彼岸の光(11)

尾川喜三太 作

第十一章 去にし日の塑像たち

 農商衛生機能學科―――帝塚山てづかやま大學農學部は單科である。展望パノラマの餘りの宏こう壮そうに名付け親が目を廻したらしいこの不鮮明な名称は、夢寐むびの女の思わせぶりな後影うしろかげでしかなかつたが、ロマンティックなだけに最早名前ですらない抽象性の中に身を没することは眞み幸ゆきの趣味に媚びた。他でもない、渠は内的生活以外を野放圖のほうずもない抽象性の中に棄て去る趣味があつた。裏を返せば、渠は自分の未来に具體的な名前を與へるのを拒み、與へられるのも亦拒んだ。空華くうげの形かたちの異常な存在感、ただ四邊あたりを拂ふ威風の壓力だけが感じ取られて、姿無き、現勢的な塊になることを渠は庶幾ねがつた。
 これが進學の動機の一半いっぱんである。もう半分は日本海沿岸の雪國への出奔である。

 農學部の學内に於ける疎隔ぶりは、場末ばすゑに却しりぞけられた立地と建築に歴然としてゐたが、距離にして鈴蘭すずらん燈とうを建たて連ねたバス道路一筋の隔たりである。旧師範學校時代の校舎をそのまゝで、体育館裏や射場いばの垜あづちなどは帝塚山の後背に沿つて心持迫上せりあがつてゐた。日本庭園を擁ようした左右二對ついの平屋建と回廊とは、新制以来の増築を除けば、寝殿風の相称をその鳥府ちょうふ城址じょうしの遺構の上に精確に示した。内濠うちぼりは幅廣な藥や研げんである。これに中なか御門ごもん跡から大手の呉くれ橋はしが架されてゐる。手前は短矮たんわいな櫻の一側竝ひとかはならべで、畦あぜ菜なや萬まん年ねん草ぐさが踏み滑るばかりに柵しがらんだ堀端ほりばたからは、篁たかむらの蕪雑ぶざつな枝々が鰭板はたいたのやうに所疎らに峙つて視界を遮つてゐた。凸凹でこぼこの空地に不精髭のやうな草が蔓延はびこつてゐる。この狭窄きょうさくなグラウンドの片隅には、難破船の檣竿ほばしらや策縄さくじょうのやうに見えるバックネットが鐡屑てつくず同然に錆びついてゐる。山やま膚はだのそこかしこから秀でた城砦とりでの石垣は、煖爐の反映てりかへしを受けたやうに朧おぼろ〻と赤味がかつてゐたが、グラウンドの彼あ方なたに屹立した・小刻みな階段に續くそれは埃に塗まみれて精彩がない。八段やきだに爲なした粗削りな垣根に支へられて、こちらに脊を向けた講堂の壁面は、雲の上の御殿みあらかのやうに縹渺ひょうびょうとして望まれた。
 木造總そう二階にかいの西面にしおもてにそれは窓を開いてゐた。地域政策専攻の學生のための集會所である。
 眞幸は三回生の春から荏え開津がいつ研究室に配屬された。研究室は北館二階にあり、さての合同集會所として設しつらえられたのがこの二十餘よ畳のだだっぴろい角かど部屋である。尤もそれは體ていのよい言ひ譯で、いつしか宴會目的でしか顧みられなくなつたため、流し許もとを中心に嚴いかい生ごみ臭いのが瑕きずである。つねに換氣扇の顫音せんおんが、爆撃機の旋回のやうにもの凄すごくとどろいてゐるものゝ、この臭いはいつかな稀うすまるけしきがなかつた。
 板敷の廣間ひろまは古風な總玻璃そうはり戸どだが嵌め殺しではない。廊下側は、薄氷うすらひの貴重な脆さと云つた感じのあの曇り硝子ガラスで劃しきられてゐる。窓てふ窓が、コの字に並べられた長机と恰度ちょうど同じ高さに据え付けられてゐるために、左迄さまで低くもない天井が眉まゆに逼せまる趣きがある。金巾かなきんの帷幄とばりは絞つて動かない。窓邊まどべに丘をかなす「東瀛とうえい新聞」の日焼けした洋墨インキの匂ひが漂ひ、數十年來の学會誌は棚に犇ひしめき合ふのも忘れて深い交まど睫ろみに沈んでゐた―――天然銘木風のプリント合板机の面おもてが、面おも窶やつれのした卯の花のやうな末枯すがれれた斜ひ陽ざしを徒らに天井に射返してゐる。と、徐おもむろに向き直つた眞幸の目に、反照てりかへしを受けた新渡戸にとべの頤がことさら厖大な面積を示した。仰向あおのけ樣ざまに椅子に踏ん反り返つた六尺豊ろくしゃくゆたかに糅かてゝ加へて、冬越しの學生一同に見られる、一段と分厚いその兩頬れうきょう……
『去いにし日の塑像たち……』
 そんな味氣ないガムのやうな感想を眞幸は心に反芻はんすうした。

