彼岸の光(11)

尾川喜三太 作

第十一章 去にし日の塑像たち(未定稿2)

 霞を隔てた空のけしきを背に、眞幸は中天に冲った朧な日輪のような微笑を唇邊に漂わせた。そして韜晦の必要を痛烈に感じた。直生が年来浮かべて来た曖昧な微笑の意味が、その味わいが今こそ判る気がしたのである。世にもつまらない作業にも、精力的な面持ちで臨むためには、縛りが必要だった。単に真正直に従事するのではない。自意識の借問を楔のように絶えず挟むことによって、真正直の装いがそのまま自制できない驀進とならぬよう、自意識を繫ぎ止めておくこと―――真正直さをも御することのできる精神の自在、これに彼女は苦いものを口に含んだ後の白湯のような、微々たる誇りの素液そえきを歃っていたのではなかろうか。
 眞幸は我ながら気味悪いほど柔和な、乳をでも垂れ流したような微笑をかたまけながら、
「いや、別に。ただちょっと寸暇も惜しいこの頃だからさ」と云った。
「だからその別にってのは何なの?」
「眞幸は近頃、他人と有益な対話を試みることに幻滅して、頓向ひたすらお部屋に籠りっきりなんだとさ」と新渡戸が厭味ったらしく代弁した。
「いまさら気が付いたのか。君のようにそう単なる対話に莫大もないものを要求されちゃ、話相手の方がむしろ気の毒になる」
「まあ、そうかも知れん」落ち着き払って自省的な台詞とともに瞑想的な一瞥を窓外に投げたは可いが、語尾は彼の意思に反して神経的に顫えた。唐澤はこれを言わせも果てずガスコンロの抓みを切り、経年の食べ滓がほとんど装飾の一部になっている縁の欠けた大皿に、フライパンの中身を空けた。
「自己に変革を求め続けることが、実は逃避の裏返しに過ぎないとなぜ気付かない…?いや、気付いているのか。君はそうやって自分を受け入れないことで、鏡に映る自分の確たる輪郭をいつまでも留保しておきたいだけなのさ」
 若し唐澤が否定から来る剋己と自己改革の苦さを知った男で、なおその上でこうした自己解剖の結果を詮方なげに告白するなら、眞幸も反感に駆られずに済んだろうが、唐澤の行状には明らかに自己改革への生理的な羞惡―――青臭さに対するもっと青臭い羞悪が含まれており、自分の方が高い見地に立っているとの謂れない確信に支えられているような点があるから、眞幸はそこに門外漢のいけ好かない類推をしか見ない。自己改革の門外漢の。
『人生は變革と見つけた乃公おれの意見に渝りはない』と眞幸は心に呟いた。『天性と云うものは我がでに否定するときにのみ善であって、その逆ではない』
 そこで聊か逸る心を抑えて、自分は落ち着いていると自他共に分かるほどに遊惰な身体の傾げ方をして、云った。
「変革を求めることが逃避なら、本当の変革はどこにあるって云うんだ…?まさかとは思うが、自分を受け入れることが抑も変革の前提だ抔とは云うまいね。それとも単に変革と云うものがはじめから必要でないとでも」
 蘖や人参の千切りを啜るようにして粗はしたない音を立てている唐澤は、見も返らずに、咀嚼の合間になったら話してやろうと云う高慢ちきな態度をとった。
「その通りだ。変革を求める必要など抑もないのだ」この長台詞は奇しくも人間一般を代表していた。
「いけ年仕つかまつって人間と云うものには抜き差しならぬ土台があることを知るだろうが、しょう事ない土台を崩そうとしている当の意志さえがその土台の上にあることに君は気付かんのか?まずは土台を肯定することだ。然も自己が自己自身を否定するのは明らかな自己矛盾だ。土台は否定する自己よりも一段根が深いからだ。変革があるとすればそれは土台に対してではなく、その上に築かれる何かだろう。解るかい?そんな初歩的な自我肯定は高校時代に済ませて来るべき筈だのに、君と来たら廿一にもなってまだそんな…」
 こんな問答は寔に久闊ひさしぶりの筈だったが、この二人が相対すると話柄が必定きまって理に落ちることに渝りはない。『甘受などと云っているが』と眞幸は独語ちた。『それが奴等一流の自己欺瞞だ。殊勝けなげな、涙含ましい言い回しに我から騙されている。生まれ変わったら女になりたいかと訊かれて、いや相変わらず男に生まれたいと云う時の、自分の属性が幾らか気に入っていると云う告白の裏返しに過ぎないのだ―――第一、個性と呼ぶに足るものは、奔逸するもの、迸たばしるものであって、唐澤のそれに至ってはただの欠如でしかない。自分の個性を肯定した時、人生の意味は凋残する。変革は飽くなき否定だが、こいつは変革が本来対象とすべき本体を、その不摂生な脂肪の塊と蓬々たる不精髭の蔭に見失って了ったのだろう。だから変革の対象を制度だとか組織だとか、延いては政治などに動もすると求めたがる。笑止!』
 眞幸は一貫して余裕ありげな微笑を、ほとんど粘着力のないシールを貼り直すように口許に貼り直した。
 新渡戸は我が意を得たりと云わんばかりに、両手を叉あざえて仰け反っていた。時に、彼が月並みな人道主義的訓戒を引用するとき、なぜかくも確信に満ち溢れ、小鼻をひこつかし、得意気に相手を見下ろす立場に立ちうるかは、彼が無意志の裡に、世の大多数が指呼して『僕も(私も)しか思う』と云う公けの擁護を背後に負うているという錯覚によった。独創することの危険から避けたさに、毎時いつも月並みな意見の蔭に身を潜めたがる熊之実クマノミのごとき習性―――一年ひととせを経、彼等に対する諦念は最早眞幸の生活感情の基調をなすまでになった。即ち、新渡戸を諦めることはそのまま人類全体を諦めることに瞬く間に敷衍された。新渡戸の飽く迄個人的な、小規模な怠惰に幻滅したことにとどまらず、その先に見透かされた人間の相互無理解の本姿ほんしが彼を介して褫あばかれていたからだ。

彼岸の光(11)

彼岸の光(11)

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 成人向け
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日 2019-06-12

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