騎士物語 第八話 ~火の国~ 第五章 宝探し  

第八話の五章です。
武器の回収とベルナークシリーズ、そしてワルプルガについてです。

第五章 宝探し

「手伝うのは別に構わないが、このまま便利屋のようにされると困るぞ。」
 事前の打ち合わせ通り、夜中の二時くらいに起きてアンジュの部屋に集合したあたしたちは……うっとりしてるアンジュと「はわわ」ってなってるロイドからはあとでキッチリ話を聞くとして、怪しまれないように天蓋の電気しかつけてない薄暗い部屋の中に浮かび上がった死人の顔に心臓が止まりそうになった。
「ミラの命令だぜ? 文句言うなよユーリ。」
「ミラのというか、お前が私を呼びつけたんだろうが。」
「ストカが呼んだのか? というかユーリ、どうやってここに……いつの間に火の国に来たってのもそうだが、フェンネルさんのセキュリティのあるこの屋敷によく入れたな。」
「ミラの指輪の力だ。ロイドのいる場所なら、夜の魔法クラスの壁でもない限りは移動可能だからな。」
 ストカと同じように首からさげてる黒い指輪を見せるユーリ。
「? ミラちゃんの指輪はストカが持ってるんじゃ……」
「ん? ミラが自分の指輪を渡すわけ――ああ、なんか誤解があるな。私のとストカのはミラが追加で作ってくれた指輪だ。ざっくり言えばミラが持ってるやつの劣化コピーだな。ロイドの近くに移動する力しかない。」
「?? ミラちゃんの指輪の力はそれだけじゃないのか?」
「そりゃお前――あー……すまん、たぶんその他の機能は秘密だ。しゃべると一週間くらい首だけで生活することになりそうだ。」
「えぇ……?」
「ちなみにロイドの指輪は今どこにあるんだ? 指にないが。」
「いや……指にするのはちょっと恥ずかしくて……ユーリたちみたいに首から下げてるぞ。」
 そう言って服の中から指輪を取り出すロイドを見て、ユーリは驚きの後に「うんうん」って頷いた。
「ああ、それはいいな。ミラも喜ぶ。」
「???」
「気になる内容だがひとまず――ユーリくんはアンジュくんの師匠がしかけたセキュリティをどうにかする為にやってきたのだろう? どうするのだ?」
「どうするかな。まずは見てみよう。この部屋はアンジュさんの――この家の一人娘の部屋なのだろう? ということは……」
 呟きながら壁際を歩き始めたユーリは……別に何もない場所で立ち止まった。
「セキュリティがより厳重になっているはずで、逆に言うと見つけやすい。皆には見えないだろうが、ここに魔法が集まっている。」
 言いながら自分のひ、左腕を外してこの前みたいに肩からさげてる大きな袋から……なによあれ……指が十本くらいついてる変な機械の腕を取り出して装着し、それを壁にあてた。
「ふむ……フェルブランドにおけるセキュリティは魔法のみだったが、ここは科学も織り交ぜているな。それでいて見事なつなぎ目……これを仕掛けた者はなかなかの使い手だな。戦っても強いだろう。ただ……」
 ダイヤル式の金庫をあけるみたいにユーリの機械の腕が右へ左へくるくる回る。
「第二系統が得意な系統というわけではなさそうだな。少し粗がある……そこを突けば……」
「? つまりこの家のセキュリティは第二系統を使ったモノってことなのか……? それでユーリを……よくわかったな、ストカ。」
「おいおいロイド、あんまり俺をバカにすんなよ。ユーリみてーに詳しくなくたって、この家が第二系統の魔法で覆われてることくらい魔人族なら誰でもわかる。」
「そ、そうなのか……悪い。」
「ったく、罰として今度なんかおごれ。」
「えぇ……」
「まぁ、気づけてもストカには……いや、ストカに限らずこれを解除できる者はかなり少ないだろうな。雷の魔法の電気、それと相性抜群の科学、こいつらをうまく組み合わせたなかなかの代物だ。自分で言うのもあれだが、私を呼んで正解――よし、もう少し……」
 一瞬、機械の腕が触れてる場所を中心に電流が走ったかと思うと、満足そうな顔でユーリがこっちを向いた……やっぱり部屋が暗いからホラーだわ……
「セキュリティに穴をあけた。今から十分ほどはどこからでも出られる。」
「うわー、あっさりだねー。」
 あたしたちにはただの壁にしか見えない場所をアンジュが微妙な表情でつつく。
「粗があるって師匠に教えた方がいーのかなー。」
「いや、その必要はないだろう。人間でそれがわかるのは……ロイドたちが通う学院の校長くらいじゃないか?」
「えぇ? ユーリ、学院長のこと知ってるのか? あ、前に来た時に?」
「軽い挨拶はしたがあの人物のすごさが判明したのはもっと最近だ。今ストカが使っている、フルトさんが持ち帰った幻術魔法なんだが……スピエルドルフの魔法研究チームが唸るような一品だったそうだ。正直、人間の中じゃ規格外だぞ、あの人は。」
「うーん、学院長クラスじゃないと見つけられないなら大丈夫かなー。そもそも、粗があるなんて言ったら流れ的に死人顔くんの事も話さなきゃだしねー。」
「…………あ、私のことか。」
 たぶん聞きなれない呼ばれ方にビックリして……でも別に気にした風でもなくて、むしろ興味深いって顔になるユーリ。
「ま、まぁとりあえずはありがとうユーリ。ちなみに戻る時はどうすればいいんだ?」
「あー……戻れる仕掛けをしたかったんだが、それを許すほどの粗は無くてな……ストカに言ってまた私を呼べ。」
「わかった……悪いな。」
「仕方あるまい。女王の命令であり、未来の王の為だ。」
 わざとらしく頭を下げたユーリに「えぇ……」っていう顔をするロイド。だ、だからロイドはあたしの……
 ……そういえばあたしとケッコ――し、したらロイドの立場とか地位って何になるのかしら……


「ふーむ、やはり第二系統の技術はある程度身につけてくべきかもしれないな。」
カンパニュラの家を後にして、ヴァララの居場所がわかるストカについて夜中の街を進んでるとカラードがそんなことを呟いた。
「フェルブランドは例外として、世界では科学技術が日々進化を続けており、それに比例して第二系統の雷の魔法の使い手の重要性が増している。なぜならそういった技術は大抵電気で動くからだ。」
「おいおい、どうしたカラード。いきなり学者みてーなこと言いやがって。」
「火の国の研究やさっきのフランケンシュタインさんの技術を見て少しな。騎士として守るにしろ攻めるにしろ、電気の活躍の場面は多いという話だ。火を灯りとし、雷をただの災害としていた昔には想像もつかない世界が今だ。フェルブランドにいると魔法ばかりに目が行くが、おれたちは視野を広くとって遅れないようにしなければならない。」
「ふむ、随分と大昔が引き合いに出たが……まぁ、そうだな。父さんも一度はガルドに行って最先端の科学を見ておくといいと言っていた。魔法も使わずに伸びたり縮んだりする槍があるとかなんとか。」
「あははー、夜の国、火の国と来て次は金属の国ってわけだねー。」
「おー、なんか機械がガショガショしてんだろー? ロイドー、今度連れてけてよー。言ったことあんだろ?」
「んまぁ……けどストカは……いや、魔人族にあの国は厳しいかもしれないぞ? 確かに面白いモノがたくさんある便利なところだけど、魔法生物が変な進化をしたり、逆に弱ったりする……ちょっときれいとは言えない空気の国だから。」
「か、環境汚染、だね……おじいちゃんがフェルブランド、に来たのも、おばあちゃんが空気の、せい、で、体調を悪くした、からだから……」
「フェルブランドとガルドじゃ文化の進み方が真逆だから、ボクやロイくんみたいに他の国に慣れてるならいいけど、エリルちゃんたちみたいにフェルブランド生まれの育ちにはキツイかもね。」
「……そういえばお姉ちゃんが言ってたわ。フェルブランドは剣と魔法の国っていう呼ばれ方以外に、自然の国とも呼ばれてるって。緑が多くて空気がきれいで、だから世界的な平均よりも健康な人が多いらしいわよ。」
「空気がマズイのは嫌だな……ロイド、お前が王様になってもうちの国を機械王国にはすんなよ。」
「しない――っていうかま、まず王様って点がだな――」
「んお、ヴァララだぞ。」
 ロイドがわたわたした顔でツッコム前に、ストカが前方の人影に手を振った。
『ロイド様、お待ちしておりました。』
 昼間に行った観光スポットみたいにマグマが見えるわけでもない場所。街からほんの少し歩いたところにある……なんていうか、ヴィルード火山の裾野の一部分ではあるけど岩しかないようなただの斜面って感じのところにヴァララが立ってた。
 夜だし周りには人もいないからか、あのヤラシイ美女姿じゃない本来のマグマ人間状態なんだけど、その身体はぼんやりと光ってて……すごいホラーな立ち姿だわ。魔人族ってそんなんばっかりね……
 ちなみにストカも幻術を解いてて、あの結構な露出のドレス姿にサソリの尻尾っていう姿になってる……なんなのよもう、その――デカイの強調しちゃって……!
「どーだヴァララ、ロイドのご先祖様が言ってたよくわかんねー奴は見つかったか?」
「いやストカ、よくわかんねー奴って……あれ? あの、マトリアさん、その――「あの子」みたいな存在はなんて呼ぶんですか?」
 普段は首から下げてるんだけど、会話しやすいようにって今は指にはめてる例の指輪に話しかけるロイド。
 ……な、なんかロイドが指輪してるのって……び、微妙な気分だわ……なにかしら、これ。
『色んな呼ばれ方してるわ。学者によりけりって感じ。厳密には生物じゃないせいで今一つ固定の呼び名が無くて……そうね、あたしたちは「巨人」って呼んでたわ。』
「巨人?」
『ええ。何故だか大抵人の形になるのよ。』
「へぇ……ああそうだ、ヴァララさん。その、巨人――は見つかりましたか?」
『はい。やはり普通のマグマとは動きが異なりましたから見つけるのは容易でした。ただ……すみません、ロイド様の武器は確認できませんでした。』
「い、いえそんな……」
『ああ、それは仕方ないわ。あたしが魔法で見えなくしたから。物理的にも魔法的にも武器の気配をあの子のそれに混ぜているから、目ではもちろん、魔法で調べても何も見えないのよ。』
『なるほど。それが先ほどおっしゃっていた仕掛けですか。』
『それはそうだけど……回収しないようにって言ったのは、その見えなくなる魔法を解除せずに、例えばあの子の中に入ったりしたら大変なことになるっていうのがどっちかというと本命の仕掛けね。』
 強力なマジックアイテムが封じられてる遺跡とかにありがちな、正しい手順じゃないと罠が発動する的な仕掛けなんでしょうね……この場合はその巨人ってのが襲ってくるパターンかしら。
「えぇっと、巨人――「あの子」の居場所がわかって、武器はその中にあるわけですから……あとはヴァララさんの力を借りてマグマに潜り、マトリアさんに仕掛けた魔法を解除してもらって武器を回収……あれ、オレいります?」
 ふとロイドが呟く。確かに、居場所を探せるのがロイドしかいないってだけだったから、それがわかったのならあとはマトリアに魔法の解除方法を教えてもらったヴァララが潜ってとってくるっていうのが一番いい気がするわね。
『残念だけど、あれを解除するには魂の欠片であってもあたしの存在が必要よ。そしてあたしが指輪を通して表に出るにはあたしがくっついてる魂――ロイドくんがその場にいないとだめだわ。』
「……あんたがいないとダメって、それ誰にも回収させる気ないじゃない。」
『うふふ。だって捨てたつもりだったのだもの。』
「つまり、ベルナークシリーズの剣の最後の一振りはマトリア・ベルナークの子孫でなければ回収不可能だったという事か。いよいよロイドの為に残された武器だったわけだ。」
「つーかそこまでしねーと捨てるっつーか封印っつーか、そういうのができねぇ代物なんだな、ベルナークシリーズってのは。」
 今から回収しようとしてるモノのとんでもなさをなんとなく再確認したあたしたちは……いえ、潜るのはロイドだけだからあたしたちは別に何もしないんだけど、ロイドとヴァララが準備は始めた。
……ロイドよりもあたしたちの方がいらない気がするんだけど……で、でもマグマの中に潜るんだし……心配――なのよ!
『で、ではその……し、失礼します!』
「はひ――あ! そそ、そういえばあの、い、息とかどうすれば!」
 ここに来て……まぁ、当然だとは思うけど、緊張した顔になってきたロイドがハッとする。
『呼吸はできませんが……その、私は周囲のマグマを取り込んで本来呼吸によって得られる要素を体内で生成できますから……それをロイド様に送ることで、ロイド様は呼吸が必要なくなるかと。』
「そ、そんなことが……! すごいですね!」
『い、いえ……では……』
 するりと羽織ってたローブを脱ぐヴァララ。黒い布の下から出てきたのは顔や手と同じ、ぼんやり光る赤い液体――マグマの身体。それがぶわっと広がってロイドを覆っていく。
「おお――うぼらば――ばばば……あ……あー、あー。お、喋れるぞ!」
 人型だったヴァララの身体は丸い球体になって、その中でふよふよ浮くロイドはなんか面白そうに手足を動かした。
「もしかして今はヴァララさんが普通に呼吸したモノがオレの中に入ってきているんですか? なんかこう――息をしていないのに苦しくないっていう変な感じです。」
『良かったです。それでは……』
 球体になったヴァララの一部が伸びて地面に触れる。すると……どうやらただの岩肌に見えてたそれは幻術魔法か何かだったみたいで、ぽっかりと空いた穴の奥で光るマグマが顔を出した。
『近い場所に入り口をあけておきました。ここから潜行します。』
「わかりました。えっと、マトリアさん大丈夫ですか?」
『大丈夫よー。ふふふ、マグマの中に潜るなんて初めてだわ。』
「それじゃあ……行ってきます。」
 ヴァララの中で手を振ったロイドは……というかロイドの意志では動けないんだろうから、ヴァララが転がってそのまま穴へと落ちて行った。
「うへぇ、マジでマグマの中に入ってったぞ……」
「中の様子は想像もつかないな。」
 穴から中を覗く強化コンビはさておき、あたしはストカの方を見た。
「……場所、ちゃんとわかってるのよね?」
「勿論だぜ。今その辺だ。」
 何もない岩場を指差すストカ。まぁ、そう言われてもよくわかんないわけだけど……ああ、今更ながら、ホントに大丈夫なのかしら……
「ううむ……」
「ど、どうした、の、ロゼちゃん……難しい顔してる、よ?」
「うむ……あのわたしのような美女の姿をしていたヴァララくんがロイドくんを包み込んでいると思うと妙な気分でな……」
「……バカ言ってんじゃないわよ……」



