陽が沈む瞬間を見た日のことを、絵にして、おおきな油絵にして、夕焼けの色が、なんだか怖いくらいに、赤くて、橙や、朱でもなく、純粋な赤で、きみの瞳には、あの景色が、空の色が、そう見えていたのだろうと思う。オムライスの、ケチャップの赤に、似ている。しろくまのなかのひとりは、サイダーが好きで、朝から晩まで、サイダーを飲んでいた。線香花火をしているあいだに、いちばん仲の良かったしろくまに、好きだと言われて、ぼくは、なにも答えられずに、ただ頷いていて、でも、しろくまは、ぼくからの返事なんて、さいしょから期待していないようだった。手持ち花火を振り回し、残像を楽しんでいる者もいて、それらには、きみが、注意をしていたね。あぶないよ、火傷するよ、ひとに向けたら、だめ。
 あの子たちは、ちゃんと、家に帰れたかな。
 ぼくたちは、しろくまたちよりも先に、電車を降りた。終電。家がどこにあるか、そういえば聞いたような気がするけれど、忘れてしまった。
 印刷した写真を、きみが、ちゃんと、ていねいに、アルバムにおさめている姿を眺めながら、あのときは、写真を撮らなかったなあと思う。写真を撮る余裕がないほど、はしゃいでいた。あの夏。一瞬の夏。夢みたいな夏で、振り返れば、古い映写機で映画を観ているような錯覚に陥る。回想。
 あの夏を越えても、ぼくらの町は、変わらぬ異質さを放ち、そろそろ美術館も、展示品でいっぱいとなる頃だ。きみのお姉さんも、先日、とうとう美術館に、入ったのだっけ。ぼくの家族には、まだ、選ばれた者はいない。いつも、青いツーピースの、ぴっちりしたタイトスカートをはいて、すそから伸びる脚がキリンのように長い、女のひとが、美術館の受付にいて、ちょっと怖い。
 すっかり氷の溶けた、メロンソーダのグラスをつかむと、水滴で手が濡れた。
 大好きなひとたちがいなくならない方法、というのを、さいきんのきみは熱心に調べている。お姉さんの、髪に飾られた花が、赤い薔薇だったことに、きみはいくばくかの不満を抱き、まいにち美術館に足を運んで、でも、お姉さんの変わらない麗しい姿に、満足しているようでもある。
 ぼくのことを好いてくれていた、あのしろくまのことが、ぼくも好きだった。
 告白されたとき、ぼくも好きだと答えていれば、あのしろくまは、また、ぼくの前に現れたのだろうか。いまとなっては、わからないことだ。

過ぎ去った、夏の日は、

過ぎ去った、夏の日は、

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-06-26

CC BY-NC-ND
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