 四月七日は恰是あたかも晝ひるさがりである。昨年度の成績表返却と手短なガイダンスを聽くためだけに、一時間の餘よもする鐡てつ路ろを出不精でぶしょうの渠が厭はなかつたのは、長い没頭から醒めた者が我じくの殊勝さと人戀しさに胸を焦がすあの浮薄な気持に似通つてゐた。『久闊ひさしぶりに渠等に會ふのも悪くない』ただこんな気紛れを悔ひはじめるのに、渠の時間の吝嗇さは、學生課の職員が受け持つた三十分の手短さにも如しかなかつた。成績表の返却で教室は湧わいた。成績に對する恬淡さを誇るより、仕立てのよい脊廣を見せ合ふやうな透明な誇りで渠等はGPAを諜しめし合つた。地域政策専攻の學生には二つの類型タイプが認められる。議論好きだが全まるで中身のない氣取り屋か、犂鋤れいじょも試験管も秉とるにたえない・ひ弱でお洒落な宴會屋のいずれかだが、一樣に見られる透明な誇りは、渠等が不思議な本能によつておのが誇りを傷つけられる場面を宛然あたかも軽業師の身振りで躱して来た精神的貴族だと云ふことを示唆してゐる。渠等はどこか小學生に肖てゐた。権門出の無辜むこな小學生に。地方大學では屢〻見掛ける類型である。
 通年で二十單位を落としてゐながらしれッと進級を果たした眞幸は、これとは對蹠的に、短冊をすぐさま鞄に仕舞つた。無論この男女交〻(こもごも)の莫迦騒ぎには加はれない。或る青年に至つては『君は入る教室を間違えちゃゐないかい?』と云はんばかりの、まことに不躾な流眄ながしめを眞幸に遣つかつた。
 研究室を極きめた頃の、上級生に對する燃えるやうな椋鳥むくどり的憧憬どうけいは今は見る影もない。上級生は専攻創はじまつて以来のカリスマ揃ひで、大柄な體格と豪放な笑ひとで目め覺ざましい一時期を劃かくした。病的な痩そう躯くと黴かびのやうに蔓延はびこる苟合こうごう的な笑ひとに代表される現三回生―――眞幸たちとは對極を行つてゐる。眞幸の所謂いはれない同族嫌悪……ところで、夥しい批評概念の過剰によつて消化不良を起こしてゐる眞幸の目には、渠かれ等らのつくりの粗さばかりが目に立つた。全盛期の世代の成員として所得る事がないと信じる眞幸は、併しかしそれを悔いるでもなかつた。あれはただ何となく騒々しいだけだ―――とは云へ、その笑ひになんら態わざとらしさのない・人に見られることを露つゆ更さら意識しない田舎者の明朗さが渠には眩しかつたのだ。
 眞幸は絶えず得體の知れない焦燥に内側から小突こづき回されてゐた。『こゝにながく駐とどまつては不可いけない。連中の暢気さに流されては不可ない。前進だけが私の人生の怠惰を辛うじて贖あかふ……』前進とはさても妙たえなる標語だ。それを連呼してゐるだけで抽象的な前進と云ふ錯覺に容易く陥ることが出来る。そしてもの欲しげな顔の残滓ざんしのやうなものが眞幸に未だ面影おもかげを遏とどめてゐた。『誰か、私に飛躍のための契機きッかけを仄めかして呉れ』と云ふやうな他力本位の調子が。