 それは不思議な光景だった。周囲のマグマとヴァララさんの身体は見た目に違いがなくて、だからきっと、傍から見るとオレはマグマの中に一人浮かんでいるように見えるのだろう。
 だが熱さはなく、マグマだから水のように遠くの方が見えるわけでもないこの状況……周囲を赤い光で囲まれたような変な感覚だった。
 上下左右がよくわからないし、比較できるモノがないから進んでいるのかどうかも……あれ、オレは今どうなっているんだ?
『ここです、ロイド様。』
 と言われても潜った場所と風景が変わらないからなんとも言えないオレだったのだが、ヴァララさんに……その、包まれている影響なのか、目の前のマグマに妙な気配を感じた。
『あら? もしかすると……ま、なんとかなるかしらね。それじゃああたしに続いて呪文を詠唱してね。』
「は、はい。」
 オレはまだそんなすごい魔法は使えないが、規模の大きな魔法を発動させる時には使うことが多い――と習った「呪文」を、マトリアさんに続いて唱えていく。
 その言葉にどういう意味があるのかはさっぱりだが、マトリアさんが言ったことを繰り返していると目の前に青色の光る立方体が現れた。
『さて、ここからが本番だから間違わないようにね。まずはその四角の天面を二回叩いて――』
 数字も模様も何もない無地の立方体を叩いたり回転させたりさせること数分、鍵を開けるようなガチャリという音が聞こえたかと思うと正面のマグマの中にゆらりと……まるで深くに沈んでいたモノが浮かび上がるように二つのモノが出現した。
 一つは剣。鞘に収まった二本の剣がクロスした状態で紐……いや、ワイヤーで結ばれている。
 もう一つは金属の箱……塊? 見た感じ開くところはないけど、仮に中が空洞だとしたらオレ……いや、アレクの身体がスッポリ入るくらいの大きな金属の塊だ。
『あら? これは……』
「な、なにか違いましたか……?」
『いいえ、目当ての剣はそれなのだけどこっちの塊は…………あ! そうだったわ、あたしこれもここに捨てたんだったわね。』
「えぇっと、これは何なんですか?」
『あなたたちがベルナークシリーズって呼ぶ武器の材料になる金属よ。こんなマグマの中でも溶けないような丈夫さやベルナークの血統に反応して発動する高出力形態を可能にする特殊な素材なの。』
「へぇ…………えぇっ!?!?」
『ベルナークの家を出る時、あたしが剣を捨てるのを見越した弟がついでに捨てといてってあたしに押し付けたのよね。そうだわ、ここに沈めたのよね。』
「ざ、材料って……じゃ、じゃあこれがあればベルナークシリーズを作れるってことですか!?」
『どうかしら。ベルナークの家にいた鍛冶屋さんが今の時代にも加工技術を伝えてたらできるかもしれないわね。』
 マトリアさんは何でもないように言うが……ベルナークシリーズの材料って、この剣よりも遥かに価値がありそうな気がするぞ……
『せっかくだから回収しちゃう?』
「ど、どうなんでしょう……回収したらすごく危ないような……こう、誰かに狙われそうと言いますか……」
『そうね。あたしも普通ならおすすめはしないけれど、ロイドくんにはスピエルドルフとのつながりがあるでしょう? いつかこれが必要になる時まであの国で保管してもらえるならいいと思うわ。』
「そ、そうですか……」
『それに今魔法を解除しちゃったから、ここに置いていくと普通に見つかっちゃうかもなのよね。』
「えぇ!? じゃ、じゃあ回収しておきますか……ヴァララさん、スピエルドルフは協力してくれますかね……」
『ロイド様の頼みとあれば、何であれ断る理由はないかと。』
「えぇ……」
『それとロイド様……少し急いだ方が良いかもしれません。敵意を感じます。』
「敵意? え、だ、誰かに見つかったとか――」
『違うわロイドくん。この子があたしたちを敵と認識しちゃったみたいなのよ。』
「この子って……えぇ!? 巨人がですか!?」
『生き物ともそうでないとも言えない不思議な存在だから魔法をかけた当時も思ったんだけど、やっぱり時間経過で魔法が変な感じになっちゃったみたい。ちゃんとした手順を踏んでも、これを持っていこうとすると攻撃しちゃうようね。』
「マズイじゃないですか!」
『退避します!』
 やっぱり見た目が同じだから見えにくいが、マグマの中に浮かんでいた剣と金属の塊をヴァララさんがつかみ、そのまま移動を開始した……のだと思う。移動の感覚はないが、巨人の気配から遠ざかっていく。
「マトリアさん、あの巨人はどうすれば!」
『ちょっと戦ってダメージを与えれば退くはずよ。命の概念がないから倒すってことは不可能だけど、あの子の場合なら身体を構成するマグマを何割かとばせばあたしたちへの攻撃よりも修復を優先して戻るはずだわ。』



「結局のところストカくんもロイドくんのことが好きなのだろう?」
「あー……んー……んん? ロイドはダチだがそもそもミラの旦那っつーか次の王だしなぁ。」
「なんでそれが決まった事になってんのよ……!」
「確かにそうだがそうではなくてだな、ミラくんだのなんだのは置いておいて……そうだな、ロイドくんにギュッと抱きしめてもらいたいと思うか?」
「別に。俺から抱きつけばいい話だろう?」
「いや、そういう話ではなくて――抱きつきたいのか?」
「それは――んん? なんか変だぞ。」
「変ではないぞ。もしもロイドくんのことが好きなら抱きつきたいと思うのは――」
「じゃなくて、ロイドたちが戻ってくんだけどすげー急いでんぞ? おい、そっからちょい離れた方がいいぜ。」
 ロイドたちが入ってった穴の近くにいた強化コンビにそう言うと、ストカもぴょんと跳んで穴から離れた。
「な、なによ、どうし――」

「どわばっ!」

 ストカに聞く前に穴からロイドが出てきた。球体となってロイドを包んでたヴァララはどろりと人型に戻り、ロイドをお姫様抱っこした状態で着地した。
 ついでに、二本の剣と……なによあれ。なんか金属の塊みたいのが傍に転がった。
「えぇっと――と、とりあえずみんな耐熱魔法を用意して! 巨人がこっちに来るから!」
「は!? そうならないようにマトリアがいたんじゃないの!」
『ちょーっと時間が経ち過ぎたちゃったわねー。』
 マトリアの「てへ」って感じの声が聞こえたかと思うと、ロイドたちが出てきた穴からマグマが噴き出した。
「うわー、火の国育ちのあたしでもこんなの初めて見たよー。」
 岩肌が続くだけの、周囲に灯りの全くない暗闇に噴き上がったマグマはドロドロと形を変え、さっきのヴァララみたいに人型になっていく。だけどその大きさは比べ物にならなくて、視界に入る真夜中の夜空の半分を光の巨人が埋め尽くした。
『はっ!』
 マグマが完全な人型になる手前、ヴァララが何かを空中に放り投げる。すると夜空に見えてた星が消えて周りが一段階暗くなった。
『夜の魔法の簡易版を発動させました! これで巨人も含めこの一帯は他の者に認識されなくなりましたが――範囲が大きい為あまり持続しません!』
「確かにこんなのは目立ってしょうがないが……ロイドくん、これは倒せるのか?」
「マトリアさんが言うには身体を作っているマグマを何割かとばせば帰っていくそうです。」
「んお、そりゃわかりやすいな! 俺の強化魔法の出番だぜ!」
「とばす――ふきとばす系の攻撃となるとアレクとおれ、それとロイドとクォーツさん、カンパニュラさんが適任か。」
「ちっちっちー。ロイくんの愛でパワーアップしたボクの位置魔法をなめてもらっちゃ困るかなー。」
「それは心強い。ではみな、夜の魔法とやらが切れる前にこの巨人を倒――」

「いや、こんなん俺だけで十分だぞ?」

 あたしたち――『ビックリ箱騎士団』が戦闘態勢になったその瞬間、地面を蹴ったストカがものすごい速さで巨人の方に飛んでって――

「おりゃっ!」

 巨人の手前で身体をひねり、一瞬見えなくなるくらいの速度でサソリの尻尾を振った。すると巨人の身体が縦に真っ二つになっ――はぁっ!?!?

「ほい、だりゃ、おら!」

 右と左に裂けた巨人の真ん中を通り過ぎて背後に回ったストカは、落下しながら再び尻尾を振る。長くて太い、かなり存在感のあるサソリの尻尾が視認できない速度で振るわれるたびに巨人の身体はこま切れになり、ストカが着地する頃には人型をとどめないバラバラ状態でぼとぼとと地面に落ちていった。
「どーだ、こんだけやりゃあいーんじゃねーか?」
 汗一つかいてない顔でストカがニシシと笑うと、巨人――だったこま切れの破片はそれぞれにドロドロと穴からマグマの中へと戻っていき、巨人登場から一分も経たずに真夜中の暗さが戻った。
「す、すごいなストカ……」
「ったりめーだこれくらい。」
 魔法はたぶん使ってなくて、単純な身体能力だけであんなデタラメな威力って……
 ストカがこれなら……この前のラコフ戦も、もしも夜だったらユーリ一人であの化け物を……
「おれたちが来たかいもあったと思った矢先に片付いてしまって残念だが、とはいえ目的は果たしたのだろう? ロイド。」
「あ、ああ。これ――あちっ!」
 ヴァララの傍らにあった剣をつかんだロイドだったけど、マグマに沈んでたせいかかなり熱いらしい。
「これがベルナークの剣の最後の一振り……やはり他のシリーズ同様に外見はシンプルなのだな。安売りの棚に置いてあっても不思議じゃないが……しかし武器の放つ気配が尋常でないのも他と同じか。」
 まじまじと剣を眺めるカラードの横、アレキサンダーはもう一つの方を眺めてた。
「んでロイド、この塊はなんなんだ?」
「それは……ベルナークシリーズの材料になるモノだそうだ……」
「……は? んじゃなにか、これがあれば新しいベルナークシリーズが作れるってか!?」
「その技術を持った鍛冶屋がいれば……できるみたいだ。」
「うおお、まじか――あちっ!」
 驚きの勢いで塊に手を置いたアレキサンダーがさっきのロイドみたいに手を引っ込める。
「大丈夫かアレク。しかしベルナークシリーズの材料か……正直この剣以上に価値があるだろうな。」
「や、やっぱりそうか……そうだよな、どう考えても……」
「ああ。ベルナークシリーズの武器としての強力さは誰もが認めるモノであるから、当然その構成を分析して新しいベルナークシリーズを作ろうとした者は多くいた。だがその全員がそれを諦めることになった理由が、ベルナークシリーズにおいてメインに使われているとある金属の入手の難易度の高さなのだ。」
「えぇ? その言い方だと……材料は今でもどこかにあるのか?」
「ある。おれも詳細は知らないが、百回挑んで千回死ぬと言われている道程を辿った先にあると言われている。記録上、その金属を持ち帰った者はゼロだ。」
「計算おかしいが……んまぁ、つまりこの塊はそれだけ価値があるって事だよな。ちなみにマトリアさん、この塊でベルナークシリーズがどれくらい作れるんですか?」
『そうねぇ……あたしは農家の人で鍛冶屋じゃないから昔のざっくりした感覚だけど……完全な新作なら三、四本くらいかしらね。既にある武器を一部強化するっていう使い方ならもっとたくさんできるでしょうけど。』
「えぇ? こんな大きな塊で三、四本? オレも専門家じゃないですけど……そんなもんなんですか……」
『これを圧縮してさらに密度を高めてから使うのよ。』
「なるほど……」
「いやいやいや、それよりも今すげーこと言ったよな? 武器の強化だぁ?」
『そうよ。ベルナークが凄腕の騎士の家系だからって、ほんの数人の強者だけじゃ国は守れないでしょう? ベルナークの騎士が指揮する騎士団の面々の武器もこの金属で強化してたのよ。まぁ、さすがに全員分の量はないから……フェルブランド王国の国王軍で言うところのセラームクラスの人たちだけではあったけどね。』
「ほう……この金属はベルナーク率いる騎士団の強さの秘密でもあったのか……しかしそうなるとこの塊はますます価値が高まるな。マトリア殿、これを加工できる鍛冶屋にあてはあるのでしょうか。」
『あたしの知る限りはないわね。』
「となるとこれはどこかに保管しておかなければならないな。国王軍にでも預ける――いや、しかし最近の襲撃もあるからな……安全な場所は……」
「それなんだが……マトリアさんがスピエルドルフなら安全だろうって。そういうのって頼めるか、ストカ。」
「ん? ロイドの頼みならミラは断らねーだろ。」
「えぇ……」