 二カ月ぶりに再會した友との盡きざるべき談叢だんそうもハヤ種切れである。剰あまつさへ眞幸は瞬しゅん息そく引きも切らせぬ書齋生活のお蔭で徒らに詩嚢しのうを肥やしただけに、新趣向と云へば本の他にない。新渡戸にそんな嗜みは素より期待できない。ただし、今更沈黙を最惜いとをしがるほど知らぬ仲でもなかつた。
 新渡戸は例の、見えない蠅を目で追ふいつもの癖で眞面まともに對手の顔を見ない代わりに、その忙せわしげな視線は白眼しろめ澤山だくさんに天井を上擦うわずつてゐた。大柄な身體ののろくささと釣り合ひを持たせるためか、渠の言動は殊更剽輕ひょうきんである。
「さう云へば最近、あの子はどうなの?一緒じゃないの?」
と恁かう、鷺さぎ足あしで、飛石傳とびいしづたひに跳ね回るやうな調子で云つた。同世代を指呼しこして「あの子」呼ばわりするのが過日中いっかじゅう腑に落ちない眞幸は
「あの子ってのは、誰だい?」と空惚そらとぼけた。
「極まってる。直生なおちゃんだよ。また昨年みたくつるんで、妙な會とか催さないのかと思って」
「あゝ、あのてんで人が集まらない會ね」
「俺は悪くないと思ふけどね。知らない人に會へて交流の輪が拡がる。ま、あのレクリエーションの幼稚さだけは有繫さすがにいただけないけど」
「乃公おれもようやったと思うよ、あんな子供だまし。具體的に思い出すと赤面ものだ……」
「あの頃の眞幸はまだ初々しかったのに、ね」
「―――彼女なら今頃K大學に呼ばれてる。夏の南米の短期留學にむけて、顔合はせとか事前講習だとか、色々あるんだろ。何せ半可な語學留學や研修旅行とは、あれは格式が異ちがふ」
「なあんだ。置いてき堀ぼりを喰はされたって口か」
 これだけの會話をする間も、新渡戸は足許あしもとに落ちてゐた三色ペンを拾つては回し、落としては拾つて、自分が如何に無関心かを、出しゃばりな譯注やくちゅうのやうに脱落ぬかりなく挿入した。それが渠なりの他人に對する上から目線のエチケットだつたが、對手あいてからすれば、目を見たら石にされると云ふ三姉妹の迷信を頑なに信じてゐる處女しょじょの含羞はじらひに庶幾ちかかつた。
 こんな輕かる口くちを利く新渡戸がその實、直生と對坐さしむかひになると目に見えて萎縮するのだつた。渠の動物的な直覺が或種の気詰まりを直生に感じてゐるからで、この廿二貫目の肥胖漢ひはんかんは蔭口を叩くことで竊ひそかな復讐のよろこびを掠かすめてゐた。
 眞み幸ゆきは硬式野球サークルに屬してゐる。舊もと球兒はそこに、黄色い聲援の畳句リフレインを消けぬがに聞いたが、若いと云ふだけの無む蔕ていな榮光が純然たる過去であつてみれば、それは耳の底に残つてゐる記憶の澱おりが聴かせるところの、償ひがたき青春への挽歌ばんかではあるまいか。不思議なことに、眞劍な野球は十代にのみ許されてゐた。あとはすべて草野球であり、拙劣な模倣でしかない。さて、肉體的詩を表現するすべを持たない渠かれ等らは、内的關係を結ぶためにかくも動きに乏しい對たい話わと性的交渉に頼るほかない。だが本統ほんたうにさうか?―――眞幸はそんな對人交渉の審美的な躍動感のなさを牾牴もどかしがつた。對話とは―――魂魄たましひの對話とはかくも動きに乏しいものだらうか?
 何處いづこをはかともなく新渡戸が云ふ。
「来週はこゝで二年生の新歓しんかんやるって話、聞いてる?」
「来週?例年なら四月下旬の筈だろ。いやに急だね」
「さう?本統はこれくらいが理想で、平生いつもは却て準備不足で後ろ倒しになってるだけらしいよ」
「ふうん」
「参加するか、しないか」
「どうだろ」
「ま、眞幸はさうだろうね。別に構はんよ。ただ唐澤からさはに出缼を確認しとけって頼まれただけだから―――けどさ、参加するに如しくはないと思ふよ。眞幸の云ふその重さのある奴がゐるかも分からんし」