「ええ、断る理由はありませんね。」

 真夜中の暗さの中、ヴァララの身体がなんとなく灯りになってるような状況で全身黒ずくめの女がぬっと現れた。
「どわっ!?!? なんだ、誰だ!?!?」
 すごい驚き方でのけぞるアレキサンダーを見てくすくす笑うその女は……ここにいる二人の魔人族が暮らす魔人族だけの国の女王――カーミラだった。
「ミ、ミラちゃん!? ど、どうしてここに……」
「ユーリがストカに呼び出されたと聞きまして、二人が行ってワタクシが行かないではなんだか仲間外れ気分なので来てしまいました。ご苦労様です、ヴァララさん。」
『ははっ!』
 シュバッとひざまずくヴァララ。
「おいおいミラ、そんなひょいひょい出てきたらまたヨルム様に怒られるぞ。」
「ヨルムは今別件で城にいませんから。それに……こうして出てきた事で良い出会いを得られました。」
 すすすーっとロイドの方に近づいたカーミラは、ロイドの手をとってその指にはまってる指輪に会釈した。
「きちんとご挨拶をするのは初めてですね。ワタクシはカーミラ・ヴラディスラウス。ロイド様のご先祖様のマトリア様でございますね?」
『そうだけど……あ、この前すごい呪いがかけられた時に見かけた吸血鬼さんね?』
 フェルブランドの王城に潜入してるスピエルドルフのスパイがあたしたちの会話を聞いたことで、今回の武器回収にストカやヴァララが送り込まれたわけだから……会話に登場したマトリアのことがカーミラの耳に入ってるのはおかしくないし、そもそも前にスピエルドルフでマトリアが表に出てきた時、その場にカーミラもいたわけだし……まぁ、カーミラならロイドのご先祖様であるマトリアに丁寧な挨拶もするわよね……
「サードニクスの血筋を守り続ける魂の魔法――あなた様の存在がロイド様という運命をワタクシに与えてくれたと言っても過言ではないでしょう。深く、深く感謝いたします。」
『ふふふ、あたしに対して感謝なんてしなくていいわよ。元はと言えばあたしが持ち込んだ危険に対抗するための魔法なんだから。それに血筋としてあたしの存在がロイドくんに繋がっていることが事実であっても、そんな遠くのご先祖様に思いをはせて感謝なんかしないものよ。その感謝はせいぜい二、三世代前までで充分だわ。』
「いえいえ。ワタクシは吸血鬼ですから、この身体には初代からの血が確かに流れております。故に「遠くのご先祖様」にも実感のある感謝を思うものなのです。だからどうかこの感謝を受け取って頂きたい。」
『そう? じゃあ……ふふふ、どういたしまして。』
 親への挨拶を通り越したご先祖様挨拶をしたカーミラはロイドの手を握ったまますぅっと顔を近づけ――!
「それでロイド様、何やらワタクシにお願い事があるようですね。」
「う、うん、この――金属の塊なんだけど、ベルナークの武器の材料になるモノで、悪い奴らとかに狙われたりすると困るんだけどオレたちじゃ管理は難しくて……だ、だからスピエルドルフで預かってもらえないかなぁって……」
「なるほど、人間の間で最上とされる武器の材料というわけですね。確かに良からぬ者の手に渡る事は避けなければなりませんが……ふふふ、それが他の何であったとしても、ロイド様からのお願いという時点で首は縦にしか動きませんよ。」
「そ、それは……い、いや、でもオレが何か――危険なモノを預けようとするかもで……」
「ロイド様はそのようなモノをワタクシたちに預けようとはしません。」
 笑顔でキッパリと言い切るカーミラに何とも言えない顔で赤くなるロイド……
「あ、ありがとう……」
「いえいえ――あら……?」
 ロイドの腕に抱きついてキ、キスしそうな距離でうっとりしゃべってたカーミラの表情が少し変わる。
「スンスン……まあロイド様ったらまた色濃く女性の匂いを……これはアンジュさんですね。そしてそれよりも一層強く残っているのはティアナさんですか。」
「びゃっ!? あ、あの、それは――」
「んー? それは変じゃないのー? さっきまで一緒に寝てたあたしよりも昨日一緒だったスナイパーちゃんの方が残ってるのー?」
「一緒に寝て……ええ、ロイド様の全身からねっとりと。」
 カーミラの言葉にあたしたちの視線がティアナに集中した。
「あー……ティアナ? ロイドくんに一体何をしたのだ?」
「…………」
「あ、あんた、全身からって――ななな、何したらそんなことになんのよ!」
「……秘密……」
 ちょっと色っぽい笑みを浮かべるだけでやっぱり何もしゃべらないティアナ……!
「と言いますか……ローゼルさんの件は聞きましたが、今のロイド様にはエリルさんとリリーさんの匂いも残っていますね……全身に。」
 はっ!?!?
「えへへー、残ってるんだー。まーしょうがないよねー、ロイくんてばあんな……やん、もうもう!」
 でへへって笑うリリーはともかくとして……そ、そんなに残るの!? ていうか吸血鬼の嗅覚どうなってんのよ!
「ロイド様ったら、この短い期間にみなさんとそこまで? まぁ、おそらくはユーリの魔法が引き金になっているのでしょうが……しかし……そうですか……」
 ロイドの腕にまわしてた手でロイドの胸の辺りをさすり、そのまま首へと這わせていくカーミラ……!
「かつての日々を思えば多少の事はと考えていましたが、みなさんは着々とロイド様と……これはいけませんね。気づけば随分と後方に位置付けてしまったようです。ここはワタクシも本格的に……ええ、ええ、単純にうらやましいですし。ロイド様、一つ提案が。」
「は、はひ……」
「こちらの金属、スピエルドルフが責任を持って管理いたします。将来ロイド様がこれを用いて武器を作られる時の為、性質の解析や加工技術の確立もしておきましょう。その代わりに……その……ワタクシ――の願いも一つ、叶えてくださいませんか?」
「ミ、ミラちゃんの!?」
「ダメ……でしょうか?」
 だいたい余裕の笑みを浮かべてるカーミラがもじもじとロイドにそんなことを……あ、これは……
「ダ、ダメでは……オ、オレにできる事ならなんでも――」
「バ、バカロイド! 最近のあれ的に――ヤ、ヤラシーことをお願いするパターンじゃないのよ!」
「びょぇっ!?」
「まぁ、エリルさんたら破廉恥ですこと。そのようなことは欠片も……ただみなさんがロイド様と行っている「お泊りデート」をワタクシも、と思っただけですよ。」
「ミラちゃんと!?」
「ええ。一度、二人きりの時間を過ごしたいと思いまして。」
「ダメだよロイくん! 絶対やらしーことになるんだから!」
「商人ちゃんが言えた口じゃないと思うけどねー。でもそーゆーことだよねー。」
「いえいえ、今のワタクシは……まぁ、していただけるなら存分にとは思いますが、優先すべきは一度ほどけてしまった赤い糸を結び直すこと。その為にまとまった時間、ワタクシはロイド様と語り合いたいのです。」
「――!」
 最近の……ロイドのラッキースケベ状態から始まったヤラシー流れの中、カーミラも当然と思ったけど――この女王はあたしたちと事情がちょっと違う。小さい頃の話とは言え、一国の王族が婚約書を書くくらいの……な、仲だった相手――ロイドの事を、つい最近まで忘れてたんだもの……
「……あんたは――ロイドはどうなのよ……」
「びょ!? オ、オレは……」
 赤い顔ですごく恥ずかしそうに、だけど真面目な表情でロイドは答える。
「オレ――も……その……今回も、ヴァララさんやミラちゃんからすごい信頼してもらっているのに……その理由をわかってないのはすごく申し訳なくて……ミ、ミラちゃんとじっくり話すっていうのは思い出すキッカケにもなりそうで、だから……け、決してヤラシー下心的にではなくてですね! デデ、デートは……したいかなと……思います、はひ……」
 ……まぁ、こいつならこんな感じになるわよね……ま、まったくもう、あたしのここ、恋人は世話が焼けるわ……!
「し、仕方ないわね……ロイド自身もの、望んでるっていうなら――かか、彼女として大目に見てあげるわよ……!」
「エリルくん、随分と言うように……」
「あんたには負けるわよ……」
 それにカーミラよりも今はこの、妻だの夫だの言い始めたローゼルを何とかする方があたしにとっての優先のような気がするわ……
『お、お話し中すみません。ロイド様、武器とこちらの金属から火の魔力を除去いたしました。これでお持ちになれるかと。』
「え、あ、はい――え、火の魔力?」
 蚊帳の外にいたヴァララがおずおずとロイドに剣を差し出す。
『はい。こちらの剣、この山に満ちている火の魔力を内部にため込んでおりまして、それゆえに熱を持っていたようです。』
「内部にため込む?」
『ああ、それはその金属の性質よ。』
 剣を受け取って不思議そうな顔をするロイドの手からマトリアの声が聞こえてくる。
『正確にはマナをため込む性質で、さっきもちょっと言ったけどベルナークの武器の高出力形態っていうのをそれが可能にしてるの。』
「高出力……ああ、交流祭でラクスさんがやってたあれか。」

 ベルナークシリーズにはベルナークの血筋の者が持つとその真の力を発揮するっていう噂があって、実際ロイドが交流祭の二戦目で戦ったカペラ女学園唯一の男子生徒、ラクス・テーパーバゲッドは第十二系統の時間魔法とマジックアイテムの力でそれを無理矢理引き出し、六本の刀を持つ青い巨人を出現させた。
 あの一戦で噂が本当だったってわかって……つまりロイドが手にしたマトリアの剣にもそういうのがあるわけで、それの正式名称が高出力形態なのね。

『普通は自然に発生してる空気中のマナをため込むんだけど、マグマに沈めたせいで火の魔力をため込んでたのね。それを今抜き取ってくれたから、しばらくすればマナがたまって高出力形態が使えるようになるはずよ。』
「使える――んでしょうか。た、確かその真の姿――高出力形態? を使うにはいろんな条件をクリアしないとダメってラクスさんが……」
『条件? せいぜい剣なら剣の使い手じゃないとダメってくらいの縛りでベルナークの血筋なら普通に使えるはずだけど……あ、もしかして弟がやった制限の事かしら。あれは弟の血筋にしかかかってないからロイドくんとパムちゃんには関係ないわよ。』
「そ、そうですか……」
「つまり……ロイドはベルナークシリーズの使い手の中でも特殊な存在という事だな……」
 マトリアの話を「ふむふむ」って聞いてたカラードがそんな事を呟いた。
「えぇ? そ、そうなのか?」
「ああ。ロイドが言ったように、ベルナークシリーズの真の姿を起動させるにはベルナークの血筋の他にもいくつかの条件をクリアしなければならないと聞く。普通に考えれば十二騎士の席がベルナークの血筋の者で埋まりそうなのにそうならないのはこれが理由の一つだと言われている。だが今の話を聞く限り、その条件を課せられているのは世にベルナークの血筋として知られている家――マトリア殿の弟君の血筋であり、マトリア殿の血筋であるロイドとその妹さんには関係のない話。よってサードニクス兄妹だけは真の姿を無条件に起動できるわけだ。」
『ため込んだマナを消費するから連続無制限ってわけにはいかないけれど……まぁそうなるわね。』
「えぇ……あんな六刀流になっちゃうような力、使いこなせるかどうか――うわ。」
 ヴァララから受け取った剣、二振りの内の一本を鞘から抜いたロイドは突然驚いた顔になった。
「ああ、こういう事か……すごいなぁ……」
「何よいきなり。」
「いやぁ、ベルナークシリーズって誰の手にも馴染むって聞いてたけど……フィリウスからもらってずっと使ってたあの剣みたいに、なんだか長年使い続けたような感覚なんだよ。」
 そう言いながらきゅるると剣を回転させるロイド。ふわりと風にのせて文字通りの曲芸みたいに自分の周囲でくるくる回す。
「ほら、エリルも持ってみたらわかるぞ。カラードたちも。」
 風にのってた剣の回転を止めてあたしの前にふわりと落とすロイド。最初はちゃんと制御できなくてあたしとローゼルのスカートをめ、めくったりしたけど、今のロイドはかなり細かい風の制御ができるようになってる。まぁ、本人が言うにはランク戦の後で先生が連れてきたオリアナには全然及ばないらしいんだけ――うわ、なによこれ。
「な、すごいだろ。」
 持ち手を握った瞬間、剣の使い方なんて全然勉強してないのにこの武器を持って戦いに出ても普通に戦えちゃう――そんな気がするくらいに手に馴染んだ。
「ふむ、これは確かに……おれも多少は剣の扱いを心得ているが、それ以上の自信――いや、確信が剣を持った瞬間に生じた。おれはこの剣で戦えてしまうだろう……今初めて手にしたこの剣で十二分に。」
『軽すぎず重すぎない、扱いやすい最適重量。一度成形したら破壊するのはほぼ不可能な強度。武器として求められる性能を追求した結果生まれたベルナークの武器……前の剣をあたしが壊しちゃったっていうのの謝罪も含めて……改めてロイドくん、その剣をあなたに譲渡するわ。』
「は、はい! つり合うように頑張ります!」
『ふふふ、つり合いだなんてそんなこと。仮にあったとしてもあたしの血を引くっていう事以上のつり合いは存在しないわ。あと――ごめんなさいね、パムちゃんが使えそうなロッドタイプの武器も渡せればよかったのだけど。』
「そんな、これだけでもすごいことなのに。それにそれなら――オレがパムを守ればいいだけです。」
『頼れるお兄ちゃんね。それじゃあそろそろ、あたしはおいとまするわ。子供との会話は楽しいけれど、できればもうあたしが登場しないことを願うわね。』
「そっちも頑張ります!」
『ふふふ、じゃあ、おやすみなさいね。』
 そのあいさつを最後に、指輪からマトリアの声は聞こえなくなった。ロイドは指輪を外して首にかけ直そうとしたんだけど、ロイドの首元から出てきた黒い指輪を見たカーミラが――
「ひゃ、ロ、ロイド様――そ、その指輪は……」
「え……う、うん、ミラちゃんからもらった指輪だよ。マトリアさんの――というかサードニクス家の指輪とミラちゃんのを首からかけるようにしてるんだけど……な、なんかダメだった……?」
「いえ……指にはめるよりむしろ良いかと……」
「??」
 そういえばヴァララもユーリも同じようなこと言ってたわね……なんかカーミラが嬉しそうなんだけど……指輪を首からかけることが魔人族とか吸血鬼の間で別の意味を持ってたりするのかしら……
「で、ではロイド様、こちらの金属はお預かりしますので――近いうちにデートの方も。」
「う、うん……」
「おいミラ、俺らはどーする?」
「そうですね……割とあっさり武器が回収できましたから、とりあえずヴァララさんはワタクシと戻りましょう。ストカはロイド様たちの学友という形で来ていますから、突然いなくなるのはいただけません。最後までいてください。」
「おっしゃ! もうちょい遊べるぜロイド!」
「いや、オレたち一応学校の授業の一環でここにいるんだが……」
「そうですよストカ。せっかくなのですから火の国について後日報告を。決して……そう、決してロイド様に抱きついたりしませんように。」
 ジトッとストカ――の胸の辺りをにらむカーミラ……
「んあー、でももういっしょに風呂とか入っちまったぜ?」
「おや……」
 瞬間、ぞわりと空気が冷たくなって……カーミラがぞっとする笑顔をストカに向ける。
「そうですか、ロイド様と……みなさんだけでなくストカまで……そうですかそうですか……」
「お、おいミラ、やべー顔になってんぞ……あ、あれだぞ! 別に俺がやったわけじゃなくてそこのアンジュの師匠がロイドを女風呂に引っ張り込んだんだぞ!」
「しかし一緒に入ったのでしょう……? なんてうらやましい事を……ワタクシを差し置いて……!」
 左目をギラリと光らせるカーミラは――本気で怒ってるのかストカに対してはいつもこんな感じなのかよくわかんないけど、どっちにしろあたしたちはその圧倒的な迫力を前に身体が動かなくなってて……ちょ、ちょっとこれまずいんじゃ――
「あ、あのミラちゃん……タタ、タオルを巻いて――なら、その、デデデ、デートの時に一緒にオオオ、オフロ――ドウデスカ!?!?」
「!!」
 同様にまずいと思ったのかただのスケベか――ま、まぁ前者でしょうけど、ロイドがそう言った瞬間空気が元に戻った。
「ロ、ロイド様がワタクシと……ワタクシを誘って――!? ええ、ええ、もちろんです! お背中流します!」
「う、うん。」
 睨まれたら心臓止まりそうな表情から心底嬉しそうなとろけた顔になるカーミラ。
「はあぁ、ロイド様と……素敵です……待ちきれませんね……ああ、ストカ、今回は大目に見ますが以後気を付けてくださいね。」
「お、おう!」
「それではワタクシとヴァララさんは戻りますが――ロイド様。」
「な、なにんぐぅ!?」
 とびついたカーミラがロイドにキスを――な、なんかやらしい音が聞こえるくらいの長くてあれな感じのやつを――!!
「――んはぁ……あぁ……デート、楽しみにしていますね。それとこれを……いざという時の為に。」
 そう言って見覚えのある小瓶をロイドのポケットの滑り込ませ、ヴァララと一緒に暗闇の中に溶けて消えたカーミラ。残ったのは「危なかったぜ」ってほっとしてるストカと……も、ものすごいキスを受けて放心状態のロイド……
「ロイくんてばお風呂の約束なんて!」
「むう、デートしようだのお風呂に入ろうだの、したことはあってもロイドくんからしようと言われた事はないからな……なんだかすごく羨ましいぞ。」
「優等生ちゃん、欲張りだねー。まーああやって今、頭の中がやらしー方向になってるロイドとこの後一緒に寝るのはあたしだけどねー。」
「背中、流す……洗いっこ……」
 ……ティアナの呟きが気になるし、デートもお風呂も色々あれだからあとでロイドを燃やさないとだけど……とりあえず一段落かしら。
「まぁ、ロイドのいつものあれこれは置いておいて、ご先祖様であるマトリア殿の武器を回収するという目的は、ベルナークシリーズの材料というおまけ付きで達成だな。」
 剣を鞘におさめてロイドに返すカラードに合わせてあたしも剣を返すと、バカみたいな顔でポカンとしてるロイドはよろよろとそれを受け取った。
「ほへ……あ、ああ、そう――だな……うん。」
「うっしゃ、そしたらあとはワルプルガだな! セイリオスの学生としちゃこっちがメインなわけだし、気合入れねーとな。ロイドもその武器試すいい機会じゃねーか。」
「お、おうよ……頑張るぞ……」
「……ロイド、さっきカーミラから受け取ったのって……」
「え、うん……たぶんミラちゃんの血……この前のラコフとの戦闘みたいのがいつまた来るかもって、きっと心配して……」
「でもそれあんた……ラ、ラッキースケベを発動させるアイテムでもあるわよね……」
「うぐ――ま、またそうなったら……今度こそ男子寮のどこかを間借りして……」
「ははは、強力な力の代償が女難とはロイドらしいな。」
「……それがオレらしさになってるのがショックだ……」
 今更なことを呟いたロイドはともかく、真夜中の……秘密の任務みたいのを終えたあたしたちは、再度ストカが呼びつけたユーリの力でカンパニュラの屋敷に入り、明日もあるからそのまま解散してそれぞれの部屋に戻った。
 デートとオ、オフロ――の約束までしちゃったエロバカロイドがカーミラからのキ、キスでじゃっかんまだ呆けたままで、その状態でアンジュと一緒の部屋ってのがちょっとあれだけど……も、もう夜遅いし、さすがに普通に寝る――わよね……
 まったく、ロイドもロイドだけどどうしてこう……ち、痴女ばっかり――なのかしら……!



「これはまた厄介な状態ですね。まぁ、こういう土地ですからいてもおかしくはないのですが、タイミングの悪いことです。」
「なな、何がですか!? というか早く出ませんか!?!?」
 田舎者の青年らが火山を後にして屋敷に戻った頃、ディーラー服の女と奇怪な帽子をかぶった青年が入れ違いにマグマの中へと入っていった。バリアーか何かを展開しているのか、ディーラー服の女を中心に半径一メートルほどの空間はマグマで満たされず、二人は何事もなくマグマの中を歩いていた。
「見分けはつきにくいでしょうが、そこにこの火山の主が座っているのです。久しぶりに運動でもしたのでしょうか、それとも誰かにやられたのでしょうか。」
「なんの話ですか!? ていうか何でこんなあっさりとマグマの中に!」
「妙に消耗していて、今は回復の為にじっとしているのです。ちょうど、私たちが進みたいところを塞ぐように。『バッドタイミング火山男』ですね。」
「何言ってるのか全然です!」
「ですがこの方は生き物ではなく、この辺りに満ちている火の魔力によって成り立っている存在です。近くワルプルガというお祭りにおいて人間と魔法生物の一戦があるのですよね? この土地に生きる魔法生物であれば使うのはもちろん火の魔力でしょうから、きっとお祭りの間は大量の火の魔力が消費されます。そうなればこの方も一時的に存在が揺らぐでしょうから、そこを狙ってまた来るとしましょう。」
「また!? このマグマの中に!?」
「ええ。無理に突っ切ってこの場所でこの方と一戦となりますと火山活動に影響が出て私たちがいることがバレてしまいますから。」
「さっきから言ってる「この方」がどれかわかりませんけど――そそ、そういうことならとりあえず出ましょう! こんな場所からは今すぐに!」
「心配性ですね。『小心ハッカーハットボーイ』ですね。」
「そりゃいきなりこんなマグマの中に連れてこられたら!!」
「ふふふ、安心してください。」
 奇怪な帽子をかぶった青年には見えていないようだが、マグマの中に座り込んでいる巨人に背を向けて来た道を戻りながら、ディーラー服の女はぼんやりと光を放っている自分の両の手の平を見せながらほほ笑んだ。
「誰かがそれをなせるなら、可能性は私の手の中にありますから。」



「それでは明日から始まるワルプルガについて、今回カンパニュラ家の代表として参加してもらう『ビックリ箱騎士団』のみんなに詳細を伝えよう。」
 次の日。アンジュのお父さんであるカベルネさんとお母さんであるロゼさん、そして師匠のフェンネルさんからニヤニヤと見つめられながらの朝食を終えたオレ――とみんなは談話室のような部屋に集められ、フェンネルさんがワルプルガ講座を始めた。
「ある程度の事はアンジュから聞いているかもしれないけれど、改めてその成り立ちからお話しするとしよう。今でこそ裏と呼ばれているが、初めはそれこそがワルプルガだったのさ。」

 そうして語られたワルプルガの歴史はこんな感じだった。
世界にはいくつかの特殊な土地が存在していて、自然のマナの濃度が異常に高かったり、普通なら空気に溶けてマナに戻るはずの魔力がそのままの形でふよふよしていたりする場所がある。ヴィルード火山はそんな土地の一つで、火のイメロから作られる火のマナを使わないと生成されないはずの火の魔力が辺り一面を覆っている。
 そんな不思議な土地を調査する為にある日学者たちがやってきて――そして気づいた。ヴィルード火山が噴火した場合、それは破局噴火と呼ばれる天変地異クラスのモノになると。
 それを阻止する為、ヴィルード火山からエネルギーを抜き取り続ける事となり、結果そこに人が住むようになって今のヴァルカノという国につながった。
 だが人間にはともかくこの土地は魔法を操る生き物――魔法生物にとって非常に居心地の良い場所であり、彼らは学者が来る以前からその場所を住処としていた。言うなれば、人間が魔法生物に「侵攻」したようなものだったのだ。
 当然、彼らは人間を追い出そうと動いたのだが、破局噴火を防ぐ為にも……それと住んでみると無尽蔵のエネルギーがあるというのは素晴らしい事なので手放すには惜しい土地というのもあり、人間と魔法生物の戦いが始まった。
 特殊な環境ゆえに同種と比較すると数倍の強さを持つヴィルード火山の魔法生物たちだが、人間側も創意工夫でそれに対抗、戦いはこう着状態となった。
 しかしそんなある時、魔法生物側から驚くべき存在が姿を現した。外見的には同種の魔法生物と変わらないのだが、その個体は人間と同等の知能を持っていたのだ。その者の話によると、種族等に関係なく、ヴィルード火山で生まれる魔法生物は一定の確率で高い知能を得るのだという。
 そしてその者はこう続けた。当初人間程度は簡単に排除できると思っていたのだが、思いのほか粘り強く、こちら側にもそれなりに被害が出てしまった。ここは一つ、話し合いの場を設けたい――と。
 こうして世界初、人間と魔法生物の会合が開かれた。魔法生物側は当然の疑問として、どうして人間がここで生活を始めたのかを尋ね、人間側は破局噴火について話した。信じてもらえるかどうかという懸念はあったが、魔法生物側の知能の高い個体もヴィルード火山が内包するエネルギーが大きすぎるのではないかという危惧を抱いていた。だが彼らではそれをどうこうする術を生み出せずにいたのだという。
 互いにヴィルード火山の危険性を認識しており、先に住んでいた魔法生物ではどうしようもないその問題を後から来た人間はなんとかできる。結果、魔法生物たちはヴィルード火山の安定化を条件として人間の居住を認めてくれた。