 新渡戸はその實輕さだけを信仰してゐた。
 重さと云ふのは二重の苦惱、いはゆるあの「生きてゐれば誰にだつて」ある苦惱の要撃ようげきに對し、今度はこちらから苦悩しはじめると云ふ、辯証的自己を意識した人生的態度を斥さして眞幸が云つた言葉だつたが、渠は疾とうの昔にその線を諦めてゐた。仄かな暗示を期待することはあつても、尊敬すべき同時代人の實在を最早信じなかつた。「さうかもね」
「それにほら、今年の二年は豊作だって云ふし。丹羽さんとかは特に」
「誰?」
「丹羽さん、丹羽朔乃にわさくの。最早もう何度か見かけたけど、可愛んじゃない。童顔だけどすらっとしてゝ。別に俺の好みではないけど」
「やれ〳〵、美波みなみちゃんには及ばないってか」
 その時、院生跣足はだしの掛構かけかまひなさで束々つかつか下履きを引きずる跫音あしおとが廊下に響いて、やがて引き戸を排はいした者がある。唐澤からさは太夫だゆうだ。角刈りの天窓あたま、グレーのパーカー、衣嚢ポケットの無數についた迷彩柄の筒服ズボン、ホームセンターで調達したらしいこれら上下一式に無趣味な長靴下、極きはめ付けに突ッ掛けのゴムサンダル。こんなむさい恰好で學内を闊歩できるのも、農學部の一德いっとくである。到るところで邂逅でくわすこれら作業着にゴム長のむくつけなるが、キャンパスライフなどと云ふ言葉の噴水中庭パティオ風な効果を没義道もぎどうに減殺した。奇くしくも渠の顔は大首おおくび物の錦繪にしきゑのごとく大々としてゐる。眉は、禿筆とくひつで強引に刷なすりつけた右はらひのごとく番々はゝとしてゐる。
 唐澤の擧動は繁忙せはししない。焦點の不安な・鳶色とびいろがかつた眼の色からしても何處か遺傳子操作の過程で生まれた變種と云つたやうな關心の偏執が渠の主題をなしてゐる。渠のなかには見るからに了解し切れてゐない良識があつて、美事にそれが脱落してゐたが、理解の外ほかなる事柄には妙に散財きれはなれがよく、さう云ふ一風變つた點を「自分、一寸變つてるから」と、利きいた風な自己解剖の評語で以て美德を僭称させてゐた。本統ほんとうはただ缺けてゐるだけに過ぎないと云ふのに。
 この闖入ちんにゅう者を睼みかへる眞幸の眼におのづと稜かどが立つたのも道理ことわりである。唐澤こそ例の、重さを持つらしい候補者の筆頭として入學匆々眞幸が親交濃こまやかに遇した一人だ。なぜそんな見え透いた愆過あやまりに渠が好んで陥ったのか―――單に、唐澤がキリスト者だつたからである。この期待は案の定、見掛け倒しの発覺で手強てごわく裏切られた。意味深長さうな云廻しこそこの男の十八番おはこなのである。
「あ、太夫、恰度ちょうどいゝ。眞幸はやっぱり参加しないってさ」
「さう」
 廣間の備品を私物化しはじめた唐澤は、キャニスターに封をした蘖もやしや、神經質な小口こぐちを示した玉菜キャベツの短冊、人参の繊切せんぎりの苛立たしい堆積、豚肋ばらの細こま切れなどを取り出して、慣れた手つきに調味料を鹽あん梅ばいしつゝまことに仰山な炒め物をしはじめた。フライパンの柄えを返し乍ら、
「何か用でもあるの?」
 こんな機械的な問いかけの間にも、炒め物は二度宙返りをした。とは言へ、この問いかけの持つ意味は重大である。二人が言葉を交わしたのは、一回生の十月に仲違ひして以来の椿事ちんじであつた。

彼岸の光(11)

彼岸の光(11)

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 成人向け
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日 2019-06-12

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