「魔法生物との共存を実現している場所というのは実は他にもいくつかあるのだけれど、相手側にこちらと同等の知能があるという状況はここだけだろうね。そしてそれゆえの問題が生じたわけさ。」

 ヴィルード火山を中心にあっちとこっちで住処を分け、人間と魔法生物が同じ土地で生活するという状態が始まったわけだが、人間が使いたい資源や魔法生物が狩りたい獲物の巣などがその境界線できれいに分かれるはずもなく、互いがぶつかる時というのが結構あった。
 知能のある個体が出てくるまで戦い――言い換えれば殺し合いをしていた両者なわけで、双方が抱く不満はそのまま命の奪い合いに発展しかねない。そこで生まれたのが、年に一回お互いの要望を出し合ってそれを通すか通さないかを決める、ワルプルガという場だった。
 話し合いで解決する問題は別として、ワルプルガにおいては互いの主張が真正面からぶつかり合うようなどうしようもない問題が議題として提示され、どちらの要望を通すかをわかりやすい形――勝負で決定したのだ。
 今考えるとその方法はどうなんだ? という風に思えるかもしれないが、両者は戦いから始まった関係であるし、暴力的にたまった不満を解消する場としても有効的だったのだという。
 勝負方法はいわゆる決闘。相手を戦闘不能にすれば勝ちだが、殺してしまうのは禁止というルールでワルプルガは始まった。人間側は選りすぐりの騎士を、魔法生物側は中でも屈強な戦士を、ワルプルガという場でぶつけ合った。
 しかし、殺してはいけないというルールであっても決闘である以上事故はあり、死んではいなくても重傷――腕や脚がなくなるなどの結果も多々あった。
 あくまでどちらの要望を通すかを決める為の戦いであるワルプルガが血みどろであると互いの不満――憎悪が増してしまうという事で様々な策が講じられた。

「そうした試行錯誤の結果、最終的には致命傷や大きなケガが残らない仕組みが出来上がり、ワルプルガは安全に行われるようになったのさ。」

 そんなこんなで人間と魔法生物の共存が始まって幾年月、話し合いとワルプルガを重ね、互いの考え方や譲れないモノなどを理解し合った両者は……もはや話し合いもワルプルガも必要ないような状態になった。そしてある時、その年のワルプルガの議題を出し合う互いの代表が手ぶらで顔を合わせ、ワルプルガという決闘が必要なくなったのだと双方が理解した。
 とは言え、ワルプルガを無くしてしまうと双方の代表――言い方を変えれば偉い立場にいる者しか相手と顔を合わせないことになってしまい、せっかくの共存関係が希薄になってしまう可能性がある。
 よって、もはや決闘するほどの要望を持たない双方が、「別に通ろうと通るまいとどっちでもいいけど強いていうならちょっとやってみたい」という程度の希望を出し合い、それをもとに重みのほとんどない交流という意味合いの勝負を行う場としてワルプルガを残すことにしたのだ。

「こうしてワルプルガは人間と魔法生物が交流する機会――ちょっとした運動会のような行事へと変化したわけなのだけど……それゆえにある側面が表に出るようになったのさ。」

 魔法生物との共存は順調なのだが、人間は人間同士だけでワルプルガに別の意味を与えるようになった。それが、家の力のお披露目の場という考えだ。
 もともと学者きっかけで始まったヴァルカノという国に王族やら貴族やらという由緒ある血筋は存在しない。強いて言えば始まりの学者たちの家系になるのだろうが、彼らは彼らで代々学者の家系になっているため、政治をどうこうする気はない。結局、当時細々と商売を始めようとしていた人たちが組合のようなモノを作り、火山のエネルギーのおかげで国が豊かになるとその組合が貴族を名乗るようになり、中でも飛びぬけた家が王族の地位におさまった。要するに、財力で家の位が決まったのだ。
 しかしそのやり方はすぐに崩れる。新たに富豪となった家が「今の王族よりもうちの方が金持ちだ」とか、「そこの家はその程度の財力で貴族を名乗るのか」とかの言い合いが始まったのだ。
 すべての家がそれぞれに所有している財産の全てを金額換算して競い合えばいいのだが、金持ちであればあるほど、そっと隠しておきたい財産というモノが出てくるもので、腹の探り合いのようなよくない状態へとなってしまった。
 そこで彼らが目を付けたのがワルプルガだ。ワルプルガが始まった当初は屈強な魔法生物と戦うための騎士を集める為にヴァルカノの家々が費用を出して外部から呼んだりしていたのだが、その家々の一つ一つが裕福になると家単位で騎士を呼ぶようになっていた。
 つまり、自分が雇った騎士が活躍するという事が即ち、そういう騎士を呼ぶことのできる財力だの人脈だのの証とし、貴族や王族にふさわしいとしたのだ。

「魔法生物が今のワルプルガをどんな風に思っているのかはわからないけれど、人間側にとっては王族や貴族、そこに新たに連なろうとする家々のアピールの場になったわけだ。」

「ほお、つまりフェンネル殿はカンパニュラ家の騎士として他の騎士たちを抑え、この家の地位を維持し続けているというわけですか。」
 フェンネルさんのワルプルガ講座が終わると真っ先にそう尋ねたのはカラード。んまぁ確かに、今の話から考えると毎年各家が威信をかけて凄腕の騎士を呼ぶだろうに、そんな中でもカンパニュラ家が力のある家だと示し続けているフェンネルさんは相当な強者という事になる。
「ふふふ、まぁそれなりの実力は自負するけれど、別に他の家が呼んだ騎士たち全員と勝負して勝ったというわけではないのさ。」
 そう言いながら、フェンネルさんはくるりと巻かれた大きな紙を持ってきてそれを広げた。
「これが今年の議題。魔法生物たちが出してきた「やりたいこと」の一覧さ。」
 紙に書かれていたのは大きな表で、一行ごとに要望が書かれていてその横に……どういう意味合いか、一つから五つの星のマークがついていた。
「ワルプルガにも実行委員会のようなモノがあってね。まずは双方が提出した要望のリストをそれぞれの現状において実現が――すごく簡単なのか少し面倒なのかを判断してランクをつける。それがそこの星の数で、数が多いほどその要望を叶えようとすると人間側は面倒なことをしなくちゃならなくなる。」
 要望のめんどくささが星の数……うん? つまりどういうことだ……?
「ふむ……だいたいわかってきたぞ。」
 オレが頭の中を整理できずにいるとローゼルさんが呟いた。
「互いが出した要望一つ一つに対して勝負を行い、勝敗で要望を通すかどうかを決定する……中でも星の多い勝負で勝利するということは、人間側が面倒に思う要望を通さないという事で、不利益を防ぐ事を意味している。つまりは、「活躍した」という事になるのだな。」
「その通り。各家が騎士を出場させ、勝利するとその一戦にランクづけされた星がそのまま家の得点となり、最終的に獲得した星の数で家の優劣が決まるのさ。ただ、魔法生物が出した要望に人間側がつけたランク――つまりはこの表だけれど、これはあちら側にも公開される。どの要望の戦いに人間側が強者を出してくるかを星の数で判断してあちらも相応の強者を送り込んでくるから、自然と星が多いほど相手も強くなるわけだ。」
「……えぇっと、当然逆の……人間側が出した要望にも魔法生物たちが簡単なのと面倒なのとでランクをつけて表を作っている……んですよね?」
「勿論さ。その表でも同様に星が割り当てられ、その数で魔法生物からすると叶えるのが面倒な要望がどれなのかわかるようになる。そこでの勝利も得点として加算されるわけだね。」

 んーっと……整理するとこうだ。
 まず人間と魔法生物がそれぞれに相手へいくつかの要望を出す。そして相手の要望を受け取ったらその内容を吟味し、簡単に叶えてあげられるかそうでないかを判断、その……難易度というか面倒くささに合わせてランク――星を割り当てる。
 双方がつけたランクは互いに公開され、自分たちが出した要望の内、相手がどの要望を面倒に思っているのかをそこでチェックする。面倒に思っているということは、その要望がかかった勝負には強者を出してくる、という事になるからだ。
 星の数で求められる強さをなんとなく予測し、どうしても通したい要望があるなら星に合わせた戦士を送り込む……そんな風に、お互いが出した要望について順々に戦いを行っていく――それがワルプルガというイベントなのだ。
 で、このイベントを火の国の人たちは……言うなれば権力争いみたいなモノに利用している。
 正当な血筋的なモノが無い為に貴族や王族がコロコロ変わるこの国においては家の持つ力こそが……立ち位置というか序列というか、そういうものを決める。そして力を示す場として選ばれたのがワルプルガなのだ。
 優秀な戦士を呼べる、雇えるという事が家の持つ力の証明。ランクづけに用いられている星を点数とし、勝負に勝利したらその戦いにつけられていた星を獲得する。ワルプルガが行われる二日間で得た星の合計で序列……的なモノを決める――というわけだ。

「なんだかこの前の交流祭みたいだな……ちなみに要望って……」
 ぼんやり呟いてフェンネルさんが広げた表に書かれている内容を読んでみる。
「えぇっと……『人間側にある大温泉を一日貸切りたい』、『人間側でブームになっているお菓子を食べてみたい』、『サマーちゃんのライブが観たい』……え、こんな感じなんですか。」
「ふふふ、魔法生物側はもうずっとこんな感じさ。人間側は魔法生物の研究に絡む要望を出したりしているけど、それだって彼らに頼めれば楽というだけで他に方法がないわけじゃない事柄ばかりさ。」
「確かに要望そのものはそうかもしれませんけど……星の数で家の――カンパニュラ家の立ち位置が決まるんですよね……」
「何も心配することはないさ。一回の行事で順位を決めてしまうのはさすがに乱暴だから、王族貴族の見直しは数年ごとに行われるんだ。よって星の数もその数年間分の合計になるのさ。」
「えぇっと……つまり充分な量の星は過去何年かでゲットしているという事ですか……?」
「まぁ、そんな感じだね。加えてカンパニュラ家と接戦っていう家も今はないからね。仮にダントツのビリになったとしても大した影響はないのさ。だからみんなは気楽に戦いに臨んでいいんだよ。」
「えぇ……」
「今回『ビックリ箱騎士団』を呼んだのは当主様がロイドくんに会ってみたいというのがメインで、その理由付けとして対魔法生物戦闘を経験できるワルプルガに招待しただけだからね。さっきも言ったけれど、ちょっとした運動会と思ってくれればいいさ。」
 あははと笑うフェンネルさん。んまぁそりゃあ、プロの騎士からしたらオレたちは見習い騎士なわけで、負けても大丈夫っていう前提がなきゃこんな大事な行事に呼んだりはしない……はずだから、たぶん本当にビリっけつでも問題ないのだろう……とはいえカンパニュラ家の評判に関わることだから……
「え、えっと……運動会だとしてもその……い、一等賞を目指して頑張ろうと思います……」
 我ながらおずおずとした意気込みに、フェンネルさんはニッコリと笑ってくれたが――
「ふふふ、頼もしいね。ただまぁ、みんなの場合は星一つか二つの戦いに参加、という形になるだろうけどね。」
「で、ですよね……」
 ――その意気込みも数秒で「無念」となってしまった。
「対魔法生物戦の経験というわけだが、先ほど言っていた安全な仕組みというのはどういうものなのだろうか。」
 それでもどうにかビリっけつにはならないようにしたいとなぁと思っていると、カラードがしゅばっと手を挙げてそうたずねた。
「ああ、当然気になるところだろうから、実際に使うモノを持ってきたよ。ちょっと外に出ようか。」
 フェンネルさんに連れられてカンパニュラ家の庭というか庭園というか、だいぶ広いその場所に出ると、フェンネルさんが台車でゴロゴロと……占い師さんが使いそうな大きな水晶玉を運んできて、オレたち全員の前に一つずつ置いていった。
「高濃度の火の魔力の影響なのか、ヴィルード火山には特殊な鉱石がいくつかあってね。これはその内の一つを利用したマジックアイテムさ。」
 そう言いながら、フェンネルさんは自分の前に置いた水晶にぺたりと両手をそえた。
「両手をくっつけて十秒くらい待ち、水晶が光ったら手を離す。すると水晶は――」
 水晶がほんのりと光ったのを合図にフェンネルさんが後ろにさがると、突然水晶が――ガコガコというあまり聞きなれない音をたてながら形と大きさを変えていき、気づくと……そこに水晶でできたフェンネルさんの像が出来上がっていた。
 ポージングが例のセクシーポーズなのは気にしないとして……かなりの精度の像だ。きれいに色を塗ったら本人にしか見えないだろう。
「その者をかたどった像へと姿を変える。基本的には一分の一だけれど、生命力が強い者が使うと倍率が変わったりする。まぁ、そんなのは魔法生物でたまにある現象で、人間がやってそうなったのは見た事ないけどね。」
「ほう……それで、この像にはどんな意味が。」
「それなんだけど……カラードくん、ちょっとそのランスで僕の心臓を突いてみてくれないかな。」
「えぇ!? フェ、フェンネルさん何を――」
「なるほど……了解した。」
「えぇ!?」
 何かを察したのか、本当にランスを構えたカラードは普通に本気で、それをフェンネルさんの胸へと突き出した――!!

 バコン!

 ランスはフェンネルさんの胸に突き刺さり、先端が背中から出てきたのだが……そ、それにしては変な音が……
「な、なんだこれは……」
 突き出した状態でかたまっているカラードが変な顔になり、フェンネルさんを貫いたランスを引き戻す。普通なら血が噴き出すところを――フェンネルさんはケロリとしていて、傷はおろか服も無傷で……ど、どうなってるんだ?
「ごらん、僕の像を。」
 フェンネルさんの指さす方を見ると、さっき出来上がったフェンネルさんの像の胸の辺りに穴が……ちょうどカラードのランスくらいの穴があいていた。
「! そうか、妙な手応えだと思ったがこれは水晶の……」
カラードが手をグーパーさせて納得の顔になったあたりで、あいた穴から走り始めた亀裂によってフェンネルさんの像が一気に砕け、その破片が空気に溶けるように消えていき……最後には占い師さんが使うような丸い水晶だけがそこに残った。
「僕らはこれを身代わり水晶と呼んでいてね。ちょっとしたケガは普通に受けるのだけど、致命傷や……腕やら脚やらが欠損してしまうような大怪我につながる攻撃を受けた時にはそのダメージを肩代わりしてくれるのさ。」
「すごいですね……しかも全部の攻撃じゃなくて致命傷だけなんて……」
「すべての攻撃を身代わりしてしまうと勝負にならないからね。長年の試行錯誤の結果さ。ま、全てにしろ致命傷だけにしろ、残念ながらこの鉱石はヴィルード火山という特殊な土地でしかこの効果を発揮できないから、世界中で活躍する騎士たちを手助けすることはできないのだけどね。」
 確かに、これが普通に使えるのなら騎士にとってはありがたい限りだ。
「ほら、みんなもやってみるといい。」
「は、はい。えぇっと、両手を……」
 みんなでやること十数秒後、カンパニュラ家の庭園に『ビックリ箱騎士団』の水晶像が立ち並んだ――のだが……えぇ?
「あ、あのフェンネルさん、オレの像が……」
 水晶が形作ったのは確かにオレ。胸の辺りに両の拳を掲げて……なんというか「頑張るぞ」って感じの顔をしているのだが、おかしなところが三つある。
 一つ目は顔の部分で、右目から炎のようなモノが噴き出している造形があるところ。第四系統はあんまり上手に使えないし、何より目からというのは変だ。
二つ目は服装。セイリオスの制服を着ているのはいいのだが、背中に覚えのないマントのようなモノがあるところ。かなり大きく、ハンググライダーでもできそうな面積だ。
三つ目は胸の辺りで、まるで魂でも表すかのように内側に人魂のような造形があるところ。さっきのフェンネルさんの像にはそんなものなかったはずだ。
「おや、これは……なるほど、やはりロイドくんには何か秘密があるのだね?」
「へ?」
 見るとフェンネルさんが……何かを思案するような表情になっていた。
「この水晶が形作る姿というのはその者の内面……魂の形だと言われていてね。表情やポーズからその者の本質を推し量ることができるのさ。」
「本質……」
「右目の炎は……もしかするとランク戦におけるそこのカラードくんとの一戦でロイドくんが使った過去に例のない「隻眼の魔眼」を指しているのではないかな。魔眼持ちの像でもこうはならないし、例の魔眼の画像をその筋の専門家に確認してもらっても見た事も聞いた事もない代物とのこと。きっと普通のそれとは異なる特殊な何か――なのだろう?」
 尋ねるというよりはオレの反応を見るようなフェンネルさんの言葉にハッとする。
 おそらく右目の炎はフェンネルさんの言う通り、元々ミラちゃんの右眼だった魔眼ユリオプスを示している。魔眼としては規格外の能力だし、何よりミラちゃんの家系にしか発現しない魔眼ゆえの特殊性がああいう造形になったのかもしれない。
そしてマントのようなモノはたぶん翼だ。ミラちゃんが空を飛ぶときに広げていたモノと似ているから……たぶん魔眼の影響でオレの身体に与えられた吸血鬼性を示しているのだ。
胸の中の人魂みたいのは吸血鬼関連ではないオレ自身の関連で……あれはオレの魂にくっついているというマトリアさんのそれを表現しているのではないだろうか。
「ちなみにあれも、ロイドくんの秘密に関わる事かな?」
 何にどう答えたらいいのか考える間もなく、引っ張られるようにフェンネルさんの指さす先を見ると……そこには異形の像があった。
「おいロイド、俺のすげーことになったぞ。」
 像の前にいるのはストカ。つまりはストカの像なわけだが……どう見たって人型じゃない。かなり狂暴そうではあるけど一応は人っぽい頭はともかく、胴体は肉食獣のような爪を持った四足歩行の身体で、だけど尻尾だけはサソリのそれ。昔ストカに「これが俺のご先祖様らしいぜ」って見せてもらった絵にあった生き物……これは、マンティコアだ。
「獣のような本性を持つ人間はいても、実際に人外の像を形作った人は初めて見る。というかつまりは……彼女は人ではない、という事だったりするのかな?」
「――!!」
 魔人族の事を話せない以上、どう言うべきなのかと考えながら自分でもわかるくらいにこわばった顔を向けると、フェンネルさんは……ふいにふふふとほほ笑んだ。
「ふふふ、そんなに怖い顔をしなくても大丈夫だよ。みんなの反応を見る限り、どうやらその秘密を知らないのは僕だけのようだからね。」
 ……? 確かに魔人族の事やマトリアさんの事は『ビックリ箱騎士団』の面々は既に知っているが……
「あ、あの……えっと……」
「いやいいんだ、無理に話さなくても。右目の魔眼を起因として、色々と調べるほどにロイドくんには何かしらの秘密があるというのがわかってしまってね。それがアンジュに良からぬモノであれば――と思っていたのだけど、アンジュはそれを知っているようだ。」
「……そだよー。別に師匠に話してもいーとは思うんだけどねー。」
「ふふふ、気持ちだけで充分さ。今の今まで話さなかったのだから、できれば話したくはない事なのだろう? 僕はアンジュが全てを知った上で――というのが知れただけで満足さ。」
「師匠……」
「それよりもアンジュ、こうしてみんなの本質が形となったのだからしっかりと見ておくべきだと思うよ?」
 本当に、この秘密をアンジュが知っているならこれ以上聞くつもりはないらしいフェンネルさんがエリルたちの像を見るように促す。
 本質……フェンネルさんのセクシーポーズな像は、そう考えれば納得……? の像だ。みんなの場合はどうなのだろうと、オレも端っこから像をじっくりと見ていく。
 エリルの像は腕を組んでそっぽを向いているポーズで、表情は……んまぁ、ムスッとしているのだが、これでも恋人たるオレにはあの表情が照れているそれに見えるわけで……「うっさいバカ!」とか言いながらも嬉しそうにしている感じが実にエリルっぽい。
 ローゼルさんの像は両手を腰にあてての仁王立ち。自信満々に笑う表情にうっすらと……恥ずかしそうなモノが見えるあたり、まさにローゼルさんという感じだ。
 ティアナの像は引っ込み思案っぽい、少し腰の引けたような、両手をもじもじさせたポージングなのだが……表情には何かを誘うような色っぽさというか、ニンマリとした笑みが見えて……う、うん、確かにティアナだ。
 リリーちゃんの像は愛用の短剣を持っていて……そ、それで何かを刻んでいるかのようなポーズなのだがそれは片手間で、顔は――オ、オレに抱きついた時とかに見せる満面の笑み……ああ、間違いなくリリーちゃんだ。
 アンジュの像は両手を後ろに回して相手を下から見上げるような姿勢。半目で「へー」とか「うわー、ロイドってばー」とか言いそうな笑みを浮かべている。このからかうような感じはそのままアンジュだ。
 カラードの像はかっこよく、右の拳を天に掲げて何かを叫んでいるようなポーズ。きっと己の信じる正義の道を語っているのだろう、その真っすぐな表情はまさに正義の騎士だ。
 アレクは……なんだかフィリウスとかぶるんだが、片手を腰にあて、もう片方の腕で力こぶを作ってニヤリとしている。その力に絶対の自信を持ち、相応の力を秘めたムキムキボディが光るパワフルな感じがアレクそのものだ。
「……本質ってゆーか、師匠、みんなそのまんまだよー?」
「おや、それはいいことだね。みんなが普段から本音でぶつかっているということさ。」
 さらりとフェンネルさんがなんだか嬉しくなる事を言った。
「本音か……あの、ちなみにフェンネルさん、どうして全員制服になっているんでしょうか。」
 ワルプルガの本番は明日からということで、今日のオレたちはフェンネルさんの指示の下私服、中でも動きやすい服でと言われたのでそれぞれ違う服を着ていて、制服を着ている人はいない。
「服装も本質の一部を示しているのだけど、まぁこの場合はみんなの学生という身分を示しているのだろうね。」
「なるほど……でもあれですね、自分の本質がこれって言われてもピンと来ません。」
 と、素直な感想を言ったのだが、それを聞いたエリルが大きなため息をついた。
「……あんた……目の炎とか背中のとか除けばこれ、ホントにあんたそのものだと思うわよ……」
「えぇ? オ、オレってこんな感じ?」
「割とそーかなー。騎士としての道も、あたしたちとの関係も、いつも何かを何とかしようっていうか、頑張って色々しようとする感じがロイドっぽいよねー。」
「へぇ……そうか、オレはそんな感じ――」
「む、これは残念だな。」
 頑張り屋さん……というか意気込み屋さんだろうか。エリルの言うところのすっとぼけ顔が本質ではなくてよかったと思っているとローゼルさんが……ロ、ローゼルさんが自分の像のスカートの中を覗きながらつぶやいた――ローゼルさん!?
「どこまで作られているのかと思ったのだが、内側の造形は無く水晶が敷き詰められていた。悪いがロイドくん、この像を覗いても何も見えないぞ。」
 ニンマリと笑うローゼルさんに……あとから思うとどうしてオレはそんなことを言ったのか、もしかするとローゼルさんの像に見えた恥ずかしそうな表情から、あんな事を言ってはいるけど本当は恥ずかしがっている――みたいに思ったからなのか、オレはローゼルさんのからかいにこう返した。

「じゃ、じゃあ本物の方を覗かせてもらいましょうかね。」

 ちょっとやらしく両手をわきわきさせながら、普段の攻めに対しての我ながら頑張った反撃だったと思うが……その威力は想像以上だったらしく――
「な――」
 ローゼルさんは真っ赤になった。だがすぐにコホンと咳払いをして……
「ふ、ふふん! 確かにわたしとロイドくんの仲ならばいつでもどこでも直に見ればいいだけだったな! わ、わたしは……常に準備万端、だぞ……!」
 今はズボンをはいているけどスカートの端っこをつまんで持ち上げるような仕草を……二割ほどの恥ずかしさの混じる余裕顔でするローゼルさん……!
「優等生ちゃんてば、昨日も言ったけど今更なのに恥ずかしいのー?」
「む……うむ、アンジュくんに言われて少し考えたのだが、むしろそれゆえという結論にわたしは達したぞ。」
「? どーゆーことー?」
「ロイドくんは普段、そういう事をしたり言ったりしない。だが一度ベッドの中に入れば――そ、それはもうテクニシャンなわけで……」
「ろーへふしゃん!?!?」
「深く深くどこまでも混ざり合うあれを経験した後、またいつもの何もしない言わないロイドくんを相手にしているとそれが夢か何かだったかのように思えてくるのだが……昨日のお風呂や今のちょっとした一言によってあの熱い夜が想起され……そんな不意打ちを受けた結果、恥ずかしくなってしまうわけなのだ。」
「へー、ロイドってばそんなにー……」
 アンジュの熱のこもった色っぽい視線が……!!
「へ、変な考察してんじゃないわよ! あと人のこ、恋人に変な視線送ってんじゃないわよ!」
 いつものが巻き起こってそれをいつものように眺める強化コンビはいいとして、そんなやりとりを見ていたフェンネルさんが――
「ロイドくんは経験豊富なテクニシャンと……」
 大変な誤解――ではないかもだけど認識を……!!
「不思議なものだな。内何人かは刺されていてもおかしくないと思うのだが、そうなっていないのはロイドくんの人徳だろうか。」
「オ、オレはそんな大層な……た、ただの優柔不断男です……」
「ふふふ、それで片づけられるような愛情の渦ではないと思うがね。いやはや、この水晶でそっち方面の本質も出ればよかったのだが……魔法の世界において「恋愛感情」というのはもっとも制御できない概念と言われるほどだからね。ゆえに噂に聞く恋愛マスターなる者がいるのだろう。」
 ! フェンネルさんの口から恋愛マスターの名前が……んまぁ、占い師として有名らしいし、別におかしくはないか……
「さてさて、どうやらそっちの戦いはアンジュが頑張るしかなさそうであるし、一先ずはワルプルガに向けて――一つ、みんなの実力を見ておこうかな。」
 突然元の話題に戻して準備運動を始めたフェンネルさん。だから動きやすい服をと言っていたのか。
 んまぁ、そりゃあずっとカンパニュラ家の地位を保ってきたフェンネルさんからすればオレたちの実力は気になるところだろうし、ワルプルガでどのレベルの戦いにまで参加できるかというのを見極める必要もあるのだろう。
「さ、誰から始める?」
 バサッとローブを脱いで……く、黒いスポーツウェアを着ているように見えるが実のところすっぽんぽんというセクシースタイルになるフェンネルさん……!!
「あんなんで素っ裸な師匠だけど――まじめに強いからねー。本気でぶつかっていいと思うよー。」
「ぶつかっていいというか、ぶつかった方がいいだろうな。」
 アンジュの忠告にくぐもった声で答えるのはいつの間にか甲冑を着こんだカラード。
「いざ戦う相手として見るとわかる。カンパニュラさんの家を王族に次ぐ家にし続けてきたのは伊達ではない。アドニス先生並みの使い手と思っていいだろう。」
「おっほ、カラードがそう言うんじゃあマジだな。魔法生物戦の前にこれはこれでいい経験の練習試合になりそうじゃねーか。」
「そうだな。じゃあみんな全力で――あ、いや、えっと、明日と明後日に影響が出ない程度の……出し惜しみ無し、で挑もう。」
「……しまらないわね、団長。」
「……すみません。」
 こうして、アンジュの師匠であるフェンネルさんとの手合わせが始まった。



「ようインヘラーよい、調子はどうだい?」
 田舎者の青年がほぼ全裸の騎士との手合わせを始めた頃、火の国ヴァルカノの首都ベイクにいくつかある未成年の子供は入れなさそうな酒場にて、奥の席に座っているマフィアのボスのような格好の男に、野球少年のような坊主頭で口を黒いマスクで覆った、二メートルはありそうな長身痩躯の男が声をかけた。
「ほれ。」
 インヘラーと呼ばれた男はマスクの男を見るや否や、テーブルの上にアタッシュケースを置いた。
「お前の事だ、これくらいを前金で持ってくだろ。とっとと仕事にかかれ。」
「ちょい待てよい、今確認すっから。」
 長い脚を窮屈そうにテーブルの下におさめ、アタッシュケースを――開けずにコンコンと叩いたマスクの男は、その音を聞いて満足そうに頷く。
「さすがだな、俺の事よくわかってるぜい。要求額も支払額も相手の考えそのまんまってなぁ、さすがインヘラー。ま、あの『ゴッドハンド』とやり合うんだからこれくらいはな。」
「……それでもあれは『ゴッドハンド』。勝算はあるんだろうな。」
「じゃなきゃ仕事の提案しねいよい。これで俺の経歴にもはくがついて依頼も金もガッポリよい。裏世界に殺し屋バロキサありってな。」
「効率の悪い稼ぎ方だ、何度も言うが。」
「いーんだよ、得意な事、好きな事で稼げるならそれが一番。」
「……ま、稼ぎ方は自由だが、なんにしたって信頼が重要だ。お前の腕への信頼を後悔させるなよ?」
「あいあい。」
 その適当な相づちを最後にインヘラーが席を立ち、テーブルにはアタッシュケースをポンポン叩くマスクの男――バロキサだけが残った。
「さてさて、久しぶりの大仕事だよいってな。それなりに持ってきたが、現地調達も粋なもんだぜい。いよい、店員さーん。」
 呼ばれてやってきた店員に、バロキサはこんなことを言った。

「この店でいっちゃん強い酒を一杯、あと――この辺に薬局ってねいかい?」

騎士物語 第八話 ~火の国~ 第五章 宝探し  

何やらRPGのようですが、ロイドくんが新たな武器を手にし、加えて武器の材料までゲットしました。
同時に新たなデートの約束も。ついに神出鬼没の女王様が本気を出すようですね。色々な戦いが控えているロイドくんです。

同時進行で『紅い蛇』サイドと『罪人』サイドも動いています。
ムリフェンとゾステロの妙な組み合わせはマイペースに進んでいますが、なんだかいいコンビになってきているような気がします。

そして『罪人』と呼ばれる集団の内二人が登場しましたが……彼らの名前には元があります。
お医者さんの方は気づくかもしれませんが……深い意味はないのです。

騎士物語 第八話 ~火の国~ 第五章 宝探し  

魔人族たちの協力のもと、マグマの中に沈む武器の回収に向かうロイド。 沈めたマトリア自身も忘れていたあるモノまで見つけたが、突如マグマの巨人が動き出す。 そして語られるワルプルガの歴史。話の最後にフェンネルが見せたのは占い師が使うような水晶で―― ムリフェンらも目的に向かって着々と行動する一方、新たな『罪人』が火の国に到着し――

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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-06-19

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